炎色反応 第四章・17
「そろそろこちらも攻撃するぞ」
ディアルがつぶやくのと同時に、彼の周りの地面が盛り上がる。
ぼこりと音を立ててめくれた地面が、その形のままオルバンに向かって飛来した。
だがオルバンはそれと同じだけの火星を瞬時に生み出し、片っ端から土くれを粉砕する。
砕かれた土は見る間に地面にばら撒かれ、辺りの地面と同化した。
しかし、それで終わりかと言えばそうではない。
「こんな……」
ティスは戦慄を覚えながらその光景を見やる。
オルバンの周りに落ちた土くれは、一度砕かれた後ディアルの姿を取ってその場に立ち上がった。
五人に増えた地の魔法使いが、そっくり同じ動作で黄色い精霊石を輝かせる。
地を走る亀裂が、彼らに取り囲まれたオルバンに向かって走り始めた。
悲鳴を寸前で飲み込む。
ただ一人腕組みし、状況を見守っているディアルはそんなティスをちらと見た後また目をオルバンに戻した。
見つめられるオルバンは動かない。
多少感心したような顔をしたまま、その場に立っている。
砂ぼこりを巻き上げて走る地裂が彼のいるその場所に辿り着き、腹の底に響くような爆音を出して互いにぶつかり合った時もオルバンはそのままだった。
「オルバン様!」
こらえられなくなり、ティスは思わず叫んでしまう。
瞬間、全裸に近い状態のまま走り出してしまった彼の腕を強い力が掴んだ。
ディアルだった。
「どうした」
「あ、……あの…」
「主人が心配か? 出来た奴隷だな」
かすかに笑うと、彼は腰に巻いていた布を外した。
鳥肌立っているティスの体にそれはふわりと被せられる。
何かの魔力を帯びているのか、それを着た途端に全く寒くなくなった。
代わってちょっと寒そうにしながらディアルが言う。
「直撃だった。まだ死んじゃいないと思うが、手傷を負ったはずだ」
彼がくいとあごをしゃくった先では、なるほど土煙が薄れていきつつある。
土くれで出来た偽物の地の魔法使いたちは、力を使い果たしたのか消えていた。
代わりに、片膝をつき肩の辺りを押さえているオルバンが見えた。
不敵な表情は変わらないが、彼が膝をつく姿なんて初めて見た。
ひどい違和感に唇を噛み締めるティスを見てディアルは淡々と言う。
「分かるな。オレならオルバンに勝てるだろう。水の石を奪うことはもちろん、その気なら殺すことも出来る」
殺す。
また出て来た言葉に震えるティスを、ディアルはじっと見つめて続ける。
「お前が選べ。あいつがどうなるべきか。ここでオレに殺されるべきか。オレに、殺して欲しいのか」
突然突き付けられた選択肢に、ティスは思わず目を逸らす。
オルバンに出会って以来、ティスには何かを選ぶ自由などなかった。
犯されるか殺されるか、二つに一つ。
おまけに彼が簡単に殺してくれるとも思えなかった。
だからせめて貫かれる快楽に酔った。
オルバンと共にいる限り、得られる幸せなどこれしかなかったから。
元の生活になど戻れない。
…………優しかったあの人と、昔のようには暮らせない。
だがディアルは助けてやると言う。
オルバンを殺し、彼はレイネの指輪を持って帰りあの美しい水の魔法使いを慰めるだろう。
ディアルのことだ、きっと自分のことも村にまでぐらいは送ってくれる。
いいや、今更戻れないと言えば新天地で暮らせるようにまでしてくれるかもしれない。
だが例え、誰もティスを知らないところに行ったとしてだ。
オルバンの奴隷だった日々を忘れ、何事もなかったような顔が出来るだろうか。
普通に恋をし、結婚をして、子供でも作ってちゃんとした男になれるだろうか。
雌として扱われることが、この体にはもう嫌というほど刻み込まれているのに?
「……オレ…」
舌がもつれるようで、うまく言葉が出せない。
ディアルは何も言わず、じっとティスの言葉を待っている。
うながすような、鋭い中にどこか優しさを秘めた目をティスは思いきって見上げた。
ディアルの眉がひそまる。
だがそれは、ティスが彼を見たせいではなかった。
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