The Heavy Rain Night
      (後)



そこにはまだ本当にやっと乳離れしたくらいの小さな灰色の毛並みの子猫が丸まって体を震わせていた。

「こ・・子猫?」

「・・・捨てられてたの」

お嬢が小さく呟いて子猫の頭を撫でる。
すると子猫は弱々しくだけど小さくみゃーと鳴き声をあげた。
だいぶ弱っているみたいだ。

「・・・そっか。お嬢はこの子がほっておけなくて・・?」

俺が尋ねるとお嬢は小さく頷く。

「そうこうしてるうちに段々雨が強くなってきたからさぁ」

「確か、以前調べた時にの家が近くにあったのを思い出して、雨宿りさせてもらおうって話になったわけ」

「すまないな、こんな時間に押しかけて」

輪入道が申し訳なさそうに言ってきた。

「あ、ううん。気にしないでよ。それにうちに誰かがくるってことないからさ。かえって嬉しいくらいだし」

それは本当だった。

』の正体がばれるといけないから事務所関係の人たちにさえ、家は教えてないし、学校でも小林が幅をきかしている時は友達なんて作れる状況じゃなかったから・・。
この家に俺以外の誰かがいるなんて皆無に等しかった。

「そういえば、ってこのマンションに1人で暮らしているのかい?確か・・両親はいないっていってたねぇ」

コーヒーにミルクを入れながら骨女が尋ねてくる。
俺はその問いに思わず苦笑いを浮かべた。

「うん、1人だよ。・・両親はいない。・・父さんは俺が生まれてすぐに事故で亡くなったって聞いてる。それから母さんは・・行方・・不明なんだ」

ミルクをたっぷり入れすぎてほとんど砂糖を入れないカフェオレのようになっているコーヒーをゆっくりと飲みながら小さな声で答える。
手が微かに震えた。

「行方不明・・・?」

俺の言葉にその場にいる4人が反応して俺を見つめる。

「うん・・。・・ある日を境にいなくなっちゃったんだ。・・だから俺はそれからずっと父方の祖父母に育てられてるってわけ」

微かに変わった空気を少しでも和らげたくて俺は小さく肩をすくめた。

・・ある日・・
そう、母さんが俺を崖から投げ落とした『その日』から母さんは行方不明になっている。

あの時−崖下で泣いている俺を祖父母が見つけて、慌てて崖の上に行ったがその時にはすでに母さんはいなかった。
いや、崖の上だけじゃない。
家からもどこからも母さんという存在が消えてしまったかのようにあの人は行方不明になった。

