言葉に魂を吹き込む者
【前】
「ねぇねぇ、の新曲聴いた?」
「うん、聴いた聴いた!最高だったよね!もう何回聴いてもの歌声って心にダイレクトに響くっていうかさぁ・・」
「そうそう!それに自身もすごい可愛いし!」
「あ、でもって女の子なのかな?男の子なのかな?確か『』っていう名前以外何も分かってないんだよね?」
「そこがまたいいんじゃない!名前以外、生年月日はおろか、性別さえも『謎』に包まれたアーティスト!」
「「本当に格好いいよね〜〜!!」」
「・・・っ・・くしゅっ!!」
SSTV局−『』様楽屋。
昨夜からぶっ通しで音楽番組の収録に挑んでいたため楽屋に泊まるという経験をしてしまった俺−は自らのくしゃみにより目を覚ました。
「・・・誰か俺の噂してるな・・?」
そう呟きながら体を横たえていたソファから体を起こすと携帯を手に取る。
AM7:30−。
「・・・もうこんな時間か・・」
俺はそのまま立ちあがるとぐぅっとのびをした。
・・・って・・あれ・・?
AM7:30・・・?
・・・7:30っ!?
「やばっ、完全に寝坊じゃんか!」
自分がかなりやばい立場にいることに気がつくと同時に収録のあと、着替えるのさえ忘れていた衣装−襟と袖に真っ黒な羽根がついている真っ黒なコートに黒いぴっちりとした皮パン−を慌てて脱ぎ始めた。
っていっても素肌にコート羽織っていたから上着は簡単なんだけど・・・。
「・・・あーもう!楽屋に入ってくる奴なんかいないよな!」
そう呟くと俺は眩しいほどの朝日が差し込んでくる楽屋の中、コートのボタンを全部外すとがばっと脱ぎ捨てた。
「えっと、制服制服・・・」
備え付けのクローゼットを開けると中から学校の制服を取りだし、とりあえずはカッターシャツだけ身に付ける。
「あ、ウィッグもはずさねぇと!それとコンタクトと・・・」
1人でばたばたしているといきなりガチャッと楽屋の扉が開かれた。
「っ!?」
「、すごいぞ!昨日発売したばかりのお前の新曲が1日で完売だそうだ!どこの店からも取り寄せの問い合わせが・・・っ!?」
「か・・嘉神さん!!」
楽屋に入ってきたのは俺のマネージャーで嘉神 恭一(かがみきょういち)さんだった。
年は20代後半で身長185cmというこのマネージャーはかなり真面目でいっつもスーツをしっかりと着こなしている。
コロンも清潔そうな香りがするの使ってるし・・・。
「は、早くっ、扉閉めて!」
「あ・・あぁ、ごめん。」
その嘉神さんは微かだが口を手で押さえて俺から視線をそらしながら扉を閉める。
「・・・?」
その様子に微かに違和感を感じて思わず首をかしげるがそれどころじゃなかったことを思い出して着替えを続行した。
「完全に寝坊だよな、しまった。・・・確かに昨夜は疲れてたけど家に帰ればよかった」
溜息をつきながら言うと嘉神さんは俺に視線を送る。
「すまない、俺の責任です。があまりに気持ちよさそうに眠っていたので・・」
「あ、ううん。そんなことないよ、結局寝ちゃった俺が悪いんだし」
申し訳なさそうにいう嘉神さんに慌てて首を振るといきなり扉がノックされた。
「、早く服を着て!もちろん衣装の方の!」
嘉神さんはそういうと俺を隠すようにしながら扉を開ける。
「はい。」
「あ・・・あの、テレビ局の入り口に『』の知り合いだっていう人たちが来ていまして・・」
嘉神さんのあとに聞こえて来た声には聞き覚えがあった。
確か、昨夜の番組の収録スタッフだ。
・・ってか、俺の・・『』の知り合いって・・?
先ほど脱いだばかりのコートを再び羽織り、俺は首をかしげた。
おかしいな、俺の正体を知っているのは事務所の社長と嘉神さんぐらいなのに・・・。
「の・・・?」
そのことには嘉神さんもすぐに気がついたのか微かに首をかしげている。
そしてそのまま俺の方へと振り返った。
「、心当たりあるか・・?」
「いや・・思いつかない。俺の知り合い?・・・あ、ちなみにどんな人たちですか・・?」
コートのボタンをしっかりとめてから嘉神さんの横から顔を出すとスタッフは一瞬だけその人たちの姿を思い出すように眉を寄せた。
「えっと・・男と女の2人連れで・・。女の方はすごい美人です。男の方も今時のイケメンって感じで・・」
・・イケメン?
