迷い子ひとり
「二位かぁ」
対抗リレーの結果をポツリと呟いた。最初は優勢だったけれども、最後のアンカーで惜しくも一組に抜かれてしまったのだ。
「惜しかったね」
「うん」
「でも、食満先輩の走ってる姿カッコ良かったよね!」
「う、うん?」
キラキラとしたものが彼女の周りを飛び交っている。もしかして、これは仲間意識という奴を持たれてしまったということだろうか。
「、トイレ着いてきて」
「え? あ、うん! 分かった!」
いつもならトイレに行く時に声などかけてこない花乃子が珍しく声をかけてきた。
何故だろうと思っていたけれども、この空気から逃れる為の嘘だと言う事を瞬時に理解して、首を縦に振って立ち上がった。
「花乃子ありがとう」
「これくらいどうってことないわよ。けど、アンタが誰かの応援をするなんて珍しいわね」
「え、いや、成り行き上そうなっちゃっただけで」
「そう……こっちはタカ丸さんが拗ねて本気でウザかったわ」
「え? 何か言った?」
ポツリと呟かれた言葉が聞こえなくて聞き返すと、花乃子は微苦笑を浮かべて首を横に振った。
「それよりも、いつの間に食満先輩って人と仲良しになったのよ」
「さっきの善法寺先輩の友達だよ」
「あー……なるほど、芋蔓式って奴ね」
私が答えると花乃子は苦い笑みを浮かべて、大漁ね、とポツリと呟いた。
その意味が分からず首を傾げるけれども、答えはもらえなかった。
「あ、先輩!」
前方から名前を呼ばれて視線を向けると覚えのある集団がこちらにやってきた。
「乱太郎君に伏木蔵君!」
名を呼ぶと嬉しそうに笑みを浮かべた。彼らの手には救急箱があるので、医療班のいるテントで待機する予定なのだろう。
「リレーの時に手を振ってくれてありがとうございました」
「ううん。走るの早かったね、吃驚しちゃった」
「えへへ、僕はこれくらいしか特技はありませんから」
「十分だよ。誇っていいことだと思うよ」
素直に褒めると乱太郎君は、頬を赤く染めた。
「伏木蔵君も転んだけど最後まで走ってて、偉かったよ!」
隣で俯いていた彼の頭を軽く撫でてそう告げると、吃驚した顔でこちらを見た。軽く笑みを浮かべると、直ぐに俯いてしまったけれども、ぽつりとお礼の言葉が聞こえたので、嫌がったわけではないようだ。
彼ら二人と別れて、花乃子に向き直る。
「アンタのそれは、年下にまで通用するのね」
「へ?」
花乃子の表情が、複雑なものになっていた。もしかして、やってはいけないことでもやってしまっただろうか。
「あ」
「え? うわっ!」
花乃子が何か言葉を発したので、なんだろうと思っていたらいきなり後ろから体当たりされた。前のめりになったところを、花乃子が支えてくれた。
「あ、すみません」
体勢を整えた私は声のした方へ視線を向けた。
黄緑色のジャージを着た男の子がいた。前髪の一部分だけ色が違うのはメッシュか何かだろうか。しかし、年下の割に背が高く見上げる形になった。
「いいえ」
「あの、三年二組の席ってこっちですよね?」
「え? 三年って高等部?」
「いえ、中等部です」
その言葉に私は花乃子と顔を見合わせた。
彼が指差した先にあるのは、私たち高等部の席だった。彼が向かうべき中等部とは正反対ということだ。
「良かったら、送っていこうか?」
「別にいいですよ、場所さえ教えてくれれば」
「ううん、私もそっちに用事があるからついでなの!」
本当はそんな用事は全くないのだけれども、放っておくと違う方向に行きそうな気がしたのだ。強く告げたのが良かったのか、彼は素直に従ってくれた。
「じゃあ、。私トイレ行って来るから、ここで」
「え」
本当にトイレに行きたかったのか。
そう問いたかったけれども、既に花乃子は私に背を向けてお手洗いに行ってしまったので、仕方なく私一人で彼を中等部の席に連れて行くことにした。
「行こうか。ええっと、私は、って言うの、高等部の一年だよ」
「俺は、次屋三之助です。中等部の三年」
ということは、一個下か。いや、それにしても大きいなぁ。先輩たちと変わらないかもしれない。ずっと見上げていたら首が痛くなりそうだ。
「……で、次屋君は一体何処に向かってるのかな?」
そう告げている間に彼はまた正反対の方向へ足を向けたので、慌てて声をかけた。すると、不思議そうに首を傾げられた。彼は典型的な方向音痴のようだ。
グラウンドで迷うなんて、普段どうやって登校してきているのだろう。不思議だ。
「よし、次屋君、手を繋ごう!」
「はい?」
初対面の人間にそう告げるのはかなり勇気がいることだろうけれども、このままでは違うところへ行ってしまいそうだ。
「な、仲良くなった人と手を繋ぎたくなる癖が、あって?」
物凄く無理のある言い訳だな。これじゃあ、相手も怪しんでしまうかもしれない。どういう風に言うのが一番だろうか。
「いいですよ」
「ですよねー……え?」
「だから、別に構わないです、どうぞ」
「あ、どうも」
出された手を思わず掴んでしまった。こんな明らかに嘘っぽい言い訳が通用していいのかと思ったけれども、当初の目的は達成されたので、これで由としておこう。
「えっと、じゃあ、行こうか」
「はい」
その言葉に私は、目的地へ向かって彼の手を引いた。