第三話 劈頭
あれだけの嬌劇。あれだけの淫行が行われた後というのに、芽々達が教室に身を翻したとしても誰一人としてそれに感知などしない。
彼女が度々、自慰という行為を秘しながらトイレに駆け込むのだ。彼女が病弱であるという誤謬は、否応無しにでも生まれつつあった。
「二人とも、遅かったな」
クラスメートである隠善飛鳥。まず彼女らに言葉を掛けたのは、柳眉を曇らせたそれその人だった。
芽々はその返答に口を噤んでしまうが、彼女の赧顔を見たか、咄嗟に佳帆が会話が弾んだのだと捲くし立てる。飛鳥もそれ以上介入することは無く、それならばと自身の席に腰を下ろした。
彼女の隠善という苗字――それは、古来より悪霊退治など不可思議事を氷解させてきた由緒正しき名家である。飛鳥は正統な隠善家の胤であり、白面なれど単独でもその仕事を遣って退ける霊力を既に会得していた。
芽々はそんな飛鳥を、誰よりも心強く思っていた。今回の怪事件もまた、休日を返上してまで校内を穿鑿しては生徒達が愁眉を開くことを願い、そしてそれを叶えようとしていた。
しかし、芽々はまたそんな辣腕を見せる彼女を怖れてもいた。今は良い、だがいつか自身の秘密までも暴かれてしまうのでは? 道義を重んじる彼女のこと、告げ口されることは無いとはふんでいる。ただそれまでの飛鳥との関係が壊れてしまわないか、芽々は胸中穏やかに授業を受けられるほど無頓着にもなれなかった。
「どうした。そんな不安そうな顔をして」
その透いた声音で我に返ると、既に三時限目の鐘がその終わりを告げていた。
終始、心そこに在らずだったのだろう。黒板は白く擦れた文字の羅列が続いているのに、芽々のノートはまっさらのままその役目を放棄していた。
「え? そ、そんな顔してたかな……」
芽々は無理矢理に笑みを形だけでも作ろうとするが、それも虚しく微苦笑へと変わっていく。
慣れぬ笑顔。心の底から笑えたのは、果たしてもういつの頃になるだろうか。笑い方すら忘れてしまうほどに、芽々は長く逸楽から遠ざかってしまっていた。
そんな中、茫然自失すらしてしまう理由――それは無論、佳帆との秘め事に他ならない。
佳帆は私を愛してくれている。それは肌身で感じ、互いを貪り合うほどに激しいものだと芽々は思う。だがそれでも、まだ佳帆の心中を深く理解し、また信頼出来はしない自身が歯痒かった。
こんなにも醜い私の身体。先は興味本位で行為に至っただけかも知れない。その後ろ向きな考え方は、同時に佳帆すら貶めている。その事実が、何より芽々の胸を締め付けた。
「芽々は笑顔の方が良く似合う。ここ最近は、そんなことを言っていられる状況でもないが……」
言い、飛鳥は秋波を夏風吹き抜ける窓辺に流した。彼女の腰まで垂れる柳のような黒髪はそれに靡き、芽々の鼻先を小さく擽る。
女である芽々も見惚れてしまうほど、凜然で気高く、それに比例するかのような美貌を持った飛鳥。それでいて梓巫を務める力をも備えた才色兼備の彼女に、芽々は少なからず嫉妬すら覚えている自分に気が付く。そんな自らが何より憎らしく、そして恨めしかった。
「飛鳥さん、一人であれ……封じてるんだよね……すごいな」
力無く言うと、飛鳥は「これのことか?」と隠善の念が込められた神札を指間に挟む。
「これを出来るのは私だけだから。私に出来ることをするだけだ」
言葉だけ見れば、芽々がいつも流し目に見ていた飛鳥の力強いそれだった。だが札を捉える彼女の双眸はどこか淋しげで、飛鳥はそれすらも隠すように目を伏せてしまう。
しかし、それも一瞬のこと。芽々が目を擦った後に映った飛鳥は、いつもと同じように凜と立つ彼女だった。
「そういえば、佳帆はどうした?」
「さっきトイレに行ったけど……」
「またか……さっき済ませたのではなかったのか?」
「ううん。佳帆ちゃんはしてなかったから……」
そうか、と飛鳥は返事こそするものの、その声色は少し呆れたようで頬も少し緩んでいる。
嘘は言っていない。それでも、躊躇無く人に隠し事が出来るほど芽々は嘘にも慣れてはいなかった。
生き難い人生だ。自分でも、そう思った。
「トイレで長話というのも、おかしな二人だな」
「あはは……」
