Marionette



第一話 失楽園

 少女の耳に届く運動場からの喧騒は、絵空事のように遥か遠く遠くから聞こえていた。申し訳程度に空いた窓から響くからこその曇りかも知れない。だが、少女の情動が何よりもそれを左右していた。
 少女――柊芽々は、生徒達が勉学に勤しむ中、独りぽつんと女子トイレの只中に在った。特に便意は無い。しかし、彼女はこうして仮病を使っては、毎日のように一番奥の個室に身を寄せる。
 誰にも悟られず、誰にも咎められない場所。芽々にはそれが必要であった。
「く……ぅ」
 冷め切った便器の前で、芽々は徐に穢れを知らぬ純白の下着を降ろす。些細な行為だ。しかし彼女にとってはその小さな衣擦れだけでも、思わず呻き声を上げてしまう。芽々は見えぬ強迫観念に煽られた表情のまま、下着を踝まではらりと落とした。
 瞳が潤む。
 何故私が。
 何故私だけがこんな目に遭わなければいけないのか。
 私は、普通じゃない――。
 芽々は悩ましげな表情のまま、紺青のスカートをたくし上げる。するとそこには、本来あるはずの無い男性器が、彼女の陰核を媒体として自身を主張していた。
 それはまさに剛直と呼ぶに相応しく屹立し、幼さの残る芽々のあどけない顔立ちからは想像も出来ない醜悪さを醸していた。並の男性器とは長さも太さも比べ物にならないそれは、彼女が触れてもいないのに液を噴き出し、嗚咽する。その形相は、さながら芽々に寄生する怪物のようであった。
「ひぅ……っ」
 それは蚊も揺れぬ一陣の風のはずだった。しかし確かな外気を感じた彼女の肉棒は、そのままその快感を芽々に押し付ける。
 びくびくと痙攣を続けるそれは彼女にとって悪魔であり、度し難いもの。それでも己を支配しようとする欲望が、どうしてもそれを蠱惑的に見せて仕方が無かった。
「ダメ……。こんなこと……しちゃダメなのに……っ」
 この快楽から逃れるには、耐えて耐えて耐え続けるしかない。芽々はそう思い続けてきた。しかし自身の上肢は意志と関係無くそれを握り締め、ただ悦楽を呼び起こす為だけに機能する。
 そして今日という日も、その輪廻の一部でしかなかった。
「はぁぅ……ああぁ……」
 芽々は取り憑かれたかのように肉塊を見つめ、それを扱き始める。我慢汁はだらだらと涎のように亀頭を這い回り、水音を卑猥に奏で立てる。芽々はその度に腰を震わせ、どうしようもなく嬌声を漏らした。
「あぁん……良い、良いよぉ……」
 華奢な体付きにはあまりに不釣合いな、巨大な肉棒。それを両手で擦っては、うわ言の如く呟き続ける。
 この行為さえしなければ、いつもの自分が保てるのに。
 大人しくて、気弱で、寡黙で、あまり人には自慢出来ないけれど、少なくとも変態でない柊芽々。
 たったそれだけで良かったのに、うねる色欲がその最後の砦を崩しに掛かる。宛も、肉棒を伝導体として彼女の理性を削り取るように。
「あっ、あっ、あうぅ……っ! だ、だめぇ……」
 芽々は激しく裏筋を責め立てながらも、亀頭をこねくり回して新たな快感を探る。
 一度触ってしまえば、堰を切った快楽が自身の理性を呑み込んでいく。彼女は熟知していたが、それは知っているからと言って抑止出来る問題では無かった。
「も、もうダメッ! イク、イクイクイクぅ……っ!」
 目の焦点も合わないままに、芽々は猿の如くそれしか知らないようにひたすら己が肉棒を扱き回す。腰はがくがくと今にも崩れそうになり、蟹股に開かれた彼女の姿は浅ましく、そして陋劣だった。
「うぅっ……! イッちゃうぅぅうううっ……!」
 欠片とも取れぬ理性を手繰り寄せ、必死に声を押さえ込みながら芽々は欲情を吐き出していく。
 次々と放たれる夥しい白濁は、眼下の便器をどろどろに穢していった。しかし彼女の精液はそれだけでは飽き足らず、噴水の如く壁一面に飛び散っていく。
