「ふぅ、こんなものかな」
色んなルートを周りながら気になった植物の名前をメモっていった。
たくさんあるので、また後日、図書室で調べて育てやすいものを絞り込むつもりだ。
私はボールペンを挟んでメモ帳を閉じ鞄に仕舞い直した。これで、目的完了だ。
「先輩たちも付き合って貰ってすいません」
ただ花を見て周るだけなので、もしかしたら男性にはつまらなかったかもしれないと、罪悪感がにじみ出てきた。けど、先輩たちは、見てて面白かったと声を揃えて告げてくれたので、気遣いだとしても、それが嬉しかった。
「ありがとうございます」
なので、今度は、お礼の言葉を告げた。
「じゃあ、帰りましょうか?」
目的のことは済んだし、することもなくなった。少し早い気もするけど帰るしかない。
「え? もう?」
久々知先輩が残念そうに告げた。
もしかして、豆乳アイスをまた食べるつもりだろうか。確かにあれは意外と美味しかったけど。先輩は二個も食べて尚且つ帰りにお土産で買って帰るとまで言っていた。余程、気に入ったらしい。
「はい、すること終っちゃいましたし」
「じゃあさ、最後に、これ行こうぜ!」
「へ?」
竹谷先輩が、パンフレットを見せながら割り込んできた。
先輩の興味を惹かれるようなものなどあっただろうかと先輩の指の先を見つめた。
「巨大迷路?」
「あぁ! 中央まで辿り付けたら良いことがあるんだってさ!」
「いいことって、またアバウトな内容ですね」
せめて景品がもらえるとかなら、俄然やる気が出来るんだけどなぁ。
しかし、迷路で遊びたいとは、先輩も以外に子どもっぽいところがあるんだと、思わず微笑ましい気持ちになった。
「なぁ、やろうぜ?」
「そうですね。時間もまだありますし、いいですよ」
「本当か! やっりぃ!」
何故かガッツポーズまでされてしまった。そんなに迷路で遊べるのが嬉しかったのだろうか。
「じゃあ、俺は北入口から行くから、は、南入口から……」
「八左ヱ門、ちょと待って」
「な、なんだ?」
笑みを浮かべて引き止めた不破先輩に、竹谷先輩の顔が引き攣った。どうしたのだろうかと不思議に思いながらも、黙って事の展開を見つめていた。
「なんで、別々の入り口にするのかな?」
「え、いや、気分?」
「んなわけあるか! お前、ジンクス狙いだろうが!」
パシリと鉢屋先輩が、竹谷先輩の頭を軽くパンフレットで叩いた。
先輩の言葉に、竹谷先輩は目をいっぱい見開かせて驚いていた。
「な、何で分かったんだよ!?」
「パンフレットに書いてあるから」
「あ」
ジンクスとは一体なんだろう。貰った時に鞄の中にしまったままなので良く見ていない。私はパンフレットを出して確認する為に鞄を開いた。折りたたまれたパンフレットを広げる。迷路の説明は、どこに書いてあっただろうかと目で追っていく。
ええと、迷路は職人の手で作り上げられた巨大迷路で、とても複雑な組み合わせになっています。その為、無事に中央に辿り着くと良いことがあると言われています。また、友達や恋人などで互いに別の入り口から入り中央までたどり着けると、その二人は――
「」
「え? あ、はい」
読んでいる途中で名前を呼ばれたので、パンフレットから視線を外して顔を上げた。
鉢屋先輩だ。なんだろうと首を傾げると、は南入り口から中央を目指せ。私たち四人も別の入り口から行くからと伝えられた。
「えっ、一人ずつなんですか!?」
先ほど読んだパンフレットでは、中はとても複雑な構造になっていると書かれてあった。そんな所に一人で行けだなんて無茶だ。
「誰か一緒に来てくれないんですか?」
「大丈夫だって、直ぐに会えるからさ!」