◇ ◇ ◇
それは排泄にのみ使用されるにはあまりに酷な、白無垢の陶器。佳帆はそんな風にすら思いながら、孤独を守るように息を殺してそれにそっと触れた。
芽々が嬌態を晒した洋式便器の上。今はもう、指の腹を押し付けてもその温もりは微塵として感じられない。愛する芽々と交わった証を自身の曖昧な記憶にしか留められない歯痒さが、佳帆の瞳を曇らせていく。
この小さな一刻ですら、またあのもどかしい毎日に歩を回らせてしまう。そんな気がして。
「ふぅ……」
佳帆は青色吐息を混じらせつつも、便器に座っては下着に手を掛けた。
股間にはまだ、芽々の肉竿が嵌った確かな感触が残っている。尿意は無きにしも非ずだが、何よりどうしても歩行が不自然になってしまうそれを、佳帆は誰にも気付かれたくなかった。
元々、芽々が両性具有、或いは男性なのではないかという噂は彼女の知らないところで頻発していた。佳帆は芽々を誘導しては、ひたすらにそれを聞かせぬよう尽力してきたつもりだった。一人で背負い込んでしまう彼女の背中が、佳帆はあまりにも脆く見えていたのだ。
だが、もし私にまで黒い噂が広がってしまえば、噂は決定的なものになりかねない。佳帆は、理性さえ失って不用意なまでに乱れ狂った自身を恥じていた。
芽々が好きなのは本当だ。しかしあそこまで淫乱になってしまう自分には、どこか違和感も感じていた。
自分を失うほどに芽々を愛していることは自覚している。だが、芽々の安否を考えるならばそれこそ例外だ。
下半身を異様に庇う姿。トイレに残る精液の痕跡。佳帆もまさかとは思っていたが、あのとき走り去る彼女の盛り上がったスカートで確信した。
私達だけの秘密。芽々を愛してしまっている自分にとって、それを示す方法は彼女の全てを受け入れること。そうすればきっと、この思いだけは伝わる――。
だがそれは今回、歪に形を変えて表れてしまったのかも知れない。
「芽々ちゃん……」
芽々を想うだけで感情が逸り、鼓動が昂り、そして隔靴掻痒する毎日。
私の思いは認められない。
何故私が。
何故私は女性を愛してしまうのか。
私は、普通じゃない――。
己を責める気持ちはある。だがそれでも、芽々の秘密を逆手に取ってでも、ただ彼女と交わりたかった。
「……?」
突如として、がたりと何とも形容出来ぬ物音が佳帆の鼓膜を揺らした。
誰か居るのか。
否、佳帆が入ってきたときはどのドアも半開きで、佳帆は確かにそれを確認していた。
それなのに、その物音は宛も隣の個室で響いたかの如く近くに聞こえ、佳帆はそれを不気味に思う。
何者かの仕業ならば、足音の一つもあって良い。だがいくら思考に耽っていたとはいえ、そんなものを感じ取った覚えなど毛頭無い。それどころか、人の気配すらこのトイレ内には漂っていないのだから。
佳帆は薄気味悪いこの空間から立ち去ろうと腰を上げるも、それすらも己の恐怖を助長する結果となる。
少しでも動いたら、襲われてしまうのでは?
脳裏に浮かぶは、クラスメートの話す怪事件。その正体が不明であるが故に、何をされるか分からないという心胆を寒からしめるものがある。
ただの物音であってくれ。佳帆の哀願をよそに、蠢くそれは確かな歩を刻んでいた。
「ひっ!」
既に佳帆は包囲されていた。
引き攣った悲鳴を鳴らす頃には、粘液をしとどに垂らした黒紅の触手が二つ、ドアの上から彼女を見下げていた。佳帆は思わず腰を抜かして便器に尻餅をつくも、触手はそれに敏感に反応しては鎌首を彼女に向けていく。その身を捩る度に液の粘つく音が佳帆の耳で木霊しては、耐え難い恐怖を偏に演出していた。
触手はその伝った痕跡を液で刻むかの如く、蝸牛の歩みで佳帆に肉薄していく。佳帆も反射的に身体をたじろがせるも、彼女に退路などあるはずも無い。ただただ触手達はその数を増やしていき、ドアの下の隙間からまでも縫っては四方から佳帆を追い詰めていく。
やはり怪事件の話は本当だった。
どこか半信半疑であった話も、今となっては胸を張って真実と語れるだろう。しかし、触手達が自身を無事に帰す義理など存在しない。
佳帆は戦慄に声すら奪われ、触手の饐えた異臭に狂わされていく。
「んぶぅっ!?」