 芽々は泳ぐ視界を戻そうともせず、淫欲に掌握されながら最後の一滴まで熱を搾った。
「……拭かなきゃ……」
 ぽつり呟き、芽々はティッシュを取り出しては瞳を滲ませた。
 また、やってしまった。皆が使うトイレなのに。ここは毎日私の欲望で埋まっている。染め上げられている――。
 芽々は尽きぬ後悔を脳裏に刻み付けながら、冷や汗も乾いた頃に跡形も無くそれらを拭い去ったのだった。
「芽々ちゃん、大丈夫ですか?」
 聞き知った声に思わず肩を強張らせるも、芽々は反射的に「うん」と言葉を紡いだ。
 ここまで自分を心配してくれる唯一の存在――保健委員である湊本佳帆だ。
「もう……大丈夫。平気だから……」
「それなら良いんですけど……あんまり無理はいけませんよ。芽々ちゃんは無理してますよーオーラが滲み出てますからね」
 佳帆は無邪気に笑うと、芽々の手を取って教室へと誘う。
 芽々にとって、この優しさは救済であり、また恐怖であった。
 自身の全てを知られてしまったとき、これの全てもまた崩れていってしまう。その見えぬ戦慄は、彼女が最も恐れることだった。



 あの疼きがいつ襲い来るか分からない。
 そんな得体も知れぬ恐怖は、彼女を授業に集中させることなど、出来はしなかった。
 一度、トイレから精液に似た臭いがすると苦情が寄せられたことがあった。芽々は綻びが出ることは無いと自分に言い聞かせていたものの、心苦しさで息が詰まりそうになっていた。
 名門女子校として有名なのだ、その手の変質者か――男子校からの生徒か――様々な憶測が飛び交う中、芽々は一言たりとも零すことは出来なかった。
 しかし、その議論の最中、とある怪事件が勃発することとなる。
 無数の触手に襲われた――。
 そう、被害者の少女は語る。
 到底信じ難い話であったが、それは見る見るうちに頻発し、ついに芽々のクラスも半数の人間が被害を蒙った。
 そのような怪事件が、この町で皆無であったというわけではない。古来から霊媒師を生業とする一族が家を構え、何かあればそれを祓う。それは不思議と成果を上げ、不明朗とされていたそれも認められるようになっていた。
 しかしこの事件はトイレの異臭騒ぎなど掻き消すかのような勢いで膨張し、その問題もそれに結び付けられる形で現在も生き続けている。
 幸か不幸か、芽々はその事件に助けられるような形になり、トイレの異臭もある種正当化されつつあった。
 一連の流れを思い返すかのように、芽々はふと目を伏せる。
 触手事件が起きなかったら、私はどうなっていただろうか。男性器の存在が明るみに出て、私は――。
 ぐるぐると回っては消える思惑に翻弄されながら、芽々はこんなことではダメだと、そんな後ろ向きな自分を追い払おうとした。
「――ッ!!」
 突如、胸を抉るような衝動が突き刺さる。体中を蛆虫に這いずり回られるかの如き不快感。それは怖気と共に彼女を総毛立たせ、冷や汗と脂汗が額で交錯する。
 しかし、風邪とも似付かない不可思議なこの感覚――。喉から飛び出さんとする心臓の鼓動が鼓膜に響き、芽々は狂気の恐怖を覚えた。
「そん……な……」
 感覚はやがて、下腹部に鎮座しては無慈悲に暴れ狂い始める。腹の物を押し出されるそれは嘔吐感に変わり、芽々は思わず震えの止まらぬ背中を丸めた。
 病気なんて生温いものじゃない。自分の中に確かな何かが存在し、それが兇暴の限りを尽くしている。
 芽々はひたすらに悲鳴を散らしたい衝動を抑え、自分を襲う何かに呑み込まれぬよう箍を締める。しかし、せせら笑うかのようにそれは彼女を責め立て、砦を崩さんと矢を射続けた。
「くぅ……!」
「柊さん、気分が悪いんですか? それなら保健室に――」
