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ミャル | #bak1★2003.11/22(土)06:32 |
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序章 運命 - The Destiny - その日は何事もなく、静かな夜を迎えていた。 暗闇があたりに広がり、明かりなど全くない。 人気(ひとけ)などあるはずがないほどの静けさ…のはずだった。 人気ではない、他の気配が。 人が長い間踏み歩いてきたようである道のわきは森になっていた。 黒い闇がただよう中に、一つ、緑の色をした影があった。 その「生き物」は息を切らし、道の横の一本の木の下で座っていた。 長い距離を走ってきたのだろうか、「生き物」には数カ所の傷がある。 だが、疲れているとはいうものの、「生き物」は周りを異様に警戒している。 周囲には気配を感じられないはずである。 それなのにこうであるには何らかの理由があるのだろうか。 そこから少しはなれた所には、黄色い「生き物」の影があった。 先ほどの「生き物」と比べてずいぶん小柄だった。 この「生き物」も同じように息を切らし、走っている。 両手を前足のように使って、四本の手足で必死に走っている。 闇をひた走る黄色の影は、ある光のある方向に確実に向かっていた。 「光の方に行けば、人がいるはず」と考えているのだろう。 その方向には人の住む町、マサラタウンが確かにあった。 カントー地方、私たちの住んでいる世界とは全く違う世界のある地方。 このいわゆる「アナザーワールド」には、私たちの世界と明らかに違うところがある。 それは生態系、具体的に言えば、生きている生物の種類が違うのだ。 このアナザーワールドに生息している生物が、「ポケットモンスター」とよばれる生き物だ。 ポケットモンスターは一般的には「ポケモン」とよばれて人々に慣れ親しまれている。 人々はポケモンと共に生き、歴史を築き上げてきたといって良いだろう。 ペットとしたりできるほど、野生のポケモンは多く生息している。 また、その強大な生命力故に、ポケモン同士のバトルが人々の間で親しまれている。 そのような世界の一部分であるカントー地方。 その南西にある静かな町がマサラタウンである。 この町は特に盛んな産業もなく、人々はそれぞれ気ままな生活をしている。 その街の一角に大きな研究所があった。 オーキド研究所、そのものである。 オーキド研究所はカントー地方の中でも特に大きな研究所で、 ポケモン研究の多くはここでやられている。 所長のオーキド博士はポケモン研究の権威とされているほど有名な人物である。 これまでにも、ポケモンの誕生の法則や、生態系に関する研究が広く知れわたっている。 そんなマサラタウンに向かって、黄色いポケモンは走っていた。 町の入り口を入り、ひときわ大きく、まだ明かりのついた建物を見つけると、 そのポケモンは壁により掛かり、眠りについた。 明かりがその体を照らし、数々の傷が見て取れる。 その姿に気づき、中から一人の男が出てきた。 その人はそのポケモンを抱きかかえると、中に入って奥の部屋へと入っていった。 その人こそ、あのオーキド博士であった。 同じ頃オーキド研究所の二階で眠りについている一人の少女がいた。 ベッドのわきには荷物をまとめたようなリュックサックが置いてある。 その横で眠る少女…彼女は夢を見ていた。 燃えさかる街。 その街に少女と、そばには何匹かのポケモン。 そして向こうにはもう一匹のポケモン。 両者はにらみあい、何かを話している。 その光景を上から見ている夢見る少女。 「…誰…?」 自分以外のポケモン達は影になっていて見えない。 突然向こうのポケモンが手を少女達につきだし、邪悪なエネルギー弾を打ち出した。 少女達はその攻撃を避け、そのポケモンに立ち向かっていく。 「…何なの…? あなたたちは、…誰?」 少女の問は彼らには聞こえない。 両者の力がぶつかり合い、夢見る少女の目の前は真っ白になった。 少女が目を覚ますと、窓から光が差していた。 また今日も新しい一日が始まる。 「…またあの夢だ…」 少女はその夢をもう何度も見たことがあった。 その夢がその後の出来事を指し示していることに、彼女は気づいていない。 |
ミャル | #bak2★2003.11/22(土)06:33 |
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第1章 始まり - The Beginning - 始まりの町、マサラタウン。 その日マサラタウンはいつもと変わらない雰囲気だった。 人々は朝から昼まで、有意義な日々を送っている。 畑仕事をしたり、一つ先の街まで買い物に出かけたり。 子供達は近くの草原や丘で遊んだりする。 これがマサラタウンでの日常だった。 そんな日常あふれたある日、オーキド研究所でも普通の生活を送っていた。 この日は休日であるため、いつものように博士以外の研究員はいなかったものの、 それ以外は何一つ変わらなかった。 朝は研究室に入って、自分の研究するポケモン達の世話を行い、昼はのんびりくつろぐ。 オーキド研究所では休日、いつもこのように過ごされていた。 その日、日も高くなってきた昼、研究所の中でも少し変わったことがあった。 オーキド博士がちょうどリビングでくつろいでいるときだった。 リビングといってもその広さは半端ではない。 ざっと30畳はあり、階段で2階の廊下とつながっている。 壁際にはきちっと整理された本棚がびっしりと配置されていて、博士の研究に必要な本などが詰まっていた。 「博士、準備できたよー!」 2階のドアがバタンと閉まる音がしたと同時に声が聞こえてきた。 「いろいろと身じたくしてたらこんな時間になっちゃって」 階段をドタバタとかけて、ソファーに座る博士の視界に話の主が飛び込んだ。 セミロングの茶色い髪の毛をまとい、リュックサックを背負った少女だ。 「忘れ物はないかの?」 コーヒーを一口飲んでオーキド博士がきいた。 「服はもったし、お金ももったし、少し食べ物もいれたし・・」 リュックの中身を確認しながら少女は言った。 「昨日ワシがいった地図はいれたかな?」 「あ、わすれてた!」 少女はあわててダイニングルームのテーブルの上にあった地図をリュックに詰め込んだ。 「んーと、これで全部かな・・?」 もう一度リュックの中身をチェックしながら少女は言った。 「さて、そろそろポケモンを見せてやらんといかんかな」 オーキド博士が立ち上がりながら言った。 「やったー! 早く見せて見せて!」 少女はオーキド博士の体を激しく揺さぶりながら叫んだ。 「わかった、わかったからやめてくれ〜」 日曜日ということであり、研究所に研究員はいなかった。 研究室のあちらこちらに、やりかけの研究の後が散乱している。 棚には、数々の研究論文のファイル、そしてモンスターボールがずらりと並んでいる。 モンスターボールというのはポケモンを保管しておくボールの事で、ポケモンを捕まえたりするときにも使う。 どんな大きいポケモンでも、ボールにほどこされた装置によって、小さいボールの中に収めることができる。 博士と少女は研究室を奥へ奥へと進んでいった。 気が付くと二人は一番奥のテーブルの所についていた。 そのテーブルに、モンスターボールが3つ置いてある。 「さて、ざっとこいつらの説明をしておこうかの」 オーキド博士は一番左のモンスターボールを手に取った。 「こいつはフシギダネ、草タイプのポケモンじゃ。割と初心者には扱いやすいポケモンじゃ」 博士は隣のモンスターボールをもう片方の手に取った。 「火タイプのヒトカゲじゃ。初めは扱いづらいかもしれんが、バトルには適しておる」 「こっちのは?」 少女はもう一つのボールを手に取った。 「そいつはゼニガメ、水タイプのポケモンじゃ。性格的にはおとなしい方じゃ」 「ふーん…」 ゼニガメの入ったボールをテーブルにおいて、少女はテーブルの周りを見回した。 「…博士、これだけ?」 「何がじゃ?」 両手に持ったボールをおきながら博士は聞いた。 「この3匹の中から選べ、って言うの? バリエーションが少なくて迷っちゃうんだけど…」 博士はばつが悪そうな顔をした。 「ふむう…今まででこんなこといったの、お前さんが初めてじゃ」 オーキド博士は考え込んでしまった。 「…そうじゃ!」 博士は手をぽんと叩いて、研究室のポケモンリカバリー装置の所まで行った。 少し経って戻ってくると、博士の手には、モンスターボールが握られていた。 「それなあに?」 少女は首を傾げながら聞いた。 「いやあ、昨日の夜にな、研究所の前で傷ついてぐったりしてるのを見つけたんじゃ」 博士はそういいながら、ボールのスイッチを押してボールを真上に投げた。 ポンッ! という大きな音がしたと思うと煙が出て、その煙の中にネズミの様な影が浮かんだ。 その影が晴れてくると、黄色い、ピンク色のほっぺたがあった可愛らしいポケモンが、少女の目に飛び込んだ。 「ピッカ!」 そのポケモンはにっこりして元気に鳴いた。 「博士、これピカチュウじゃない! 私一度はナマで会ってみたかったんだ〜」 少女はピカチュウの頭を撫でながら言った。 少女のいうピカチュウは、電気ネズミポケモン。 その愛らしい姿で、女性達には大人気であり、生息地もほんの一握りしかない。 「博士、このピカチュウもらってっていい? どうせあの三匹の中からじゃ私選べなさそうだし…」 ピカチュウを抱きながら少女は博士に聞いた。 「…まあピカチュウは野生みたいだからのお。逃がすくらいなら別に連れて行ってかまわんぞ」 オーキド博士は少し疲れたように言った。 「ありがと、博士! ピカチュウ、よろしくね〜!」 「ピカチュウ!」 ピカチュウは嬉しそうに返事をした。 「ホントに気をつけるんじゃぞ」 博士は少女を抱き込んで言った。 研究所の入り口までオーキド博士は少女を見送りに来てくれたのだ。 「うん。博士こそ、いつも言ってるけどポケモン傷つけるような研究しちゃダメだからね」 「もちろんじゃよ、生体実験なんてもってのほかじゃからの、ところで…」 博士はピカチュウの方に目がいった。 「ピカチュウをボールにはいれんのか?」 「うん。なんかあそこせまいと思うと、なんか可愛そうに思っちゃって」 「まあ、それはそれでお前さんらしいからな」 「じゃあ博士、行ってくるね」 少女は博士に対して体を半分向けるようにしながら別れの挨拶をした。 「ああ、お前さんらしく、頑張っていきなさい」 「それじゃあね!」 少女はピカチュウと一緒に、町の出入り口の方に走っていき、やがて博士の視界から消えていった。 博士は少女が見えなくなってからもしばらくはその場に立ち尽くしていた。 「あのときからもうこんなに年月が経ったのかのお、クレナ…」 少女の名をささやいて、博士は研究所の中に戻っていった。 「この道通るのも今日でしばらくおあずけかあ…」 クレナとピカチュウは、マサラタウンとトキワシティの間の1番道路を通っていた。 道の両側は緑が生い茂げ、日の光がまばゆく差し込む森が広がっている。 