要姫・2



「理術師…………!?」
「まさか、クラウディオ!?」
「いかにも」
薄い笑みを含んだ、堂々とした男の声が近付いて来るのを感じる。
彼が至極あっさりと肯定した名前の持つ重みが、ナイアをますます震わせた。
バルトフェルト帝国の理術師クラウディオと言えば、大陸にその人ありと言われた強大な力を持つ理術の使い手。
世の理に干渉し、生み出された莫大な力でもってバルトフェルトの版図を次々と広げてきた男だ。
しかし彼もまた、長い間ランクーガを攻め落とせずにいたはず。
そのクラウディオ自らが、ついに要の神殿への侵入を果たした。
神殿内がにわかにざわつき始める。
まさかかの高名な理術師その人がここへ攻め込んでくるなどとは思わなかったのだろう。
「たっ……、助けて、下さい」
女官の一人と思われる、若い娘の哀願の声が聞こえた。
「助けて、殺さないで! 私、私たちはただ王様の命令でここで働いていただけでッ……!」
「お、お願いです、私も! バルトフェルトに仕えます、身を粉にして働きますから、どうか…………!」
我も我もと続いた懇願が、クラウディオの放った波動に飲み込まれる。
見えざるものを見る力などなくても分かる。
強大かつ冷酷な理術師は、今更の哀願を聞き入れる気などない。
彼の目的はただ一つ。
永き時に渡りランクーガを守り、バルトフェルトの大陸統一の野望を妨げてきた要の巫女の抹殺だ。
「そこにおわすか、要の巫女よ」
しんと静まり返った神殿の中、クラウディオの奇妙に優しげな声だけが響く。
ゆっくりとその存在感が近付いて来るにつれて、ナイアは喉が干上がってくるのを感じた。
いまだすがり付いた状態にあるアレクシの広い背が、動じていないことを独り善がりに誇りに思う。
けれどこういう彼にだからこそ、言わねばならない言葉があった。
「アレクシ様…………逃げて」
震える声でつぶやいて、ナイアはそっとアレクシから離れた。
「ナイア様」
驚いたような彼の声を聞きながら、ナイアはクラウディオがいると思われる方向に顔を向ける。
「ほう、これはこれは、噂以上に可憐な巫女様だ。あなたのような方が、今まで我々を阻んで来たとは……」
最後まで言い終わるのを待たず、ナイアは全身に力を込めた。
不躾な訪問者に踏み込まれながらも、いまだこの神殿には、自分にはランクーガを守る力が残されている。
いいやせめて、この神殿にいる皆を……そうでなければせめてアレクシだけでも、守ってみせる。
「アレクシ様、みんな、逃げて下さい!」
叫んだナイアの体から力が放たれる、まさにその瞬間だった。
不意に背後から伸びて来た腕がナイアの体を絡め取る。
あまりにも予想外の出来事に、爆発寸前だった力が散っていってしまう。
呆然とするナイアの耳元に、蕩けるように優しいアレクシの声が響いた。
「ああ、あなたは本当に優しい方だ、ナイア様……」
まだ呆然としているナイアの見えざる目に、展開していく術の形が見えた。
クラウディオが放とうとする、それはあまりにも強大で無慈悲な。
「だ、だめっ…………!」
叫んでももう遅い。
大陸一の理術師が放った力の波動は、ナイアとアレクシを除く全ての神殿内の人々の命を刈り取った後に消えていった。



***


一体何がどうなっているのか。
自失状態のまま、アレクシに背後から抱き締められているナイアの前にクラウディオが立った。
はっと上向いたナイアの、潰された目の上に大きな手が当てられる。
次の瞬間とうの昔に光を感じることすらなくなったはずの、その目の奥に強烈な光が差し込むのをナイアは感じた。
「いたっ…………!」
刺し貫くような強さを持った光が、両の目の奥を抉る。
あまりの痛みにナイアは、体を拘束したアレクシを振りほどくように激しく身をよじった。


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