ハンター・ハンティング・7



「目上の人間にはあんた、じゃなくてあなた、ぐらい使え」
「……な、なに…」
「そうでなきゃ、いっしょにいてオレが恥ずかしい」
え、と短く吐くと、ラヴェルはにやっと笑って言った。
「昨日、お前が一人で怒って帰った後他の奴らにお前のことを聞いた。両親を亡くして以来、魔物ハンターという職業にひどく入れ込んでいる。あなたに憧れ過ぎていたので、どうか許してやって欲しい、とな」
またかっと頬が赤らむのを感じるセイの、柔らかな薄茶の髪をラヴェルは一筋梳いた。
「親がいないなら反対する奴もいないだろう。憧れのラヴェルさんの側で、ハンター修行をしてみる気はないか」
ぽかんと口を開け、セイは馬鹿のように彼を見つめた。
まだ夢でも見ているのか。
どう考えても話がうま過ぎる。
ラヴェルはセイが思い描いていたような完全無欠の英雄ではなかったが、その強さは間違いない。
彼の側でその教えを受けられるなら、一人こんなところでニジカメムシで日銭を稼ぐよりずっとずっと早く強くなれることだろう。
両親を殺した魔物、今はその正体すら不明のままだが、いつか見つけ出して倒せるようになれるかもしれない。
気付けばそんなことまで考えていたセイだが、はっとして慌てて身を引きながら言った。
「そ、そんなこと言ってまたオレに変なこと…………っ」
「抱くってことか? ああ、するぜ。オレの目当てはそっちだ」
平気な顔でラヴェルは言う。
逆にこっちが恥ずかしくなってしまうような彼の態度にセイが黙ると、ラヴェルはその耳元に甘い声でささやきかけて来た。
「拒否するなら、今日ここで何があったのか村の連中に全部ばらす」
すーっと血の気が引く。
希望に満ちた未来図から一転、絶望的な脅しをかけて来るラヴェルの言葉は悪魔のささやきに等しかった。
「なにせオレはお前らひよっ子ハンター憧れの大ハンター様だからな。試してみるか? どっちの言うことを信じるか……」
「わかっ、いい、いいよっ、行きます、あなたといっしょに行きます!」
セイは必死になって叫んだ。
村人たちが信じる信じないに関わらず、自分がラヴェルに救われ彼に犯されてよがったのは事実だ。
そんなことを大声で言い回られたら表を歩けない。
小さな村の中、ただでさえ孤児ということで周囲から浮いているのだ。
これ以上の厄介事は御免だった。
逆にラヴェルという庇護者がいれば、どこか自分によそよそしいこの村を逃れて生活していくことが出来るかもしれない。
微妙にそう計算してみても、一抹の不安を拭いきれないセイにラヴェルはますますその不安を煽るようなことを言う。
「これからオレが、お前にハンターっていう仕事をよく教えてやるよ」
その目に一瞬、深い苦悩のようなものがちらと過ぎった。
だがそれをセイが見つける前に、ラヴェルは薄笑いして殊更に馬鹿にしたような声を出す。
「ガキの憧れをいつまで保っていられるか、楽しみだな」
鼻で笑われ、セイはホルダーごと形見のナイフをぎゅっと握り締めて答えた。
「…………オレは、あ、あなたみたいな……いいや、あなたより立派なハンターになるっ」
毛布一枚引っかけただけの格好の少年の、根拠のない精一杯の強がり。
それこそ鼻で笑われてお仕舞いになりそうな言葉に、ラヴェルはなぜだか満足したように小さく笑った。
「それじゃとりあえず、お前に着せる服を調達しないとな」
言いざま、腕が伸びて来る。
あっという間にセイはその腕に抱え込まれ、慌ててじたばたしたがそれで痛みがぶり返して来た。
「まだ歩けないだろうが、おとなしくしていろ。しかし服を売っている場所ぐらいあるんだろうな、この村は」
「あ、あるけど……いい…………です、家に戻れば、替えの服ぐらい…多分」
しどろもどろにセイは言うが、ラヴェルは気にするなと笑うばかり。
「もう少しいい服を着てもらわないとオレが恥ずかしい。ああ、それとオレは最初から裸より脱がせる方が好きだ。お前が自分で脱ぐなら止めないけどな」
「誰がっ……!」
一々顔を赤くして反応するセイに、ラヴェルもつられたように声を上げて笑う。
常の彼を知る者なら驚くような、明るい陰りのない笑い声だった。
二人のハンターが森を抜けていくのを、動物たちは感謝の念を表すようにそっと見送っていた。


〈終わり〉


***

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