聖魔の血脈・8
「ああ、だめです、まだ寝ていなければ!」
「わ、私はどうしたんだい……? あの吸血鬼と、それから……」
どうやらロランの記憶は、バートレイを名乗った魔物との戦い辺りから曖昧になっているらしい。
ミシェルは一つ息を吸い、この三日の間に用意した台詞を述べた。
「もう、神父様ってばよっぽどお疲れだったんですね! ここに戻るなり倒れちゃって……僕、すごく心配したんですよ。お、お目覚めにならないかと思って……」
「そうか…………ごめんね。迷惑をかけてしまって」
朝の光に目をしょぼつかせながら、穏やかに笑うその顔はミシェルのよく知るもの。
不意にこみ上げた衝動を抑えきれず、ミシェルは彼に抱き付いた。
「ミシェル?」
「心配、したんです…………戻って来て下さって良かった……!」
良かった。
彼は戻って来てくれた。
首筋の噛み跡が分からぬよう、詰め襟の服を用心深く着込んだミシェルは同じ跡のある彼の首筋にしがみ付いて喜びに震える。
こんこんと眠り続けるロランの側で、ミシェルはひたすらに神に祈っていた。
先生が助かりますように。
あの吸血鬼の残した言葉が、ただの脅しでありますように。
これまで以上の想いを込めて、捧げた祈りがきっと天に通じたのだ。
まだふらふらしているようではあるが、ロランはこうして目を覚ましてくれた。
気を付けて見張っていたが、あの吸血鬼が姿を見せる予兆などどこにもない。
ロランが施してくれた術により、きっとあいつは消滅したのだ。
そうに決まっている。
半ば自分に言い聞かせるように、改めて思い直したミシェルの肩にロランの手が触れた。
「……! 先生……?」
びくりとして見上げれば、だがロランの手はやんわりと自分を押し戻そうとしている。
「ごめん…………聞きたいこと、たくさんあるんだけど…………だめだな、まだふらふらする……」
「あっ、ごめんなさい!」
慌てたミシェルはすぐにロランを手伝い、彼を再びベッドに寝かせた。
「ごめんなさい先生、僕はしゃいじゃって…………」
「ううん、いいんだ。ごめんね、もう少し眠るよ。落ち着いたら出て来るから」
優しい声に胸がうずく。
一瞬下腹もずくりとうずいた気がしたけれど、ミシェルは自分の反応に気付かないふりをしてこう言った。
「分かりました。先生がちゃんと起きられるようになったら、何か精の付くものを作りますから」
「うん、ありがとう」
にこりと笑った神父を置いて、ミシェルは部屋を出た。
「じゃあ、何か用意しないと」
体の奥に生じた熱を振り払うよう、ミシェルは意識して張りきった声を出す。
一方少年が後にしてきた部屋では、横たわったロランはこんなことをつぶやいていた。
「もう少し、休息が必要だな」
その声も、口調も、いつもの彼のものではなかった。
〈終わり〉
***
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