クレナはトキワシティにあるポケモンの学校に通っていたつい最近まで、この道は頻繁に利用していた。 「あ、そうそう、私の名前はクレナ。く・れ・な。わかる?」 クレナはピカチュウに自分の名前を教えた。 「ピッカ!」 ピカチュウはにこにこして元気よく返事をした。 「…わかってくれたのかな?」 クレナはピカチュウの事を見てふと思った。 「そういえば…」 クレナはふとオーキド博士の何気ない言葉を思い出した。 「なんでピカチュウは傷ついてぐったりしてたんだろう…?」 でべでべと歩いているピカチュウに目がふといった。 すると突然、今まで何もなく歩いていたピカチュウの耳がかすかに止まり、足が止まった。 「…どうしたの、ピカチュウ?」 クレナがそう言い終わるか終わらないかのうちに、ピカチュウは道なりに全速力で走り始めた。 「ちょ、ちょっと、ピカチュウ! どこいくの〜!」 あわててクレナもその後を追った。 ピカチュウを追って行くと、突然ピカチュウはその足を止めた。 「も〜、なんなのよ! 勝手に走り出したら困るじゃないの!」 クレナが息をきらしてピカチュウをしかりつけた。 「ピカ!」 ふとピカチュウが指さしている方向にクレナは視線を移した。 クレナが目にしたものは野生ポケモンの群れだった。 よく見ると、一匹のポケモンを襲おうとして、囲んでにらみつけているようだ。 だが、野生のポケモンはもっと温厚な性格のはずであり、複数の種類の野生ポケモンが一匹を襲うなどありえない。 クレナはもっと目を凝らして囲まれているポケモンを見つめた。 「あれって、ストライクじゃない!? なんでこんな所にいるの?」 ストライク…かまきりポケモン。 ストライクは生息地がきわめて限定されており、カントー地方では野生ではめったにお目にかかれない。 人々は、南東の街セキチクシティにあるサファリパークで、やっと見られれば良いほど珍しいポケモンだ。 そんなストライクがなぜここにいるのだろう? 見るからに向こうにいるストライクは傷ついて息があがっているようだった。 このままではストライクは倒れてしまう。 「助けよう、ピカチュウ」 クレナはピカチュウに言った。 「ピカ!」 ピカチュウは首を縦に振って走り出した。 クレナも一緒に走り出し、ピカチュウに技をださせるように言おうとしたその時だった。 「…魔神剣(まじんけん)!」 そう声が確かに聞こえた。 すると突然、地面を激しくえぐり取りながらつたはしる衝撃波をクレナは見た。 その衝撃波は確実に、野生ポケモン達のうちの、オニスズメ2匹をとらえている。 「グェェェェェ!」 オニスズメ達はその衝撃波をまともにくらい、クレナ達の所まで吹き飛ばされる。 クレナは自分の目の前に倒れ込んだオニスズメ達を見て言葉を失った。 ピカチュウも急に足を止めて向こう側を見つめた。 「…今のって、あのストライクがやったの!?」 クレナが向こう側にいるストライクを見つめて叫んだ。 「おい、お前達、そこにいると危ねえぞ! 逃げるんだ!」 信じがたかったが、クレナははっきりと、ストライクが言葉をしゃべっているのを耳にした。 「ちょ、ちょっと! なんであなたポケモンなのに言葉しゃべれるの!?」 クレナは大声でストライクの方に叫んだ。 「そんな話は後だ! 早く逃げるんだ! また野生のポケモン達が襲ってくるぞ!」 ストライクは必死で叫び、自分に襲いかかってくるポケモンたちをなぎばらっていった。 クレナは呆然とストライクの動きを見ていた。 すると、いきなり横から甲高い声がクレナの耳に入ってきた。 「そうでチュ! なんでストライクさんがピカと同じように喋るピカ!?」 クレナもストライクもはっとして声が発せられた方に目をやった。 語尾につけられた特徴的な台詞。 まさにピカチュウが発したものだった。 「な、なんでピカチュウまでしゃべれるわけ!? これも夢なのかな…」 クレナが悩んでいると、突然「グェェェェェ!」という鳴き声が聞こえた。 その声の先には、さっきとは別のオニスズメ達が、クレナ達の方に襲いかかってくるのが見えた。 ダメだ、避けきれない…。 そう思った瞬間、ドスッという鈍い音がして、一匹のオニスズメがクレナの前で倒れる。 「…ピカチュウ?」 クレナがピカチュウの方を見てみると、帯電した手を自分の前でかざしている。 だが、電気でオニスズメがやられたならもっと電気的な音が聞こえるはずだ。 …だとすればこのオニスズメは、電気ではなく、その拳の力で倒れた、ということになる。 「…ピカチュウ、この力どこで…?」 クレナはピカチュウに不思議そうにたずねた。 「わかんないでチュ! あそこから逃げてくるときにはこんな力があったピカ!」 そういってまた襲いかかってきたオニスズメを跳び蹴りで吹き飛ばす。 クレナはまだ呆然としていた。 とりあえず今までに分かっていたことを自分なりに整理してみようと思ったその時だった。 「…クレナちゃん、危ないピカ!」 クレナが気が付くと、別のオニスズメが自分の方に向かってつっこんでくるのを見た。 ピカチュウは、間に合わない、と思った時だった。 「…ファイアボール!」 そう叫んでクレナが片手を真上に掲げてその手を開くと、ピカチュウもストライクも目を疑った。 手のひらの先から火の玉が数発、真上に上がったかと思うと、その火の玉がオニスズメの方に襲いかかったのだ。 「ギャャャァァァァァァ!」 火の玉がすべてクリーンヒットしたオニスズメはその場にバタリと倒れ込む。 必死で敵をなぎ払うストライクもしばし呆然としていた。 「…人間がポケモンを倒した!? 何なんだ、その力!?」 「今はそれどころじゃないんじゃないの〜!?」 「なんかどんどん数が増えてるでチュ〜!」 次々と襲いかかるオニスズメ達を、クレナ、ストライク、ピカチュウはひたすら攻撃し続けた。 「…な、なんとかおさまったかな…?」 「…まあ、なんとかな」 10分くらいかかってようやくクレナ達は自分たちに襲いかかるオニスズメ達を倒すことが出来た。 さすがに長い時間戦っていただけに、息は切れ切れだった。 「…ストライクさん」 「…なんだ、ピカチュウ」 ピカチュウは両手両足を地面につけて必死で息を付きながら聞いた。 「…なんでピカみたいにしゃべれるんでチュか? それにあんな技みたことないでチュ」 ストライクがあのときに出した「魔神剣」のことを言っているのだ、とクレナは察知した。 「…だいたいみんななんでしゃべれるのよ、ポケモンがしゃべるなんて聞いた事ないよ!」 「…ポケモンをばしばし倒していく人間の方が、よっぽど聞かねえけどな」 ストライクは息を切らせながら呟いた。 それにまだあの「ファイアボール」という技にこだわっているみたいだった。 「…とりあえずお話は休んだ後にしよう、トキワシティまであと少しだから」 ようやくまともに話せるようになったクレナがゆっくり立ち上がりながら言った。 「…そうだな、ここのところ全然休めてないから少し休みてえしな」 「…ピカも疲れたでチュ」 ストライクとピカチュウもゆっくりその体を起こして、クレナの後をついていった。 これが一番最初の「出会い」の時だった。 |
ミャル | #bak3★2003.11/22(土)06:34 |
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第2章 失われた記憶 - The Lost Memory - 商業の街、トキワシティ。 カントー地方の西に位置するこの街は、ジョウト地方とのつながりもあり、いろいろな地方からの物品が集まりやすく、近頃新しく開港した港からもおのおのの物が流通し、広く商業が盛んな地域である。 また、ポケモンリーグという、ポケモンバトルにおける最頂点を決定する大会が行われるセキエイ高原への入り口として上級のポケモントレーナーたちが必ず通る街でもある。 「ほら、あそこ!」 この街に着いたクレナ達は、至る所に開かれた露店の間をくぐり抜け、比較的街の中心に位置するポケモンセンターに来ていた。 日もすっかり傾き、ほの赤く空が染まっていた。 クレナにつれられ、ストライクとピカチュウはポケモンセンターの中へと入った。 ポケモンセンターは、ポケモン達の回復、トレーナー達の宿泊を一手にうけおった、トレーナー達の憩いの場である。 ここでトレーナー同士で会話してふれあったりできる、和やかな雰囲気のところだ。 「いらっしゃいませ、どういったご用件で?」 受付の女性が笑顔で訊(き)いた。 「えっと、この子達の回復を…」 クレナが言いかけたときに、ストライクがクレナの耳元で女性に聞こえないように話した。 「別にオレたちは疲れてないから、部屋借りるだけにしてくれ、話もしたいし」 「…そう?」 クレナは目線をストライクからピカチュウの方に落とすと、ピカチュウはにっこり笑っていた。 「何か…?」 受付の女性が頭の上にクエスチョンマークを出しながらクレナに訊いた。 「あ、いえ、何でもないですー、あはは」 クレナは笑ってごまかそうと懸命だった。 「じゃあ回復はいいんで、宿泊部屋の方をお願いします」 「かしこまりました。お部屋の方は25番になります」 女性はクレナに部屋のキーを渡しながらいった。 「どうもありがとうございました!」 キーを受け取る前から、ストライクとピカチュウはそそくさと階段の方へ行ってしまった。 クレナも後を追うように走って階段を登っていった。 「わあ、結構広いねー!」 部屋に入ったクレナはその部屋を見渡しながら言った。 ポケモンセンターの宿泊部屋は、シングル、ツイン、グループ用に分かれていたが、シングルルームでもゆったりと歩き回れるスペースがあるほど広かった。 「ふかふかだピカ!」 窓際の方においてあったベッドの上でピカチュウは飛び跳ねていた。 「バスルームもついてるし、ここだけでも生活できそうな雰囲気だねー!」 部屋の入り口近くにある浴室をのぞきながらクレナが言った。 「…ストライク、話はじめよっか?」 窓の外を見ていたストライクにクレナが話しかけた。 クレナの方に振り返り、しばらくクレナのことをストライクは見つめた。 「…少し疲れてるんじゃねえのか?」 「え…まあ少しだけど…」 いきなり質問されてクレナは少しとまどいの色を隠しきれなかった。 「ちょうど風呂も付いてるんだ、シャワーでも浴びてきたらどうだ?」 「…ありがと」 クレナは振り返って浴室へと入っていった。 「…ふう〜、さっぱりした〜!」 髪を拭きながらバスローブ姿でクレナが浴室から出てきた。 ストライクとピカチュウは部屋でテレビを見ていた。 「…そんじゃ、はじめるとするか」 ストライクがリモコンでテレビを消そうとしたそのときだった。 『次のニュースです。昨日、今日にかけて野生ポケモンが凶暴になったことについての最新情報です』テレビのニュースのアナウンサーの言葉を聞いて、ストライクの手が止まった。 部屋にあったお菓子を食べていたピカチュウもテレビの方にさっと振り返った。 『昨日、今日にかけて野生ポケモン達が急に凶暴になり、不意にトレーナーに襲いかかる事件が各地で多発している模様です。