付ける薬もないぐらい 番外編・1



狭苦しい寝台の上で悩ましく四肢が蠢く。
「うう…………ん」
少し暑くなり始めた季節のせいだろう。
薄い布団をけっ飛ばし、少しでも涼しい場所を求めてルーンは敷布の上を転がっていた。
「う…………ん、むにゃ、ししょぉ…………」
何か楽しい夢でも見ているようだ。
へらりと笑いながら上向いたその胸元で、豊かな乳房もつんと上を向いている。
ただでさえ、男物の服には容易に収まらないようなふくらみである。
無意識にはだけてしまった上着から呆気なく零れ出したそれは、寝汚く寝こけたふたなり少年の動きに合わせぷるんぷるんと揺れていた。
これ以上なく幼く無防備な寝姿のせいだろうか。
無邪気な子供の姿とは不釣り合いな豊満すぎる胸が、何とも言えない危うい色香を醸し出している。
「ルーン! ……うわっ、こら、馬鹿っ!」
寝起きの悪い弟子に苛立ち、やって来たクルーガーも思わず声を上げてしまう。
師匠の大声に驚いて目を覚ましたルーンだが、本当に目を開けただけ。
だらしなく敷布の上に寝そべったまま、ぼんやりと師匠の三白眼を見つめ寝ぼけた声を出す。
「ん……? ししょー、おはよーございまーす…………」
「おはようじゃない、もう昼前だ! それと何だその格好は!」
「かっこ………? あ、やっ」
言われてルーンも、胸が丸見えであることに気付いた。
慌てて両腕で隠そうとするが、細い腕では覆いきれないほどの質量があるのだ。
あわあわしながら何とか身を隠そうとするルーンに、クルーガーは大きなため息を吐いた。
「ったく、本当にしょうがない奴だな…………誰かに見られたらどうする」
言いながら彼は部屋の隅に行き、風を入れるために広く開けてあった窓を閉めてしまう。
「あ、ししょ、閉めちゃだめ、暑い……」
「暑いぐらい我慢しろ! ちゃんと服着て布団かぶって寝ろって何度も言っただろうが!」
そう言うクルーガーも実は上半身裸だ。
ルーンだってちゃんと男だった時は似たような格好で寝ていたのである。
寝坊すれば当然怒られたが、服装がだらしないと怒られたことはあまりない。
「……上着は、ちゃんと、着てましたよう……」
思わず口を突いた反抗の言葉に、その師の目付きが鋭くなる。
「胸丸出しにしておいて口答えするのかコラ」
半眼でそう言うと、クルーガーはまだしっかり留まっていないルーンの胸元に手をやった。
痛いぐらいに布地で胸を締め付けられ、ルーンは悲鳴を上げる。
「い、痛い、やぁ、師匠、ぎゅうってし過ぎ……!」
「ああくそ、オレの許可も得ないでこんなところだけ成長しやがって!」
暑さにクルーガーの短気にも拍車がかかっているようだ。
いらいらした声で怒鳴りながら、彼は無理矢理ルーンの胸肉を上着の中にしまい込もうとする。
「ちょ、ししょ、やだ、痛いってば……!」
「うるさい、そんななりでちょろちょろしていて痛い目見せられるのはお前なんだぞ!」
クルーガーの言っていることは分かるのだ。
つい先日、村に出かけた際にヒースたちに襲われかけたことを忘れたわけではない。
だがここは師と二人で暮らす小屋の中。
ルーンを襲った怪物が出た森にも近い、人里離れた物騒な場所である。
急患でも出ない限り、村人たちだってそうは近付いて来ないのに。
「だ、だって、ここ、オレたちしかいないのに………っ、め、めったに人なんか来ないのに、暑いのに、別にっ……!」
珍しくかたくなに首を振り続けるルーンの胸元からクルーガーの手が離れた。
押さえる物をなくしたせいで上着の前が開き、豊満な胸がぷるんとこぼれ落ちてしまう。
普段ならここで盛大に雷が落ちるところである。
それを予測してルーンは反射的に首をすくめてしまった。
しかし一向にお小言が始まる気配がない。
「………師匠……?」
逆に不安になり、そろそろと瞳を開いたルーンは瞬時に後悔した。
静かでいて根深い怒りをたたえたクルーガーの目と目が合ったからだ。
「…………本当に、学習能力のない馬鹿弟子だな、お前は……」
頭を叩かれると思い、ルーンはひゃあとか何とか言いながら逃げようとした。


←topへ   2→