わしわしと竹谷先輩が頭を撫でた。髪ぐしゃぐしゃになります! と怒ったら、わりぃと慌てて手を離された。案の定、髪はくしゃくしゃになった。手鏡を出して手ぐしで整える。
「早くつけるように頑張るからさ。も頑張って。後で、俺がなんか奢ってあげるから」
「頑張りまっす!」
久々知先輩から付け足された言葉に即答すると、微苦笑された。
「は、本当に現金だな」
「……悪いですか」
「別にいいけど。じゃあ、そういうことで、また後でな」
そう告げて鉢屋先輩は、軽く手を振って行ってしまった。
巨大迷路の入り口に向かったのだろう。それに倣うようにみんな私に声をかけた後、それぞれの入り口に向かってしまった。となれば、私もそこに向かうしかない。
私は、持っていたパンフレットを引っくり返した。南入口とやらに向かうためだ。
◇
そして、私は、南口から迷路の中に入った。迷路の壁は、大きな植込みで出来ているようで、どこを見ても同じにしか見えない。どこに進めば良いのか全く分からないので、右に曲がったり左に曲がったりして適当に進んだ。けど、いくら進めど、ぶち当たるのは行き止まりばかりだ。
「……迷った」
目の前に立ちはだかる緑色の壁を見上げながら、私はポツリと途方に暮れたように呟いた。
「はぁ」
幾度目かの緑色の壁を目の前にして、私は、ため息を吐いた。
迷路とはいえただの遊び場。何とかなるだろうと甘く見ていた。良く考えれば、私は、そこまで地形に詳しいわけではない。見知らぬ土地に行くとよく迷うような女だ。地図も読めないような典型的な女だ。
故意に人を迷わせるような場所にいて迷わない訳がなかった。
足も疲れてきたので、その場にしゃがみ込んだ。スカートだったら色々気にしなくちゃいけないけど、今日は都合よくジーンズのズボンだ。
(先輩たち、中央に辿り着いてるのかな……)
なかなか来ない私をどう思っているだろう。仕様がないと思われているか。呆れられたか。
この歳で迷子なんて、本当に情けない。こんな事なら無理にでも頼んで誰かと一緒に行けば良かったかな。
(悩んでても仕方ないし、行くか)
ずっとここに居ても時間ばかりが過ぎていくだけだ。ならば、少しでも動いて突破口を見つけるべきだ。膝に手をついて立ち上がった。
「」
「……」
いま、幻覚が見えている。私は、それほど疲れているのだろうか。
呆然と見つめていたら、相手の眉間に皺が寄った。
「?」
再度、名を呼ばれた。まさか幻じゃなくて本物?
「はちや、先輩?」
名を呼ぶと、先輩は小さく笑みを浮かべた。
まるで、安堵したかのような笑みだった。
「やっぱり迷ってたのか。探しに来て正解だった」
ほら、行くぞ。そう告げて手を差し伸べられた。
いつもだったら何か良からぬ事を考えているに違いないと迷うのだが、今は、そんな迷いもなく、直ぐにその手を取った。ギュッと握る。けど、汗をかいていたんだと気付いて離そうとしたけど、それを留めるように強く握り返された。そんな先輩の手も汗を掻いていた。もしかして、真剣に探してくれていたのだろうか。まさか、ね。
「寂しかった?」
「そ、そんなことありません」
まるで心を見透かされたような質問に慌てて言葉を返すと、先輩はふーんと呟いて顔を前に向けた。
「私は心配したんだけどな」
「――え?」
告げられた言葉に顔を上げて先輩の顔を見つめると、先輩は悪戯っ子の笑みを浮かべていた。さっきの言葉の意味を聞ける雰囲気じゃなかった。
ただ繋がれた手に、もう迷わなくて済むんだと気付けて、安堵したのは確かだ。
「じゃあ、迷子のお姫様も見つけたことだから、一緒に中央を目指そうか?」
「はい!」
私は、鉢屋先輩の言葉に、大きく頷いた。
太陽に恋をする向日葵 後篇