襲われたトレーナー達の話によりますと、野生ポケモン達はポケモンの種類を問わず、集団で襲いかかると言うことです』 「…どういうこと…?」 ベッドに腰掛けながらクレナがつぶやいた。 『これら野生ポケモン達は、人が多く集まる場所には入ってこないことが2日間の動向から推測されるため、トレーナーの方々はなるべく街入りを早くするよう専門家からの指摘がされております。なお、今回の野生ポケモン達の急変についての原因は、何らかの環境の変化によるものだという見方が強くなっていて、今も原因の究明を急いでいます。それでは次のニュースです。お月見山で幻のポケモ…』 次のニュースに移ったところでストライクはテレビを消した。 「そういえば、あのオニスズメたちもどうして私たちを襲ったりしたのかな…?」 クレナは一人考え込んでいった。 「…ロケット団だ」 ストライクが不意に言った。 ピカチュウもその言葉を聞いて敏感に反応した。 「…ロケット団って、ポケモンを使って悪事を行っているって言う、あの悪い集団のことでしょ?」 クレナはストライクに訊いた。 「ああ」 ストライクはそういうとうつむいてしまった。 「世間じゃあ、悪い事、悪い事って軽はずみなこと言ってるけど、本当は何やってるか知ってるか?」 ストライクの声は相当沈んでいた。 「え…? うーん、なんだろ…盗みとか?」 「…悪い事にはかわりはないけどそうじゃねえよ」 ストライクはあきれて言った。 「…生体実験でチュ」 突然ピカチュウが大それたことを言ったので、ストライクもクレナも驚いてしまった。 「…それじゃあ、お前もそうなのか?」 ストライクがピカチュウに静かに訊いた。 「…そうでチュ」 ストライクとピカチュウの話している意味がわからず、クレナは呆然としていた。 「え? なにがそうなの?」 クレナがストライク達に訊くと、ストライクはため息をついていった。 「ロケット団は表向きではあんまり大それたことやってるように思えねえけど、裏ではかなりダークなことをやってる。人工的にポケモンを作り出したり、無理に増殖させたり、あらゆるポケモン達を意のままに操れるようにしたりすることに日々取り組んでる」 「…じゃあ生体実験ってそのための?」 「ああ。結果を出すためには実験を繰り返さなければならない。ロケット団は野生ポケモンの中でもよりすぐりのものを捕らえては、アジトで実験を繰り返しているんだ」 ストライクが話すのをクレナは呆然として聞かざるを得なかった。 博士のところを出発するときに冗談で言ったことが現実に行われている。 それだけを考えるだけでクレナの身がふるえた。 突然クレナは話を聞いているに当たって、おかしな点があるのに気づいた。 「ちょっとまって、何であなたが私たちの知らないようなことをぺらぺら話せるわけ?こんな事、実際にそこにいなくちゃわから…」 クレナははっと気づいて言葉を失った。 「まさかあなた達…」 「お察しの通り。オレたちはロケット団の生体実験を受けた」 ストライクはまたため息をついた。 「ピカたちを何のための実験に使ってたかはわからないでチュ」 ピカチュウがストライクの言葉に補った。 「ただ言えるのは、ピカたちがこんな風にしゃべれるようになったり、急に体術が強くなったりしたのは実験された後だったピカ」 「…そんな…!」 ピカチュウとストライクにそんな過去があったことにクレナは今はただかわいそうに思ってあげることしかできなかった。 「じゃあストライクのあの技は?」 オニスズメ達との戦いでストライクが放った技、魔神剣。 クレナが知る限り、あの技はポケモンがトレーナーから命令されて出す技として知られているものの中には入っていなかった。 「ああ、あれは自己流」 「じ…自己流って…」 「まあ、知らないうちに使えるようになってたってやつじゃねえかな」 「知らないうち…?」 クレナがそう聞くと、ストライクは口ごもってしまった。 「…何も覚えてねえんだ、ロケット団のアジトに連れて行かれる前のこと」 「…ピカチュウもそうなの?」 ストライクからピカチュウの方へクレナは視線の先を変えた。 「…はいでチュ」 「じゃああなた達がどこで生まれたかとかも…?」 「…思い出せないピカ」 「…クレナ、お前はどうなんだ?」 ストライクが突然訊いた。 「え…?」 「あの力、やっぱり昔になんかあったんじゃねえのか?」 ストライクがそう聞くとクレナは立ち上がって窓の方に歩いていった。 「…私も覚えてないの、昔のこと」 「な…っ!」 ストライクは言葉を失った。 自分と同じように、過去の記憶を持たないものが今、この部屋に集まっている。 ストライクは自分の胸が押しつぶされそうになっているのを感じた。 「私の意識がはっきりした頃には、オーキド博士のところで育てられてた。博士は私の親に頼まれて預かったって言ってたけど、それなら今まで音沙汰(おとさた)なしなんてことあり得ないでしょ?」 「…こなかったんでチュか?」 ピカチュウがそっと訊いた。 「うん…。だからきっと、私は記憶がはっきりしてないときに、何らかの出来事があって、それでこの力も使えるんじゃないかって」 クレナは下を向いた。 窓の下ではまだ人通りが絶えなかった。 「その力、いつから使えたんだ?」 「…つい最近。学校の図書館でカビくさい本見つけてね。書いてあったことやってたら…」 「本?」 クレナはストライクの方に振り返って言った。 「そう、古代の『魔術』の本。今で言う魔法かな」 クレナは歩きながら続けた。 「知ってる? ポケモンがこの世界に現れるようになったいきさつ」 「え? えっと…確かドラゴンポケモンが祖先なんだろ?」 「そう、ドラゴンポケモンが出てくる前には、この世界には人間と竜(ドラゴン)が生息していたの。その竜族が今のドラゴンポケモンの祖先にあたる。人間達を次々と襲う竜族が使う不思議な力、それが魔術だ、って本には書いてあった。今でも少数のポケモンは魔術を使えるみたい」 「…じゃあなんで人間がそれを使えるんだ? 第一、竜族はもう何千年も前に滅んだだろう!?」 クレナは首を横に振った。 「わからない…けど、私がこの力を使えるのも、記憶がないことにつながってると思う…」 クレナもストライクもピカチュウもすっかり黙り込んでしまった。 過去を失った同じ境遇を持ったものが出会えたのは運命的なものだったのか、それとも単なる偶然なのだろうか。 「…これからどうするの?」 クレナが口を開いた。 「…特に行く宛もねえよ…アジトから逃げてきてただけだ」 ストライクがぶっきらぼうに言った。 「ストライクさん、ピカ達と一緒に来てほしいでチュ!」 「…ちょっとピカチュウ!」 ピカチュウの言葉が軽はずみなように聞こえたクレナはピカチュウを制した。 「だって、ロケット団のことを止めなくちゃいけないピカ! そのためにはストライクさんがいた方がいいでチュ!」 「でも私たちがそんなおおそれた事できるわけないでしょ!?」 「…じゃあピカたちはこのままロケット団が思い通りにするのをみてるだけピカ!?」 「……っ!」 ピカチュウがあまりにも熱心に話すので、クレナは胸を突かれた思いをした。 「…別にオレはついていってもいいぞ」 ピカチュウの気持ちを察したのか、ストライクが静かに言った。 「でも…!」 「クレナちゃん…」 クレナはしばらく考えた。 いろんな思いがクレナの脳裏に浮かんだ。 自分と同じ境遇の者たち、自分の旅だった理由、そして今起こっている世界の変化…。 いろいろな出来事が自分の思いに重なった。 「…じゃあ、よろしくね、ストライク!」 クレナが両手でストライクの手の鎌を暖かく包んだ。 「……ああ!」 ストライクがクレナの前で初めて微笑(ほほえ)みを見せた。 「ピッカ!」 ピカチュウは新しい仲間ができてとても喜んでいるように見えた。 気がつくと日は暮れ、トキワシティは夜のネオンで明るくなっていた。 新しくできた1人と2匹のパーティーのことを、光は照らし続けていた。 |
ミャル | #bak4★2003.11/22(土)06:34 |
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第3章 異変 - The Strange - 「うっわー、すごい薄気味悪いな…」 「ほんと…なんか出そうな感じがするね…」 クレナたちはトキワシティを出発し、ニビシティとの間にあるトキワの森の入り口へと来ていた。 トキワの森は普段もっと明るい感じの森であるはずだが、天気的な関係もあるせいか、ずいぶんと薄暗く感じる。 「もともと迷いの森で有名なのに、これじゃあよけい迷っちまうな…」 ストライクがため息をつきながら言った。 「ピカチュウ、大丈夫そう?」 怖がってふるえているピカチュウに気がついて、クレナが言った。 「だ、だいじょぶピカ…」 ピカチュウの声はかなり小さかった。 そのとき、ストライクが森の奥から誰かが来るのに気がついた。 「しっ、誰か来る!」 クレナもピカチュウも森の方を見ると、一人の男が何かを抱え込んで走ってくるのを見つけた。 男は入り口の所まで来ると、その場に倒れ込んでしまった。 「だっ…大丈夫ですか!?」 クレナは男の方にかけよった。 「…ケガしてる…!」 男の右腕にはさけたような傷が見て取れた。 その傷からは血がまだドクドクと出ていた。 間違いない、これは爪で切り裂かれたものだ、とクレナはとっさに感じた。 「どうしたんですか!?」 クレナが男に訊いた。 「…やられたよ、野生のオニドリルに」 「え…オニドリル!? こんな森にはいないはずじゃあ…」 オニドリルはオニスズメの進化した姿で、鋭いくちばしが特徴のポケモンである。 しかし、オニスズメ自体この森に生息してない以上、オニドリルも生息しているはずがなかった。 「…ポッポの卵をとりにきたんだ…でもいきなり襲われて…」 男の腕の中には、ポッポの産んだ新鮮な卵が抱えられていた。 「…ポケモン持ってなかったんですか?」 クレナがそう訊くと、男はうつむいて言った。 「…グラエナをつれてました…戦いましたよ、もちろん…でもあいつは…!」 そういって男は目に涙をためた。 「ボールに戻そうと思ったときには…あいつは動かなくなってどうすることも…」 「…そんな…!」 「グラエナの次にオニドリルは私をねらって…何とか逃げてきたのがこの有様だ」 男はゆっくりと腰を上げた。 「その傷大丈夫ですか?」 クレナは血が少し止まり始めた傷を見ていった。 「ああ…ありがとう、ポケモンセンターで看てもらうよ」 男はゆっくりとクレナ達から遠ざかるように歩いていった。 「この森を通るなら、あんた方も気をつけた方がいい」 男は少々吐き捨てるように言った。 「はい…ありがとうございます」 男はだんだんと遠くなり、そして見えなくなった。 「…こんなことってひどすぎるよ…!」 クレナは押さえていたショックから一気に涙があふれた。 ピカチュウも重い気持ちで複雑な気持ちになっているのが読めた。 「…確かに野生のポケモンどうしで生きていくためには多少あるにしても…トレーナーのポケモンをやるにはきいたことがねえな…」 ストライクは考えながら言った。 「……」 クレナは涙をぬぐって森の入り口の方に視線の先を向けた。 