Contract Or Transaction?
【前】
「ねぇねぇ、地獄通信って知ってる?」
「午前0時にだけアクセス出来るサイトだよね。そこにはらせない恨みの人物の名前を書き込むと地獄少女が復讐してくれるっていうやつ?」
「そうそう、それそれ!」
先ほどまで降っていた雪がやみ、灰色の雲がぽっかりと割れて暖かな太陽の光があたりを満たしている図書室。
少し離れたところから聞こえてきた女生徒の声に俺-藤沢 爽太は机に突っ伏した顔を上げた。
・・・『地獄少女』・・最近よく聞く名前だよな。
日がたっぷり当たる窓際の席で視線だけそちらに向ける。
はっきり言って昼飯後の休み時間は限りなく眠い。
その女生徒達の声でさえ今の俺にはいい子守歌だった。
俺は再び机に突っ伏すと瞳を閉じる。
・・・マジで眠い・・もう午後の授業さぼってここにいようかなぁ・・。
そんな不謹慎なことを考えているとパキィィ・・・ンという甲高い音が耳に届き、俺はばっと顔を上げた。
・・・今、一瞬空気が変わった・・・?
思わずあたりを見回しているといきなり後ろからガッと腕を掴まれる。
「な・・・っ・・・」
慌てて腕を掴んでいる相手を見るとそこに立っているのはうちのクラスで一番の不良でいじめの主犯格の小林だった。
「よぉ、藤沢。こんなところで会うなんて奇遇だな。」
「・・・小林こそ、こんなところに何のようだ?あんたには一番あわなさそうな場所じゃんか」
さらりとそう返すと小林の顔が真っ赤になった。
「・・・っ!いいから来いよ!」
小林はそう言うと俺を引っ張る。
「・・・わっ・・」
椅子に座っていたところをいきなり引っ張られバランスを崩しかけるが何とか立ちあがると小林がにやりと笑う。
本当はこんな奴についていきたくないんだけど・・・。
ついて行かなくてはこいつのことだ、何をしでかすか分からない。
実際、こいつは学校全体でかなり評判が悪いのだ。
学校内で喫煙は当たり前だし、気に入らない奴がいると教師でも生徒でも関係なく突然ぶん殴る・・・という事件を繰り返していた。
今まで何度も退学処分にされているんだけど・・こいつの父親が力のある「政治家」らしくそのたびに父親の力で事件をもみ消させて、小林は反省するどころか反対に大きな顔をして学校に通っていた。
つい最近、こいつに逆らって顔に酷い怪我を負わされた女生徒がいたというのはもうこの学校では噂になっている。
ちらりと周りを見ると先ほどまでそれぞれのんびりと過ごしていた生徒達全員が今は遠巻きに俺と小林を見ていた。
・・・とっと移動した方が良さそうだよな。
俺は小さく溜息をつくと「分かった」と呟いた。
図書室から出た俺を小林は半ば引きずるようにして体育倉庫まで引っ張っていく。
その間も周りの生徒は俺を同情を含んだ目で見ているだけだった。
でも、それで彼らを責めることは出来ない。
小林に逆らえば自分がどうなるかわかったもんじゃないからな。
「さっさと入れよ!」
ドンッと体育倉庫に押し込まれるとそこには小林の手下の男子生徒5,6人が立っていて1枚だけ体育マットがひいてあった。
しかし、そんなことは今気にしてる場合じゃない。
・・・なんだこの空気・・・。
体育倉庫の空気全体がとてつもなく「重い」のだ。
中にいるだけでも気分が悪くなってくるほど空気がよどんでいる。
「っ・・・」
あまりの空気の悪さに体に力さえ入らなくなってきた。
・・・どう考えても尋常じゃない・・・!
しかし、体育倉庫にいる手下達と小林は何も感じないのか俺を見てへらへらと笑っている。
「・・・藤沢、お前女みたいだよなぁ・・・」
俺の後ろで体育倉庫に中から鍵をかけた俺よりはるかに背の高い小林が背後に立つといきなり俺を背後から羽交い締めにした。
「なっ・・・何する気だ!離せっ!」
じたばたと体を動かすが小林の腕はぴくりとも動かない。
こ、これって・・・かなり・・やばいっ・・!?
気を抜いてしまえば気絶してしまいそうなほど空気の悪い中、がむしゃらに体を動かす俺の耳元に小林は口を寄せ残酷なことを囁いた。
「俺たちがちゃんと男か確かめてやるよ。もちろん男だった場合、お前が壊れるまでマワしてやるから安心しろよな」
・・・安心できるかーーー!!
その時、手下の1人がマットに積み上げられている何かを1つ手に取った。
「小林」
「おう」
小林はそれを受け取ると俺の眼前に「何か」をつきだした。
・・・黒い・・藁人形・・・?しかも首には赤い糸をしている。
「最近ぶん殴った奴らが全員持っていたんだよな、今流行ってるみたいだな、これ。」
「・・・っ・・・」
流行ってる・・・?・・そんなものじゃない・・・。
これは・・・。
黒い藁人形からものすごい『念』を感じ俺は眼を見開いてばっとマットの上を見た。
するとマットには少なくても20体以上の藁人形が置かれていてその1つ1つから真っ黒な『何か』が吹き出してそれが天井まで伸びているのだ。
・・・空気が悪いのはこれのせいだったのか・・
そんなことを考えていると小林の手が俺の顎をぐいっと掴んだ。
「さてと・・それじゃあまずは・・服を脱がせてやるか。この藁人形でもお前を可愛がってやるから、楽しみにしてろよな。」
小林はそう言うと俺に顔を近づけてくる。
まさか・・・っ・・!
「い、嫌だ・・っ!やめろっ!」
小林の唇が段々俺の唇に近づいてくる。
ファーストキスがこんな奴だなんて絶対嫌だ!
「だ・・・」
誰か---っ!!
言葉にならない悲鳴を思わず俺はあげ瞳をぎゅっと閉じた。
その瞬間、俺の耳に届いたのはシュル・・・という何かがほどけた音と・・・。
『怨み、聞きとどけたり』という低い声だった。
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