俺は、ブックマン。
中立の立場として、この戦争を記録しなければならない者。

そう、どっちにもよらず、ただ中立の立場として、この戦争を、記録しなければならない。


ブックマンに、心はいらないのだから。
















True Name
     Noah-Lavi side
















カチャン、と銀のスプーンが皿と触れ合う音が、騒がしい食卓の中に虚しく鳴る。目の前ではロードとデビットがデビットのステーキの最後のひとかけらを取り合っている。デビットの片割れであるジャスデロはその隣で、特徴的な笑い声でデビットを応援していた。ラビの隣に座るティキはそんな3人を呆れたような目で見つめ、止めようともしていない。スキンは時折甘い、と呟きながら、目の前のパフェを食べていた。伯爵はただ笑いながら夕飯を食べている。
これが今の、いつものメンバー。いつもの食事風景。これが、いつも。これが今の、日常。
少し前までなら、ロードがアレン、デビットがユウだろうか。たまにジャスデロに当たるジョニーがいたり、ティキに当たるリーバーがいたり、スキンは、いないか。リナリーは誰にも当てはまらないな、いつも勇敢にも止めに入るのが彼女だから。それでもリナリーが止めに入るとアレンもユウも大人しくなるんだから彼女の威力は本当にすごい、なんて、

(……何考えてんだ、オレ)

心の中で舌打ちをしてから、その騒々しい風景の中をラビは席を立ち自室に向かって歩き出す。隣のティキが驚いたような微妙な表情でラビを見上げた。その視線を無視して、かつかつと自分が鳴らす靴の音を聞く。それに意味はないのだけれど。

「ごちそうさん」
「ええー、もう部屋戻っちゃうのぉ〜? 遊ぼうよぉ」
「またあとでな」

ラビは弱々しく笑うと、デビットのステーキを諦めて抱きついてきたロードの頭を撫でてやる。ロードはぷくっと頬を膨らませると、不服そうにラビから離れた。かつかつかつ、革靴が階段を鳴らす音が遠ざかり、少し経つと重々しいドアが閉まる音が全員の耳に届く。そしてデビットは階段の先の闇を睨みつけた。

「あいつエクソシストだったときは馬鹿みたいに明るかったのに、こっち来てからいきなり暗くなったな」
「でもやっぱクロス思い出して腹立つ! ヒッ!」
「そっとしといてやれよ」

わざとラビの部屋にも聞こえるような大声で話すジャスデビにティキは溜息をつき、ふたりが見つめている場所と同じところに視線を送る。昨日今日、ブックマンといえどエクソシストだった青年がその敵側であるノアに回ざるをえなくなったのだ。覚悟はしていただろうが、その急な変化に精神が追いつくわけがない。

「まだきっと心の整理がつかねェんだろ」
「………甘い」
「そうかもしれませんねェ……。ウフフフフ♪」

千年伯爵は意味ありげな笑い声をあげる、その笑い声にティキは背筋に鳥肌が立つのを感じた。伯爵はどこからともなくトランプサイズの小さなカードを出す。そしてまたもやどこからともなく羽ペンを取り出すと、奇妙な笑い声をあげながらそのカードになにかを書きこんだ。隣にいたロードが覗き込もうとするが、それよりも早く伯爵は席を立って階段を登っていく。追いかけようと席をたったロードをデビットが止める。邪魔すんなよ、とその唇は動いたが、前に食事中に席を立ち伯爵に怒られた経験がある故に今席を立つことは不可能であるため、カードの中身をロードに独り占めさせたくないというのが本音だろう。何故か伯爵は、ロードが食事中に席を立っても何もいわない。
階段の闇に身を溶け込ませた伯爵は、こんこん、と階下に聞こえない程度の小さな音でドアを叩いた。

「入ってイイですカ? というより、入りますヨ♪」
「…千年公? どーぞ」

がちゃり、と音を立ててドアノブを回し、伯爵はラビの部屋にそっと入る。ラビは伯爵が入ってきても姿勢を正さず、ただベッドに寝転んで本を読んでいた。

「そんな姿勢で読んでいると、目が悪くなりますヨ♪」
「はいはい、すみませんっと。で、何の用さ?」

注意されてやっとラビは起き上がり、ベッドに腰掛ける姿勢になった。背筋は曲がっていてよくない姿勢だが、伯爵は特に気にする様子も見せず笑いながら先ほどのカードをラビの翡翠の瞳の前に突き出す。すると、その隻眼が、見開かれた。

「ここに書かれた人物を殺してきてくださイ♪」

緊迫がその言葉で崩されたように見えた、が、性格には逆。緊迫がさらにその言葉で生み出された。どくん、どくん、静まり返った空間の中に、ラビの鼓動の音だけが、妙に浮き上がって聞こえる。恐らく伯爵のその大きな耳にも届いているだろう、なのに伯爵は何もいわず、ただ笑っている。背中を冷や汗がいくつも伝うのを感じた。ここは、さむい。寒い? ただ自分が怯えているだけだ。何に怯えている? 何にだろう、何も怯えることなど、ないだろう? なぁ、「  」。

何故だか急に恐ろしいほど冷静になった思考回路。ラビはただそのカードを見ていたが、冷静になった途端伯爵の手からカードをもぎ取った。そして立ち上がって上着をとり、伯爵の隣をすぎてドアへ向かう。伯爵がのんびり振りかえると、ラビも部屋を出る寸前に振り返り、笑顔を浮かべた。暗い廊下がその表情に影を落とし、その笑顔を寂しげなものにする。
(それが本当に影のせいかどうかは定かではないけれど)

「わかったさ、いってくる」

ゆっくりとした足取りで階段を下り、またぎゃーぎゃーと騒いでいる“家族”に挨拶もしないままラビは任務に出て行った。途端ぴたりと静かになり、ただじっとラビの背中を見ていたノアの一族は階段を下りて来た伯爵に視線を向ける。その状況説明がほしそうなたくさんの瞳に伯爵は笑って、懐からカードを取り出した。

「メモ用にもう一枚ありますヨ♪ 見まス?」
「見る見るぅ〜」

ロードが最初に食いつき、伯爵に駆け寄った。そしてみんなにも見えるように、伯爵はカードをぴらりと向けた。5人の視線がいっせいにそのカードに注がれ、ティキとスキン以外の3人はどっと笑い出した。笑わなかったスキンは表情を変えず、ティキはまた呆れに近い溜息をつく。ロード、ジャスデロ、デビットの3人はお腹を抱えて転げまわらんばかりに大声で笑っていた。

「千年公最高! ヒッ!!」
「千年公も本当に黒いよねェ〜」
「ちょっと俺様子見に行きてェ! なぁ千年公、行っちゃ駄目ー?」
「駄目でス♪ それにデビット、アナタ野菜残しているじゃありませんカ♪」

楽しそうな会話を繰り広げる4人を尻目に、ティキは伯爵の手からそのカードをもぎ取った。伯爵はティキがそうしても何もいわない。そしてティキはその名前をもう一度確認し、溜息をつく。



「あーあ、本当に悪趣味」



小さな声で呟いた言葉は、ロードたちの笑い声の中にかき消されて。










そのカードに記されていたのは、たった3つの名前。
「Yu Kanda」「Lenalee Lee」、そして、「Allen Walker」だった。















(07.12.09 Remake)