黄緑大集合


「三之助ぇぇぇぇ!!」

そんな大声が聞こえて私たちは視線をそちらへ向けた。
次屋君と同じ黄緑色のジャージを身に纏った男の子が少し怒った表情でこちらにやってきた。

「お前勝手にどっか行くなっていったじゃねぇか!!」
「トイレに行くくらい別にいいじゃん」
「よくねぇよ! それで暫らく帰って来ない事なんてたくさんあったじゃねぇか!」

いきなり怒鳴り込んできて捲くし立てた。余程、頭にきたのだろう。

「あ、あのー」
「なんだよ! って、あっ! す、すみません! 貴女に怒鳴ったわけではないんです!」

恐る恐る声をかけると漸く私の存在に気付いてくれたらしい彼の顔がこちらに向いた。と思ったら、途端にその顔が青褪めたものになった。

「うん、ちゃんと分かってるよ。それで、君は次屋君の友達かな?」
「はい、クラスメイトの富松作兵衛です!」

ビシリと背筋を伸ばして告げた彼に微苦笑を浮かべた。
誰から見ても今の彼はガチガチに固まっていると言う事が分かるだろう。

です、初めまして。あと、そんなに硬くならなくていいよ。一つしか違わないんだし」
「は、はい」

少しだけ緊張は解れたようだが、それでも少し硬い。
仕方ないかなと思いながら、私は言葉を続けた。

「次屋君が高等部のほうにいたから連れて来たんだけど、お願いしてもいいかな?」
「はい! 本当にすみません! ほら、三之助も謝れ!!」
「なんで?」
「お前が迷惑掛けたからだろ!」

その会話で、次屋君は本気で無自覚の方向音痴であることが確定されて、私は心の中で苦笑を浮かべた。

「それじゃあ、私はこれで」
「え? もう行くんですか?」

その場を去ろうとしたら、未だにつながったままだったその手を引っ張られて引き止められてしまった。

「え、いや、ええと、用事があるから」

というのは方便で、ジャージの色が違うということもあり中等部の中にいると凄く目立つのだ。無駄に視線を集めるのはよろしくない。だから、理由をつけて帰ろうと思ったのだが、次屋君は不思議そうな表情を浮かべた。全く分かってないって感じだ。いや、だから、帰りたんだって。

「いいから、お前は、その手を離してやれ!」

すると、富松君が頬を赤く染めたまま声を荒げた。
私の心の声を代弁してくれた彼に安堵の息を吐きたいところだが、しかし、これじゃあ逆に目立ってしまったような気もする。

「何を騒いでいるんだぁ!?」

現に注目を浴びてしまったようで、知らぬ声が私たちの間に割り込んだ。

「左門!」
「お、なんだ。作兵衛と三之助、何処行ってたんだお前ら!?」
「それはこっちの台詞だ! お前こそ何処行ってたんだよ!? ってか、良く帰ってこられたな!?」

呼び捨てにしているという事は、この左門という男の子も彼らの友達なのだろう。

「ん? さっきそこで藤内に会ったんだ!」
「ああ、もう左門! 急に走るなー!」

すると、また見知らぬ男の子がこちらに走ってきた。
その子も彼らと同じジャージの色なので同じく中等部の三年だろう。

なんだか、じょろじょろと人数が増えたことに私は内心でため息を吐いた。早く席に戻りたいのだが、次屋君は未だに私の手を握ったまま離してくれない。

こんなことになるなら、手を繋ぐなんて言わなきゃよかった。でも、こうでもしないと今頃彼は、高等部のエリアをうろうろと彷徨っていたかもしれない。流石の私も見てみぬ振りができる根性はなかったのだが、やっぱり、放っておけばよかったかなと素直な感想を漏らした。

「それよりも、そいつは誰だ!?」

そんなことを考えていると、左門と呼ばれた子が私に向かって指をさした。
それを富松君が先輩に向かって指差すなと怒ってるけど、左門君はそんなもの耳に入っていないのか私と次屋君の交互に視線を向けた後、ポンと両手を叩いた。

