第四話 方舟
佳帆の罹災――それは誰が公言するまでもなく、水が波打つように波及していった。
その流説は無論芽々の耳朶にも届いたものの、その頃には既に佳帆は欠席続きで彼女の言葉を得ることは出来なかった。
今回の事件を鑑み、芽々の教室の近隣の便所は閉鎖。各々が遠方の便所の使用を強いられたが、未知数の恐怖も手伝ってか誰も異論を唱える者は居なかった。
加えて変遷の招じ入れたことと言えば、隠善神社の神主である隠善正興の招来。飛鳥では亡羊の嘆に尽きると見た正興は、自ら妖異と対峙せんと馳せ参じた。彼が劈頭に眼光突き刺したは、無論佳帆の襲われたトイレに絞られていた。正興は練達の手付きで入口に霊札で結界を張ると、妖魔を待ち構えるかの如くどっしとその場に座り込んだ。
業間、芽々は用を足す為に長い道程を往復しては、やっとの思いで自らの教室に辿り着かんと最後の階段を踏み締めていた。
多方面からのあやかしの襲撃も予想は出来たが、隠善の示すようにあれからというもの触手騒ぎは収束の一途を辿っていた。やはり元凶は隠善に封印されつつある――。誰しもの脳裏に、そんな淡い期待が徐々に明るみへ出つつあった。
そんな中、芽々は渇き切った唇を真一文字に結び、ひたすら瞑想を続ける正興が目に留まる。何の挨拶も無く素通ってしまうのは礼に反するという強迫観念じみた胸中で、彼女は徐に口を開いた。
「あの……」
「肉薄勿れ。御主も邪気に苛まれたいか」
「い、いえ……ごめんなさい」
そのたった一言二言で芽々の言葉はあっという間に封殺されてしまい、彼女は後悔混じりに踵を返さんとする。
やはり私は駄目だ。まともに人と会話も出来ない自身に、芽々は暗い影を落としながら心底自らを憎んだ。
「御主」
「な、何でしょうか……?」
突如正興に呼び止められ、芽々は何か失礼でもあったかと我知らず肩を強張らせてしまう。一方の正興は凍り付かせるような双眸だけを彼女に向け、眉間すらぴくりとも動かさない。
「……いや、呼び止めて済まない。そんな筈は無い、そんな筈は……」
正興はそれだけ言い捨てると、それ以上芽々が何を問おうが聞かず、黙々と瞑想を続けるだけであった。
自身の秘密を暴かれてしまったのか。芽々に様々な憶測が頭の中を彷徨うも、どれもこれもが確証を得られず儚くも消え往くのみ。それでも授業の中で気を紛らわせるしかないと、いつものように雑談が心地良く響く教室へと足を伸ばした。
「芽々!」
「あ、飛鳥さん……」
いざその床を踏まんとするや否や、飛鳥が飛び出してきては彼女の手を掴んだ。彼女にしてはやや切羽詰った様子で、どこか焦燥感すら感じてしまう。しかしそれも刹那の出来事。瞬きする間に、また芽々の良く知る泰然自若の彼女に戻っていた。
「良かった、なかなか戻らないから探そうとしてしまったところだぞ」
「ご、ごめんなさい……」
「もしや、祖父に何か言われたか?」
「ううん、そんなこと……」
「なかなかに気難しい人なんだ。特にこうも空気が張り詰めていると、殺気立ってしまうようで……」
飛鳥は微苦笑を浮かべつつ、芽々の背の向こうに佇む正興を脇目に見る。
誰よりも頼れる、飛鳥にとって絶対的な支柱。必ずやこの騒動もこれ以上の事無きを得て終末へ向かうと、そう確信すら持てる存在。しかしだからこそ、芽々や生徒達に嫌われてしまうことは胸の苦しいところであった。
「我々隠善が必ずこの学校を守り抜く。収まるまでは総出でその根源を封じよう。お前達は安心して授業に取り組んで欲しい。と言っても……そう易々と受け入れられるものでもないが」
「みんな、飛鳥さんとおじいさんが居るから教室にも入れるんだよ。そうじゃないと、本当に授業どころじゃないから……」
「どうにもむず痒いが、頼ってくれることには感謝している。私も……早くそれに応えなければ……」