「…行こう、ここを抜けないと先には進めない」 「…気配はない…か」 クレナとストライクとピカチュウは慎重にトキワの森を進んでいった。 周りは気味が悪いほど灰色に見え、森の緑がよけいに恐怖を浮き上がらせている。 「ん〜…ずいぶん歩いたように感じるんだけどなあ…」 クレナが時計を見ると、入ってから1時間は歩き続けていることを知った。 「いつまでたっても同じような風景に見えるな…」 「ピカ歩き疲れたでチュ…」 ピカチュウの足が完全に止まった。 「大丈夫? ピカチュウ」 クレナがピカチュウを気づかって言った。 「…少し休憩するか、敵もいないようだし」 ストライクがピカチュウを見ていった。 「そうだね。ピカチュウ、休もう」 クレナはそういってその場に座り込んだ。 「ちゃあ〜」 ピカチュウはへたれてうつぶせに寝ころんだ。 「…そういえば…魔術ってどんくらい種類があるんだ?」 ストライクが座り込みながら言った。 「うーん、正確にはよくわからないけど、属性ごとにいくつか種類はあるの」 クレナは続けた。 「火、水、風、地、雷、氷の基本の属性と、それを統括してる光と闇の属性。それと、どの部類にも属さないものもあるみたい。それぞれの属性には基本の攻撃魔法があるの。たとえば火ならファイアボールみたいにね。その上に初級、中級、上級魔法があるの。あと回復魔法とかは別個に存在するって書いてあった」 ストライクは少し頭をこんがらせながら自分なりに理解しようとつとめた。 「…じゃあ単純に考えて30、40は軽くあるわけか」 「そういうことになるね」 「そんなにあるなんて、考えただけでゾクゾクするな…」 「でも私まだ火と地と雷の属性のものしかつかえないし、初級魔法もまだぎりぎりで成功するくらいだもん。回復魔法なんてもってのほか」 ストライクとクレナが話している横でピカチュウはずっとうつぶせにへたれていた。 1時間も歩くのは、小さなポケモンにとっては大変なのだろう。 「……ピカ?」 へたれていたピカチュウがいきなり声を出し、ストライクとクレナは話をやめた。 「どうかした?」 クレナがピカチュウに訊いた。 「…なんかへんなにおいがするピカ」 「におい?」 クレナはにおいをかいだがあまり異変を感じなかった。 「なんかにおう?」 ストライクの方にクレナは訊いた。 「…まあしねえこともねえけど…」 「どっちからするの?」 「…あっちでチュ!」 ピカチュウはさっと素早くその足でにおいのするという方向に走り始めた。 「あー、もうまた! いくよ、ストライク!」 「わかってる!」 ピカチュウの後を追って、クレナとストライクも走り出した。 ストライクに初めてあったときのように、ピカチュウは急に足を止めた。 しかし、前の時とは違うところがあった…ピカチュウが呆然と立ちつくしているところだった。 「ピカチュウ、どうしたの!?」 クレナがピカチュウの所まで来たとき、クレナの顔から色が消えた。 「……!」 草むらが生い茂った緑色がそこだけ赤褐色に染まっていた。 真ん中にグラエナの大きな体が横たわり、体には大きくえぐられたあとがあった。 周囲の草むらの丈はかなり短くなっていて、ここで何かあったのは言うまでもない。 「森の入り口であった男のグラエナか…」 あとから来たストライクがその生々しい光景を目にしていった。 「こんなになるまで攻撃を繰り返したの…?」 グラエナの体についている無数の傷跡を見てクレナが言った。 「…ロケット団のせいで、…グラエナさんは悪くないのにピカ…!」 複雑な顔でピカチュウが言った。 クレナも自分の中で何かがこみ上げてくるのを感じた。 「…ピ!?」 突然ピカチュウの耳がぴんとたった。 「…どうしたの?」 クレナが静かに訊いた。 「……っ!」 ストライクも何かに気がついた。 「来るぞ! …上だ!」 「上!?」 ストライクとピカチュウは本能で身を構えた。 クレナが上を見上げた瞬間、大きな自分の体かそれ以上の大きさの影を見つけた。 バサッ、バサッ、と羽ばたく音が大きく聞こえる。 「グェェエエエ!」 その姿は間違いなくオニドリルだった。 クレナがオニドリルの姿を来ると、グラエナの血と見られる黒っぽいしみのようなものが、 頭から首あたりの方に見てとれた。 「…血をかぶったあと…あのオニドリルがグラエナをやったのか…!?」 ストライクは飛んでいるオニドリルの容姿を見ていった。 クレナは背負っていたリュックをわきに放り投げ、空を飛んでいるオニドリルへと視点を切り替えた。 クレナが身構えた瞬間、オニドリルは空中で体を回転させ、飛行高度を高くする。 「…つっこんでくるぞ! 『ドリルくちばし』だ!」 ストライクが叫んでクレナとピカチュウに警告する。 「グェェエエエ!」 ストライクが叫んだ瞬間、そのままオニドリルは猛スピードで急降下し始める。 その矛先はストライクとクレナの方を確実にとらえている。 「クレナ、よけろ!」 ストライクがクレナに向かって叫んだ。 その場でストライクは横に、クレナも本能的に後ろの方に素早く跳ぶ。 ゴゴゴゴゴゴッ! と勢いづいたオニドリルは激しい音を出しながら、そのくちばしで地面をえぐる。 「…この手でグラエナをやったの…!?」 間一髪でオニドリルの「ドリルくちばし」をさけたクレナが叫ぶ。 回転が止まったオニドリルに向かって、ストライクはかけだしていく。 地面に刺さったくちばしを引き抜いた瞬間の隙をねらって、ストライクは突きの構えを走りながら取る。 その鎌には、電気エネルギーがバチバチとたまっている。 そしてそのまま思いっきりオニドリルの体に突き刺す。 「雷神剣(らいじんけん)!」 鎌に帯電していた電気が、突きのダメージとともにオニドリルに襲いかかった。 「グ…ア…ッ!」 バリバリと体から電気の抜けないオニドリルは少しよろける。 しかし次の瞬間、オニドリルはストライクの横をすり抜け、後ろにいるクレナめがけて突進する。 その目はクレナのことをきっと見据えている。 「おいクレナ! なにボーッとしてるんだ!」 いきなりの突進でクレナはオニドリルが来はじめるときにはまだ呆然としていた。 はっと我に返ったクレナは同時にあることを思い出した。 「…そうよ、鳥ポケモンの弱点は…電気!」 そういってクレナは両手を胸の前でかざし、パチパチとなる雷のエネルギーをためた。 そして、あと10mくらいにまで接近してきたオニドリルに向かってその手を向ける。 「ライトニング!」 雷のエネルギーは手から放出され、オニドリルにヒット。 「ギャァァアアア!」 バリバリと激しい音を立てて、体中を走る電気がオニドリルを苦しめ、 やがてオニドリルはズズンッ!という鈍い音を出して倒れた。 「…ふう」 倒れたオニドリルを見てクレナは息をついた。 「…ったく、なにが『鳥ポケモンの弱点は…』だ、ヒヤヒヤさせんなよ」 不満を言うストライクだが、その顔には少し安心の色も見えた。 「あのねー、これでもちゃんと考えてやってんの!」 「あー、ハイハイ」 クレナとストライクのやりとりの横で、かすかにオニドリルが動いく。 離れて見ていたピカチュウがその動きを察知した。 「クレナちゃん、ストライクさん、危ないピカ!」 ピカチュウがクレナとストライクに叫んだ瞬間、倒れていたオニドリルがけたたましい咆哮をしてバッと起きあがる。 クレナとストライクは突然起きあがったオニドリルの方をとっさに向く。 オニドリルとの距離はほんの少ししかない、完全に油断した、とストライクが思ったとき、 ピカチュウがオニドリルに向かって走ってきているのを見た。 いきなりよってくるピカチュウに対して飛び上がろうとしているオニドリルの、ほんの一瞬の隙をついて、ピカチュウは右手の手のひらで押し出すようにオニドリルの体を強打する。 「掌底破(しょうていは)!」 ドウッ!という大きな音とともにオニドリルは後ろへと吹き飛ばされた。 「グア…ッ!」 さらに追い打ちをかけるように、ほおの電気袋を帯電させ、オニドリルに向かって電気を放出する。 「ピィカチュゥゥゥウウ!」 『でんきショック』はオニドリルをとらえ、バリバリと大きな音を立てた。 「ギャァァアアア!」 3回目の電気技を食らったオニドリルはさすがにふらついた。 クレナはそのときを逃さなかった。 右手の親指と人差し指を高々とかざして叫んだ。 「グレイブ!」 クレナがそう叫ぶと、オニドリルの真下の地面から数本の岩がつきだし、オニドリルの体を直撃した。 「ガ……ッ!」 オニドリルは突き出た岩の間でぐったりとなり、ガクッと意識を失った。 「…勝てたのか…?」 ストライクは半信半疑でオニドリルの方に歩いていった。 「…ありがと、ピカチュウ」 クレナはピカチュウの方にお礼を言った。 もしピカチュウがあのとき攻撃してなければ、オニドリルにやられていたかもしれない。 「ピッカ!」 ピカチュウは笑顔で返した。 「…でも、オニドリルさん…死んじゃったピカ…?」 ピカチュウは少し沈んだ声で言った。 「…大丈夫だ、あれくらいで死ぬほどポケモンはやわじゃねえよ。 このオニドリルもしばらくは動けないだろうけど、ちゃんと生きてる」 オニドリルのことを確かめに来たストライクが言った。 「…よかったピカ…」 ピカチュウの顔に初めて安心の色が見えた。 「『罪なきグラエナ、ここに眠る』…っと」 クレナはもう息を返さないグラエナを埋葬してあげた。 ロケット団のたくらみで、いろいろなところで野生ポケモンに異変が起きている…。 そして無駄な犠牲がはらわれている…。 クレナはそんなことはもうたくさんだった。 「じゃあいくか」 ストライクがそう言いかけたそのとき、ガサガサッと周りの草むらで音がした。 一カ所ではない、周りに何かがいる。 「何…!?」 クレナが立ち上がって身構えると、草むらから野生のポケモンたちがひょっこり顔を出した。 「くそっ…つかれてるのに…!」 ストライクが身構えようとしたとき、クレナはそれを制した。 「…クレナ…?」 「…なんかちがうよ…あの子たちは戦うために出てきたんじゃないみたい」 ピカチュウがポケモンたちの前にとことこと歩いていった。 「どうか…したんでチュか?」 すると、その中のバタフリーが口をきいた。 「あなた達…どうか私たちを助けてください…!」 クレナは異変にとっさに気づいた。 「しゃ…しゃべった!?」 「…おまえたちはいったい…?」 ストライクも疑問を投げかけた。 「あなた達の戦う姿をみて、とっさに思いました…私たちを救えるのはあなたたちだと」 「今世界のいろいろなところで異変が起きています…普通に生活していて私たちもその影響を受けたのです」 別のスピアーが言った。 「じゃあロケット団のせいでポケモンがしゃべれるようになり始めてる…ってこと?」 クレナがつぶやいた。 「…かもしれないな」 ストライクはクレナにぼそっといった。 「助けてほしいって…どういう事ピカ?」 ピカチュウが訊いた。 「…ついてきてください」 バタフリーが言うと、ポケモン達はぞろぞろと一つの方向に歩き始めた。 「…どうする?」 クレナが訊いた。 「…いくしかないだろ…このままほっとけないし」 ストライクは面倒くさそうな感じで言った。 「どちらにしろ、道に迷ってるわけだし」 クレナは汗たらたらになった。 「あ…っ、そ、そうだね、ははは…わかんないや、ここどのへんだか」 ふう、とため息をついてストライクはポケモン達のあとについていった。 「いこう、ピカチュウ」 「ピカ」 クレナとピカチュウもそのあとをついていった。 |
