ハンター・ハンティング・2
***
むかむかしながらどれぐらい歩いただろうか。
いい加減頭も冷えた頃、セイは妙なことに気付いた。
村から外れ、だいぶ森の奥まで入ったこの辺りには、魔物はもちろん普通の動物もたくさんいる。
だが今は鳥の鳴き声一つ聞こえて来ない。
まるで森中が息を殺しているようだ。
「…………何かあった、か?」
ようやくセイも様子がおかしいと気付き始める。
注意深く辺りを見回せば、確かに生き物の気配がない。
いぶかりながらセイは、とにかく普段最もよく来る狩場の目印である大きな平たい岩へと近付いた。
その下にはよく、ニジカメムシと呼ばれる手の平大の甲虫が集まっている。
背中が油膜が張ったようにきらきらと光るその虫は、一匹一匹微妙に色彩が違う。
魔物ハンターが相手にするにはいささかスケールの小さい相手だが、コレクターが多いので安定した金額で引き取ってもらえるのだ。
だがそこを覗き込むと、かすかな光にもきらきらと光る虫たちは一匹もいない。
ニジカメムシは派手な外見のためか捕食されやすい生き物でもある。
そのせいか危険には非常に敏感なのだ。
何かが起こっているとセイは確信した。
すぐにここを離れた方がいい。
そう思い、岩の下から緊張した顔を上げたセイはシュウ、という何か空気が吐き出されるような音を聞いた。
「うわっ!?」
両足にぐにゃりとしたものが絡み付く。
驚くセイの目に映ったのは、暗緑色の触手の塊だった。
何十、何百、数知れないうねうねとうねるものが固まって一つの球を作っている。
その内の数本がセイの両足に絡み付いたのだ。
「……お前かっ!」
森の生き物たちの姿が見えないのも、ニジカメムシが住処を離れているのもこいつのせいだと瞬時にセイは理解した。
明らかに通常の生き物とは違う。
間違いなく魔物だ。
しかも、今までセイが相手にして来たようなものとは明らかにクラスの違う怪物。
平たい石の上に横倒しのような状態になりながら、セイは懸命にナイフをホルダーから引き抜く。
上半身に伸びて来た触手の一本を、どうにかそれでなぎ払った。
だが、手応えがおかしい。
手入れを欠かしたことのない刃が触手の表面で滑ってしまう。
「このっ……くそぉ!」
めちゃくちゃにナイフを振り回しても全て同じ結果だった。
しかも、不意に別方向から伸びて来た触手が暴れる両手にも絡み付いて来た。
「くっ! このっ、う、んんっ!?」
両手を左右に広かれ、衝撃にナイフを取り落としてしまう。
その上叫ぼうとした口の中に更に別の触手が突然頭を突っ込んできた。
「んぐ、ん、んんっ!」
生臭い匂いと得体の知れない粘液が口の中に広がる。
吐き気をこらえ、瞳に生理的な涙をにじませてセイは必死に顔を振ってもがいた。
だがそれを許さず、触手は先端に開いたまるでいぼのような醜悪な口からセイの食道の中に奇妙な粘液を流し込んでしまった。
ぴくんとセイの体がしなる。
生臭い匂いとは裏腹に、触手の分泌する粘液は花の蜜のような甘い味がした。
そして、それをごくりと飲み込んでしまった瞬間から体の自由が利かなくなってきた。
いつの間にか四肢を捕らえていた触手は解かれているのに、セイはぐったりと石の台の上に横たわってしまう。
半開きの瞳には、幼い頃からたった一人で生活している少年の意地など存在していない。
まるで白昼夢の中にでもいるようにとろんととろけたその瞳は、その様子を伺うようにしながら口から抜け出た触手を見つめている。
一種の麻痺毒が触手の分泌液には含まれているようだった。
そしてそれ以外のものも……
「ふ、あ…………、ん…?」
セイの体を、何かを探すように触手たちが這いずり始める。
邪魔な革鎧の下に潜り込み、時にはわずらわしげにそれを引きちぎってしまいながら彼らは獲物を品定めしているようだ。
粘液を垂らす卑猥な触手の先が、いつしかぷくりと立ち上がった乳首を見つけた。
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