炎色反応 第四章・16
「やはりオレには…」
ディアルの言葉を遮って、皮肉っぽい声が夜の闇の中に響く。
「どうした、もうたっぷり楽しんだ後か?」
辺りの闇と同化したような黒衣の裾で赤い縫い取りが踊っている。
音もなく丘の上に姿を現したオルバンの指先で、見せつけるように水の指輪が光っていた。
お気に入りの飛水から足を下ろし、彼はいったん水の魔法をかき消してしまう。
そして静かに、ディアルとティスを見て低く笑った。
「そのざまじゃ、だいぶ激しかったようだな、ティス」
言われてみれば、ティスはほとんど全裸に剥かれたままだ。
さっきまではディアルが抱いていてくれたせいであまり寒くはなかったし、その後は彼の言葉が衝撃的過ぎた。
忘れていた寒さが肌を刺す。
ぶるっと身を震わせたティスの周りで地面が動いた。
ディアルが黄色い地の石に魔力を込め、また周囲に土の壁を作ってくれたのだ。
「優しいじゃないか」
笑うオルバンの声。
だが金の目は、ちっとも笑っていない。
一部の例外を除き、オルバンは途中の経過がどうであれティスを抱いた男を最終的には殺してしまった。
「オルバン様、オレ、さ、最後まではされてないんですッ」
土の壁から身を乗り出し、ティスはとっさに叫ぶ。
最後まで、ということはつまり中に出されていないということだが、それがオルバンに通用するかどうかは分からない。
でも、ティスは嫌だった。
二人が争うのが嫌だった。
なぜかは自分でもよく分からないが、とにかく嫌だった。
「最後までしてないってことは、途中まではしたんだろうが。大方レイネの復讐とか、そんな理屈を捏ねて」
読めてるんだよ、という顔をするオルバンに実際そういうことを言ったディアルがかすかに眉をひそめる。
「そのガキはオレの持ち物だ、ディアル。でくのぼうの地の魔法使いと穴兄弟なんざごめんだぜ。この落とし前は付けさせてもらう」
「………オレも、貴様などにレイネが汚されたのかと思うと腹立たしくてならない」
ディアルの口調に怒りが戻って来ている。
荒々しく自分を犯した時の姿が蘇り、ぞくっとしたティスの前に彼は足を踏み出した。
「そこで見ていろ、ティス。オレがお前を解放してやる。元のお前に戻してやる」
通り過ぎざま、降ってきた低い声にはっとしても遅い。
地の魔法使いはさっさとオルバンの前に立つと、問答無用でその指先に光を輝かせ始めた。
丘の上の地面に穴が空く。
何の前触れもなく立っていた足元が陥没するたび、オルバンはかすかに笑いながら身軽に避けていった。
「地味だな、相変わらず」
赤い精霊石が彼の指先で光る。
途端空中に生み出された無数の光が、長い尾を引いてディアルに襲いかかって来た。
「火は派手過ぎる」
ぼそっとつぶやいたディアルの目の前に砂が舞い上がる。
それは彼の前でたちまち巨大な一枚の岩に凝り、堅い表面は小粒な光たちをものともせずに弾き飛ばしてしまった。
ふん、と不敵に笑ったオルバンは続けて火星とレイネが呼んだ拳大の火を生み出す。
だがそれもまた、ディアルが掲げた岩の盾の表面に浅いくぼみを付けるだけだ。
「派手だが、効率が悪いな」
さして感動もなくつぶやくディアルを見つめ、ティスはただあ然としているばかりだった。
強い。
今朝方の襲撃の時など比べ物にならない。
全くの互角、いや、もしかするとディアルの方が上か。
強気で襲いかかって来たが、あっという間に劣勢に陥ったレイネとは違う。
オルバンを殺すと言った彼の台詞が、ティスの中でようやく現実味を帯び始めた。
同時に、ひどく体が震え始めた。
ディアルが作り出してくれた壁のおかげで、寒さを感じずにいられたはずなのに。
←15へ 17へ→
←topへ