ミャル | #bak5★2003.11/22(土)06:35 |
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第4章 再会 - Meeting Again - クレナたちはトキワの森を、野生ポケモンたちにつれられて進んでいった。 少し霧がかかっており、いっそう薄気味悪くなっていった。 「…ねえバタフリー、あのオニドリルどっからきたの? トキワの森には生息してないはずでしょ?」 クレナが歩きながら先頭の方にいたバタフリーに訊いた。 「わかりません…でもここ最近の異変に乗じて急にあらわれたのです」 バタフリーは低く飛びながら言った。 「あのオニドリルが現れたせいで、私たちここの野生ポケモンたちが次々と襲われていました…あの強さにかなうものは私たちの中にはいなかったのです」 「…生態系がこわれちゃったのかな…?」 「でもあなた達があのオニドリルを倒していただいたおかげで、やっと少しまともな生活ができそうです」 「…『少し』?」 クレナはバタフリーが不意に言った言葉が気になった。 後ろの方ではストライクとピカチュウがついてきている。 その周りのポケモンたちは、ピカチュウのことをたまにちらりと見ている。 「…まだ私たちには心配の種があるのです」 「…?」 クレナがそのことについて訊こうとしたとき、周りの霧が一斉に晴れた。 「わあ、きれい…!」 飛び込んできた風景を見てクレナは感嘆した。 霧が晴れてきた先に見えたのは野生ポケモンたちの集落だった。 クレナは以前学校で、野生ポケモンはその地域ごとに協力し合って集落を作る、 ということを教わったことがあったが、実際に見るのは初めてだった。 というのも、野生ポケモンたちの集落は、人目のつかないところに作られるため、野生ポケモンたちは安心してその集落で暮らすことが可能なのである。 トキワの森の集落は、木の中でもひときわ背の高い木を真ん中にこしらえた、自然感あふれるものだった。 奥の方にはたきがあり、集落の周りを流れる川の流れは穏やかで、水はかなり透き通っているほど新鮮なものだった。 周りの森の木ではいろいろな野生ポケモンたちがクレナたちを見てざわざわと騒ぎ出した。 いつの間にか日が照り始め、集落をいっそう美しく描いている。 クレナたちと一緒にこの集落に戻ってきた野生のポケモンたちは、ついてからそれぞれ普段いるだろうと思われる場所に戻っていった。 「森の中にこんなきれいなところがあったんだあ…!」 周りの美しく幻想的な景色を見てクレナは言った。 「…で? わざわざオレたちをここまで連れてきた理由は何なんだよ?」 あとからついてきていたストライクが訊いた。 「…こちらへ来ていただけますか」 そういってバタフリーはクレナたちを先導した。 いろいろな木々の間を通り、バタフリーは一つの木の前までクレナたちをつれてきた。 「ここです」 先ほどクレナが見た、集落の中心の大きな木だった。 木は相当大きなもので、その外側に穴が開いていて、中に入れるようになっている。 「すっごいおおきいピカ…!」 ピカチュウは大きな大きな木を見上げていった。 「…えらく大きいし、中に入れるみたいだし…ここに誰かすんでるの?」 クレナがバタフリーに訊いた。 「この集落の長の住まいです…話は中で聞いていただいてよろしいですか?私は少し私用があるので…」 「うん、バタフリーありがとう!」 「では私はこれで…」 「ありがとピカ、バタフリーさん」 ピカチュウも礼を言って、バタフリーと別れた。 「…さてと、入るとするか」 そそくさとストライクは先に木の中へと入ろうと試みた。 そのとき、横の方から落ち着いたような優しい声が聞こえた。 「…ピカチュウくん?」 自分の名前を突然呼ばれ、驚き半分に声のしたほうにピカチュウは振り向いた。 ストライクとクレナもつられてその方向を向くと、森の緑に照らされて、一匹のポケモンが羽を使って飛んでいるのが見えた。 その姿はポッポだった。 ポッポはピカチュウの方に来ると、ピカチュウのことをじろじろと見た。 「…やっぱりピカチュウくんだっぽ!? しばらく見ないから心配しちゃったっぽ!」 ポッポはにこにこしながらピカチュウに言った。 「…ピカ? ピカは君のことを知らないピカよ?」 ピカチュウは困った顔をしていった。 自分は果たして目の前にいるポッポと以前にあったことがあったのだろうか? ポッポの特徴的な声をどこかで聞いたことがあるようには感じる。 だが記憶の中にはポッポとあったことはない。 …そうすると、失っていた過去に何かがあったのだろうか? 忘れかけていた過去の記憶の断片が少しずつつながっていく。 トキワの森、ポケモンたちの集落、そして聞いたことのある声。 「…ピカチュウくん?」 自分の心の奥底でシンクロしていたものが、一つの光となった。 「……ポッポ…くんピカ!?」 「そだよー、ひさしぶりっぽ!」 やっと自分のことをわかってくれたことにポッポは喜んだ。 「ピカチュウ、知ってるの?」 クレナは横から口を挟む形でピカチュウに訊いた。 「今全部思い出したピカ!」 ピカチュウはうれしそうに続けた。 「ポッポくんは、ピカの友達でチュ! ピカは前ここに住んでたピカ!」 ピカチュウがにこにこしながら話すのを聞いて、ストライクとクレナは我を失った。 「…えええええ!」 「で、どういうことなんだよ」 ストライクがぶっきらぼうに訊いた。 クレナたちはポッポに木の中にはいるように言われて従った。 木の中は外から見たときに思ったとおり、相当広かった。 天井からは灯のともったランプのようなものがあったが、今は外から差し込む光で十分に明るい。 「ポッポくんとピカは幼なじみなんでチュ。ピカはポッポくんと一緒に育ったみたいなものピカ」 ピカチュウは答えた。 「大体ここって長の住まいじゃないのか? 勝手に入っちゃよくないんじゃねえのか?」 さらにストライクは訊いた。 「だってここ、ぼくの家だっぽ! 全然大丈夫だっぽ」 ポッポが答えた。 「え、ぼくの家って…じゃあこの集落の長はあなたなの?」 クレナが横から首をつっこんだ。 「ううん、長はお父さんのピジョットさんピカ」 「そっか、なるほどねー」 ピカチュウがかわりに答えた。 「で、俺たちそのピジョットに会えって言われたんだけど、どこにいるんだ?」 ストライクがポッポに訊いた。 だがポッポはすぐには答えようとせず、いったんうつむいて、また顔を上げた。 「話があるのは、ぼくの方だっぽ」 「どういう事?」 クレナが不思議そうに訊いた。 「…今野生のポケモンがおかしくなってるのは知ってるっぽ?」 「うん…でもそれがどうかしたの?」 「…お父さんが…変わっちゃったんだっぽ…」 そういってポッポは下を向いてしまった。 「ピジョットだけ?」 クレナが訊いた。 「うん…集落のみんなは何ともなかったっぽ。でもおととい、 お父さんは森の奥の方に言ったまま帰ってこないっぽ」 「え…? じゃあ見つからないの?」 「ううん…見つけはしたっぽ。遅くになっても戻ってこないから、 心配して集落のみんなが探しにいったっぽ。それでお父さんは見つかったけど…」 「…いきなり攻撃してきたって訳か」 ストライクがポッポの言葉を補った。 「でも集落のポケモンみんなで抑えりゃなんとかなるだろう…あんなにいるんだろ?」 ストライクはポッポに訊いた。 「…ピジョットさんは魔術が使えるピカ」 ピカチュウが思い出したように言った。 「…てことはお前も使えるんじゃねえのか? 普通そういう力って遺伝するもんだろうし」 ストライクはポッポに訊いた。 「使えるじゃなくて、使え“た”だっぽ…」 「何で過去形なんだよ…?」 「ポッポくんは小さいときに、自分の放った魔法でピジョットさんを傷つけちゃったことがあったピカ。…あれ以来使ってないピカ?」 ピカチュウが割り込んできた。 「うん…でももう使おうと思ってもつかえないっぽ。感覚を忘れちゃったっぽ」 ポッポは元気なさげに言った。 「でもポッポの気持ちはわかるよ。誰だって、自分の親を傷つけたりしちゃったら、はっきり言ってつらいと思うし…」 クレナはポッポに同情していった。 「ありがとっぽ、クレナちゃん」 少しポッポは微笑みながら言った。 「そういえば…ピカチュウくんって今までどこ言ってたっぽ?急にしばらくいなくなって、みんな心配してたっぽ」 ポッポがピカチュウに訊いた。 ピカチュウはいったんは黙ったものの、決心して今までのことを打ち明けた。 ロケット団に捕まったこと、急に体術が強くなったこと、クレナとストライクに出会ったこと…。 すべてを話し終わると、日はすっかり傾いていた。 「…そうだったっぽ…じゃあ野生のポケモンたちが 急におかしくなったのはロケット団のせいっぽ?」 ポッポが訊いた。 「まだ一概には言えねえけど、あいつらが何かたくらんでるのは確かだ」 ストライクが言った。 「お父さんも…そのせいで…?」 ポッポは下の方を向いていった。 「…大丈夫、私たち手伝うから! ピジョットを元に戻そう!」 クレナがポッポのことを見ていった。 「おいおい、勝手にきめんなよ」 軽はずみに言うクレナに向かってストライクが言った。 「だってこのまま見捨てていけないよ…しかもピカチュウの友達ならなおさらでしょ?」 クレナがストライクをまじまじと見つめた。 真剣なまなざしにストライクも一歩引いた。 「…だあ、もうわかったよ。でもとりあえずもう今日は暗くなるだろうし、泊めてもらおうぜ」 「ありがとうっぽ、ストライクさん!」 ストライクに対してポッポはほほえんだ。 ピカチュウもその横でにこにこしている。 「…別にそれまではつきあうって言っただけだからな! 勘違いするなよ!」 「はいはい、素直じゃないんだから」 「だああ、もううるせえなあ!」 クレナに核心をつっこまれてストライクは顔を赤くした。 やがて夜の闇が森を包んだ。 クレナたちはポッポの住まいである木の中で寝させてもらうことになった。 集落は明かりの光が少し灯るくらいで、ポケモンたちは眠っているようだ。 ポッポの住まいの中でもそれは同じだった。 クレナとストライクは端の方で離れて寝ている。 ストライクはいびきをかきながらぐっすりと眠っている。 離れて眠っているクレナにはそのいびきは聞こえないようだった。 クレナとストライクから少し離れてピカチュウとポッポは並んで仲良くすやすやと眠っている。 眠りについてから3時間ほどたっただろうか、ピカチュウは隣で起きた小さな音に気がついて目が覚めた。 ピカチュウが横を見ると、寝ていたはずのポッポがいないことに気がついた。 外で小さくバサッと翼を羽ばたかせる音。 「…ポッポくん…?」 ピカチュウはストライクとクレナを起こさないよう、静かに外へと出た。 夜の闇の静けさの中で小さく羽ばたく音の先にポッポはいる。 どうやら森の奥の方へと進んでいるようだった。 寝起きでかすんだ目をこすりながらピカチュウは後を追った。 森の奥地は暗く、いやなほどに静かたっだ。 時々聞こえるホーホーの声だけしか聞こえない。 その中をポッポは進んでいった。 ピカチュウはそのあとを距離を置いて追っていた。 15分くらいたっただろうか、ポッポは一本の木の下で地面に降り立った。 ポッポのすぐ前には、土が少し盛り上がり、その周りには花が咲き乱れている。 「…そうピカ…ここはポッポくんのお母さんのお墓だピカ…!」 ピカチュウは思い出していった。 ピカチュウがロケット団に連れ去られる数週間前、ポッポの母ピジョンは命を突然終えた。 当時のポッポには相当なショックで、しばらくの間ピカチュウともあわないときがあった。 彼女の亡くなったあと、集落のポケモンたちの決定で、彼女は森の奥の方に葬られることになった。 今でもポッポは母のことが忘れられずにここに来ているようだ。 途中でむしってくちばしでくわえていた一輪の花を墓の前に添えてポッポは目をつぶった。 「お母さん…ぼくはどうすればいいっぽ…?」 ポッポは母の墓を見つめて悲しげに言った。 しばらくポッポは母の墓を見つめ、そして振り返って帰ろうと飛び上がろうとした。 そのとき、ポッポは目の前に大きな影を見つけた。 大きな翼、鋭い爪…ポッポはその姿に見覚えがあった。 「…見つけたぞ、ポッポ!」 その姿はまさしく、ポッポの父、ピジョットだった。 |