学び舎を襲った未曾有の擾乱。それも隠善一族の奔走により、峠を越すのも時間の問題と思われつつあった。隠善一族はそれこそ、依頼された託けに味噌を付けた過去は一度たりとて無い。事件勃発直後の数日こそ学校側は緊急閉鎖を試みたが、それも隠善への絶対的な信頼から今に至っている。
「ん? 柊じゃないか、また具合が悪いのか?」
ふらふらと足元覚束ない中、芽々はたまたま通り掛った男性教師にそう問い掛けられる。伏し目がちに「そうです……」と小さく肯定するも、芽々は天敵に怯えた小動物の如く身を縮こまらせていた。
「最近は物騒だからな。柊も気を付けるんだぞ」
蚊の鳴くような声で尻すぼみに生返事を返すと、芽々はその場から逃げるようにそそくさとその場を後にする。
教師達が教鞭を執るその声のみに支配された校舎の中、芽々はただ居場所を求めていた。己の衝動を心置きなく打ちつけることが出来る、その場所を。
しかし、今や隠善によりその居場所は奪われてしまった。芽々はあんなにも頼っていた飛鳥を、誰よりも尊敬する飛鳥を、どこか冷たい目で見ていた自分に哀しみさえ覚えていた。
それでも彼女は、脳が裂けてしまいそうな感情の行き交いに苛まれながら、唐突に襲い来る性欲とも闘わなくてはいけなかった。佳帆と交わってからというもの、胸を焦す程の色欲が湧き出る頻度も上がってしまっている。そそり立つ己が逸物を扱き上げたい情欲に、ただ駆られてしまう。
芽々は小走りに、普段は滅多に使われない空き教室奥のトイレへと駆け込んだ。
「もう……我慢っ、できない……」
芽々はがらんどうとなった個室の中でスカートを捲り上げると、窮屈そうに下着を突き上げる逸物を露呈させる。既に先走りは刺激を心待ちにするようにだらだらと涎を垂らし、肉棒そのものもひくひくと痙攣しては快感を求めていた。それは微かに吹き抜ける一陣の風にすら敏感に反応し、芽々は思わず切なげに瞳を蕩けさせてしまう。
芽々は必然的とも言える動きで肉棒を両手で掴むと、眉を顰めつつ扱いてはその快楽に溺れていく。
彼女の小さな掌に反して、あまりに不恰好で無骨な巨根。しかし芽々はそれへの嫌悪感すらかなぐり捨てて、ひたすらに享楽への一途を辿っていく。
「佳帆ちゃん、佳帆ちゃん……っ」
芽々は欲していた。佳帆の蜜滴った淫壷を。己を誘うその肉襞に肉棒を打ち込み、壊れてしまうほどに腰を振り乱したい。情欲の衝動が佳帆との秘め事を思い起こさせ、その感覚が確かに自らの肉棒に甦っていく。
「佳帆ちゃんのおまんこ、良いよ、良いよぉ……」
まるでそこに佳帆の蜜壷があるかのように、芽々は腰をがくがくと揺らして肉棒を扱き上げる。先走りは飛び散り、その鈴口からはいつその欲望が吐き出されてもおかしくはない。
芽々は舌をだらしなく出しては、息を荒げて犬の如く下卑たままに自慰を加速させる。目の焦点すら合わず、ただ彼女が一心に欲しているのは射精を促す快楽のみ。
「あっ……出るぅ、佳帆ちゃんのおまんこに中出しっ、中出ししちゃうぅぅううっ!!」
芽々は咆哮を上げると、便器に照準を合わせて一層激しく肉棒を擦る。彼女の快楽の塊は既に亀頭の先まで達し、爆発までのタイムリミットは刻一刻と迫っていた。
「い、イク……中にっ、中に出すからねっ! 佳帆ちゃんのまんこ、私のザーメンでべとべとにするからぁ!!」
在らぬ佳帆の子宮口に亀頭を叩き付けると、芽々は箍が外れたように多量の精液を迸らせた。
平素より遥かに早い絶頂。そして脳内で電撃が奔り抜けたかのような麻薬的な快楽。無論、彼女の男根も衰えることを知らず、下卑たままに天に向かって慰みを欲している。
そうだ……私はまだ満ち足りていない。佳帆の膣に比べてしまえば、自身の細指など月と鼈。倦むほどに頼ってきた自慰では、最早芽々の色欲は抑圧することは出来ない。未だ淫液を鈴口から零している逸物が、何よりもそれを物語っていた。
