園芸部部員でもある私は、植物園に来ていた。
季節の変わり目なので、新しく花壇に植える植物を皆さんで選んでくださいという顧問の松千代先生からの申し出を部の連絡板で知ったからだ。
皆さんで、と言っても部員は二人しかいないし、綾部は既に仕事放棄をしているので、考えるのは私しかいない。本気で面倒臭いなと思っていたが、どの道、選んだ花を育てるのは私なのだから、自分が育てたいものを育てた方が楽しい事に気づいて購入の参考にする為に、こうして都会から離れて植物園まで足を運んだのだ。
「うわぁ、すごい」
辺りは色とりどりの花が咲き誇っていて、まるで楽園のようだ。
思わず私の口から感嘆の声が漏れる。
「うん、凄いね」
横にいた不破先輩も同じように感嘆の声を発した。それに同意するように頷く。
こういう緑を見ていると心が自然と穏やかになる。
一人じゃなくて良かったなぁと思った。最初は一人で行こうかと思っていたのだが、一人で遠出するのも寂しいので誰かを誘うことにしたのだ。確か中在家先輩が朝顔を育てていたから誘ったら喜ぶかなぁと思って、図書室の控え室にいないかと覗いたら先輩の代わりに不破先輩がいた。どうやら、その日の当番は不破先輩だったようだ。
私の突然の登場に、ちょっと吃驚した顔を浮かべられたけど、すぐにここに来た理由を聞かれたので素直に理由を話した。すると、先輩は、ちょっと考えた後、「それ、僕が一緒に行ってもいいかな?」と聞かれた。目的の中在家先輩がいなかったので素直に不破先輩にお願いしたというわけだ。
「なぁ、。飲み物、買って来ていい?」
マイナスイオンで和んでいたのに、その雰囲気をぶち壊す声が隣から聞こえた。
竹谷先輩だ。一緒に行くのは、不破先輩だけだったはずなのが何故か芋づる式で他の先輩たちもくっついてきたのだ。本当にこの四人は仲がいい。
場違いな言葉に、思わずジト目になってしまった。先輩は不思議そうに首をかしげている。
竹谷先輩に悪気は全くないと言う事くらい解っている。でも、せめて少しでもいいから自然を楽しんでから、そういう台詞は言って欲しかった。
「……じゃあ、私の分もお願いします」
でも、喉が渇いていたのも事実だったのでついでにお願いした。
いや、私は、さっき自然をしっかり満喫したからいいんだよ。うん。
「おれ、豆乳がいいな」
「いや、流石に売ってねぇと思うけど」
竹谷先輩の隣にいた久々知先輩が笑顔でそう告げたが、竹谷先輩が呆れた声で答えていた。本当に久々知先輩って豆腐系統が好きなんだなぁ。でも、流石に売ってたら凄いよ。あ、でも、植物園だから、ありえるかもしれない。
「あれ? 鉢屋先輩は?」
そう言えば誰か足りないと視線を彷徨わせて直ぐに気付いた。
いつもなら直ぐに絡んでくる先輩がいない。どこに行ったのだろうかと疑問符を投げかけたのだが、先輩たちは互いに顔を合わせて苦笑いしている。行き先を知っている顔だ。
なんだ、私だけ仲間はずれなのか。地味に傷付く。あ、そっか。
「お手洗いですね?」
そりゃ、私には言いにくいはずだ。でも、生理現象なんだから、それくらいなら気にしないんだけどな。
「そうじゃなくて……」
「なんていうんだ。捕まったっていうのか?」
「まぁ、そうだな。捕まってるで合ってるんじゃない?」
先輩たちの言葉に眉間に皺を寄せた。意味が分からない。
係りの人に捕まるようなことでもしたのだろうか。
「お前らぁ、よくも私を置いて逃げやがったなぁ〜」
地を這うような声が背後から聞こえてきた。振り返ると額に交差点を作った鉢屋先輩がいた。
物凄く不機嫌そうな顔をしているので、余程受付の人に怒られたのだろうか。
「だって、三郎なら、ああいうの慣れてそうだし、上手く断ってくれるかなって」
「え? あの人たち三郎目的だったんじゃないの?」
「でも、ちゃんと言いくるめて来たんだろ?」
「もちろん、断った。お前らだけ良い思いさせるわけにはいかないぞ!」
「???」
話が見えない。断るとか鉢屋先輩目的とか、どういうことだろうか。
「鉢屋先輩、何してたんですか?」
私が尋ねると先輩は、明らかに機嫌を悪くした。
口をへの字にして顔を逸らす。
「……なんでもない」
ますます分からない。一体、何があったのだろうか。植物園に来たくなかったのだろうか。
でも、鉢屋先輩は嫌な事は嫌だって、はっきり言うから、嫌ならわざわざここまで来るはずもない。望んで来たと言うことになる。けど、先輩は何故か不機嫌。ますます意味不明だ。
「いつまでも、こうしてても時間が勿体無いから、さっさと飲み物かって見て周ろうぜ!」
「う、うん。そうだよね、そうしよう。三郎は、何が飲みたい?」
「……コーヒー。お前らの奢りな」
不機嫌のままだったけれども、このまま一緒に行動は続けてくれるみたいだ。
ホッとした。こんなところで仲違いされたら、この後の行動が気まずくなる。それに、ここに誘ったのは私なのだから、その原因を作ったのは必然的に私と言う事になってしまうので、申し訳ない。
「じゃあ、まずは、飲み物でも買いに行くか」
それを合図に私たちはその場から動き出した。
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