「あ、それから、男の方は左側の顔を前髪で隠していて・・」
ってことは・・。
その格好をしている人物に1人だけ該当者がいることを俺は思い出し小さく溜息をついた。
・・心当たり、あったよ・・。
「・・それ、俺の知り合いです。すみませんがここまで連れてきてもらっていいですか?」
溜息まじりにそういうとスタッフが頷いて慌てて走っていく。
「・・・?」
訝しげに俺の顔を見ている嘉神さんは心配そうだ。
ごめん、嘉神さん・・・。
「嘉神さん、ごめんなさい。しばらく席を外してもらっていいですか?」
俺の突然の申し出に嘉神さんはかなり驚いたように俺を見つめている。
「え・・し、しかし・・」
「あ、大丈夫ですから!今から来る人たちは悪い人たちじゃないし・・。大丈夫です!」
慌ててそう言うと嘉神さんは諦めたように溜息をつき、大きな掌で俺の髪をくしゃりと撫でた。
「・・・何かあったら大声で叫ぶんだぞ?俺はすぐそばにいますから」
俺はこうやって頭を撫でられることが嫌いじゃない。
なんか父さんに撫でられてるみたいでほっとするっていうか・・・。
「うん、分かった。大丈夫だから」
俺は3回目の『大丈夫』を繰り返しながら楽屋を出て行く嘉神さんを見送った。
「へぇ・・・TV局の楽屋ってこんな風になっているんだねぇ。」
「それより、驚いたぜ。まさかお前がそんなことしているなんてな・・」
あのあと、楽屋に入ってきた2人にしょっぱなから驚かれた俺は少し不機嫌になりながらダークブラウンのウィッグをはずした。
その下からは俺の地毛である真っ黒な髪が現れる。
ちなみにコンタクトはすでにはずし済みだ。
「ほら、これでいいんだろ?」
髪を掻き上げながら言うと今時のイケメン風の一目連に髪をくしゃっと撫でられた。
「あぁ、こっちの方がって感じだよな」
「本当。でも、なんでわざわざこんなことしているんだい?アーティストになりたいなら変装なんてしなくても・・」
骨女が俺が外したばかりのウィッグを見ながら尋ねてくる。
そう、『』とは俺− −の仮の姿なのだ。
「色々事情があってさ・・・」
少しだけ曖昧に微笑みながら俺はコートを再び脱ぐとカッターシャツのボタンを留めていた。
「事情・・・?」
一目連が俺の後ろに立つと脇の下から手を入れて俺のカッターシャツのボタンをはめていく。
・・・う・・か、かなり恥ずかしいんだけどっ!しかもわざわざしゃがんで俺の肩に顎を乗せるな、吐息が耳に当たるんだよ、吐息が!
「〜〜・・・そ、そんなことより!何のようだよ、あ、もしかして依頼が来たのか?それから輪入道と・・えっと・・地獄少女は?」
ここ、2、3日、地獄少女−閻魔あいとその使い魔である輪入道、骨女、一目連の呼び方を考えていたんだけど・・結局地獄少女だけは呼び方決まらなかったんだよな。
「依頼・・っていうか、結局この前はに何をしてもらうか詳しく説明してなかったからねぇ?説明するから連れてこいってお嬢にいわれたのさ。」
こ・・この前・・。
この前、されたことを思い出し俺は頬がぼっと熱くなるのを感じた。
「・・・あ、でも、俺ちょっと急いでて・・」
「大丈夫。今から行く場所はほとんど時間が流れていないから」
「・・・え?」
その言葉に思わず肩越しに一目連を振り返るとチュッと唇を重ねられる。
「っ・・」
そのまま後頭部を押さえられ頭を固定されると一目連は俺の瞳をじっと見つめている。
「一・・目連・・っ・・」
その瞳にそのまま吸い込まれそうで・・・少しだけ怖くて、俺は微かに唇が離れると彼の名を呼んだ。
「・・・連でいい。」
「え?」
彼の答えにきょとんとして首をかしげると再び唇に彼の唇が押し当てられる。
「またかい、そういえば、私はまだ一度もしてなかったねぇ」
骨女がそう言って俺の手を取るが一目連は俺を肩に担ぎ上げた。
「うわっ!?」
「駄目だ、お嬢が待ってる。行くぞ、骨女」
一目連はそう言うと楽屋の扉に手をかける。
・・・え・・ってか何する気だよ!?
「・・・わかったよ、あんた、よほどのこと気に入ってるみたいだし、手を出さないよ」
骨女が呆れたようにそういうと一目連は微かに微笑んで扉を開けた。
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