その逸物の亀頭を揉み解そうと手を伸ばした瞬間、先走りではない粘液がその先に滴った。かと思えば、ぬめぬめと巨大蛞蝓でも這うような異音が、彼女の耳朶を不快に揺らす。芽々の遠吠えは、知らぬ間に情欲の化生を呼び寄せてしまっていた。
「んぁっ……ひぁ……」
天井から二本、三本と数を増やしていく触手達は、芽々の火照った頬を自らの穢れた粘液でてらてらと濡らしていく。触手はまるで芽々と接吻を交わすように、ぺたぺたとその細面を自らの物としていった。
だが芽々は不思議と吃驚を期することも無く、その心中は嫌に穏やかだった。触手が現れては少女を襲う――そんな噂を鵜呑みにしていたわけではないが、それがあると無いとでは心の準備も出来るもの。芽々はどこかで、今という時を白昼夢に見ていたような気すらしていた。
「んっ……んぅぅう……っ!」
思う存分に芽々の頬を、唇を味わった触手は、いよいよ制服に入り込んでは彼女の不相応にふくよかな胸を犯しに掛かる。触手は服の中で器用に丸まっては双丘を掴み、グネグネと動いては芽々に悦楽を刻んでいく。これだけの粘液が身体中をまとわり付いているというのに、やはり芽々は声を上げることもせず触手に身を任せていた。
触手に身体を弄ばれることを、既に予見していたか。或いは、芽々自身がこの事態を望んでいたのか――。だが芽々は既にそれすらも考えることが出来ず、触手の与える未曾有の感覚に陶酔しつつあった。
「あふぅ……ん――もっと、もっとぉ……」
あらぬ母乳を搾るように、触手は欲求に任せて芽々の胸を律動的に扱いていく。残る触手は邪魔だとばかりに彼女の制服を引き裂いていき、芽々は踊らされつつ一糸纏わぬ姿へと変えられていった。
しかし、芽々にとって胸の愛撫だけでは到底己の色情を横溢させるには程遠い。性欲の髄とも言える聳え立つ男根――それこそが最も彼女が触れて欲しい箇所。そんな芽々の心境を汲み取るかのように、一本の触手がひくひくと脈打つ逸物へと肉薄していた。
「お、お願い……そこがいいの……おちんちんが、おちんちんがいい……」
その言葉を聞き入れたか、触手は粘液を塗りたくるかの如く緩慢にその身を肉棒へと絡ませていく。異物が這い回っているというのに、芽々は雷火のように神経を逆撫でする快楽に身体を捩る。触手が隙間無く男根を一巻き、二巻きと徐々に埋めていくその度に、芽々は狂喜の喘ぎを漏らした。
「あ、あひっ……! チンポぉ、チンポ搾られてイク、イグゥっ!!」
触手が亀頭まで差し掛からんとした刹那、ぱっくりと開いた鈴口から大量の精液が決壊していく。芽々は扱かれることも無いままに、かつてない快感にただ身を委ねては多量の白濁を噴出してしまう。それは触手はおろか芽々の顔にまで四散し、彼女はあっという間にその身を白く濡らしていった。
「あへぇぁ……んはっ、あぁぁぅ……」
あられもない表情のまま絶頂の余韻に浸り、危機感の欠片もかなぐり捨てて更なる刺激を希った。あれだけの精液を幾度も吐き出したにも関わらず、やはり芽々の逸物は硬く反り返っては先走りを垂れ流している。しかし触手は芽々の哀願には沿わず、自らの欲望の赴くままに食指を伸ばしていく。
「ひぁっ!? そ、そこはぁ……っ」
何よりも存在感を放つ男根の下部――そこには芽々の女性としての証が存在していた。男根が先走りで性衝動を明るみにしているように、秘裂もまた淫液を滴らせては色欲に飢えを見せている。しかし、そこは芽々にとって一度も純潔を破られたことの無い、唯一自身を女性と主張出来る部分。何者にも犯されることは許し難く、そして何よりも彼女が最も羞恥を覚える箇所でもあった。しかし触手はそんなことを露知らず、ひくひくと震える割れ目へと無慈悲にその頭をめり込ませていく。
