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常緑 1

◆aPPPu8oul.氏

「若様。おかしな娘を捕らえました」
美しい綺羅の衣を纏った男が声をかけるのは、これもまた美しい綺羅をまとった若い男。
二人はどちらも白い肌と美しい金髪を持ち、整った顔立ちをしている。
「おかしな?」
聞き返した若い男が振り返ると、耳にかけた長い髪が揺れる。
その耳の先は普通の人間とは違い、とがっている。
「はい。男の……野伏のような格好をしていまして」
答える男も同じく耳の先がとがっている。
人間よりも背が高く細身で美しい顔立ちをし、聡明で魔法に長け、美しいものを愛し森の中で生きる。
エルフと呼ばれる種族。
若様と呼ばれた男は、そのエルフの中にあっても格別に美しい。
「人間か?」
程よい厚さの唇から発せられる声は、歌うように低く耳に心地よい。
「いえ、ダークエルフです」
「そうか。会おう。手荒なことはしていないな?」
「はい」
歩き出した男の名はエルヒア。エルフのみなず、ドワーフや人間の国にもその名を轟かす、戦士であり王子。
剣、弓の扱いたるや一騎当千、魔法の知識は専門の研究者のそれに等しく、政治においても歴史上のあらゆる王に
劣ることはないとされている。
並ぶものなき天才と、人々の羨望と畏敬の念を向けられる男。
エルヒアそれでいて、おごり高ぶることもない人格者でもあった。
彼の守る館は他のエルフたちの住処と同様、美しい森に囲まれている。
それでいて技術の粋を尽くしてほどこされた装飾の華美さは人間などのそれとは比べ物にならない。
かすかに翡翠の色を匂わせ太陽の光を取り込んだ眩い白い館を進み、エルヒアは一つの部屋に入る。
そこには薄い鎧を身にまとった二人の若いエルフと、彼らに押さえつけられた一人のダークエルフがいた。
報告どおり野伏の格好をしたダークエルフの娘は、人間に例えれば15,6歳ほどに見える。
ダークエルフ特有の褐色の肌と艶のある黒髪、吊り上った深紅の瞳が強気にエルヒアを捉える。
「あんたは?」
娘の慇懃な口の利き方に、部下達の表情が険しくなる。
「控えろ。こちらは常緑の館が主人、エルヒア様だ」
「あんたが……」
驚きに目を見開き言いかけた娘はきっと口を閉ざし、頭からつま先までエルヒアを眺める。
その視線にも顔色一つ変えず、エルヒアは落ち着き払った様子で娘の前に歩み寄り、髪を一房つかむ。
「このような美しい髪を持った娘が、何故わざわざ野伏の真似事などする。
 大人しくしていれば客人として迎えるものを」
途端、娘はエルヒアをにらみつけ、男たちを振り払って腰の短刀を抜いた。
「おい!」
男達の制止の声も聞かず、娘は自分の髪を一つかみにし、ばっさりと切り捨てた。
あまりのことに呆然とする男たちの前で、娘は再びきっぱりと口を開く。
「お前みたいな男は嫌いだ」
床に落ちた美しい髪を眺めていたエルヒアは顔を上げ、娘の視線を穏やかに受ける。
「嫌いでかまわん。まずはここに来た理由を教えてもらおう」
落ち着き払った態度に娘は閉口し、部下達も平常心を取り戻す。
「若様がお聞きだ。答えろ」
「……目的なんてない。俺は一人で旅してるんだ。たまたま通りかかったらエルフの匂いがしたから」
「それで何か、私の部下に捕らえられるようなことをしたのか? 」
「ここが常緑の館だと聞いたから、物珍しくて歩き回っていただけだ」
物怖じしない娘の答えにエルヒアは満足そうに頷く。
「そうか。それは私の部下が失礼をした」
娘の後ろに居た若いエルフが不満げな表情を見せたが、エルヒアに気を使ってか口を開くことはない。
「別に良いさ。おかげで常緑の若君も見れたし、俺をここで開放してくれるならそれで満足だ」
自分の意志を尊重されたことに気を良くしたのか、娘の口調がいくぶんか柔らかくなる。
「ああ。すぐにでも開放させよう。唯一つ、聞いてもいいか? 」
娘は答えず、その真紅の瞳でエルヒアを見上げる。
「名はなんと言う」
「アルト」
その名の通り、耳に心地よく響く声で答え、少女はエルヒアの瞳を見据える。
満足げに頷いたエルヒアは、わずかに口角を吊り上げる。
「そうか。良い名前だ。しかしこのところこのあたりは物騒でな。夜になるとオークどもが騒ぎ出すのだ。
 若い娘一人を歩かせるのはちと忍びない。とはいえ君の自由な身を私が拘束することもできない――」


まわりくどいエルヒアの言い様に、アルトはいぶかしげな視線をむける。
「何が言いたい」
「君さえよければこの館に留まって欲しい。余計な面倒ごとが増えるのは嬉しくないからな」
エルヒアの申し出に、アルトは年頃の娘らしく驚きの表情を作ってみせる。
「――良いのか? 俺は客人でも何でもないし、第一アンタの知り合いですらないんだぞ」
「かまわんさ。ダークエルフならば同胞も同然だ。気が済むまでいると良い」
「若様」
止めようとした部下を手を振って制止して、エルヒアは微笑む。
「食事も好きなときに言いつければいい。ただ夜中の外出だけは控えてくれ。あとで世話をさせる女給を呼ぼう」
破格の扱いにその場にいた全員が口を開いたが、まともな声を出せたのはアルトだけだった。
「――いいだろう、しばらくいてやるよ」


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