「三之助の彼女か!!」
「うん」
「は!? ちょっ」
「紹介してくれれば良かったのに水臭いぞ!」

私が否定の言葉を述べようとしたら、私の声に左門君の声が被ってさえぎられてしまった。

出会ったばかりの人間に向かって彼女という発言はいかがなものか。いや、男女が手を繋いでいれば、そういう発想になってしまうのも仕方ないことかもしれない。
っていうか、そもそも次屋君はなぜ肯定してしまったのだろうか。

「え!? マジで三之助の彼女なんですか!?」

だから、富松君も簡単に信じてしまった。
お願いだから、ここは普通に疑問に思って否定して欲しい。

「三之助って年上趣味があったんだ?」

えっと、左門君を連れてきた子……名前は藤内って呼ばれていたので藤内君でいいのかな、その子まで信じてしまったようだ。
年上といっても、一つしか違わないのに、それだけで年上趣味とは如何なものだろうか。中学生と高校生というのはそれだけ大きな差なのだろうか。お姉さんは、悲しいです。

って、心の中で突っ込んでいる場合じゃなかった。

「私、次屋君の彼女じゃないからね!? 彼をここまで連れてきた通りすがりの女子高生Aってだけだからね!?」

私は必死で否定の言葉を発した。そうしないとこの先ずっと誤解を受けたままになりかねない。それは、私としても困る。

「え!? 違うんですか!?」
「違う違う! 私、次屋君とはさっき知り合ったばかりだよ! 彼女になるわけないでしょう!?」
「……三之助!!」

私の必死の言葉に富松君がギッと次屋君を睨んだ。その視線に次屋君は表情を変えることなく口を開いた。

「冗談だったんだけど」
「お前の冗談は分かりにくいんだよ!! ほらみろ、全員信じちまったじゃねぇか!」

本当に分かりにくい冗談だ。あんなふうに真顔で肯定されたら誰だって冗談だって受け取らない。現に、この場にいた全員が吃驚した顔をしている。

「す、すみません!」

すると、藤内君がはっと我に帰り慌てて頭を下げた。

「あ、気にしないで。誤解は解けたんだから」

うん、もういいです。これ以上、目立つと本当に恥ずかしい。
現に、通りすがりの中学生さんたちが何事だって目で通り過ぎていくのだ。
これでますます中等部に行き辛くなった。

「なんだ? 三之助の彼女じゃなかったのか?」
「そうだよ! 左門も謝りなって!」
「あ、いいよ本当にもう! 分かってもらえたら十分だから、これ以上はいいから!」

先輩に頭を下げてる姿など周りからすれば先輩に怒られているんだとしか捉えらない。この人は怖い先輩なんだって変な印象を持たれたら困るし、本当に気にしていないのだ。

「あの、誤解も解けたし、そろそろ帰るね?」

苦い笑みを浮かべて恐る恐る尋ねると、富松君が「ほら、三之助、手離せ!」と言って漸く次屋君から解放された。

「えっと、じゃあ、お騒がせしました」

ぺこりと頭を下げると、次屋君が笑みを浮かべながらヒラヒラと手を振ったので、苦笑しながらも手を振り返した後、私は自分の席へと戻るために踵を返した。




三年生の口調がいまだに分かりません。孫兵の出番はいずれ作ります。
120926





[おまけ]

「藤内、お疲れ様」
「あ、数馬、ごめんな」
「ううん、それより左門見つかった?」
「うん、ついでに、三之助も保護されてた」
「本気で運が良かったんだね」
「うん、あの先輩には感謝だよ」
「先輩? 高等部の人が見つけてくれたんだ?」
「そうなんだよ、えっと、確か名前は――ああっ」
「ど、どうしたの?」
「名前聞くの忘れた! それに、僕も名乗ってない!!」