ハンター・ハンティング・1



朝の清涼な空気を目一杯吸い込んで、セイは思いきり深呼吸をした。
肩にかけた皮製のホルダーに突っ込んだ大振りのナイフが重そうに見えてしまうような、小柄な細い少年である。
柔らかな薄茶の髪も、大きな青い瞳も暴力とは無縁そうだ。
しかし彼は一端の魔物ハンターであり、様々な目的で魔物たちを狩ることで生計を立てている。
年少ながらきちんとハンターギルドへの登録もしていた。
なめした革で出来た軽い鎧で武装した彼の腕は、持って生まれた俊敏さも手伝ってなかなかのものと評判だった。
それはひとえにさる高名なハンターへの憧れによるものだったが、昨日その憧れとセイはすっぱり決別したばかり。
大袈裟に言えば今日のこの日が、セイがハンターとして生きていく新しい始まりの日と言っても良かった。
「さあ、行くぞ」
気持ちも新たに、彼は独りきりで住まう村外れの小さな小屋を抜け出した。
…………ところが、いざ本日のハントを始めようと近くの森に一歩足を踏み入れた時である。
背の高い、セイの数倍金のかかった武装をした男が一人森の奥から現れて、驚く彼にこう声をかけて来たのだ。
「なんだ、昨日のガキか」
長い黒髪を適当に後ろで一つに縛った、二十代半ばの青年。
切れ長の瞳は深い紫で、光が入ると宝石のように輝いた。
痩身だが弱々しい印象はなく、余分なものを削り取ったような全身は鍛え抜かれた筋肉で出来ている。
だがその顔立ちは非常に整っており、実用本位の服装が逆に素材の良さを引き立てていた。
この辺りでハンターギルドに所属する者なら誰もが知る有名人。
両親を魔物に襲われて亡くし、途方に暮れていたセイの心の拠り所となった最高位のハンター、ラヴェル・アライアント。
そして、昨日その憧れをものの見事にぶち壊してくれた男だ。
セイは思い切り顔を強張らせてしまったが、一つ息を吸って無言でその横を通り過ぎようとした。
「待てよ。昨日とずいぶん態度が違うじゃないか、おい」
ラヴェルの腕が伸び、セイの左腕を掴む。
彼が言う通り、偶然この地方へラヴェルが足を運んだと聞いたセイは胸を高鳴らせて彼が泊まっている宿へ赴いた。
宿の人間に無理を言い、どうしてもご挨拶がしたいと彼の泊まっている部屋を教えてもらったのだ。
しかしそこで見たのは素朴な村人たちをあごで使い、平然としているラヴェルの姿。
セイが思い描いていた憧れの人と、現実の彼とは余りにも差があり過ぎた。
呆然としているセイに気付いておまけに彼はこんなことを言った。
なんだこの小汚いガキは。
酒がまずくなる、とっとと失せろ。
「…………オレの顔を見たら、酒がまずくなるんじゃなかったんですか」
考えてみれば、普段はもっと強力な魔物の闊歩する地域で活躍しているラヴェルのことなどセイは噂話でしか聞いたことがなかった。
実力におごらぬ高潔な英雄だなどと、勝手な思い込みに過ぎないと自分でも分かっている。
だけど、十年以上もその思い込みで自分を支えて来たのだ。
今更ハンター以外の職に就こうとは思わないけれど、にこにこしろという方が無理だった。
「今は素面だ。おまけにあの時は薄暗かったが、ふうん……?」
セイの腕を掴んだまま、ラヴェルはしげしげと彼の顔を覗き込んでくる。
むっとして、セイはその腕を無理やり振り払った。
自分の見た目が一見少女のようであることは知っている。
可愛い可愛いと馬鹿にされるのが嫌だったことも、ハンターという荒っぽい仕事を選んだ理由の一つだ。
痩せてはいるが背が高く、鋭い男らしい容貌を持つラヴェルに憧れたのも同じ理由からだった。
「放して下さい。……オレは今から仕事です、失礼します!」
「仕事?」
ラヴェルの目が、セイが吊り下げた大振りのナイフに向いた。
「果物でも取りに行くのか?」
ますますむっと来て、セイは大股に歩き始めながら怒鳴る。
「オレはあんたと同じ、魔物ハンターだッ!」
細い肩を怒らせ、歩み去るセイを驚いたように見ながらラヴェルは言いかけた。
「……おい、待てよ、今この森には…」
だが、すでにセイは茂みの奥に消えてしまっている。
ラヴェルは肩をそびやかし、ふんと鼻を鳴らして村の方向へと去っていった。



←topへ   2へ→