ユーリが地球に帰った日の夜。
俺−ウェラー卿コンラート−は、自室で空を眺めていた。
闇夜を照らす真っ白な月。
そして、明日の朝、再び太陽は昇るのだろう。
何事もなかったかのように−。
でも・・この国に「太陽」はもういない。
「・・・ユーリ」
窓の枠に手をかけると小さくその名前を呟く。
『地球に帰るならこれが最後のチャンスだと言ってるんだ。』
それは2度とユーリと会うことが出来ないことを意味していた。
「っ・・・」
・・・それでも・・それでも彼を地球へ送り返したのは俺達だ。
『どんなに遠くにいても俺は貴方を見守っています。これからもずっと・・・』
もう2度と会えなくても・・・彼に地球に帰ってもらいたかった。
彼の『家』はあそこだから・・・。彼が『家族』を愛していることを知っていたから。
『コンラッド!』
彼の声が耳によみがえる。
「ユーリっ・・・・」
顔を俯かせているとトントンと扉がノックされ、師範が俺の部屋に入ってくる。
「まだ起きてたんだ、コンラッド」
「・・・師範」
真っ暗な部屋の中、明かり1つ灯さないで窓の外を見ていた俺の姿に師範は何も言わない。
「・・・ギュンターも部屋に閉じこもってる。グウェンダルも自室から出てこないし・・・、ヴォルフラムにはツェリ様がついてる。・・・プリンセスも・・さっきまで泣いてて・・今やっと眠ったところ」
そう言いながら師範がすぐ俺のそばにやってきた。
「コンラッド」
「・・はい」
そっと頭を撫でられる。
「・・・よく頑張ったね」
−何かが切れた気がした。堪えていた何かが・・・−
「・・・っ−−」
すぅっと顎のラインを通って涙が一筋落ちていく。
「っ・・・っ・・」
「・・ユーリ陛下が・・悩まないように・・ずっと笑っていたんだよね?・・っ・・堪えてたんだよね・・。・・頑張ったね、コンラッド」
「・・・ッサヤ・・」
サヤの声も微かに震えている。
堪らずに俺はサヤの胸へとすがりついた。
サヤは嫌な顔をせずに俺の髪をそっと撫でてくれている。
「・・・っ・・もう、いいんだよ、コンラッド・・。・・もういいんだよ」
「っーーー」
瞳からは幾筋も涙がこぼれていった。
「ユーリ・・・っ・・ユーリ!!っ・・本当は・・離れたくなかった・・。そばに・・ユーリのそばにいて・・守りたかった・・。ずっと・・彼と共に・・生きたかった」
「・・・」
サヤは何も言わずに俺の頭をなで続けてくれている。
月はそんな俺たちを優しく照らしていた。
「・・・少し休みなさい。コンラッド。きっと貴方は自分で思っているよりものすごく疲れてると思うから・・」
優しく囁かれ段々と落ち着いていく。
「・・・っ・・すいません、師範・・・」
「ううん。大丈夫、コンラッドが寝るまでそばにいるからさ」
師範はにこりと微笑むと俺の頭をよけいに胸に抱き寄せてくれた。
その暖かさに幼い頃を思い出す。
幼い頃、怖い夢を見て泣いていると母上か師範がよくこうやってあやしてくれていた。
・・・ユーリ・・・
俺はそのまますっと瞳を閉じた。
・・・次目覚めた時にはあの愛しい姿があることを無理と知りながらも祈りながら・・−
やがて規則正しい呼吸音が聞こえてくると沙耶は小さく溜息をつきコンラッドの腕を自分の肩に回させ、引きずるようにしてベッドまで運んでいく。
投げ飛ばすことはできるが、抱き上げることは出来ないらしい。
どさっと放り出すようにコンラッドをベッドに下ろすとその上から真っ白なシーツを掛ける。
「・・・ユーリ・・」
閉じられたコンラッドの瞳から再び涙がこぼれた。
それをみると沙耶は小さく溜息をつき窓から見上げる。
「・・・多分・・・猊下はもう気が付いてると思うけど・・・。この『仮説』が・・正しいことを祈ってます。猊下・・裕哉・・。そしてユーリ陛下・・。」
その声は静かな部屋に吸い込まれていった。