夏休みの部活動


「暑い……」

ミンミンとけたたましい蝉の鳴き声と、帽子を被っているとはいえ、焼き尽くされそうなほどギラギラと輝く太陽を浴びせられた状態で漏れる言葉といえば一つしかない。

暑い。もう暑いとしか言いようがない。
そんな倒れそうなほどの暑さの中。何故自分は、こんな事をしているのだろうか。

プチリと草を引き抜く音が響く。

そう、は、草むしりをしていた。
何故またそんな事をしているのかと問われれば、自分が園芸部だからだと高らかに宣言しよう。

しかし、園芸“部”なのに部員が自分と顧問を入れて3名だけという時点で部として成り立っていいのかと突っ込みを入れたい。
そもそも、は園芸部に入りたくて入ったわけではない。気楽な帰宅部か活動の少ない文化部に入るつもりだったのだ。なのに、学園長の思い付きで学園内の花壇を世話してくれる生徒が欲しいとの給ったおかげで、要らん部活が結成されたのだ。そんな面倒な事をするものかと誰もが思ったことだろう。もちろん、私だってそう思っていた。だが、不運なことに、くじ引きの日に風邪を引いて休んでしまったのだ。なんという不運。自分も保健委員になれるんじゃないかと思ったくらいだ。ちなみに委員は、冷暖房完備で本が好きなだけ読めるという美味しい条件のついた図書だ。よくよく考えれば物凄い格差だ。どうせなら、部活よりも委員会の用事を頼まれた方が格段に嬉しい。

それはさておき、園芸部の部員ということで、この炎天下の中、草むしりの為にわざわざ貴重な休みを割いて学校までやってきている。
夏休み前から始めていた草むしりは、ようやく半分が終わったところだ。一人でここまで出来た自分を褒めたくなった。
だが、悪く言えば、まだ半分も残っている。

(草刈機で刈ればいいじゃん)

暑さのせいでイラつき始めたは心の中で悪態をついていた。
そもそも、何故こんなにいっぱい花壇を作ったんだ。世話ならば事務員に任せればいいじゃないか。草むしりなら業者に任せてしまえ。

文句を言いたいが、そんな事を叫んで退学にでもなったら困る。
一生徒が、学園長に勝てるはずもなかった。げに恐ろしき縦社会。

「暑い」

流れ落ちる汗を首にかけたタオルで拭った。それでも、汗は溢れ出てくる。

「大変だねぇ」

ぽつりと呟くような声が、聞こえた。はその人物を睨みつける。

「そう思うなら、手伝え! 園芸部部員の綾部喜八郎!」
「僕は、土の耕し専門。春に全部終わりました〜」

数少ない園芸部の部員の一人である綾部はそう告げるとお茶を飲みだした。
しかも、ちゃっかり日陰にいるのが憎たらしい。

確かに、春の大ガーデンニング祭と証したウチのメイン活動の大半を、綾部がやってくれた。
綺麗に耕された土のお陰で苗を植えるのも簡単に終えられたのだ。
物凄く助かった。初顔合わせに近い相手で何を考えているのかよく分からない人だったが、結構いい人なのかもしれないと思った数ヶ月前の自分の気持ちを返せ。
やはり、この男は、ただの穴掘り好きなだけだったのだ。現に、春を過ぎれば、部活に参加してもただぼけっとしていることが多く、指示をしても首を傾げるだけなことが多かった。なのに、そこに穴掘ってといえば、さっきまでの静止が嘘のように無言でせっせと掘り出すような、きまぐれ男なのだ。

「……もういい。とりあえず、私にも飲み物頂戴」

かれこれ1時間はこの作業を続けていたので、喉がカラカラだ。
汗だく泥まみれなのも気になるが、運動部の友達が部室のシャワーを貸してくれることになっているので、帰る時にさっぱり出来るのはありがたかった。

すると、綾部は手のひらをこちらに差し出した。その意図が分からず、は眉根を寄せた。

「お金」
「金とるんかい!!」

パシッとその手のひらを軽く叩いた。痛くはなかったはずだが、少し眉を顰めて綾部はその手をジッと見つめた。そんなにお金をもらえなかったのが悔しいのか。
仕方ない。遠いけど食堂の自販機で買ってくるか。となるとまず財布だ。落すと困るから鞄の中に入れたままだ。先に部室まで取りに行かなくちゃいけない。これまた遠回りだ。
しかし、暑さをしのぐ為ならば、その労も軽いというもの。

よっこらしょと言いながら、は立ち上がった。
綾部がオバサン臭いと呟いたのはこの際無視だ。


「なに? って、冷たっ!」

彼に背を向けた途端、声をかけてきたので、怪訝な表情のまま振り返った。
すると、ピトッと頬に冷たいものを押し付けられた。

視線をずらすと、水滴を含んだ缶が視界に飛び込んできた。

の分」

そう告げて、それを私の手に納めた。
なんだこいつは。初めから買っているなら、素直にそう言ってお金を請求してくれば怒らなかったのに、本当にこの男の考える事はよく分からない。

「……あ、りがとう」

だが、用意してくれた事は嬉しかったので、素直にお礼を告げた。
綾部はそのまま先ほどから飲んでいたお茶に口をつけるだけで、また木陰に戻っていった。

嬉しくなる心を抑えながら、は早速喉を潤そうと、プルタブを起こした。



「ぎゃーーー!」

途端に、ブシュゥゥゥゥ!と勢いよく中身が飛び出し、の上半身を濡らした。

「あ、思い切り振っといてあげたから」

遅すぎる綾部の忠告の声が耳に届いた。

「あ・や・べ〜〜!!」



やっぱり、この男、ムカつく奴だ!!




080721