「え・・ここって・・?」
アニシナ達に案内されてきた部屋は王室でもましてや客室でもなくそれどころか執務室ですらないユーリの寝室の前だった。
「魔王陛下の寝室です。」
「・・・それは分かるけど・・なんでここに?普通は王室とか・・」
沙耶が素直な疑問をぶつけるとギュンターがふっと笑みを浮かべた。
「陛下はまだお勉強中のみですので・・玉座にいることはほとんどありません。」
「なんせへなちょこだからな」
それはそれですごいのでは・・・。
「・・へぇ。確かツェリ様の次の魔王は異世界の者ってきいてるわ。そして双黒の者だって・・。」
そこまでいって沙耶は痛めている方の足の方へ力をかけてしまった。
「〜〜〜・・・!!」
激しい痛みによけいに眉が寄る。
「サヤ・・・?」
「あ・・ごめん、なんでもないの・・」
沙耶はそういうと誤魔化すようにローブをばさっと脱ぐとそれを手に持つ。
「ところで魔王陛下は今、この部屋の中に?」
「はい、今はコンラートとグウェンダルが勉強を教えています。」
その瞬間、沙耶はびしっと固まった。
「・・・グウェンダルが・・・?」
「はい、そうです。といっても教え始めたのは2日ぐらい前からなんですが・・」
「え・・あのグウェンダルが・・?」
「兄上はさっさとユーリに仕事を覚えて貰いたいんですよ」
「私もそれには賛成です。いつまでもグウェンダルをこちらにいさせたら私の素晴らしい研究の栄誉ある実験材料にさせてあげれないではありませんか!」
その言葉を聞いた途端、沙耶はがくっと肩を落とした。
「・・・アニシナ・・まだその研究やめてなかったんだ・・。っていうか、グウェンダルが・・人に物を教えるって姿、想像できないんだけど・・」
「というより、グウェンダルの場合、かなりスパルタですからね。陛下が哀れで哀れで・・」
ギュンターがよよよ・・っと泣くふりをする。
「あはは・・・。でもグウェンダルがめちゃくちゃ笑顔・・・それこそコンラッド並の笑顔で『ここは違いますよ、陛下』とか優しい声でいってたら・・私だったら爆笑もので覚えられないと思う。」
沙耶がぐっと拳を握って言うと同時にその場にいる全員がそのグウェンダルを想像してしまったらしい。コンラッド並に微笑んで優しい声でユーリに勉強を教えるグウェンダル・・。
「「「っ!!」」」
全員が思わず吹き出した。
「・・・っ・・なんか・・・す・・すごそうですね・・」
「兄上が・・そ・・そんなことするはずが・・っ・・」
ギュンターとヴォルフラムは必死に普通の顔をしようとしているが顔がひくひくとひくつき腹筋が震えている。必死に笑いをこらえているのだ。
「そうですね、でもそのグウェンダルを私の研究で・・」
「やるなっ!!私がグウェンダルに怒られる!」
嫌な予感をひしひしと感じながらアニシナの意見を途中で沙耶が止めた。
「っぷ・・・ッ・・・で・・でも・・そんなこと・・ありえない・・よね・・」
笑いが限界まできている沙耶は必死に口元を押さえている。その時だ。ふいにキィッと音を立ててユーリの寝室のドアが開いた。
そしてそこに立っていたのは・・・
「あ・・兄上・・」
怒りで体を震わせいつもより眉間に3本以上しわを称えたグウェンダル、その人だった。
「・・・サヤ、久しぶりだな・・」
地から響くような低い声ででグウェンダルがいうが沙耶は必死に口元を押さえて何度もこくこくと頷くだけだ。
「ひ・・・久しぶり・・ッ・・く・・ほ・・本当に・・元気・・だった・・?」
沙耶の声はかなり震えている。よほどツボにはまったらしい。部屋の中を見ると窓際にもたれながらこらえきれなかったのか「っぷ・・・・く・・・」と忍び笑いを繰り返しているコンラッドとそのそばで必死に笑いをこらえているのか机に突っ伏しているユーリの姿もあった。その肩は細かく震えている。
「・・・・沙耶、貴様・・私を玩具にするのはやめろといっただろうが!」
その雰囲気に耐えられなくなったのかグウェンダルが沙耶の胸ぐらを掴んだ。
「・・・っ・・あはは・・ご・・ごめん・・グウェンダル・・」
どこの世界にそこまで感情がこもっていない謝罪があるのだろうか。
「そんなに斬られたいのか、サヤ。」