眉睫の差にあった触手が隙を突き、矢庭に佳帆の唇に割り込んだ。恐怖に身体中の力を根こそぎ奪われた佳帆に抵抗の余地は無く、触手の思うがままに唇を蹂躙されていく。無数に生えた疣が喉を摩擦し、恥垢を思わせる滓がべったりと彼女の口内に貼り付いていく。
味など無い。激しく出入りするそれを味わう暇などあるはずも無く、喉を突かれる痛みに耐え忍ぶことで精一杯だった。
「んぐっ! おごっ……んぅぅうううっ!」
佳帆は我知らず目に涙を溜めながら、触手の火勢の抽送に身悶える。しかし触手は慈悲も無く、そこに宝器でもあるかの如く彼女の喉を掘り続けた。自身の粘液を喉に叩き付けるように、触手は彼女の口腔を掻き混ぜる。
しかし奇妙なことに、他の触手達はそれを見定めでもしているのかふらふらと首を揺らしては襲い来ることはしない。それでも足元から迫る触手は、下着の下がった下半身に照準を絞るように身を伸ばしてくる。既に佳帆に下着を戻す余裕は無く、薄れる視界の中でその触手達に見られているのではという錯覚にまで陥っていた。
佳帆が涙で頬を濡らそうが、いよいよ白目すら剥き始めようが、触手はその火勢を止ませるつもりも無かった。既に傀儡と化した佳帆を弄ぶように、焼ける咽喉を犯していく。
「ふぐぅ、うぶっ! やめ……て……んごっ! んん……ぐぅぅぅうう!!」
意識が飛びそうなほどに止め処無い抽送を繰り返す触手。くぐもった悲痛の叫号も知らぬ顔で、己の本能を満たしていく。
ただただ終わりの時を待つしかない佳帆の口の中で、触手はついにその先端をびくびくっと震わせた。
「うぐぅ! くぅぅうう……んぶぅぅううううっ!!」
刹那、黄ばみさえ帯びた欲望が佳帆の喉奥で爆ぜていった。堰を切ったそれは勢いに任せて噴出し、あっという間に佳帆の口内を埋め尽くす。佳帆は死に物狂いでそれを飲み込もうとするも、次々と津波の如く叩き込まれる精液がそれを許さない。遮二無二止まることを知らぬ白濁はついに佳帆の口元から漏れ出し、ようやく排泄を終えた触手はのんべんだらりと佳帆の喉を解放していく。
顔中を白濁に穢され、あらん限りにそれを体内に染み込まされた佳帆は、喩えられぬ絶望に打ち震えた。
「あうぅ……もう……いやぁ……」
口内を嫌というほど触手の臭気に侵され、鼻奥に溜め込もうとした空気すらも自身の体内で醜く穢れる。
目的は何なのか。これらは何の為に女を犯すのか。そんな疑念すら浮かばせないほどの未曾有の恐怖。そしていよいよ、触手は身体をぴんと張り詰めさせた佳帆に、我が物顔でその細脚を伝い始める。白皙の肌はゆっくりとその体液に汚濁され、逃げ場を失った佳帆は茹だる動悸に苛まれながらそれを黙視する他無かった。
下から舐る触手だけでなく、じっと睨めていたそれらも遅鈍ながら行動を開始する。佳帆の制服の前を器用に開け、下着の上から軽く叩くように双丘を揺らす。
「ひゃうぅっ……!」
眼前で胸を貪らんとする触手に視界を奪われていると、足元から這い上がっていた触手がついに露呈された秘裂に辿り着いてしまっていた。我知らず濡れそぼった陰唇を、触手は悦ぶように亀頭部分で舐め上げていく。抉らぬ程度ながら、女を狂わせる生々しい愛撫。互いの体液が混じり合い、佳帆の耳朶を淫猥な水音が支配していった。
「やだぁ……っ、変なところばっかり……ひぅぅぅううっ!」
佳帆の理性を確実に削り取っていく執拗なまでの愛撫。胸を覆う下着はいつの間にやら剥がれ、勃起し切った乳首を鈴口部分でしつこく吸い上げられる。鼻奥を突く扇情的な臭気も重畳し、佳帆は僅かな理性も機能しないままに触手の愛撫に浸り始めていた。
「」
淫裂を弄っていた触手は、頃合と見るやその亀頭をずいと膣へと押し当て始める。法外な大きさであるにも関わらず、過分なほどの愛液がその侵入を易々と許していく。
「んぁぁあああ……! 入って、くるぅぅっ……!!」
膣壁を夥しいほどに生え揃った触手の疣に抉られ、佳帆はそれだけで絶頂の一途を辿ってしまう。理性の消失と共に不快感までも掻き消され、佳帆は次第に自身から滲み出る快楽を肯定していく。触手もまたそれを助長するかの如く、亀頭を膣の更に奥深くへ埋めようとその身を乗り出した。
