ある時を境に、俺の中に黒くて苦いものが溜まった。
それは、消そうとしても消せなくて、むしろ、日に日に大きくなっていく。どうしたら、それは消せるのだろうかと、ずっと悩んでいた。

だから、いつもよりぼうっとする事も増えて、豆腐を食べる量が減った時は親にまで心配されるようになった。これじゃあ、日常に支障を来たしてしまうと、なんとかその答えを見つけなくちゃと翻弄した。


「……分かんない」

珍しく部活のない放課後。そのまま帰宅すれば良かったけど、家に帰ってもすることもないし答えが見つからないので、中庭にあった花壇の傍に座ってぼうっと花を見つめていた。

だが、そうしていても答えなど出てこない。ふとした瞬間に出てきそうなのに出てこないのだ。あと少しだと頑張って考えれば、それは霧のようにすぐに消えて掴めない。

どうしてだろう。こんなもの捨ててしまえば楽になれるのに。どうしてだろう。それを消してはいけないのだと頭の隅で声が聞こえている。同時に消せるはずもないよって声がある。
結局、消えることのないまま、この気持ちは今も続いている。この先もずっと続いていくに違いないという確信だけはあった。その感情の意味すらも分かっていないのに。不思議だ。

「…………」

目の前には鮮やかなコスモスが咲き誇っている。秋だ。
コスモスの花言葉はなんだったかなと、答えの出なくなった俺の思考はどうでもいい事を考え始めた。

「あれ? 久々知先輩」

その声に思考が止まった。
顔を上げて後ろを振り向くと、ジャージ姿の彼女が手に如雨露を持って立っていた。
そう言えば、園芸部は花壇の水遣りが仕事だったなと、ふと思い出した。そうか。今日は、彼女が水遣り当番の日なのか。だとすれば残っていて得をした。

けど、嬉しいはずなのに、なぜかモヤモヤとしたあの黒い感情が活性化し始めた。
両方が交差して思考は混沌だ。

「あ、コスモス見てたんですか? これ、私が育てたんですよ!」

何も答えない俺に構わず、彼女は俺の横に同じように座った後、笑顔でそう告げた。


「――――」

ずっと混沌だったそれが急に明瞭なものになった。はっきりとした色を示して、いま俺の中に明確な形を作った。

「……だったんだ」
「はい?」

そうか。あれは、相手だったから、起こっていた事象だったんだ。あの黒い燻った奇妙な感情の名は――嫉妬だった。そうだ。悔しかったんだ。の傍に居るのは俺で、の笑顔を引き出したいのは、この俺なんだって、あの感情が叫んでいたのだ。
だから、手放そうとしても手放せなかった。これは、恋という名の感情が引き起こす副作用だったのだ。
俺は、のことが好きなんだ。

自覚すると、今までの行動の意味が全て理解できた。
好きだからこそ声が聞きたい、傍に居たい。君が笑うとこっちまで嬉しくなる。君が泣くと、こっちまで悲しくなる。君に嫌われたくない。君の一番になりたい。

けど――それを、いま口に出せるほどの勇気はなかった。

彼女を好きなのは俺だけじゃない。
雷蔵と三郎。あの二人のことが頭を過ぎったのだ。自分の感情を自覚したことで、あいつらの行動の意味も漸く理解できた。そういうことだったのだ。

「久々知先輩?」

その声に意識を戻した。不思議そうな顔でこちらを見つめる彼女に心拍数が上がる。そう言えば、俺は今まで無意識に色んなことをしてきたけど、今では考えられないほど随分と大胆なことをしてきたような気がする。急に恥ずかしくなった。

「ごめん」
「あ、勝手に入ったからって怒りませんよ? そもそも、ここは学校の私有地で私の土地でもなんでもないですから」

どうやら勘違いしているみたいだ。そういう意味で謝ったわけじゃないけど、その笑みを見ていると、もうどうでも良くなってくる。心が温かい。それだけで幸せだ。

って、不思議だな」
「へ? それ、褒めてますか?」

怪訝そうな顔でこっちを見つめてくる。それすらも可愛いと思えてしまう。やばいなぁ。ニヤけてきそうだ。自覚した途端に感情が溢れ出てくる。なんて心地のよいものだろうか。今後コントロールするのが大変かもしれない。

「うん、褒めてるよ」
「それなら、良いですけど」

納得行かなそうに呟く彼女に、俺は笑みを浮かべた。



知らぬ間に、発熱
少年Kの場合




久々知は、優等生なので、他に手が付かなくなるほど考えそうだと思いまして。
081020