ミャル | #bak6★2003.11/22(土)06:36 |
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第5章 勇気 - The Courage - 「お父さん…目を覚ましてっぽ!」 ポッポは必死にピジョットに訴えかけた。 「何のことだ…?」 「お父さんはロケット団のせいでおかしくなっちゃったっぽ!集落のみんなを傷つけて、いったい何になるっぽ!?」 ポッポの問いにピジョットは少し黙り込み、そして口を開いていった。 「…私の邪魔をするのなら、たとえお前でも命はないぞ!」 「…そんな…!」 そしてピジョットは翼を広げた。 周囲の風がピジョットの前に集まる。 「ウインドカッター!」 ピジョットがそう叫ぶと、風の刃がポッポの方に襲いかかる。 「あっ……!」 ポッポはピジョットが放ったウインドカッターを目の前にして目を丸くした。 あと少しでポッポを切り裂く。 そのとき、横からポッポをその体で押す影が現れた。 ポッポとその影が横に倒れるそのわきをウインドカッターが地面を切り裂く。 「だ…大丈夫ピカ!?」 聞き覚えるある声…影はピカチュウだった。 「ピカチュウくん!」 ポッポは助けてくれたピカチュウを見ていった。 「ほう…ピカチュウか、久しぶりだな」 ピカチュウの姿を見てピジョットは言った。 「ピジョットさん…!」 ピカチュウは表情を作らずにピジョットに言った。 「ポッポくん、後ろに下がるピカ! ピジョットさんはポッポくんをねらってるピカ!」 「でもピカチュウくん…!」 「早くするピカ!」 ポッポは一瞬ためらったが、うなずいていった。 「…わかったっぽ!」 ポッポは後ろを向いて、ピジョンの墓の近くの木に隠れた。 「ピカチュウ、お前まで私の邪魔をするのか?」 「邪魔するって…何のことピカ!?」 「…お前には関係のないことだ…ロケット団の真の目的にお前は関わる必要などない!」 「…真の目的ピカ…!?」 ピカチュウが聞き返してもピジョットは答えない。 それどころか翼を広げ、周りの風を体の前に集めている。 先ほどポッポに対してはなったウインドカッターとは比べものにはならないほどの風のエネルギーだ。 「…食らうがいい!」 ピジョットが魔法を放つのと同時にピカチュウはほおに電気をためる。 「エアスラスト!」 ピジョットは翼を大きく羽ばたかせ、風のエネルギーを大きな風の玉としてピカチュウに向かって放つ。 「ピィカチュゥゥウウウ!」 バチバチと音を立てて放たれた「でんきショック」はピジョットのエアスラストとぶつかる。 激しく音を出してぶつかり合う二つの力。 しかし、ピカチュウの電気はエアスラストに打ち砕かれた。 勢いがやむことのない風の玉が、ゴウッ!とピカチュウに襲いかかる。 「ちゃあああああ!」 風の玉がピカチュウに当たった瞬間、中で激しく対流していた風が、 刃となってピカチュウをザシュッ、ザシュッ!と切り裂いていく。 勢いでピカチュウは後ろへと吹き飛ばされる。 「ピカチュウくん!」 木のかげに隠れていたポッポがピカチュウの姿を見て叫んだ。 「ピ…カ…!」 ピカチュウはよろめきながらも体を起こした。 体にはエアスラストを受けて切り裂かれた傷が数カ所にわたって見える。 傷の浅さだけは唯一の幸いだろうか。 「まだ立てるだけの力が残ってるいるのか…」 ピジョットは冷たくいい、また翼を広げ、風のエネルギーを集め始める。 「ウインドカッター!」 ゴウッ!と風の吹く音ととともにピカチュウに風の刃が襲いかかる。 「……ピカ…!」 風の刃が体を切り刻むのを感じる。 (…近づく隙がないピカ…!) 心の中でそう思い、ピカチュウはさらに後ろへと吹き飛ぶ。 木のかげでピカチュウがやられていくのをポッポはただ見ていることしかできなかった。 「…ぼくのせいでピカチュウくんが…!」 ポッポがそういったとき、頭の中を何かがかすめていった。 それは記憶だった…前に起こった、忌(いま)まわしき過去。 ポッポの記憶の視界には母のピジョンの姿があった。 傷つき、ぼろぼろになった体でピジョンは倒れている。 前には…黒い服を着た人間が数人、それにそれらのポケモン達。 (次はお前だ…ポッポ!) 前にいるポケモン達が一斉に口を開き、エネルギーをため始める。 (撃て!) リーダー格の人物が叫び、一斉にポッポに向かってあらゆる攻撃を仕掛ける。 「かえんほうしゃ」、「れいとうビーム」…そのどれもがポッポをしとめる…はずだった。 ポッポが目をつぶって前から向かってくるものを見ないようにした。 あと少しで当たるときだった…目の前で激しくエネルギーが当たる音。 ポッポがその目を開けると…母が傷ついた体で自分をかばっている姿。 (ポッ…ポ…) 一瞬ピジョンがポッポの方を向き、そしてほほえみかけ、崩れ落ちる。 目の前が一瞬で真っ白になる。 (ぼくの…ぼくのせいで……ぼくのせいで…!) 心にためていた思い、痛切な過去。 記憶が頭の中をかすめ、現実へと帰ってきたポッポ。 自分のすぐそばで眠る母…ピジョンは自分のために命を落とした。 「お母さんも…ピカチュウくんも…みんな…!」 その痛みが、ポッポの目をかっと見開かせた。 木のかげからバッ!と飛び出すポッポ。 「…自ら命を落としに来たか、ポッポ!」 ポッポの姿を見て翼を広げながらピジョットが叫ぶ。 「だ…ダメピカ! ピジョットさんはポッポくんをねらって…!」 ピカチュウが傷ついた体を起こしてポッポに叫んだ。 しかしポッポは聞く耳を持たないでピカチュウの前に出ながら言った。 「……や…いや!」 ポッポはその翼を大きく広げ、一気にバサッ!と前につきだして叫んだ。 「ぼくのせいでみんな……そんなの…いやだっぽぉおお!」 ポッポの体が少し光り、翼の先から冷気がわき上がり、それは氷の鋭い固まりとなる。 そして一直線にピジョットめがけて飛んでいく。 「何!?」 魔法を撃とうとしていたピジョットは完全に無防備だった。 氷の槍がピジョットを貫いていく。 「が……!」 ポッポの攻撃を食らい、ピジョットはひるむ。 鳥ポケモンに氷の属性は非常に有効な手段だ。 ピジョットは自分の弱点をつかれ、苦しんでいる。 「…今ピカ!」 やっとできたその隙を逃さず、ピカチュウは走り出した。 未だに苦しむピジョットめがけて小さくジャンプし、ピカチュウはその足を上げる。 「三散華(さざんか)!」 ドスッ、ドスッ!と鈍い音を立てながらピカチュウはピジョットに三連の回し蹴りを食らわせる。 「ぐあっ…!」 以前あったときにはなかったピカチュウの体術技をピジョットはまともに食らった。 地上に降り立ったピカチュウは、右手に電気を帯電させ、昼間オニドリルに使ったようにその手を押し出した。 「掌底破!」 ドウッ!という音とともにピジョットは後ろに吹き飛ばされる。 ピジョットの大きな体は木にぶつかり、木をバキバキっ!と折った。 ズズンッ!と木が倒れるのと同時にピジョットはその場に倒れた。 風が吹き、ピカチュウとポッポの体を冷たくあおぐ。 「……ごめんなさいっぽ」 ポッポはその重い口を開いていった。 「ぼくのせいで…ピカチュウくんがこんな目に遭っちゃって…」 ピカチュウはうつむいているポッポを見ていった。 「ううん…ポッポくんが魔法を使ってくれたおかげで助かったピカ!」 ピカチュウが言った何気ない言葉にポッポは我を取り戻した。 「あ…そういえばぼく魔法使ってたっぽ…!」 ピカチュウはポッポにほほえみかけた。 「使えるようになったピカ! よかったピカ!」 「うん…でもお父さんは…!?」 ポッポは父のもとに駆け寄った。 ピジョットの体はぼろぼろだった。 ポッポの放った「アイスニードル」に加え、ピカチュウの蹴りと拳。 さらに木にぶつかった衝撃で体はひどい傷だらけだった。 ピカチュウは駆け寄ってピジョットの体を見て口をふさいだ。 「ピジョットさん…!」 いくら自分がやったとはいえ、親友の父を傷つけたことにピカチュウはショックを隠しきれなかった。 すると横にいたポッポが突然目をつぶった。 ポッポのからだが光、少し力をため、翼を広げる。 「ヒール!」 淡い緑色の光がピジョットを包む。 そしてみるみるうちにピジョットの傷が治っていく。 「すごいピカ…!」 完全に、とは言わないものの、ピジョットの傷は回復した。 「う…っ」 少したって、ピジョットは翼を少し動かし、意識を取り戻した。 「…ポッ…ポ…、私は…いったい…?」 目の前にいるポッポを見てピジョットは言った。 「…お父さん!」 ポッポはしゃくり上げ、そして涙をこぼしながらピジョットに抱きついた。 「よかったっぽ…もとにもどったっぽ…!」 ピカチュウは親子が抱き合うのを見て少しうれしくなった。 「おーい、ピカチュウー!」 後ろからピカチュウのことを呼ぶ声…クレナだ。 ストライクも一緒に走ってきている。 「…これいったいどうしたんだ…?」 ストライクは周りの荒れ具合を見て驚いていった。 「帰りながら話すピカ。ピジョットさんを支えるのを手伝ってほしいでチュ」 ピカチュウはストライクに言った。 「本当に…すまなかった」 次の日、長の家の中でピジョットはクレナたちに頭を下げた。 「いえいえ、私たち何もしてませんし!」 クレナは手を横に振っていった。 「お礼なら…この子達にしてください」 そういってクレナはピカチュウとポッポの方を向いた。 「そうか…ありがとう、ピカチュウ」 ピジョットはピカチュウに言った。 「ううん、ピジョットさんが元に戻って本当によかったピカ!」 ピカチュウはほほえんで返した。 そしてピジョットは隣にいるポッポに目をやった。 「ポッポ…本当にすまなかった」 ピジョットが言うと、ポッポも笑って返した。 