「……あ」

アレンとリナリーの休憩時間が一致した今、ふたりは外に出て庭園の花を見て談笑しながら歩いていた。
アレンが立ち止まったのは、そんな幸せな日常の一コマ。ひとつの花壇に咲く紫色の花を、アレンの瞳が認めたときだった。急に立ち止まったアレンに合わせてリナリーも足を止め、アレンの隣にまた並んでその紫の花を見る。紫の花弁の中に、黄色のめしべとおしべが可憐に立っていた。

「クロッカス……だね」
「やっぱりクロッカスか」

そう言ったアレンの表情が和らぐ。その表情の変化は、ただ単純にクロッカスが好き、というだけでは作れないような気がした。もっと何か深いところからくる柔らかな笑顔。その実、アレンはそのままクロッカスを見つめ飽きる様子は微塵も見せない。暖かな春風に吹かれて揺れるクロッカスもアレンを見つめているように思えた、リナリーがここにいるのに、アレンとクロッカスでふたりの世界に入っているような。アレンの一番になりたいとかそういうことを考えているわけではないからそれは別に構わないのだけれど、少しだけ、アレンとクロッカスの間に何があったかが気になる。訊いても良いようなことなのかそうじゃないのか、そういうことは全くわからないからこの柔らかな空間を引き裂く気にもなれなくて。
そういえば、と思い出す。クロッカスの花言葉は、確か、

「あ、リナリーすみません、なんだかひとりで魅入っちゃって…」
「え? ううん、別にいいのに。アレンくんはクロッカスが好きなの?」

無難な質問を投げかける。もしも教えてもらえるような話だったら切り出してくれるかもしれないし、駄目だったら適当に誤魔化して終わるだろう、彼の場合。
するとアレンはひゅっと一瞬息を呑み、目を見開いて動きを止めた。リナリーも驚いてアレンを見つめる、無難だと思ったのだがそれでも触れては行けない話題だったのだろうか。沈黙が続き、遂にリナリーが謝罪の言葉を紡ごうとした時、アレンがふっと微笑んだ。視線を花に戻し、右手で花を撫でながら優しい笑顔を浮かべる。

「……好き、なんですかね。ちょっと昔話、してもいいですか」

彼が顔を上げると白い髪が揺れ、春の陽光がきらきらとそれを輝かせた。あまりに美しいそのひかりにリナリーは静かに息を呑んで、ゆっくりと、頷く。色の無い彼の髪にはその分様々な色が宿る。春のひかりが、その銀を微かに春の暖かな色へ染めあげているような気がした。
アレンはリナリーに微笑んで、花壇を囲むレンガに腰を下ろす。リナリーも戸惑った様子を見せながら、アレンの隣に腰掛けた。風が甘い匂いを運んできて、すうっと脱力感に似た感覚を覚える。

「……あなたを、待っています」
「え?」
「クロッカスの花言葉、だそうですよ。随分昔、マナに教えてもらったんです。拾ってもらってすぐの頃だったかな、まだマナを義父と認識できなかった僕に、マナがくれた花がクロッカスでした。添えられた花言葉の書かれたカードと共に」

そう言って、優しい手でクロッカスを愛でるアレンを見ながら、リナリーはそっか、と呟くように言った。心臓と肺がぎゅうと強く締めつけられるような圧迫感に襲われる。まだ彼は幼い時の彼の“ホーム”を引きずっているように感じられた。仕方ないのかもしれないし、彼のホームを独占しようとは思わないけれど、それでも、(ここにもあなたをまっているひとがいることをしっていますか)











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「そういえばクロッカスって、4月7日の誕生花でもあるんですよ」
彼のその言葉が、ひどく遠くに聞こえた。