落日の王国・1



この日のために磨き抜かれた断頭台の刃は、真昼の光にさえ冴え冴えと青く光る。
それをじっと見つめながら、ユラはやんやの喝采の中一歩木の高壇の上へと足を踏み出した。
断頭台の周りを取り囲むように集まった無数の野次馬たちが一瞬黙り、次の瞬間先ほどまで以上にやいやいと騒ぎ始めるのが分かる。
「あれが例の参謀?」
「若い、いや、まるっきりガキじゃないか」
「しかもえらくきれいな顔だな。本当に本人か? 愛人か何かじゃねえのか」
散々聞き慣れている驚きと蔑みの声に、後ろ手に拘束された掌が汗ばむ。
だが震えなどおくびにも出さず、彼は自らの足でつかつかと断頭台の前まで進んだ。
額の中央で分けられた白銀の髪、澄んだ青い瞳。
飾り気のない質素な白い布で出来た衣服こそが、逆にその際だった美しさを引き立てる。
清潔で高雅な、どこぞの神殿で祈りでも捧げているに似つかわしい美貌のこの少年の手は敵味方双方の血にまみれていた。
大国同士の間に挟み込まれ、歴史上常にいずこかの国の言いなりになっていた小国ミラバイン。
数年前に即位したその若き王は、独立を目指し他の似たような小国を束ね無謀とも言える開戦に踏み切った。
初めはなんという蛮勇、国家ぐるみの自決と嘲笑された戦いは、しかし一時は本当にミラバイン側の勝利に終わるかに見えた。
それは若き国王アイローオンの勇猛果敢さと、全くの無名であったにも関わらずいつしか天才的な戦上手と知られるようになった軍事参謀ユラの働きによるものである。
だが比類なき才能に恵まれた二人へと、天は最終的な勝利を許してくれなかった。
大国アージバル万騎将軍ジャスバール。
どこか皮肉っぽい造作の渋い顔立ちを持つ、黒髪黒い瞳の色男。
漆黒の鎧に銀の華麗な装飾を施し、戦となればその上を更に敵兵の血で飾り立てる男。
今断頭台の横に立ち、ユラの姿を口の端に笑みを浮かべて見つめるこの男の参戦がミラバインとそれに連なった国々の運命を決した。
ほぼ全ての国の王族はすでに処刑済み。
国土は蹂躙され尽くし、わずかに生き残った民も嘆く暇もなく強制労役に狩り出される始末。
それはミラバインも同じことだが、アージバルは最も彼らに血を流させた参謀ユラを戦犯として王族同様公開処刑することを命じて来たのである。
ジャスバールは舐めるような視線でユラの華奢な体を眺め回しながら、からかうようにこう言った。
「可愛い顔をして可愛げがない奴だ。泣いて命乞いでもしてみたらどうだ?」
戯言にユラは不快そうに眉を寄せ、自ら断頭台へと身を屈めながらつぶやいた。
「今更言うことなど何もない。さっさと首を落として頂きましょう」
堂々たる体躯を持ち、髪と同じ色のあごひげをきれいに整えたジャスバールと比べれば、ユラは年齢も体格も一回り以上劣る。
にも関わらずその瞳と口調には媚びも怯えもいっさい感じられなかった。
内心に動揺がないかと言われれば嘘になる。
時には味方にも大量の犠牲者を余儀なくさせるような、血も涙もない采配をし続けたユラだって死ぬのは恐ろしい。
だがミラバインの悲願を妨害し、自分はとにかく民を殺し、…………この後王をも処刑するはずの男にどんな隙も見せたくない。
「温情をかけるふりなどやめなさい。覚悟は出来ています。やるなら一思いにやりなさい」
そう言って、断頭台の下部に据え付けられた板の半円状の不吉な穴の上にユラはその白い首を伸ばした。
頭を垂れ、まるで祈るかのように瞳を閉じた美しい横顔を見つめ、ジャスバールはすうと眼を細める。
「一思いにな。あれだけの数の犠牲者を出したお前が、一思いに楽になることを望むとは笑わせる」
ぴくっとユラはまつげを震わせたが、無言のまま窮屈な姿勢を維持し続けた。
この男に言われることは気に食わないが、責める言葉自体は正当なものと言えよう。
ただアイローオンの願いを叶えることだけを念頭に置き、敵も味方も大勢血の海に沈めて来たのは事実。
だがもう全てが終わった。
自分の首はやがて地面に転げ落ち、その次に若き国王夫妻の首も落ちるだろう。
それらはみじめに並べてさらされ、腐り落ちるまで嘲笑の的となるだろう。
…………こうして多くの血を流したからこそ、自分は死後もアイローオンと並ぶことが出来るのだ。
王妃を差し置き、悪名高い王とその部下と呼ばれ後世の歴史書にでも載るかもしれない。


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