それでも時間は変わらず時を打ち、この世界から「太陽」が消えて、一週間が過ぎた・・・。
「師範、おはようございます」
「・・・」
眞魔国−血盟城。
花壇に水をまいていた黒髪に群青色の瞳を持つ少女−水月沙耶はその声に廊下の方へ振り向いた。
そこにはダークブラウンの髪と薄茶色の銀の光彩を散りばめた瞳のウェラー卿コンラートと長身で黒に限りなく近い灰色の長い髪に青色の瞳のフォンヴォルテール卿グウェンダルが立っている。
「おはよう、コンラッド、グウェンダル」
ニッコリと微笑みかけるとコンラッドはいつも通りの爽やかな笑みで頷き、グウェンダルは微かに口元にだけ笑みを浮かべた。
「お前が花壇に水やりとは珍しいな」
グウェンダルがそう答えると沙耶は花壇に視線を戻す。
「まぁね・・。だって私は本当は『師範』はとっくの昔にギュンターに任せた人間だし。プリンセスはドリア達とお菓子作りの真っ最中。暇だし、やることないからね。それにほら・・・。『麗しのヴォルフラム』も『ツェリの紅色吐息』も『内緒のグウェンダル』も、そして・・『大地立つコンラート』も綺麗に咲いてるし」
沙耶はそう言うと青い花にそっと触れた。
水滴を花びらに乗せた青い花は沙耶の指が触れるとそのまま水滴を落とす。
・・・あれから、ユーリについて触れるものは誰もいない。
ぼんやりとその様子を見ていたコンラッドとグウェンダルだったが、不意に沙耶は花から手を離すと2人を見つめた。
「・・何か用事があって私を呼びに来たんじゃないの?」
水がたっぷり入った水差しを上下に揺らすようにして尋ねると水が微かだがちゃぷんと揺れる。
「あ・・あぁ。実は今からヴォルフラムやギュンターと一緒に眞王廟の再建の様子を見に行くんですが・・師範も一緒にどうかな、と思って」
その水音にハッと気が付いたようにコンラッドが慌てて答えるが沙耶は小さく首を振り「行かない」と即答した。
「水やりの途中だし・・・。それにプリンセスのこともきになるしね」
苦笑いしながら答える沙耶をみるとコンラッドは小さく溜息をついた。
「分かった。それじゃあ留守を頼みます。すぐに帰ってきますから」
「アニシナを見張っていろ。暇ならな」
・・・そこまでアニシナが怖いんですか!?
「はいはい。いってらっしゃい。あ、ウルリーケによろしくね」
そう言って2人に手を振ると彼女は再び花に水をやり始めた。
同時国、地球−日本。
俺−渋谷有利原宿不利−は、村田と門崎に公園に呼び出された。
自転車であの公園−村田が不良に絡まれていた公園、全てが始まった公園−に行くと階段の上にこちらに背を向ける形でなにやら真剣に話し込んでいる村田と門崎がいた。
「村田、門崎!!」
2人に駆け寄りながら声をかけると同時に2人が振り返り村田が軽く手を挙げる。
「よぉ、渋谷」
「わりぃ、まった?」
「今、俺たちも着いたところだよ。」
そんな話をしながら俺たちは公園内をぶらつきはじめた。
しゃあぁあああ・・・という心地よい噴水の音が聞こえる公園のベンチ。
俺たちは並んで座りジュースを飲み始めた。
「やっぱりまだまだ暑いよなぁ・・・。2学期が始まったとはいえさ」
門崎が暑そうにしながらプルタブを指に引っかける。
「そうだよねぇ。ま、今年は異常気象だったから」
その答えに村田がさらりと答える。
「何だよ、それ」
やっぱり同じ高校だけあって2人ともものすごく仲良さそうにみえるよなぁ。
「なぁ、門崎と村田って学校でもそうなのか?」
素朴な疑問をぶつけると途端に2人はきょとんとして同時に首を振った。
「いや、学校ではお互い全く話さないよな。ね、門崎」
「え・・・?そうなのか?」
俺と村田の問いを受け門崎が頷く。
「うん、基本的に俺と村田って属するグループが違うからさ。村田は秀才グループだし。今日も『村田と帰るから』って言ったらものすごく友達にびっくりされてさぁ・・」
門崎はそう言って苦笑いを浮かべながらジュースを一口飲む。
そうなんだ。てっきり学校でも仲良くしてるのかと思った。
「彼らにとったら『俺たちのアイドルの門崎が!』って感じだったみたいでさ。こう、目が点になっていたんだよね」
あはは・・・と笑う村田に門崎の頬がひきつった。
「え、っていうか門崎ってアイドルなのか?」
「ちっがーーう!!ただ、あいつらが勝手に言ってるだけで・・ってか村田、よけいな事いうなって!!」
力一杯否定する門崎に村田がさらに追い打ちをかける。
「あはは、そうだよね。それに門崎はフォンヴォルテール卿のものなんだもんねv」
「・・・っ!」
村田の言葉にあたりが一瞬シン・・・と静まりかえった。
門崎は気まずそうに俺を見つめている。
俺はジュースを一口飲むと小さく息をついた。
「・・・なぁ、村田。もしあの時俺が諦めていたらどうするつもりだったんだよ?」
村田は噴水から視線を外さず微かに瞳を伏せる。
「その時は・・世界は滅亡していただろうね」
「っ!お前な!」
それってかなりやばい賭けだったってことだよな?!