しかしグウェンダルがそういった途端、沙耶はその群青色の瞳をすっと細めた。
「斬る?今までそう言いながら私に勝ったことはあった?フォンヴォルテール卿グウェンダル閣下・・・」
「っ・・・」
口元には笑みを浮かべているが瞳は先ほどとは比べ物にならないほど感情を表していない。こういう自分の感情をうまく抑圧できるところが沙耶が強いと言われている原因なのかもしれない、と沙耶をよく知る者達は改めて実感した。
「・・お久しぶりです、師範。」
このまま放っておくと険悪になりそうなムードの2人に声をかけたのは何とか笑いをひっこめたコンラッドだった。
「えぇ、久しぶり。コンラッド、元気そうね」
胸ぐらを掴まれたまま沙耶はコンラッドに微笑みかける。先ほどのあの冷たい雰囲気は既になくなっていた。
「えぇ・・おかげさまで」
「・・・それになんだか幸せそう・・。もしかして恋人でも出来た?」
・・・しかも沙耶の観察力はかなり優れている。グウェンダルの腕をいとも簡単に振り払うと沙耶は軽く頭を下げてから部屋に入る。
「えぇ・・出来ましたよ、大切な人が」
さらりと答えるコンラッドにユーリの頬が微かに赤く染まる。その様子を見て沙耶は安心したような笑みを浮かべたあとユーリに声をかけた。
「貴方が魔王陛下ですね・・?」
いきなり声をかけられ驚いたようにユーリが顔を上げる。
「あ・・は・・はい!はじめまして、渋谷有利といいます。」
慌ててびしっと姿勢を正したユーリを見て沙耶は思わずくすくすと笑いながらその場に跪く。
「初めまして、魔王陛下。私は水月沙耶と申します。どうかお見知りおきを・・・」
「え・・・え・・っ!?いいって、そんなことしないでさ!って・・・水月?コンラッドたちみたいにウェラー卿とかじゃなくて?なんか思い切り日本名っぽいんだけど・・。それと歳はいくつ?見た感じだと俺やヴォルフラムと同年代?」
疑問を何個か沙耶にぶつけると沙耶は顔を上げふっと微笑んだ。
「私は人間と魔族の間に生まれた者です。ただ生まれてから5歳くらいまではこの世界ではなく日本で育ったんです。だから、名字は『水月』で名前も『沙耶』という日本名なんです。あと歳は・・今年で501歳になります」
年齢を言うところだけ沙耶が苦笑いして少しだけ瞳を泳がせる。
「ふ〜ん、そうなんだ。・・・・って・・えぇえ!?501歳!?え、だって魔族の血って長命で見た目の5倍が本当の年齢なんだよね!?でも、えっと水月さんはどうみても17,18ぐらいにしか・・!」
一瞬、頷きかけたユーリだったがあり得ない数字を聞き驚いて思わずギュンターやコンラッドたちの顔を見回した。
「サヤはウルリーケと同じで少し特殊なんだ。」
その様子を見てヴォルフラムが呆れたようにため息をつく。
「え?特殊って・・?」
その言葉にユーリが沙耶をまじまじとみつめ尋ねた。
「私の家系は代々ギュンター達と同じように魔族なんですが・・何代か前に人間−しかもかなり強い力をもった人間が生まれたんです。その者は不老の体を持ち、魔術でも法術でもない力を使ったとされています。その者は『この世に災いを起こす者』として処刑されてしまいましたが、彼の血を濃く受け継いで生まれる者達が稀に現れるんです。」
沙耶は微かに笑みを浮かべながらそう答える。
「それが、君・・じゃなくて水月さんってこと?」
「サヤでいいですよ。皆、そうやって呼びますしね?えぇ・・ただ、私には人間の血も流れているので不老というより老化が極端に遅いだけなんですけどね」
極端すぎると思うのですが・・(汗)
「サヤは眞魔国の兵士達に武術を教えているんです。立場的には軍曹にあたります。」
補足をするように後ろからコンラッドがユーリに説明をする。
「え、でもギュンターがそういうのやってたんじゃないの?」
思わずといった感じでユーリがコンラッドを見てさらに質問する。
「・・ユーリ・・。いくらギュンターだってあの姿で生まれたわけじゃないですよ」
それはそうだろう・・生まれたときからあの姿だったら親は卒倒ものだ。
「あ、そうか・・。」
「私はギュンターが1人前になるまで師範として皆に武術を教えていたんです。今は引退していますが・・」
そういって軽く沙耶は軽く肩をすくめた。
