付ける薬もないぐらい・1
「だから勝手に出かけるなと言っただろうが!」
小さな小屋一杯に鳴り響いた一喝に、床に座り込んだルーンはびくっと身を竦ませた。
柔らかそうな亜麻色の髪をした、可愛らしい少年である。
ただし全身細かな傷だらけ、おまけに奇妙な匂いを発する体液にまみれていては本来の可愛らしさは見る影もない。
そして長年ルーンに困らされている彼の師匠にとっては、引き裂かれた衣服の前をかき合わせ震えている少年の多少の愛らしさなど最早どうでもいいことになっていた。
「いいか、覚えていないようだからもう一度言ってやる。西の森は珍しい薬草も多いが、それ以上に危険な怪物も多いんだ! お前みたいなどじで頭の悪い馬鹿ガキが迷い込んで、逃げて来られただけでも運が良かった方なんだぞ!」
「ご、ごめんなさい、師匠…………」
ぐすぐすと涙声で漏らす、不肖の弟子をじろりとにらむのは三白眼に迫力がある背の高い男である。
伸びるたびいい加減に切っている黒髪はばさばさで、よく見れば結構いい男なのだがどう見ても山賊だ。
クルーガーという名のこの男は、見た目に反して実は薬師という繊細な仕事をしている。
この小さな村の外れに弟子のルーンといっしょに住み、村人たちの怪我や病などを治して生計を立てていた。
ただし弟子とは言っても、ルーンはクルーガーの役に全く立っていない。
ルーンはルーンなりに一生懸命なのは分かるのだが、クルーガーの評する通りとにかく彼はどじだった。
勘違いと思い込みも激しく、散々時間をかけた上でまるで見当違いの方向に努力をしていることもままある。
いっそ何もしないでくれ、と時々真剣にクルーガーは言うのだが、ルーンは師匠の役に立とうとちょこまか動き回る。
結果その尻拭いをクルーガーが行うことになる、この繰り返しをもう五、六年ほど続けている状態だった。
そもそも彼を弟子としたこと自体、クルーガーの積極的な意志によるものではなかった。
生来子供好きというわけでもない。
どこかに捨てて来ようと思ったことも十や二十ではきかないほどだし、口に出してそう怒鳴ったことも山ほどある。
それゆえにルーンは余計必死になってクルーガーの役に立とうとするという、どうしようもない悪循環だった。
「…………ったく」
がりがりと頭をかき、ひとしきり怒鳴ったクルーガーをルーンは申し訳なさそうに見上げてつぶやく。
「ご、ごめんなさい師匠、ごめんなさい……」
その潤んだ青い瞳と、みじめに汚れ果てた姿をもう一度見たクルーガーは深々とため息を吐き出した。
ついこの間、一種の熱病が村を襲った。
クルーガーは当然引っ張り出され、こっちが病気になりそうなぐらい何日も徹夜で看病をする羽目になった。
ルーンのつたない手伝いも多少の効果を発揮し、ようやく一山越えてから早四日。
気付けば蓄えていた貴重な薬草のほとんどを使い果たしていた。
また集めに行かないといけないか、とクルーガーが愚痴っていたのをルーンは聞いていたらしい。
疲れ果てて眠りについた師匠を置いて、彼はこっそり侵入を禁止されていた西の森に乗り込んだ。
そして辺りを徘徊していた魔物に捕まりかけ、命からがら逃げて来たということだった。
いまいち要領を得ないルーンの話をつなぎ合わせ、ここまで聞き出すだけで一苦労である。
寝ているところを物音に驚いて飛び起きればこの有様だ。
案の定薬草の一つも手に入った様子はない。
気が短い方だと自覚しているクルーガーだが、彼でなくてもこの事態では怒るだろう。
はあ、とまた大きなため息を吐いてから、クルーガーはおもむろにルーンに手を伸ばす。
途端ルーンはびくっと身を竦ませた。
「ししょ、何……?」
「何って、お前、その格好でどうするつもりだ」
眉をひそめるクルーガーの言う通り、泥まみれ、何かの粘液まみれのルーンはこれ以上ないほど汚い格好をしている。
不衛生である上に、傷だらけなのだからこのままでは病気になってしまう。
だがルーンは、怯えたように座り込んだまま後ずさった。
汚れた指先が一層きつく服の前をかき合わせるのを見て、クルーガーの瞳が鋭くなる。
「何だ。さてはどこか怪我でもしたのか」
「いいえ、あの、オレ、平気、師匠、師匠寝てたんでしょ? 寝て下さい」
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