「あぐぅぅううっ……!」
だが抵抗しようにも、幾本もの触手が四股に絡み付いては芽々は雁字搦めにされてしまっている。無様に腰を振るその様は、皮肉にも触手の挿入を催促するような、そんな淫靡な所作にさえ見えてしまっていた。
「だ、ダメぇっ、そこは私の……大切な場所――ひぎぃいっ!!」
芽々のそんな言葉も掻き消され、触手はずぼずぼと彼女の膣内へ身を埋めていく。いくら愛液に満ち満ちているとはいえ処女の秘孔。破瓜血がみるみるうちに溢れ出しては、淫涎と混じって淡い桃色に姿を変えていく。しかしそれをまじまじと見る暇も無く、触手は己の性が導くままに膣壁を抉りに掛かる。芽々は喪失感に駆られながら、それでもむくむくと快楽が湧き出る自身を呪った。
「かは……っ、どうして、こんな……んぅ、んぁああっ!」
肉棒を擦っているだけでは得られなかった快楽。同時に男根まで激しく扱き上げられ、芽々は瞬く間に射精感の頂上へ登り詰めていく。
純潔は愛する人に捧げたかった。だがきっと、自分を愛してくれる人なんて居ない。そう思っていた反面、やはり処女は守り続けていたかった。最後の少女としての証――それが、芽々の最後の理性の抑圧だったのかも知れない。
「んくっ、あうぅ! やだ、やだぁ……んぶぅっ!?」
芽々の理性の崩壊に追い討ちを掛けるように、触手は彼女の口腔までにも入り込んでは好き勝手に併呑していく。その間にも膣孔を擦り続ける触手は、ぶるぶると震えては彼女の子宮に醜猥な白濁を叩き付け続ける。快感に左右されず、ひたすらに無尽蔵なそれに芽々は生きた空も無くなるが、それでも子宮口に打ち付けられる悦楽は否定出来なかった。
最早意識は朧へと掻き消え往き、既に触手の思うがままの肉人形と化した芽々。孔という孔を塞がれては、淫液を迸らせて享楽に耽る。間断無く捻じ込まれる触手棒は執拗に精液を吐き出し続け、芽々はその灼熱に身を震わせた。
「んじゅ、ふぐっ――んごぉぉおおっ!!」
触手達は燎原の火の如く、ついには菊孔まで無情に貫いた。芽々の事実上の最後の砦。
私は、守るべきものをすべて失ってしまった。
何もかもが壊れていく。だが、それによる涙も徐々に歓喜のものへと変貌してしまっている。もう望んでしまっていた。無数の触手から精液が放たれ、それを啜っては醜猥に微笑む自分自身の姿を。
「芽々っ!!」
涎すら垂らして触手に我が物とされてしまっている中、隠善の神札を携えた飛鳥が飛び込んできた。その鋭利な眼光が捉えるは、またも自身の不注意で非道の所業を受けてしまっているクラスメート。
この娘だけは助けなければならなかったのに……!
しかし既に飛鳥には唇を噛む猶予すら与えられていない。彼女は触手に向かって神札を構えると、浄化の儀に神経を注ぎ始めた。
「今助けてやるからな!」
「あす……か……さん……?」
意識はある。そのことに安堵しつつ、飛鳥は呪詛を重ねては神札に霊力を幾重にも込め続ける。
彼女が対峙した中でも、このあやかしは目に余るものがあった。たとえ雀の涙ほどの油断が水を差さんとすれば、彼女の霊力とて瓦解してしまう。しかし飛鳥には、最早誰一人として穢させぬという強い宿志があった。
「封印ッ!!」
連なる清廉の天雷が触手達を捉え、それは下卑た叫喚を撒き散らしては霧散していった。解放された芽々は便器に覆い被さるようにして倒れ込み、その膣孔からはごぽりと音を立てて大量の精液が滴り落ちていた。
「芽々、しっかりしろ!」
飛鳥がいくら揺さぶっても、芽々は虚無の境地から這い戻ろうとはしない。
また、私は何も救えなかったのか。
穢され切った芽々を抱いて、飛鳥はその場で蹲ったまま、己の無力を嘆いた。
2010年 10月 7日
瓦落多