 担任教師の心配そうな声は遥か遠く。蜃気楼の如く霞んではくぐもったそれを、もはや芽々は耳に入れるのがやっとであった。
「トイレに……行かせてください……っ」
 瞬間、彼女の劣等感は強く脈打った。
 芽々はさながら獣の唸りのように低く呻き、股間を強く押さえ付ける。
 もう見境など無かった。羞恥心よりも何よりも、彼女を襲ったのは猛烈な熱。それも、その烈火は彼女が最も憎くて仕方の無い箇所へ向かったのだ。
 生徒達が怪訝そうに彼女の後姿を見送るそれも、芽々が知る余地も無かった。
「くぁ……!」
 芽々はトイレの個室を占拠するや否や、擦り立てる。
 この疼きを止めるにはこうするしか無いと悟ったか、或いは彼女には選択肢が既に残されていなかったか――。
 芽々は焦点の合わぬ目線を泳がせながら、どくどくと脈打ち続ける己が男根を慰める。
 この焼けるような感覚のせいか、彼女のそれはいつに無く存在を主張し、赤黒く変色している。先走りはびちゃびちゃと醜猥なまでに便器を濡らし、芽々はその水音が木霊していることも忘れて自慰に耽る。
「あ、あ、ああぁ……っ! いい、いいよぉ……!」
 ぷっくりと膨れた亀頭を弄っては、腰が砕けそうな快感に陶酔する。熟知し尽くした己が性感帯を思うがままに責め上げる充足感は、芽々を憂き身を窶して耽溺させた。
 夙に芽々の理性は跡形も無く削り取られ、自身を苛ませてきた劣等感も消え失せていた。ただそれだけが悦びなのだと思わせる狂喜の微笑みは、込み上げる射精感と比例してさらに深く刻まれていく。
「も、もう……出るっ! 精子出る、いっぱいいっぱい、出ちゃうぅぅ……っ!!」
 芽々はそれが呪文のように、愚直なまでその荒い息を止めようとはしない。
 この縛り付けられるかの如き戒めは、射精が全て解き放ってくれる。理性を失った芽々にとって、絶頂こそが生きる価値であり、唯一つの意味だった。
「芽々ちゃん、大丈……夫……?」
 ドアを開け、彼女に声を掛けたのは――佳帆だった。
 絶頂寸前だった狂気的な淫欲も加速度的に収束していき、覚醒していく理性の中で、芽々は絶望を知った。
「あ……ああ……」
 開いた口が塞がらない。芽々は、慣用句としてでないその言葉の意味を感得することとなる。
 ついに見られてしまった。それも、クラスメートに。自身に話し掛けてくれる、数少ない友人だったのに――。
 芽々はようやく取り戻した理性を手放すかのように、茫然自失する他無かった。それなのに、男根はさも彼女を嘲笑うかの如く、陋劣に撥ね回っていた。
「それ……」
「…………」
 無論、佳帆が指差す先は他でもない、並みの男性以上にそそり立つ巨根。
 芽々は何も言えないままに俯き、彼女の目線を避けていた。しかし、佳帆は何か合点でもいったかのように微笑し、口を開いた。
「芽々ちゃん、興奮してるんですね……」
「ち、違うよ! 私はっ……!」
 滑稽だとは分かっていた。有るはずの無い股間を怒張させ、否定したとしても。ただ、これが自分で望んだことだとだけは思って欲しくなかった。芽々の、最後の、たった一つの意地だった。
 しかし佳帆は困ったように笑うと、彼女の言葉を遮ってしまう。
「私、薄々分かってました。また一人で慰めるつもりだったんでしょう? それは切ないですから、私が――」
「か、佳帆ちゃん……ダメぇ……っ」
 佳帆は言うと、いやらしく先走りに濡れた亀頭を躊躇無く口に含んだ。そして魅入られたかのように忘我したかと思えば、そのまま強く吸い上げた。
「あ、あ……はううぅぅっ!」
「んじゅぅ……んちゅ、ちゅぶ……」
 不意打ちを食らった芽々は、立て続けに責め立ててくる佳帆の口淫に悶え狂った。一度は萎んでいった性欲も息を吹き返し、砂時計のように一方である理性が流れ落ちていってしまう。
「ずっと好きだったんですよ、芽々ちゃん……。だから、あなたのためなら何だって――」