「きっと…お母さんも喜んでくれてるっぽ!」 「…そうだな…お前は母親譲りの所もあるからな…母さんの気持ちがお前に届いて魔法も使えるようになったのかもな」 ピジョットは少しほほえんでいった。 ピジョットは風属性の魔法にかけては強かったが、逆にピジョンは他人の思いやりの 心からくる癒しの力がすばらしかった。 そんな二匹の間に生まれたポッポ…それは彼らの力が両方備わった、両親の宝物である。 「じゃあわたしたちはこれで…いろいろとお世話になりました」 クレナは立ち上がってピジョットに言った。 ピジョットに教えてもらっていろいろと書き込みのされた地図を手にしてクレナは出口へと向かった。 ストライクとピカチュウもその後に続いた。 「気をつけて」 ピジョットが外に出たクレナたちに言った。 「はい、ありがとうございました!」 そういってクレナたちはピジョットとポッポの視界から消えた。 「…お父さん…」 突然ポッポが口を開いた。 「何だ?」 「…お願いがあるっぽ…」 「ふー、やっとこれで出られるな…」 ストライクがため息をつきながら言った。 ピジョットに教わったとおりにクレナたちは森を進んでいった。 クレナがあるくその横でピカチュウはうつむきながら歩いていた。 「ピカチュウ、また会えるって!」 クレナはピカチュウの方に向かって励ますように言った。 ピカチュウはため息をついてとぼとぼと歩いていった。 「お! 道に出たぜ!」 やっと目の前に現れた道を見つけ、ストライクが喜んでいった。 道の先には次の街、ニビシティが見える。 「……待ってっぽー!」 ちょうどそのとき、後ろから聞き覚えのある声がした。 その声にピカチュウはいち早く振り向いた。 視線の先にはポッポがこちらの方に飛んできているのがあった。 「ポッポくん!」 ポッポはピカチュウの前に降り立った。 「お父さんに頼んできたっぽ! ぼくもピカチュウくんのお手伝いしたいっぽ!」 「…じゃあ一緒に来てくれるピカ!?」 「…うん!」 ピカチュウの顔が急に明るくなった。 後ろを振り返ってクレナとストライクに言った。 「ポッポくんも一緒にきていいピカ?」 クレナとストライクは顔を合わせ、「ふふっ」と笑った。 「もちろん、協力してくれるならありがたいよ!」 クレナはほほえんでいった。 「じゃあいいピカ!?」 「ああ…もちろんだ」 珍しくストライクもこのときばかりは笑って許容した。 「ありがとっぽ!」 ポッポもうれしそうに感謝した。 「…さあ、行こうぜ! 次の街へ!」 ストライクがニビシティの方に向かっていった。 「うん、行こう!」 「ピッカ!」 「ぽおっぽ!」 こうして新しくできた一人と三匹の旅が新しく一歩を踏み出した。 |
ミャル | #1★2005.07/28(木)01:57 |
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プロローグ 「はあ…はあ…」 静けさが広がる闇の中を、何かが走り抜ける。草むらを走り抜ける音が風の音と重なり、そして荒々しくあがる息とが共鳴を起こす。いくつもの同じような森林と草むらの風景。 しばらくしてその影は止まった。月の光が、その影をぼんやりと映し出す。人間ではない―――緑色の影。暗い月夜の中でたった一つ、命の鼓動が刻まれている。 不意に、力抜けるように木に寄りかかり、どさっと草むらに座り込んだ。 「…ったく、ここまで来たのはいいが…」 影が息を切らしながら独り言のように、声になるかならないかのように言った。 「…これからどうすりゃいいんだ…」 大きくため息をつくように、深呼吸する。涼しい風が不意に流れた。 風が、草むらを揺らし、影をさわって。月が、かすかに緑の影を照らす。 その風の吹く先、もう一つの影。今にも切れそうな小刻みな息が、小さくこだまする。先ほどの影とは大きさがまったく違う―――小柄だった。 黄色の閃光が走り、その後に風圧で草が揺れる。両手を前足のように使い、その影は一点を目指し、走る。その先にあるもの…それは暗闇の中にぼんやりと浮かぶ、光だった。その光は一つではなく、しかし輝いては見えない。ぽつぽつとした光がぼやけて見えている。―――町だ。 小さな町だった。規模はぜんぜん大きくない、どちらかといえば村といった感じのようだ。 だが、そんな町の大きさなど気にはとめていない。 黄色い生き物はそのスピードを落とすことなく、一直線に町のゲートを通過した。メインストリート―――とはいっても土手道だが―――を素早く走り抜ける。時々見える家々を、生き物は走りながら首を少し向けて確認していった。 ―――まだ中で明かりのともっている家はないか。 町の外から見えていた光は、町にところどころにある街路灯であったり、家の前の玄関を照らす電気がほとんどで、決して家の中で電気がついているわけではなかった。むしろ、この時間にまだ起きている家があることすら珍しい。 町の奥の方までたどり着き、その生き物は足を止めた。 ―――あった。 広い門の先には小高い丘がたっており、その上にまだ明かりのついている家―――いや、建物というべきだろう。家と呼べるほどの大きさではない。白い外観の建物で、上のほうで風車の回っているのが伺える。 息を切らしながら生き物は門の開いているすき間をぬって、建物の敷地へと足を踏み入れた。道なりに沿って二本の足で音もなく、だがほぼ全体重をかけて歩く。 ふと、道をそれた。よろめいて、玄関とおもわれるドアとは違う方向へと足が勝手に進む。だが、その生き物の体力は限界だった。自分の意志とは関係なく勝手に足が進み、―――やがて倒れてしまった。 建物の中の光があたり、生き物の体をほんのりと明るく照らす。―――傷だらけだった。ほぼ尻尾以外の部分のほとんどに傷が見られ、それまでの経緯が計り知れなかった。 突然、光源の方で音がした…窓を開ける音だ。人の影が生き物の体を覆い被さった。 その建物の二階でうなされている、女性の声。ベッドの上で一人の少女が眠っていた。 ―――彼女は、夢を見ていた。 火の海と化している夜の街。それは今少女のいる町とはまた違った場所のようだ。街路樹が、建物が…燃えている。 少女はその中にたたずんでいる。しかし、その中にいるのは一人ではない。はっきりとは見えない影が、一つ、二つ、―――三つ。そして少女の前にも一つの影。 影となっている生き物が何かを話している。だが、少女の耳には何も聞こえない。何を話しているのか、困惑している彼女を尻目に、自分の右隣にいた二つの影が、目の前の影に向かって走り出した。左隣にいる影は、その場で静かに何かを唱えている。 不意に、目の前の影が右手を上空へと突き出す。少女は反射的に空を見上げた。 厚く空に覆い被さった雲が、大きな円状に晴れた。だが、そこから顔を出したのは星空ではない―――闇色に染まった空。 突然、闇の中で赤い光が閃光を放つ。すると次の瞬間、火柱のような赤白の光が迫った。尋常ではない速さだった。その矛先は、明らかに自分を狙っている。―――避けられない、そう思った。 あたり一面が急に真っ白になった。焼け焦げるような熱さが、少女を襲う。 声にならない悲鳴をあげて、彼女はベッドの上で瞬時に起き上がった。 ベッドに窓から差し込む、朝のすがすがしい光―――いつもと変わらない自分の部屋を、ゆっくりと彼女は見回した。さっきまで見ていた光景が、嘘のようだった。 「また…あの夢だ…」 そう、小さく彼女はつぶやいた。 |
ミャル | #2★2005.08/05(金)04:16 |
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1 異変 その日、マサラタウンは何も変わらない一日を迎えていた。 朝から畑仕事をして汗をかく者もいれば、自分の家で読書をしながら有意義な時間を過ごす者もいる。丘のある草原では、まだ学校にも行かないような子供達が元気に遊ぶ。 「平和」「のどか」―――、そんな言葉が似合う町。特別に発達した産業もない。カントー地方の南西の端に位置する町は、こうしてみると、対して名のあるような町ではないように思えるが、マサラタウンには無名になり得る要因はない。 一つはこの町から多くの有力な「ポケモントレーナー」と呼ばれる者達が出ていることだ。 「ポケモン」―――、これは略称であり、正式には「ポケットモンスター」と呼ばれる不思議な生き物である。我々が知っている、獣、魚、虫、至っては植物に似た、自分の意志をもつ生物だ。我々が「犬」という種族を認識しているように、この世界には別の種族名を持つポケモンがいる、という解釈ができるだろう。 そもそもポケモンの起源は、人間達の起源がまだあやふやであるのと同じように、ほとんど分かっていない。しかしながら、人々は昔からポケモンと共に生きてきた、ということは過去の様々な図書から分かってきている。ポケモンと人間は、共に歴史を築き上げてきたのだ。様々な戦争等、多くの歴史の末に今がある。 そして現代、人々はポケモンをペットとして飼うだけでなく、昔からその範囲を膨らませている分野がある。「ポケモンバトル」と呼ばれるものだ。その名の通り、ポケモン同士を戦わせて勝敗を決める戦いのことである。ポケモンの生命力の高さ故に出来ることであり、そもそもポケモンは戦うことが本能として備わっているのだ。そして、ポケモンバトルを主に本業として生きている者達を、ポケモンを調教する者、という意味から「ポケモントレーナー」と言う。 マサラタウンはそのポケモントレーナーを、しかも後に有名になるポケモントレーナーを数多く輩出しているのだ。特に10年前に史上最年少である10歳で、ポケモントレーナーの最頂点である称号「ポケモンマスター」を獲得した少年以降、マサラタウン出身の優秀なトレーナーがメディアや業界をにぎわす。 それ故につけられた町の異名、それが「始まりの町」、マサラタウン。 そんなことがあってから一部の人々が、我が子がそんなポケモントレーナーへと育って欲しい、とするばかりにわざわざ遠方からはるばるマサラタウンに越してくることもあった。 もう一つ、マサラタウンが有名な理由、それはポケモンの権威、と名高い人物が住んでいるからだった。その人こそ、町の奥、小高い丘の上に研究所と住まいを持つ、オーキド博士である。それまで遅れていたポケモンに関する研究にいち早くとりつき、見る見る業績を上げ、それまで謎とされてきた色々なポケモンの分野が明らかとなって来つつあった。もう60近い年齢であるが、それでもまだ40代であるかのような元気っぷりである、と町の人々は口をそろえる。 オーキド博士の家―――といっても半分以上は研究用施設として成り立っているが―――には、近くに住む研究所の職員や若い研究者達が毎日数人出入りしている。しかしながら今日は違う―――休みを設けてあるためだ。日曜日、という理由もあるが、もう一つ。 今日また一人、マサラタウンから旅立つ者がいるためだった。 マサラタウンを出る者はいつの日からか、オーキド博士から生涯のパートナーとなる最初のポケモンをもらう、という決まりに従うようになっている。