『わたしを護ってくれる?』
『お護りいたしましょう、私の力の及ぶ限り』
−その言葉を聞いたとき、俺は自分の足下が崩れ落ちそうな感覚に陥った−
聖砂国の港について2日目の夜から俺、眞魔国第27代目魔王陛下もとい、渋谷有利原宿・・以下略は疲労にもかかわらずまともに眠れなくなってきていた。
「あ〜・・だるい・・。気持ち悪い・・胃がむかつく・・。」
3日目の朝−よほど酷い顔をしていたのだろうか、サヤさんが俺の顔をのぞき込んでいた。
そしてそっと俺の額に触れてくる。そのひんやりとした感覚に俺は少しだけ瞳を細めた。
「・・きもちい〜・・」
あ、やばい。思わず本音が・・。
「・・今のところ熱はないし・・多分疲れが出てるんだと思うけど・・。陛下、どうします?もし調子が悪いようならサラレギー達とヨザックには先に行って頂いて私と陛下は馬でも借りて後を追いかける・・っていう風にしましょうか?」
俺の言葉に関して笑うわけでもなくサヤさんは微笑みかけながら尋ねてきた。
「え・・でも、サラに悪いし・・。」
その言葉にぐったりと椅子に座っていた顔を慌ててあげる。
そうだ、俺は眞魔国の王としてきたのだからここでぐったりしている場合じゃないんだ。
「でも・・ものすごく青い顔してますよ?そのまま馬車に揺られたらよけいに具合が悪くなると思いますよ。反対にサラレギー達にも心配かけそうですし・・」
「大丈夫、大丈夫!さ、いこうぜ!」
これ以上よけいな心配をかけたくなくて俺はサヤさんの手を引いてサラレギーたちの待つ馬車の所まで歩いていく。
そこにはすでに俺たち2人を除く3人が集まっていた。
「おはよー、サラ。今日もいい天気で良かったよな。」
いつも通りに挨拶するとサラレギーがこちらを振り向いた。
しかし、それと同時にかなり驚いた顔をしている。
「ユーリ!?」
そのまま俺の頬に彼の手が触れた。
「え・・・なに?」
「すごく顔色が悪いよ?大丈夫かい?」
え・・・俺、そんなに酷い顔してるのか?
俺の後ろではサヤさんが「だからいったのに・・」と呟いている。
・・すいません。
「坊ちゃん、本当に顔色が悪いですぜ?少し休んだ方がいいんじゃないですか?」
ヨザックも心配そうに俺をみつめてきた。
そして次に、まるで指示を仰ぐようにサヤさんをちらりと見る。
「大丈夫だって!そんなに心配しなくても!俺は元気だからさっ!さぁ、出発出発!」
このままでは下手したら病院送りにされてしまいそうな気さえする会話を切り上げさせ俺は馬車へと乗り込もうとした。
その瞬間、馬車の隣にたっていたウェラー卿と一瞬だけ視線が合う。
彼の薄茶色の瞳に浮かぶ銀色の光彩は俺にはもう見えない。
彼は何かを言おうと口を開きかけたが俺は視線をそらすと馬車へ乗り込んだ。
・・・はっきり言って頭の中はぐちゃぐちゃだった。今はウェラー卿を見たくない・・。
彼はもう俺の大切な人ではない。
頭ではそう分かってる、分かってるんだ・・・
けど・・・
心のどこかで微かな希望にみっともなくすがりついている俺がいて・・それが許せなくて俺はむすっとしたまま窓の外を見つめている。
「じゃあ俺は先導主の隣に座りますんで・・」
ヨザックがサヤさんにそう話しかける声が聞こえてきた。
「俺じゃ陛下が具合悪くなったときすぐに対処できないんでね。」
そのあとヨザックが『大丈夫ですか、陛下?』と再び尋ねてきたが俺は小さく頷くだけで精一杯だった。
「・・・陛下、やっぱりサラレギー様達には先に行って貰った方が・・」
すごい心配そうなサヤさんには申し訳ないがなぜか俺はものすごく気が立った。
「大丈夫だって言ってるじゃんか!!」
ついきつい口調と低い声で告げばっと振り向いてから俺はものすごく後悔する。
なんでだろ・・心配してくれてる人たちに−仲間にこんなこというなんて・・。
しかし、一瞬だけ驚いたような顔をしたサヤさんだったがやはり俺の何十倍も長生きしているだけあって気持ちの切り替えは早かったらしい。
「すいません、陛下。あまり口うるさく言われては陛下だって怒りますよね。」
苦笑いしながらそういうとサヤさんは俺の隣に座った。
「あ・・あの・・俺・・」
「あーあ、陛下。駄目ですよ、女性には優しくしないと?」
・・・ヨザックの言うとおりだ。
しかし次の瞬間、サヤさんの観察力は健在だということを嫌と言うほど実感した。
「そういう考えはやめてよ。それに意中の人と会うことができなくてイラついているのは分かるけど、陛下にあたるのはやめなさい?ヨザック」
ヨザックの顔が一瞬だけ引きつった。
−−図星なんだ・・。
「陛下も気にしないで下さい。誰にだって調子の悪いときはあるし・・。そういう時うるさくされると勘にさわるのも普通ですから」
・・・恐るべし、サヤさん・・・。
俺は自分が考えてることすべてを当てられ顔がヨザックと同じように引きつるのを感じる。
「でも、陛下。今日の夜はゆっくりと休んで下さいよ?今だって寝ててもかまいませんし。」
そんな話をしているうちにサラレギーとウェラー卿が乗り込んできた。
しかも俺の目の前にはウェラー卿が座った。
−−なんでだよ・・。