ただ、不思議なのは何で俺が生きていたかっていうこと。

崖の下で泣いていた俺はほとんど無傷だったのだ。
俺自身なんで助かったなんて覚えていない。

でも・・・あの時・・地面にぶつかるのを覚悟した時、崖の下に『人影』がいたように見えたのは・・きのせいだったのだろうか。

「・・・えっと・・・」

シンと静まりかえった室内の空気が重くて俺は慌てて口を開こうとした途端、お嬢に抱かれている子猫がクシュンと小さなくしゃみをした。

「あ・・・」

それを聞いたお嬢が子猫の体を優しくタオルで拭き始める。

・・ってかお嬢の髪からポタポタと落ちている水滴も気になるんだけど・・・。

俺は肩にかけていたタオルを外し立ちあがるとお嬢のそばまで行き、その頭にぱさっとかけた。

「・・・」

その行動にお嬢が驚いたように俺を見上げる。

う・・よけいなお世話だったかな・・・。

でも・・・

「お嬢、ちゃんと髪拭かないと風邪ひくって。やっぱり風呂沸かした方がいいかな?」

タオルの上からお嬢の髪をわしゃわしゃと拭くとお嬢は大人しくして、猫の体を拭いている。

なんか・・子猫の体を乾かしている親猫、そして親猫の体を拭く飼い主って感じだよな、俺ら。

思わず苦笑いを浮かべるといきなり後ろから連に抱きしめられた。

「ひゃぁぁああっ!?っていきなり抱きつくな!!」

思い切り肩越しに連を睨み付けると連は水分をまだ含んだ自分の髪をツンと引っ張った。

「俺の髪も拭いて欲しいんだけど?に」

「え・・・?」

「頼むからさ。な、?」

ぐいっと腰を引き寄せられ至近距離で見つめられると俺は小さく溜息をつく。

何か俺って・・お嬢達にものすごく甘いのかもしれない。

「分かったよ、分かったら離せって。あとソファーに座れ」

連は嬉しそうに微笑むとソファーに腰を下ろした。

「ったく・・俺より年上のくせして・・」

そう言いながらも連の頭にかけられたままのタオルの上からわしゃわしゃと髪を拭いていく。

「びっしょびしょじゃんか・・。連、ちゃんと髪拭いたのかよ?!」

「拭いてない。・・に拭いてもらおうと思ったからさ」

そのまま腕をぐいっと掴まれ唇を重ねられた。

「んっ・・って・・だからなんで連は俺にキスするんだって!!」

そのキスに頬がかぁあああと熱くなるのを感じながら叫ぶと「だから、俺はの事が好きだからだって」とさらりと言われよけいに頬が熱くなる。

「っ・・・冗談はやめろよな・・っ」

「ところで・・お嬢、その猫どうするんだい?」

そんな俺たちのやり取りを肩をすくめてみていた骨女がお嬢に尋ねた。

「連れて帰るとか・・できないのか?」

思わず素朴な疑問をぶつけるがすぐに骨女が首を振る。

「できないねぇ・・なんせ向こうは生者がいける場所じゃないからね」

その言葉にお嬢が子猫をぎゅっと抱きしめて顔をうつむかせた。

・・・お嬢・・・

「・・・だったら・・俺のじいちゃん達に頼んでみるよ。うちのじいちゃん達動物好きだからさ」

そういうと俺は子猫の頭をそっと撫でる。

「でも・・・」

「それにさ、じいちゃん達に飼ってもらえればお嬢もいつでもあえるだろ?」

連から離れてお嬢の前にしゃがむとその瞳を見つめながら話しかけた。

赤い赤い瞳。とても綺麗な瞳だと思う。

「な?」と笑いかけるとお嬢も納得したように頷く。

「よし、決定。じゃあ俺明日『』としての仕事はないからさ、じいちゃんの家行ってみるよ」

お嬢の髪を撫でながらいうとお嬢の瞳が微かに細められ、俺に猫を手渡してきた。

「お願い・・・」

「うん、じゃあちょっと俺じいちゃん家に電話してくるからさ。皆、のんびりしててよ」

そういうと俺は電話をするために子猫を抱いたままリビングをあとにした。


「これで一安心だな」

「そうだね、のお祖父さん達ならいい人に決まっているだろうし。よかったね、お嬢」

リビングに残った骨女と輪入道があいに声を掛けるとあいは静かに頷いた。

「暖かい・・・」

「え・・?」

いきなり言葉を紡いだあいに骨女が驚いたように聞き返す。

「ここは・・・暖かい場所。・・日だまりのように・・」

お嬢はそういうと微かに微笑みを浮かべた。
その微笑みに2人が同意するように頷く。

「本当にそうだね。・・・あんな人間もいるんだね」

「すべてを包み込む『日だまり』か。初めてだな、あんな人間は」


「うん、じゃあ明日。うん、うん。じゃあね」

廊下で携帯で話していた俺は電話を切るとほっと息を吐いて腕の中の子猫を見て微笑んだ。

「よかったな、おまえ。明日つれてこいって。飼ってくれるってさ、じいちゃん達。」

子猫の喉を撫でるとごろごろと喉が鳴る声が聞こえてくる。



「・・ひゃっ!?」

子猫ばかりに気をとられていた俺は不意に名前を呼ばれてばっと振り返った。

「・・って連か・・驚かすなよ」

思わず苦笑いを浮かべながら言うが連は真剣な顔のまま俺に近寄ってくる。

「・・・連・・・?」

その顔が少しだけ・・怖くて俺は少しだけ後ずさるがすぐに壁へと追いやられてしまう。

「・・・あ」

背中に壁がとんと当たると連は俺が逃げられないように壁へ手をついた。

「連・・・?」

いつもの雰囲気と明らかに違う連の様子に思わず子猫を抱いている手に力が入る。

「・・・俺、真剣だから。真剣にのことが好きだから。」

「・・・え?」

ドキンと胸が高鳴り顔が熱くなっていった。
そ、そういえば誰かから告白されるのって初めてかもっ・・・。

じゃなくて・・・っ!

「れ・・」

「明日、俺も一緒に行くから。返事はその時までに考えておいて」

そのまま額にちゅっとキスをして連は俺から離れていった。

「じゃあ俺達は帰るから。タオルとコーヒーありがとうな。それじゃあ」

そういって姿を消した連達のあとに残ったのは顔を真っ赤にしたまま呆然と廊下に立ちつくしている俺の姿だけ−・・・。

「・・・マジ・・・でかよ・・・」

いつのまにか雨が上がっていたことにが気がついたのはしばらく経ってからだった。

    


                              
                                                    Fin



       〜あとがき〜

           お待たせしました。「The Heavy Rain Night」完結です!
           今回はお嬢達にとって爽太がどのような存在かを書きたかったのですが・・・。
           うん、一応お嬢に言わせたので・・よしとしましょう(ヲィ)
           そして、一目連突然の告白!!(笑)
           ここで告白させるつもりはなかったんですが・・(ぇ)
           なんか続きそうな話になってしまいました。
           おそらく続きます、きっと(汗)
           猫の名前どうしよう(汗)

           ここまで読んでいただきありがとうございましたv



                 
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