落日の王国・2



思いつきにユラはかすかに口元を微笑ませた。
それこそが報われぬ想いに対する、ささやかにして皮肉な報酬とでも言うべきものなのかもしれなかった。
彼のその微笑みは、知らずジャスバールの注意を引いたらしい。
「ここで笑うか…………なるほどな。いい度胸だ、参謀殿」
愉快そうに自分も笑うと、ジャスバールは不意に大きな手でぐいとユラの後ろ髪を掴んだ。
頭皮が痛みに引きつる感触と、細い髪がぶちぶちと千切れる不快な音がする。
「うっ」
短く息を詰め、ユラは慣れない苦痛に顔を歪めた。
軍人一家に生まれながら、元々彼はあまり体が強くない。
そのため周囲から軽く見られがちで幼い頃は本の虫だった。
せめて勉学の道で他を見返してやろうとしていた頭でっかちの秀才を、純粋にすごいと言って褒めてくれたのが獅子のごとき見事な濃い金髪の少年。
まだ王子の身分だったアイローオンは、ユラにとってたった一人の心許せる友となった。
それ以上を願ったのはユラの方だけだった、それだけのこと。
「…………王」
金の髪をなびかせた逞しい若者に育った青年は、髪を掴まれ引き上げられたユラと丁度視線が合う高さに立たされている。
青ざめたアイローオンのその横に、まだ少女のような頼りなげな姿でしがみ付いているのが王妃イルミナ。
アイローオンが溺愛している清楚可憐な王妃だ。
目が合うと言ってもある程度は距離がある。
しかし久し振りに見るその顔を、ユラは食い入るように見つめた。
死出のはなむけとしてこれ程相応しいものはあるまい。
愛しい男とその妻の姿を見つめ、ユラはあえかに微笑んでみせる。
大丈夫、僕はあなたのことを恨んでなどいない。
胸の中でユラはそうアイローオンに語りかけた。
持てる能力の全てを賭け、国のために戦った。
でも本心ではあなたのために戦った。
こんな結果になってしまったが、やれるだけのことはやったんだ。
後はこの命を断頭台の露としてしまうだけ…
そう思った時だった。
「美人参謀殿は、やけに熱心に王を見る」
全てを見透かしているような、ジャスバールの声がした。
はっとしてしまうユラの耳元に唇を寄せ、ジャスバールは更に言った。
「お前が欲しかったのは何だ? 地位や名誉じゃないだろう。勝利の暁には王の一夜の情けを、違うか?」
かっと頬に血が昇る。
反応してはいけない、そう思おうとすればする程顔が火照った。
見抜かれている。
こんな男に、己の浅ましい思いを。
「おやおや。あれだけの人間を殺して来たくせに、案外初心だな」
くくっと喉を鳴らしたジャスバールは不意にユラの体を元の位置に戻した。
乱暴な扱いに、半円状に削られた板が喉元に食い込む。
息が詰まり、むせそうになったユラは思わず軽くあごを仰け反らせた。
反らされた背に大きな手が伸び、布地が引かれ肌に食い込む。
「あっ!?」
びりびりと派手な音を立て、ユラの衣服が引き裂かれた。
「何するっ…………やめろ! 何のつもり……!」
突き放すような敬語口調を忘れ、ユラは思わず叫ぶ。
答えずにジャスバールは白い布地を引きちぎり、もっと白い裸身を半分以上露にしてしまった。
どよめく声に続き歓声が上がる。
中には口笛を吹く者までいた。
最前線となったこの場所に現在女性の姿はほとんどない。
本国に攻め込まれた際、女性たちがむごい仕打ちを受けることを危ぶんだアイローオンは彼女たちを一足先に国外に逃がしていたからだ。
戦の興奮を敗者の国の女の肉体で鎮めることを、ジャスバールの部下たちは期待していた。
それが裏切られた分、この公開処刑に対する期待感が大きかったのだ。
だが彼らが畏怖する万騎将軍は、思わぬ若さと美貌を持つ敵参謀をただ首を落として終わりにする気はないらしい。
そうと気付いた彼らの興奮は、次第にその色合いを変え始めていた。
「ジャスバール!」
あまりの恥辱に顔だけ振り返り、叫んだユラの顎を男の腕が掴む。
にやにや笑いを口元に貼り付けたジャスバールは、笑っていない目でユラを見つめてこう言った。
「お前がオレの言う通りにすれば、国王夫妻は生かしておいてやってもいい」
ユラの表情は凍り付いた。
ジャスバールは楽しそうに彼を見ながら続ける。
「でなければ今からお前がすることをあいつらにもするぞ。どうする?」


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