言葉に魂を吹き込む者
   【中】


「・・・え?」

楽屋の扉を抜けるとそこは今まさに沈もうとしている真っ赤な太陽があたりを茜色に染め上げている小さな丘だった。
ただ全てのものが夕日に照らされている中、目の前には大きな木が一本立っている。

「・・・ここは・・?」

少しだけひやりとした空気が肌を刺す。

「俺たちが住んでいるところかな」

俺をそっと地面に下ろしながら一目連が答えた。

「一目・・じゃなくて・・連たちが?」

「あぁ、そうさ。ここが私たちの住む世界。そしてあれが私たちが住んでいる家ってわけさ」

いつの間にか初めてあった時のあの着物姿になっている骨女が少し離れたところにある家を指さす。

今時珍しい、茅葺きの屋根に水車がついている一軒家。
造りもかなり古そうだ。

そして、その家の周りには真っ赤に染まっていた。

「・・あの赤いのは?」

「彼岸花さ。あそこで私たちはお嬢とお嬢のお祖母さんと住んでる」

・・・地獄少女の・・閻魔あいの家・・。

引き込まれるようにその家の方を見ていると一目連に肩を掴まれる。

「で、早速説明だけど・・」

「あ・・うん。あ、でも輪入道と・・お、お嬢は?今、いないのか?」

さんざん考えていた地獄少女の呼び方だけど、この呼び方がぴったりな気がした。

−『お嬢』−

しかし、一目連・・・じゃなくて連は俺のその言葉に微かに眉を寄せている。

・・あ、やば・・やっぱりお嬢っていっちゃまずかったかな・・?

。さっきから輪入道のことばかり気にしてるんだけど、それは俺がのこと気に入っているのしってていってるの?」

「・・へ?」

予想もしなかったことを問いかけられ、思わず一瞬呆けてしまうと連は少しだけムッとした表情を作り、俺の腰をぐいっと引き寄せる。

は俺よりか輪入道のことが好きなんだ?」

・・・な、何をいきなり言ってるんだよ!?ってか好きって・・好きって・・!?

「一目連、を困らせるのはあまりよくないな」

返答に困っていると木の方から声が聞こえ、バッとそちらを見るとそこには輪入道が笑顔のまま立っていた。

「輪入道・・」

「遅かったじゃないか。・・お嬢は?」

「先に始めておいてくれとのことだ。」

そういいながら輪入道は俺の額に軽く唇を押し当てる。

「ッ!!」

だから!

なんで連といい輪入道といい俺にキスしてくるんだよ!

真っ赤になって押し黙っている俺を見て骨女はくすくすと笑っている。

「〜・・・っ・・・あ、そ、そういえば、よく俺が『』だって分かったよな。一応俺が『』だっていうことはトップシークレットなのに」

その場の雰囲気にいたたまれなくなって、口を開くと連は俺の腰から手を離しふっと微笑んだ。

「当たり前だろ?俺の目にはどんな秘密でも秘密じゃなくなるんでね」

連はそう言うと自らの頭頂部を指さした。

・・・え?

「それに、お嬢がに自分の手伝いをさせようとしたところからのことは調べてさせてもらったからな」

・・・・へ?