俺はどこに視線を送っていいか分からずただうつむいていた。
その途端、俺の視界が一気に闇に染まる。
「え・・・!?」
慌てて顔を上げると俺の頭には見られた軍服の上着が掛けられていた。
ギーゼラたちと造りはほとんど変わらないけど、ただ1つ違うのはその軍服はダークブルー色だということ・・。
「サヤさん・・?」
隣を見ると上着を着ていないサヤさんの姿があった。
「サラレギー様、こんな格好ですいません。ただ、どうみてもユーリ陛下は具合が悪いようなので・・少しでも休んで貰おうと思いまして・・」
申し訳なさそうにいうサヤさんにサラレギーも俺を心配そうにみてから頷いた。
「きにしていないよ。君は気配りが上手いんだね」
「ありがとうございます。」
サヤさんが笑顔を浮かべたまま答える。
俺を無視した話にさえ苛つきを覚えてしまい俺はサヤさんの軍服の上着を頭からかぶるとそのまま横を向いて瞳を閉じる。
視界は一気に闇になり俺は少しだけ安心したように息を吐いた。
こうしてれば少なくとも嫌なものを見なくてすむ。
例えば−今、俺と向かい合わせに座っているであろうウェラー卿の顔も見なくてすむんだから・・・。
* * *
・・・眠れない。
あれから何度か寝ようと試してはいるのだがいくら瞳を閉じても眠りにつくことはなかった。
体は疲れているのに頭だけ妙に冴えている感じだ。
こういう時に金縛りっておこるんだよな−・・・。
ぼんやりとそんなことを考えていると突如隣から「眠れないですか?」と声をかけられた。
「・・・うん。」
俺はウェラー卿をみないようにしながらサヤさんに上着を手渡した。
「ありがとう。サヤさん。でもいくら寝ようとしても駄目なんだ・・・。」
「ユーリ、やっぱり顔色が悪い。ホテルに着いたらあの通訳にいって薬を貰ったらいいんじゃないかな?神族の薬だからって魔族にも効かないわけではないと思うよ?」
サラレギーがそう言ってくれるが俺は首を横に振る。
「そんなもん頼んで激苦なお茶なんか出されたら困るよ。平気だって、ホテルに着いたら毛布をもう一枚貰うから。・・・・ごめんな、サラ、君にまで心配させて」
『知らない人から食べ物を貰っちゃいけません。』というギュンターの教えを思い出しながらそう答えた。
「しかし、困りましたね・・。明日は王都につくんですから万全な体調でいた方がいいと思うんだけど・・・。でも眞魔国の薬なんかは全部ギュンター達が持っていたし・・」
サヤさんが上着を着ながらそう告げてくる。
ウェラー卿はさきほどから一言も話していない。
「ウェラー卿?もしかして君も具合がわるいのかい?」
「いえ、そんなことは・・。少々考え事をしていまして・・」
軍服を着ていたサヤさんの顔が一瞬だけ険しくなった。
「サヤさん・・・?」
「なんですか、陛下?」
その様子をみて慌てて声をかけると柔らかく微笑んで返事をしてくれる。
「ま、とりあえず。陛下、今夜は陛下と一緒に寝ますから・・」
・・・え?
突如の爆弾発言俺は眼を見開いてサヤさんをみつめた。
「今・・なんと?」
「一緒に寝ますからっていったんですけど・・」
「え・・・っ!?」
一応、俺男の子なんですけどーーー!(涙)
「そこまで過保護になる必要があるんですか?」
思わぬ発言にどうしていいかわからなくておたおたしていた俺だったがその冷え切ったウェラー卿の声に体がびくっと跳ねた。
「えぇ、今回はあると思っていますわ。ウェラー卿?」
それと同様・・いやそれ以上に冷たい声がサヤさんから発される。
サヤさんは感情が読みとれない無表情−それでいてどことなく冷たく突き放したような雰囲気を宿したままウェラー卿をみつめていた。
「魔王陛下を少しでも休ませなくてはならないしのは事実です。それにどこに不貞の輩が潜んでいるか分かりませんから。
それを大シマロンの使者であり、サラレギー様の護衛役である貴方にとやかく言われる筋合いはないわ。」
一気にそう言われウェラー卿がぐっと言葉に詰まる。
怖い・・怖すぎる・・。
さすがアニシナさんの幼馴染み・・。
俺はここにはいないグウェンダルの苦労を改めて知り心の中で「大変だな、グウェンダル・・」とエールを送ったのだった。
夕方−
ホテルについた時、俺は体調不良がピークで足元さえおぼつかないほどになっていた。
「陛下、夕食食べられますか?」
俺に肩を貸しながらサヤさんが心配そうに聞いてくる。
本当に先ほどとは別人だ。
「夕食・・食いたいけど・・無理っぽい・・」
胃のムカつきがさらに悪化してきて俺は眉を潜める。
やべぇ・・吐きそう。
「なら、今夜はもう寝ますか?陛下が眠るまではそばにいますしね。」
あ、一緒に寝るってそういうことだったのか・・。
つまりサヤさんは子どもが風邪をひいた時の母親と同じニュアンスで『一緒に寝る』といってくれたのだ。
「でも・・サヤさんだってお腹空いてるだろ?今日一日俺の面倒見てくれたてたんだし・・」
彼女の面倒見の良さに俺は申し訳なさそうに尋ねる。
でも少しくらい息抜きしないとサヤさんだって参ってしまう。
「私は大丈夫。軍事訓練とか修行の時は2日以上何も食べなかったことなんてしょっちゅうだったから。」
・・・えぇ!?
