「ちょっと、そこの貴女」
食事を終えて先輩たちと別れた後、さて次の授業はどこの教室だったかなぁと手帳を開いて確認していたら、見知らぬ人に声を掛けられた。
「はい?」
声をかけてきた人は、それはそれはナイスボディのおねえ様だった。
ミニスカからは、すらっとして綺麗な素足が見えていて女である自分でも視線を向けてしまいたくなるような豊満な胸は、それを強調させるかのようにピッタリとした服に包まれていた。
私は、何故こんな綺麗な人に声をかけられたのかと首を傾げていると、ちょっといいかしらと、ついて来る様に示唆された。学内とはいえ、あまり知らない人について行くのはいいとは思えなかったが、有無を言わせぬ瞳をしていたので言われた通りに彼女の後についていった。
着いた先は、私が足を踏み込む事のない薬学部棟の一部屋だった。
実験室なのか、薬品の臭いが鼻につく。
「……あの、私に何かご用ですか?」
まさか被験者にでもなれと言われるのだろうかと、内心びくびくしながら目の前でこちらを見ている相手に問いかけた。
「彼に付きまとわないでくれない?」
「……え?」
彼が一体誰のことを指し示しているのか分からず、私は首を傾げた。
「鉢屋三郎。あたしの彼氏」
思わず吃驚して目を見開かせてしまった。
しかし、考えるまでもなく高校時代から女子に人気のあった先輩に、彼女が居ないと思う方が不思議なのだ。そこまで驚くような事でもなかったと直ぐに気づいた。
けれども、どうして、私は彼女に彼に付きまとうなと言われるのだろうか。
私が鉢屋先輩に付きまとった覚えは全くない。同じ学内にいるのだから遭遇率は多いし、時々ランチを一緒にとることもあるし、休みの日に遊びに行く事もある。だが、それら全てを二人きりでしている訳でもない。
今日のランチだって、鉢屋先輩と不破先輩の三人で取ったのだ。
そう告げると、相手はその綺麗な顔を歪ませた。
「あなた、三郎の事が好きなの?」
「へ? いえいえ、違います!」
確かに鉢屋先輩のことは好きだ。けれども、それは友達としてのもの。ラブではなくライクの方だ。
「兎も角、貴女にウロチョロされると迷惑なの。目障りなの。今後、彼に付きまとわないで」
「…………」
だから、私は先輩に付きまとってなんかいないんだってば。何故、それを分かってくれないのだろうか。
それとも、この彼女さんは、女友達が傍にいることすらも嫌がるような嫉妬深い人なのだろうか。先輩がどんな人と付き合おうが、私が文句を言う筋合いはない。だが、そういう理由で第三者から交流を禁止されるのは、不愉快だ。
「なによ、その目は。あなた、やっぱり、三郎のことが好きなんじゃないの?」
ジトリとした視線を感じ取ったのか、相手は更に眉を顰めてそう告げてきた。
これでは、いたちごっこだ。ため息をつきそうになって、余計に相手の怒りを買うことがわかったので、なんとか飲み込んだ。
「彼と付き合っているのは、貴女じゃなくて、あたし。それに、貴女と彼じゃ釣り合わないわよ」
「…………」
あなたに判断されたくはない。
そう告げたかったが、やはり、彼女の気持ちを逆なでするだけだと思って、ギュッと拳を握って堪えた。
「分かったなら、金輪際、彼に付きまとわない事ね」
私の沈黙を肯定と取られたのか、相手は捨て台詞を告げて教室から出て行った。
私は、始業の合図が鳴っても、そこから動く事ができなかった。
アンニュイな午後