「う、くぅぅぅううう……!」
膣孔を裂かれんほどの疼痛。しかし、佳帆はそれさえも快楽へ変換してしまうほどに狂気の沙汰に呑み込まれようとしていた。
胸を弄ぶ触手は佳帆を狂わせんが為に激しく舐め上げ、乳首ははち切れんばかりに充血していく。膣を破る痛みは収束したと見るや、触手は滑った音を響かせながら徐に抽送し始める。
「くぅ……んくっ! んはっ、奥に……奥に入ってぇ……っ!」
とうとう淫獣としての俗骨を露見させつつある触手達。佳帆は既に脚すら閉じようとせず、快楽を与えてくれる触手の放縦を許していた。
惚けたように頬を朱に濡らし、佳帆はまるでそれが愛人であるようにうっとりとその蠢く様を眺める。その腰はもっととばかりに触手の抽送に合わせて妖しく揺れ動き、またその瞳は情欲に侵された娼婦そのものであった。
すると、触手の一つが不意にその結合部分へ鎌首を持っていく。佳帆の色欲に比例するかの如くぷっくりと腫れ上がった陰核を見るや否や、その大きく割れた鈴口で用意にそれを飲み込んだ。
「あひぃぃいっ!! そこ、ダメ……ぇ……!!」
掠めただけでも腰が浮つくであろう陰核を咥えられ、佳帆の身体は面白いように跳ね上がる。だが異常なまでの反応を見せる彼女に構わず、触手は激しい抽送の最中、吸い上げた。
「あぐぅっ!! い、イくっ、いぐぅぅううううっ!!」
刹那に襲った爆発的な衝動に、佳帆は瞳孔を見開いて絶頂へと駆け上がった。稲妻が脳天に突き刺さる衝撃に身悶え、空ろな視界が虚空を捉える。しかし、未だ触手のストロークは容赦無く続いている。佳帆は余韻に浸る余裕すら無いまま、間髪を入れずに快楽犇く肉欲の場に神経を戻さざるを得なかった。
「そんな……ひぅ、かは……っ、はぅぅうううっ……!!」
佳帆がいくら派手な絶頂を見せようとも、触手達は自身らの肉欲を満たすまでは佳帆から離れようとはしない。きゅうきゅうと締め付けてくる膣壁を抉じ開けるように、ただ性を解き放つが為に身を捩じ上げる。そのあまりに激しい抽送に、佳帆は最早体を預ける他術を持てなかった。
佳帆の性感帯の至る箇所を触手と触手が責め上げ、いよいよ異形は宴の終焉の意匠を練り始める。またも軽々とオルガズムに達しようという佳帆を辺際まで苛め抜き、体内も体外も自分達の白濁で汚辱する。そんな思惑を感じさせる愛撫と抽送は、一際苛烈を極めた。
「くぁあっ、はくぅ、ひぅ!! そんなにしたら、もうぅっ……!!」
子宮口をひたすらに叩き続ける短くも鋭い出入。確実に子宮へ性を運ぼうとする魂胆が剥き出しになり、触手達も各々が身体をびくびくと痙攣させ始める。それは佳帆も同様であり、本能的な膣の締め付けがまた射精を誘引していた。
「あぁんっ、あはっ! ひぅぅうう! く、クリちゃんっ! クリちゃん吸われていぐっ! イッちゃうぅうぅぅううっ!!」
金切り声にも似た絶叫と共に、触手達は次々と佳帆を自身らの蓄えた白濁に埋めていく。人間の量の十数倍はあるであろうそれは、いとも簡単に佳帆の柔肌を白く穢す。膣内を蹂躙していた触手も容赦無く精を放ち、子宮口を抉じ開けた最奥で次々と精液が爆ぜていった。
「うぐ……ぅ……」
佳帆の腹が膨らむほどに有りっ丈の精を打ち込んだ触手は、さも満足げに自身を膣から引き抜いていく。すると飲み切れなかった精液がごぽりと下卑た音を立て、彼女の淫裂から吐き出された。
研ぎ澄まされた快感に抵抗の一つも出来ず失神してしまった佳帆。箍の外れた身体は、精液の隙間から溜まっていた尿を噴出させた。ちょろちょろと溢れ出す黄金水を、触手達はさも旨そうに浴びているのだった。
「封殺!!」
突如、無秩序なこの空間を裂くように、凛とした声が異形に放たれた。
法力の札を介して注がれる浄化の瘴気は触手を一瞬にして焦し、白濁に塗れて尿を垂れ流す佳帆の姿のみが残ったのだった。
「くそ……遅かった……」
佳帆の惨憺たる有様に、触手を撃退した飛鳥はがっくりとタイルに膝を付いて項垂れた。
私は、たった一人のクラスメートも守れないのか。
自らの歯痒さに唇を噛み、飛鳥はその鉄錆の味を自身の涙に焼き付けた。
2010年 7月 29日
瓦落多