要姫・1



爆音が白い一枚岩で出来た扉を吹き飛ばす。
地下神殿を取り巻く清浄な水の中に、無残な瓦礫と化した扉が降り注ぎ水面を汚しては沈んでいった。
巫女となったその日より視力を失った身にも、最後の砦が破られたことは明白。
二つの目を潰した代償として手に入れた聖なる力など使わなくても分かる。
要の神殿の主であり、要姫とも呼ばれるナイアは白い巫女服の裾をきゅっと握り締めた。
ここランクーガ王国が、東の大国バルトフェルト帝国に攻め入られて早三つの月が巡った。
その間に何度となく聞いた「我が軍有利」の報、無邪気に信じていられたらどんなに良かったか。
だが人に見えるものが見えぬ代わりに、人に見えざるものを見る力を持ったナイアにはもう一月前に読めていた。
大陸に残された良心と呼ばれていた、聖なる都ランクーガは陥落する。
この国を含めた数多の周辺国家はバルトフェルト帝国に併呑され、世界は彼らの意志により巡るようになると。
「ナイア様、こちらへ」
ふと伸びて来た逞しい腕が、小柄なナイアを庇うように自らの背に引き入れる。
数年前からナイア付きの騎士となった薄い金髪の青年、アレクシだった。
その顔はすっぽりと無機質な鉄製の仮面に覆われており、ナイアでなくても表情は全く読めない。
けれど彼の声の調子から、アレクシの自分への気遣いの気持ちは伝わって来る。
こんな時だというのに、ナイアは胸の中がほんのりと暖かくなるのを感じていた。
外界と切り離された要の神殿にも、アレクシがここへやられた経緯はある程度は伝わって来ている。
武術と学問に秀でていたことに加え、その美しい容貌でランクーガ王妃を虜にした男。
結果王の嫉妬を呼び、荒唐無稽な謀反の罪を着せられた彼は顔を焼かれてこの神殿に左遷されたのだとか。
外界の不浄とは無縁のはずの神殿の中にさえ、アレクシと必要以上に関わることを良しとしない者がいるほどである。
とはいえ彼らを責めても仕方がないことだろう。
癇癪持ちで短気な当代ランクーガ王を怒らせることは、すなわちアレクシが被ったのと同等かそれ以上の災禍を呼ぶことに繋がるのだから。
しかし同時にアレクシだって聞かされているはずだ。
床にまで達する長い白い髪をしたナイアは、潰された両眼を布で覆っていても美しい少女にしか見えない。
だがその巫女服に隠された肉体には、両性の性器が備わっているのだ。
ランクーガ国内に時折生まれて来る両性体。
彼らは要の巫女、あるいは要姫と呼ばれ、ランクーガ王国の地下にあるこの神殿に収められる決まりがある。
ランクーガのような小国が今までバルトフェルトの侵攻を辛うじて避け続けていられたのも、そのおかげだと言われていた。
神聖視されている要の巫女ではあるが、同時に両性体という肉体的特長はどこか人の本質的な嫌悪感をも刺激するのだろう。
事実ナイアの両親は、我が子が両性体と知るや否や名前も付けずに王宮へ献上した。
要姫の生みの親として受け取った莫大な報奨金で、安楽な暮らしを送っているらしい。
王宮内の人々だって、ナイアへの反応は様々だった。
思い出したくもないことまで思い出しそうになり、ナイアは心持ちアレクシから離れた。
しかしそれに気付いたアレクシは、振り返ってその手を取った。
「あっ」
強く引き寄せられ、ナイアは彼の背にすがった格好になる。
「いけません、ナイア様。私から離れないで下さい……必ずお守りしますから」
優しい声にナイアは、広い背中に額を付けて顔を赤らめた。
大丈夫、アレクシは知らない。
知っているのならきっとこんなに優しく守ってはくれない。
「…………ありがとう、アレクシ様」
この先に待ち受ける展開を知っていながら、彼の気持ちが嬉しくてナイアは心からそう言った。
要の神殿は文字通り、ランクーガの守護の要。
当然要の神殿そのものの警護も厚い。
なのに、ついにここにまで敵の手が伸びてきたのだ。
逃れられるはずがない。
「ここが要の神殿か」
ナイアの予想を裏切らない、よく通る声がその耳に響いて来た。
「貴様ッ、何者……うわあああっ!」
神殿を守る兵士の誰何の声が、次の瞬間絶叫に変わる。
強大な術の波動を感じ、ナイアはふるりと身を震わせた。


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