それでも村田は涼しい顔をしてジュースを口に含んだ。
「最後のチャンスだったんだ。そして君はそれを叶えてくれた。・・・門崎には見えていたんじゃないのか?未来が」
その言葉にハッとして門崎を見る。
そうだよ、門崎には未来をみる『千里眼』があるんじゃ・・。
「・・・見えなかった」
でも門崎の言葉に俺の予想は見事に裏切られる。
「渋谷と村田が眞王廟に捕らわれたあたりから・・どんなに頑張っても未来を見ることも・・それどころか眞王廟の中を探ることさえ出来なかったんだ。・・それだけ創主の力が強かったんだよな、きっと。でも、ま、渋谷ならきっとやってくれるって信じてたけどな」
にっと微笑みかけられ俺は何も言えなくなった。
そのまま残ったジュースを一気飲みすると「終わりよければ・・ってやつ?」と小さく呟く。
「ま、そんなところだよね」
それに続くように村田と門崎もぐっと缶をあおった。
「あ、そういえばさ、渋谷のお兄さんだけど・・」
ジュースを飲み終わった門崎がふと気が付いたように声をかけてくる。
「勝利?勝利がどうかしたのか?」
「今、ボブの所で本格的に勉強してるんだろ?『ロドリゲスと良いコンビになりそうだ』ってボブのメールに書いてあってさ。」
そういうと門崎はクスリと笑った。
「門崎はボブの子どもだからね。でも・・地球の魔王の子どもって実は結構すごいんじゃない?いくら養子だといってもさ」
村田はそう言うと俺を見る。
そういえば・・それってすごいよな、つまりはグレタと同じなんだし・・・。
「しかも、純血の魔族で双黒だよ?」
「・・・じゃあかなり強いってことじゃんか!」
「あのなぁ〜。別に俺は純血ってわけじゃないって!母親の方はほとんど人間に近いんだから!・・それより、行かなくていいのかよ」
これ以上何か言われたら堪ったものじゃないとぶつぶつ呟きながら門崎が立ちあがる。
って・・・行くってどこにだよ?
怪訝な顔をする俺を見ると村田がクスリと笑って公園の奥の森を指さした。
「あの奥にある池にだよ。ほら、懐かしい場所じゃん?あそこもさ」
公園の敷地内にある森。
その森の奥へ進み視界が開けるとそこには大きな池がある。
四方が森に囲まれてかなり静かな場所だ。
「懐かしいな、こっから眞魔国へ行ったこともあったっけ」
さあぁああ・・と池の上を風が渡っていく。
・・あの頃は地球と眞魔国、その2つに往き来できることが当たり前だったのにな。
俺は2人から一歩前に出ると池の縁にしゃがみ込んだ。
水はかなり澄んでいる。
「皆、どうしてるかな・・」
ぽつりと言葉が口から零れ、俺はその言葉に微かに眉を寄せた。
言わないでおこうって思ったのに・・
言ったって・・2度とあちらには戻れないんだから。
後ろの2人はなにも言わない。
ポケットからライオンズブルーの石が付いたペンダントを取り出した。
コンラッドからもらったペンダント・・・。
中にはウィンコット家の紋章が描いてある。
その時だ、ペンダントが何かに共鳴するかのように淡く光り始めた。
え・・・っ・・な、なんだよ、これ!?
「お、おい、村田・・・これって!!」
慌てて背後にいるはずの村田に声をかけると同時に・・・トンっ・・と背中を押され、突き飛ばされた。
「・・・へ・・?」
目前には青い青い水。
思わず肩越しに振り返るとそこには俺を突き飛ばしたままの格好の村田と苦笑いをしている門崎の姿があった。
ザッパーン!
と派手な水音を立てて池に落ちた俺は目を見開く。
え・・なんで・・っ・・どういうことだよ!?