「そうそう、もちろんスリーサイズもばっちり調べたからな」

「男のスリーサイズ調べてどうするんだよ!?」

最後の連の言葉に思わずつっこむと同時に視線を感じバッと振り返った。

「・・・っ!・・って・・びっくりした・・お嬢か」

そこにはセーラー服のお嬢−閻魔あいが相変わらず無表情のまま立っている。

「そういえば何ではわざわざ正体隠して『』なんてやってるんだい?芸能界に入りたいならそのままでも十分入れるだろ?」

骨女がふと気がついたように俺に尋ねてきた。
その言葉に俺は微かに苦笑いを浮かべる。

「両親が反対しているのかい?」

輪入道が俺を見ながら話しかけてくる。

「・・・なんだよ、そこ調べてないのかよ?」

きっと俺のことを調べれば一番に分かるであろう事柄を調べてないことに苦笑いを浮かべたまま夕日に視線を送る。
そのまま4人に背を向けるようにして腰を下ろした。

「・・・俺、両親いないんだ」

小さく息を吸ったあと言葉を放つと微かだが息をのむような音が聞こえてくる。

「あ、でも死んでるとかじゃないんだって、多分。」

慌ててその言葉を付け足しながら振り向くと骨女が怪訝な顔をした。

「・・・どういうことだい?」

「・・・力・・・」

すると今まで黙っていたお嬢が小さく呟くように言う。

「力・・・?」

「そういえば、お嬢、を選んだ理由も『には力があるから』だったよな。力ってなんなんだ・・?」

ふわっと風が起こりお嬢の黒髪を風が撫でていく。

「・・・連たちは『言霊』ってしってる?」

「「え?」」

視線を夕日に向けたまま尋ねると連たちの視線が俺の背中に集まるのを感じた。

「・・・その言葉の通り、言葉に魂を吹き込むことなんだけどさ。・・・でも、俺はそれだけじゃないんだ。」

そのまま瞳を伏せるとそこにあった草に触れる。

・・・いつからだったっけ、この『力』に気がついたのは・・・。

「俺さ、生まれつきかなり強い霊能力・・があって。その・・見てはいけないもの、感じてはいけないもの、聞いてはいけないものとかしょっちゅう見えたり、感じたり、聞こえたりするんだよ。ま、だから連たちの正体もすぐに分かったんだけど。」

少しだけ悪戯微笑を浮かべながら肩越しに振り返ると連と骨女が複雑そうな顔をする。

「・・・でも、それだけじゃなかったんだ」

しばらく沈黙が続いた。
言葉を発する者は誰もいない。

そして・・・

「俺の『歌声』には邪悪なものや、人のマイナスの感情−『闇』と呼ばれるものを癒し、浄化させる力があるんだ。」

「・・・え?」

「・・・いつからそういう能力があったかなんてのは覚えてない。でも物心ついた時から『歌声』に惹かれて目には見えない者達が集まってくるって言うことはよくあったかな?」

そう、これが俺の最大の秘密。

そして、俺が歌を歌う『理由』。

俺は歌声に『言霊』を込めて、闇を取り除くことが出来る。
だから、少しでも俺の『声』を聞いて、少しでも・・俺の『声』が届いてくれたら・・。

「本当にそんなことが出来るのかい?」

輪入道の言葉に俺は苦笑いを浮かべると立ちあがった。

「・・・まぁ、確かにその反応が普通だよな。いきなり言われたって信じられないだろうし・・俺も信じろなんて言えないよ」

そういって振り返ろうとすると後ろから連にそっと肩を抱かれる。

「・・・連?」

「・・・本当にそれでいいのか?・・俺たちに信じて欲しいんじゃないの?」

・・・ズキンっと胸の奥が微かに痛んだ。

「・・・そ、そんなことないよ。大体証拠みせろっていわれても証拠見せられないし・・・っ・・。大体目に見えないものってだけで・・」

そこまで言うと骨女がくすくすと笑い出した。

「おかしな事言うねぇ、この世界自体が『目に見えないもの』だよ?」

「しかも少なくともわしらは人間ではないしな」

その言葉に輪入道も続ける。

・・・そういえば・・・。


すっかり・・・忘れてた。

「でも、は俺たちのこと信じてくれてるんだよな?」

連に言われ小さく頷いた。

だって信じるも何も連たちは目の前にいる。

それにお嬢だって。

それが「事実」だから。

「・・・歌いなさい」

「え・・・?」

お嬢に言われた言葉に今度は俺がきょとんとする番だった。

う、歌えって・・ここでっ!?

少しだけ戸惑う俺を見てお嬢は俺の傍によると俺の頬を両手で包み込む。

・・・やっぱりお嬢の手のひらって冷たいよな・・・でも、微かだけど・・温かい。

「・・・分かった。」

小さく頷くとお嬢は俺の頬から手を離した。

先ほどより冷たい風があたりに吹いている。

俺はお嬢達から少しだけ離れると今度は夕日に背中を向け、息を吸い込んだ。
身体の中に冷たい風が入ってきて、頭の中がキィ・・・ンとして何かが張りつめる。

「・・・・−−−」

頭の中に自然に歌詞が浮かんできて、それを歌声にする。

「・・・ほぉ・・・」

「これは・・・」

歌い始めたをみて輪入道と骨女が驚いたように声をあげた。
の声は空気にすぅ・・っと溶けていく。
それと同時に周りの空気が明らかに変わり、色を取り戻したように景色が寄り色濃く見えだしたのだ。

「これが・・の力・・」

「『言霊』・・」



                           

                         
                         

                         
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