「しかし、サヤは私たちの中ではかなり冷静に物を見ることが出来る。参謀としてはかなり有能だ」
人を褒めることなどしなさそうなグウェンダルがいつも通り仏頂面のままサヤの肩に手を置く。
「へぇ・・。そうなんだ。じゃあいざって時は頼りにしてるよ。とりあえず立ってよ、サヤさん。これからよろしくね。」
「はい。これからは微力ながら私のもてるすべての力で陛下に仕えさせて頂きます。」
そういって沙耶がゆっくりと立ちあがった。その途端「−−−っ!!」ずきんっという衝動が沙耶の体に走った。
「サヤさん・・?」
ユーリが心配そうに声をかける。
「あ・・・すいません。なんでもないんです。」
慌ててとってつけたような笑みを浮かべた沙耶はユーリの手を軽く握った。しばらくするとユーリは沙耶の手を掴み今まで自分が座っていた椅子に沙耶を座らせる。
「「へ・・陛下っ!?」」
「何をやっているんだ、ユ−リ!?」
その行動に驚いたように皆が声をあげた。しかしユーリはしゃがみこむと沙耶の痛めている方の足首をそっと触った。
「いっーー!」
ひゅっと沙耶が息を止め思わず小さな声が漏れる。
「うわっ!かなり腫れてるし熱をもってるじゃないか!誰かギーゼラを早くっ−−」
しかし周りの皆は状況をつかめずぽかんとしている。それどころか当事者−沙耶でさえも驚いたようにユーリの顔を凝視していた。
「・・なんでわかったんですか?私が足を痛めているって・・」
「え?・・・なんとなく。足を庇っているように思えたからさ。」
「サヤ、また怪我をしたことを私たちに黙っていたのですね。貴方はいつもそうやって怪我を悪化させるんですから少しは自重しなさいと・・・。」
サヤとユーリの間に入ってギュンターがお説教をはじめる。
「あー、はいはい。わかりました。」
まるで子どものように顔をそらせる沙耶だったが次の人物の声にびしっと固まった。
「沙耶・・・?」
「・・・ア・・アニシナ・・」
気のせいか顔色が悪い。
「足を痛めているなら痛めているとどうしていわないのですか!いつもなら男どもなどと同意見になるのはまっぴらごめんですが今回ばかりはそうもいってられません!」
「なんですか、アニシナ!今の言い方は男を侮辱しているととりますよ!」
「そんなことより、まずギーゼラにサヤをみてもらうのが先決だと思うのだが・・」
いつの間にかグウェンダルも混じり、4人であーだこーだと言い合っている。その様子を少しだけ離れてみていたユーリが思わず吹き出した。
「なんか・・すげぇ・・。あの4人、なんか親子って感じ」
笑っちゃ悪いと思っているのかくくく・・と肩を震わせているユーリを見てコンラッドはいつも通りの笑みを浮かべた。
「えぇ・・。サヤ師範はああいう性格ですからね。誰かがああやって彼女に注意しないとどこまでもつっぱしっていってしまうんですよ。ただ、師範でさえもアニシナだけには頭が上がらないらしくて・・・」
「いいです、捻挫くらい、私が開発した魔動装置『なお〜るくん』で治療してあげますわ!」
アニシナがひょいっと沙耶を担ぎ上げた。あの小柄な体のどこにそんな力があるのだろうか・・・。
「い・・いや!いらない、いらない!ギーゼラに見て貰うから!!」
顔を真っ青にしながらアニシナの上でじたばたと暴れる沙耶。やはり彼女も毒女の実験台の被害者らしい。
「遠慮は無用です!さぁ、そうと決まったら早速私の実験室へ!」
そういうとアニシアが満面の笑みを浮かべた。
「い・・いやぁああ!!コンラッド〜〜・・・!」
瞬時にあたりを見回し一番味方になってくれそうなコンラッドの名を呼ぶがコンラッドはにっこりと微笑んだまま「いいじゃないですか。アニシナなら絶対治してくれますよ?」と返す。
「コンラートもああいっていることです。観念しなさい。サヤ?」
アニシナの足はすでに歩き始めドアへと向かっていく。
「う・・裏切り者〜〜〜〜!!!!」
サヤがコンラッドを睨みながら城中に響く声で叫ぶがコンラッドはまだ笑みをたたえたままだ。
「では、皆さん。ごきげんよう」
アニシナがドアを開け部屋を出て行った。
その数分後−。血盟城に断末魔の悲鳴が響き渡った。
−そしてここに毒女最強説が生まれつつあったのだった。−