「くぅぅぅ……っ!」
 こんな色情狂とも取れる醜態、彼女に見せたいはずは無い。だが彼女の言葉が、行為が、感覚の研ぎ澄まされた肌身を貫いて離さない。
 どうしてこんなことになったのか――芽々には理解出来なかった。
 忌むべき肉塊を見られた。それでも、佳帆が自分のことを好きでいてくれて……口淫という形でその半ば歪んだ愛を露呈させる。先走りと唾液が口腔で入り乱れる中、佳帆は憑かれたかのように肉棒をしゃぶることのみに明け暮れる。
「か、佳帆ちゃんっ……もうダメ、やめてぇ……っ!」
 雀の涙ほどの理性を手繰り寄せ、芽々は彼女を白濁に塗れさせることだけはと、死に物狂いでその頭を掴む。だが佳帆は何も言わず、更に吸い上げては彼女の射精のみを促そうとする。その口元から滲み出る淫液は彼女の太股に垂れ落ち、てらてらと淫靡に煌いていた。
「んぐっ……イッていいですよ……? 全部飲み切れるか、自信無いですけど……」
 その弱い言葉とは裏腹に、佳帆の啜りと扱きは一様に激しさを増していく。一心不乱に淫液を喉に押し込むそれは、さながら白濁を飲み込むための予行練習であった。
「んはあぁぁ……イク……い、イク……っ!」
 献身的な佳帆の口淫に、正体の知れぬ疼きも相乗され、芽々は見る見るうちに射精感を強めていく。
 もはや羞恥心も忘れ、佳帆の紡ぎ出す快感に酔い痴れることしか芽々には出来ない。このまま佳帆を精液塗れに出来たらどんなに気持ち良いだろうかと、下卑た妄想ばかりが脳を支配し、彼女を蝕んでいった。
「佳帆ちゃんっもう、イクよ! 我慢、出来ないぃぃ! イク、イクイクイクぅぅううぅうっ!!」
 芽々はラストスパートとばかりに佳帆の頭を乱暴に掴み、亀頭を喉奥に叩き付ける。するとそれを最後に鈴口から大量の精液が爆ぜては、佳帆の喉を思うままに蹂躙した。
「んむぅっ……!!」
 途方も無く流れ込む精液に、佳帆は口内の余白を一瞬にして埋められてしまう。覚えず反射的にのたうつ肉棒を放してしまうも、勢いの止まぬそれは彼女の顔面をも白く汚していった。
「うあ、うう……ひぁぁぁああ……」
 芽々はそんな佳帆を憂慮することも出来ず、込み上げる幸福感に身を委ねているしかなかった。
 壊れたホースの如く白濁を噴出した肉棒はやがて収まり、芽々は言い表せぬ余韻を残したまま息を整える。髪も顔も制服も、何もかもに精を刻まれた佳帆は怒るどころか、ほんのりと頬を上気させていた。
「んぅ……いっぱい、出ましたね……」
 あたかも痴女のような陶然とした双眸に、芽々は思わず吸い込まれそうな錯覚に陥る。そこで徐に帰ってくる理性を繋ぎ止め、やっと謝ろうと口を開こうとした。
 しかし、彼女の心臓の鼓動は、また一段と強く跳ね上がった。
「どう、して……?」
 芽々の目線は、紛う事無く自身の逸物。あれだけの量を佳帆に浴びせたというのに、その肉塊は今だ足らぬとばかりに今一度立ち上がってしまうのだった。
 枯れ果てるべき彼女の衝動は、一度の絶頂を忘れさせるほどに激しく燃え上がる。理性は驚くほど冷静なのに、体ばかりが敏感に反応する――この異状に、芽々は自身の体だというのに怖れすらなした。
「おちんちん……まだ元気ですね。じゃあ、次はこっちでどうですか……?」
 佳帆は再び滾った肉棒を認めると、座り込んで自らのスカートをたくし上げる。そのあまりに淫猥であるも美しいとも思えた姿に、芽々は我知らず生唾を飲み込んだ。
「いっぱいいっぱい……中に出してくださいね」
 華奢な細指で下着をずらし、佳帆はそのまま自らの陰部を開いて見せる。それは芽々から見ても煌くほどに愛液を滴らせ、彼女の欲情をひたすらに駆り立てた。
 芽々が完膚なきまでに色欲に支配された、その瞬間だった。

2010年 7月 1日

瓦落多