「そういやぁ、そうでしたね。あの時は俺はさすがに死ぬかと思いましたけど・・」
少し前を歩いていたヨザックが昔を思い出すかのように呟いた。
「聞いて下さいよ、ユーリ陛下。そこにいる水月師範は俺たち、兵を誰も来ないような秘境のさらに奥地に連れて行って師範と崖っぷちで勝負させたんですよ。しかも負けたら容赦なく崖下に突き落とすって言うスパルタで・・」
「崖下に突き落としたんじゃなくて蹴り落としたのよ。それに落ちても怪我なんかさせないように仕掛はしてあったじゃない。それにあれはツェリ様に許可をもらってアニシナと考えた修行だし・・。その上自由参加にしたじゃない。」
どこからつっこんでいいか分からないけど・・まず計画を立てる相手からして間違ってると思う・・。
俺はよけいに具合が悪くなってきて足取りまで重くなってきた。
「今夜は無理にでも少し眠って下さいね、陛下。本当・・薬かなにかあるといいんだけど・・」
サヤさんが軽くため息をつきながらヨザックを見る。
「そうですね・・。でも、さすがに神族の薬なんか飲ませるわけにはいかないでしょ。」
そういうとヨザックは俺の所までくると俺をひょいっと抱き上げた。
「うわぁあ!?ヨ、ヨザック!1人で歩けるから!」
「とろとろ歩かれてるとうっとおしいんですよ。わざわざサラレギー達より先に馬車から降りてるってのに・・」
そう、ウェラー卿とサラレギーは俺たちから少し離れて後ろを歩いている。
時折、サラレギーがウェラー卿に何か話しかけているらしい声が聞こえてきた。
「陛下を・・・『あの人』に近づけるわけにはいかないもんですから・・我慢して下さい。」
ヨザックの感情のこもっていない声に俺は一瞬だけ体をこわばらせた。
そうだ、ヨザックは俺がウェラー卿に海に突き落とされたとき、そういっていた。
『陛下に2度と近づくな。もしも警告が破られた場合は・・・その生命ないと思え。』と・・。
「嫌いになれれば・・きっと楽になれるのに・・」
俺は誰にむかってでも1人そう呟く。
そう、ウェラー卿の・・・−コンラッドのことを嫌いになれればここまで苦しむことなんてないだろう。
それはあの時から何度も思ったことだ。
あの時−差しだした手を握りかえしてもらえなかった時から−
『必ずしもあなたが、最高の指導者というわけではない』と言われたときから。
彼が俺にとって必要な存在だと言うことを
彼を愛しているという気持ちを捨ててしまえればどんなに・・・。
「・・・あ!」
段々と目頭が熱くなってきた俺の隣でサヤさんが突如として声を上げる。
「師範、どうかしたんですか?」
「これがあったわ・・。」
そういってサヤさんが軍服から取り出したのは掌サイズの革袋。
しかもその革袋にはアニシナさんらしき人が簡略化されて描かれていた。
・・なんか尻尾があるんですけど・・。
「げ・・そ・・それってまさか・・。」
「そう、アニシナ印の発明品。名付けて『夜、うなされたりすることなく朝までゆっくり眠らせ〜るくん』・・だったかな。」
最後らへんはサヤさんもげんなりとして答えた。
「な・・なんでそんなものもってるんですか!」
ヨザックが驚いたように尋ねている。
「ん・・こっちに来る前にアニシナにもらったのよ。グウェンダルで実験済みで効果はばっちりだって。」
革袋を開いてみると小さなビー玉くらいの大きさの透明な丸薬が5粒が入っている。
ま・・まさか・・。
俺はものすごく嫌な予感を覚えて顔を引きつらせた。
まさか・・まさか・・。
「陛下・・。」
ギクッ!
「は・・はいっ!」
ヨザックに抱きかかえられながらも俺はびしっと姿勢を正してしまう。
「飲んでみます?これ。グウェンダルで大丈夫だったならきっと大丈夫ですし・・」
・・予感的中(泣)