ゴールデンウィークもあと少しで終わりだという5月5日−言わずとしれた子どもの日、その日の朝早くから俺、渋谷有利の母親は台所でなにかを嬉しそうに作っていた。
「あら、おはよvゆーちゃん」
朝の軽いロードワークのあと、俺が冷蔵庫を開けると同時にお袋は顔を上げニッコリと微笑む。
「おはよ・・朝っぱらから何作ってるの?」
そういってお袋の手元をのぞき込んだ俺はそこにあったものに少しだけ驚きで目を見開いた。それは真っ白な肌をしていてその上餅のようにもちもちっとしている。それでいて滑らかで下の方は恥じらいを持つかのように緑色の柏の葉で巻いてある。おそらくその餅肌を割ると中からは黒々とした餡が見えるのだろう。
「これ・・柏餅?」
「そうよ、なんせ今日は子どもの日ですものね。ちゃんとお祝いしないとね」
お袋が嬉しそうに答えるが俺が驚いたのは何も柏餅の事じゃない。その量だった。一山2,30個はあろうかと思う柏餅が2つのお皿に盛ってあった。つまり単純計算で60個前後あると言うことになる。
「つ・・つくりすぎだろ、これ、どうみても。俺たち4人でこんな量食えるわけないだろ?!」
その柏餅の山を見て呆れているのは俺だけではないらしく少し離れたリビングで休日な事をこれ幸いにして新聞を読んでいた親父も「うんうん」と頷いている。
「あら・・・?やだ、私ったら・・夢中になって作りすぎちゃったみたい。お隣さんにでもお裾分けしようかしら」
柏餅の山を今気がついたかのように見てお袋がはぁっとため息をついた。
「いってきます!」
それから少し後、俺は野球の練習に行くためバッドなどが入ったバッグをもって家を飛び出した。今日はそれからもう1つ包みを持っている。それは出掛けにお袋が持たせてくれた柏餅入りのお重だった。『やっぱり育ち盛りの子はたくさん食べなくちゃダメでしょ?今日は一日中練習するってゆーちゃん言ってたし・・。これ皆で食べて頑張ってね』・・よーするに体のいい始末屋ってことか。その時だ。昨日まで降っていた雨のせいかまだ道路には水たまりがあり、その水たまりの中に思わず入ってしまったのだが・・・
「え・・・?」
水たまりは思ったより深く一気に頭でつかり・・ってそんなわけない!ってことは・・ってことは・・!水たまりの奥底にはいつも通りブラックホールが・・。スターツワーズに強制的にご参加だった・・。
「ぷはっ!!」
ばしゃっと水面から顔を出すとそこにはよく見慣れた風景が広がっている。
「ここは・・・」
血盟城の湯殿・・。ってことは・・・
「また呼ばれちゃったってわけか・・」
ばしゃばしゃと水しぶきを上げながら湯船からでると体中がびしょ濡れだった。
「陛下ーーー!!」
ちょうど俺が湯船を出たのと同じタイミングでフォンクライスト卿が湯殿に飛び込んできた。その後ろからは俺の保護者兼ボディーガードのウェラー卿が現れる。
「ささ、陛下、風邪をひくと大変です。すぐにお召し替えを」
ギュンターはそういうとタオルと魔王専用の学ランに似た黒服を手渡してきた。
「ありがとう」
「お帰りなさい、陛下。」
俺の肩に手を置いてコンラッドがいつも通り微笑みながら声をかける。
「ただいま、名付け親。だから陛下って呼ぶなってば」
「すいません、つい癖で」
そんないつものやり取りをしていたが今日は1つだけ違うことがあった。
「?ユーリ、その手に持っている物はなんですか?」
コンラッドが俺の手にひっかかっている包みをみて尋ねる。
「あ・・これ?」
お袋が作った柏餅が入った包みを軽く持ち上げると「これ、お袋が作った柏餅なんだ、皆で喰おうぜ」と告げた。
「いいですね、ちょうどお茶の時間ですし。お茶を入れさせてきましょう」
ギュンターが手をぱんっと打って俺から包みを受け取るとそのままいそいそと風呂場からでていった。その場に残されたのは俺とコンラッドで・・。
「じゃあ俺たちも・・」
俺がそう言いかけるとコンラッドは何かを言おうとしていたらしいがそのまま開いた口を閉じる。
「・・・?なんか俺に言いたいことあった?」
素直な気持ちをそのままぶつけただけだがコンラッドはいつも通り涼しげな笑みを浮かべながら首を振る。
「いえ、なんでもありません。先に行っています、陛下」
少し早足で歩いていくコンラッドをみて俺は微かに首をかしげたのだった。
俺が自分の部屋に戻るとそこにはすでに先客が4人いた。コンラッド、ギュンター、そして俺の婚約者であるフォンビーレフェルト卿ヴォルフラムとその兄フォンヴォルテール卿グウェンダルだ。
「遅いぞ、ユーリ!」
偉そうに椅子に座りながらヴォルフラムが口を開く。
「久しぶり、ヴォルフラム。グェウンダルも久しぶり」
俺がそう言うとグウェンダルはふんとだけ鼻を鳴らした。どうやら相変わらずのようだ。
「陛下、今お茶を入れていますからね、少しお待ち下さい。」
ギュンターがポットで静かに紅茶を入れながら微笑みかけてきた。それはいいんだけど・・柏餅に紅茶って合わなくない?っていうか確かお袋、柏餅40個前後はいれてたよな・・・。ってことはこの5人で分けると1人最低でも8個!?俺はそのことを今から考えて頭がくらくらと揺らぐのを感じてしまった。
ふわっとやわらかい紅茶の香りがほっと心を安らげる。包みはとっくに開けられ皆始めは少し不思議そうな顔をしながら柏餅を見つめていた。やはりかなり珍しいのだろう。
「おい、ユーリ、これはどうやって食べるんだ?」
ヴォルフラムが柏餅をくるくると回しながら尋ねてくる。少なくともそうやって食うもんじゃないと教えてやりたい。
「え?そのまま食べるんだよ、柏の葉はむいて。」
俺はいつも通り柏の葉を餅から外すと一口ぱくんと食べる。柏の葉の微かな香りと甘さ控えめの餡と餅の餅肌(?)がいい具合だ。
「なるほど、そのようにして食べるのですね、さすが陛下です。」
ギュンターが感極まったような声を出して自分も同じようにして柏の葉を剥いている。みると皆同じように恐る恐るといった感じで柏の葉を剥いて餅を見つめている。異世界の食べ物を食べるのには勇気がいるらしい。俺はお構いなしで1つ目の柏餅をまた一口かじってた。
「・・・・」
やがて他の4人も柏餅をぱくっと一口かじった。
「・・悪くないな」
始めに声を出したのはグウェンダルだ。それに続いて他の3人も頷く。
「おいしいですね、これ!」
「人間の食べ物って感じだけどな」
ぶつぶつと文句を言いながらもヴォルフラムの顔はそこまで嫌そうにしていない。どうやら気に入ってもらえたようだ。俺はほっとして1個目を食べ終わると2個目に手を伸ばした。
「これ、陛下の母君が作ったんですよね。」
「あ、うん、そうだよ。」
その言葉に反射的にコンラッドの方を向いたときだ。
−−ドキンッ!−−一
俺の胸は急に大きく高鳴ったのだった。