そのポケモン達は、初心者が扱うにふさわしいポケモンにするためにあらかじめ世界各地にある育成施設である程度のレベルまで育て上げられ、オーキド博士などの研究家を通じて、初心者トレーナーのもとへと渡るのだ。当然そのポケモンを彼らに渡すのも、つなぎ役となるオーキド博士の役目。最初にいろいろ説明などをしなくてはならないため、博士はポケモントレーナーが旅立つ時期になると、他の仕事になかなか従事できないのだ。 そして今日旅立つのは、紛れもなくその博士の家に住んでいる少女だった。 「クレナ、準備できたかのお?」 下の階からドア越しに聞こえる声。オーキド博士のものだ。 「ちょっと待ってて、もう少しで終わるから」 ドアの内側に広がる部屋のベッドの上に置いた小さめのリュックサックに、次々とリュックよりもさらに小さい手さげ用の袋を入れていく少女、クレナ・エルブラントは部屋の内側からドア越しに少々叫び気味の大きな声で答えた。 非常に穏やかそうな印象の顔立ち、青く透き通るような瞳、肩よりも下にまで長く伸ばしたまっすぐな金髪。すらりとした体格に、上には純白の服。下は薄めの赤をベースにした色の長めのスカート。夏でも冬でも、研究所の外に出る時の決まった格好だ。 リュックサックの横にある、最後の手さげ袋に、クレナはその近くに転がっている赤と白の小さなボールの様な物を入れていき、口を締めた。 このボールは通称、「モンスターボール」と呼ばれるものだ。本来はポケモンを手軽に収容し、この中に入ったポケモンは一時的な軽い冬眠状態を施される。どういう原理で小さなボールの中に、ボールよりも大きなポケモンが入るのか、ということは、高位の学者や研究者以外には到底理解できないほど複雑らしい。クレナが手に取っていたのは、ポケモンではなく道具を保管するためのボールだが、原理はほぼポケモン用のボールと一緒だ。手さげの袋に入れていたのは、用途別に道具を分けるため。 「よし、と。これでおしまいね」 リュックに最後の手さげ袋を入れ、リュックの口を閉じ、片方の肩に軽く背負ってクレナは立ち上がった。 「…しばらくこの部屋ともお別れかあ」 軽く振り向き、自分の部屋をさっと見渡した。毎朝見ていた鏡、毎晩寝ていたベッド、読書や勉強のためにつかっていた机。当分の間、ここに戻ることはない。今回の旅の目的を達成するまでは。 前を向きなおし、扉を開く。1階と2階を結ぶロビーの広い階段を下り、2階の廊下の下をくぐり、リビングへと続く広い通路を行く。 「ずいぶんと時間がかかったのう」 ゆったりと長いソファーに腰掛けていた老人、オーキド博士は足音に気がついたのか、後ろから来た少女に向かって笑みを浮かべた。 「ちょっと身じたくに時間かかっちゃってね」 「まあ、いつものことじゃしな。忘れ物はないかの?」 「まったく…小さいお子様じゃないんだからやめてよ」 ため息まじりでクレナは答えた。 「ま、そうじゃな。おませな年頃の女性には何言っても無駄じゃな」 「わかってるじゃない」 クレナはくすっと笑った。考えてみれば、こんな風に何気ない会話をするのも、これからしばらくない。感傷に浸りたいところだが、今回の旅を決めたのは自分だ。今さら後戻りするわけにもいかない。 「…さて」 オーキド博士が不意に話を振った。 「そろそろ約束どおり、最初のパートナーとなるポケモンを渡そうかの」 そういい終わらないうちに、博士はロビーの方へと歩き出した。 二人はロビーから脇にそれ、螺旋書庫へと入る。壁際から広い部屋の中にまで高い本棚が並び、ずっしりと学術書が並んでいる。そこを通り越し、入り口と反対側の扉を開ける。オーキド研究所への通用口だ。 数々の研究室へと通じる廊下を通り抜け、二人は一番奥にある研究室の前へと進んだ。オーキド博士の研究室。クレナも何度か中を見せてもらったことがある場所だ。博士がカードキーを入り口の読み取り機に通すと、自動でドアが開いた。 書きかけのレポート用紙、ポケモン入りのモンスターボールが机の上には散乱している。おそらく今研究しているテーマで使っているものなのだろう。 なにげなく進んでいると、クレナは気がつくと研究室の一番奥に来ていた。テーブルの上にはモンスターボールが3つ。どれもポケモンが入っているらしかった。 「さて、ざっとこやつらの説明をしておこうかの」 そう言ってオーキド博士は説明をはじめた。フシギダネ、ヒトカゲ、ゼニガメという、比較的初心者には扱いやすいというポケモンたちの説明は、クレナには筒抜けになっていた。こういった話を博士がし出すと、やたらと時間がかかる。よく他のトレーナーが旅立つときに博士のもとを訪ね、毎回同じような長々とした説明を受け、うんざりしているのを何度かみたことがあった。 博士の説明をぼーっとして聞きながらテーブルを見回していると、ふと一つのモンスターボールに目がとまった。端の方にあった、ポケモン専用の回復装置。モンスターボールにポケモンを入れて、その装置で処置を施すと、傷や疲れが回復するという、とても高価なものである。その回復装置に、そのモンスターボールはかけられていた。どうやら回復の処置はもう終わっているようだが。 「…おお、それか?」 博士の声が急に自分の耳に入った。どうやら視線が回復装置のモンスターボールに釘付けだったことに、ようやく博士の方が気がついたようだ。 「え? …あ、うん」 ハッとなって平静を装ったが、クレナは素直に認めた。 「これはのう」 回復装置の前へと博士が行き、モンスターボールを装置から外した。 「昨日の夜に研究所の庭でぐったりしてるのをみかけたもんでな」 「ふうん…」 「まあこの辺じゃ珍しいポケモンじゃな」 そう言ってモンスターボールの中央についているスイッチを押してボールのロックを外し、軽く宙へと放った。 弾けるような音と共に、光に包まれた物体が飛び出し、地面へと降り立った。やがて包んでいた光が消えていくと、中に入っていたポケモンが姿を現す。 クレナ達からみれば断然小さく、全身黄色でピンク色の頬。ピンと立った耳に、雷をイメージするようなジグザグの尻尾。一見すれば大きなネズミのようなポケモンである。 「ピッカ!」 声高に鳴き、そのポケモンはにっこりと元気に微笑んだ。 「ええっ、これピカチュウじゃない!」 急にクレナは何か弾けたように叫んだ。 「私、一度でいいから生で見たかったんだよね〜」 そう言ってしゃがんでポケモンの頭を軽く撫でる。気持ちよさそうな声を上げてポケモンはますます微笑んだ。 クレナの言うピカチュウ、目の前にいるポケモンは、その愛くるしい姿が人気を博して女性をはじめ多くの人に人気のある、電気ネズミポケモン。その生息地も、公に分かっているだけでカントー地方でも2箇所しかないという、たいへん貴重なポケモンだ。 「昨日はぐったりしておったんじゃが、もう大丈夫そうじゃの」 博士はピカチュウの様子を見て、関心した様子で言った。 「…そうじゃ、クレナ。こやつを最初のポケモンにしてみてはどうかな?」 考えてもいなかった博士の言葉に、クレナは顔を上げた。 「えっ、…いいの?」 「どうせこの後逃がしてやるつもりだったんじゃ、それに」 博士はクレナとピカチュウを見て微笑む。 「なんだかもう、ピカチュウはお前さんになつき始めてるようじゃしな」 クレナは改めてピカチュウのほうに顔を落とした。 「あなたはいいの、ピカチュウ?」 「ピッカ!」 尋ねてからまるで考えもせずに、ピカチュウは元気に首を縦に振った。 「じゃあ決まりね。よろしくね、ピカチュウ」 そう言ってクレナはまたピカチュウの頭を撫でであげた。 「…気をつけるんじゃぞ」 博士はマサラタウンの入り口まで見送りに着てくれた。入り口に着くまでに、クレナはポケモン図鑑という、マサラタウンを旅立つポケモントレーナーに与えられる電子図鑑をもらった。ポケモンに向けると、赤外線という目に見えない線を通してそのポケモンを認識し、そのポケモンの種族名や身長、体重、強さなどの情報を教えてくれる。その効果は先ほど、クレナの横をてくてくと歩くピカチュウに向けて試したので実証済みだ。 「うん。全部終わったら、絶対戻ってくるから」 クレナはそう言ってオーキド博士に軽く笑顔を作った。 「だから、それまで待ってて」 「うむ、待っとるぞ。…ところで」 博士はチラッとピカチュウの方を向いた。 「ピカチュウはボールにいれんのか?」 「…うん。なんかボールに入れちゃうと、あそこ狭そうだし、それにね」 ピカチュウの方に目をやってクレナは言った。 「なんかこうして出してあげたほうが、いつでも一緒だって、そばにいるっていう感じがするから」 それに答えるかのようにピカチュウは微笑んだ。 「ま、それがお前さんらしいところじゃな」 やれやれ、といった感じで博士は言った。 クレナは後ろを向き、広く続くマサラタウンの外の方を見る。 「じゃあ、行くね」 半身後ろの博士の方を向き、クレナは言った。 「うむ、元気でな」 「博士も元気でね」 軽く手を振ってクレナは前を向きなおす。そして歩き出した。ピカチュウもその後に続く。 博士はしばらくクレナとピカチュウの後ろ姿を眺めていた。しばらくして、その姿は見えなくなった。 「…あの日からもう10年以上も経ったんじゃのお」 そう博士はもらし、研究所の方へと足を運び出した。 |
ミャル | #3★2005.08/05(金)04:19 |
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1番道路、ここはクレナにとっては比較的見慣れた道だった。 道路、といっても人が行き来してできたような、舗装もされていない道だ。 つい最近まで、クレナはこの道路の先にあるトキワシティの学校に通っていた。通い、といってもさすがにマサラタウンとトキワシティは徒歩で行くには最低半日はかかってしまう。クレナは学校にある寮で平日は過ごし、休日はマサラタウンに帰っていた。週末と週の始まりは、この道をよく自転車で通っていたものだ。 そんな学校にも、当分行くことはない。今回の旅のために、学校はしばらく休学ということになる。 そもそも今回の旅の目的は、マサラタウンから旅立つ者しては異例のものである。―――いや、今までがありきたりだったのかもしれない。 たいていのマサラタウンから旅立つ者達は、「ポケモンマスターになりたい」だとか、そういったたぐいのものだった。要はポケモントレーナーとしての腕を上げるために旅立つ、というものだ。 ポケモントレーナーは10歳からその資格を有することができる、と定められている。そのため、多くのポケモントレーナーは10歳になると、親元を離れて旅立つのだ。 だがクレナはポケモントレーナーなどには興味はなかった。ポケモンは好きではあったが、調教というとらえ方でポケモンを見るのはあまり好きではなかった。ポケモンとは一緒にいるだけで幸せ、といった感じで、どちらかというとそういう面ではポケモンブリーダー向けだろう。 「…それにしても」 歩きながらクレナはつぶやいた。 「歩きで行くとこんなに時間がかかるものなのね」 いつもはここを自転車で通っていた道ゆえに、歩いて初めてその長さを実感したような気がした。マサラタウンを出発してから早3時間。途中でところどころで休みながら進んでいるため、多少時間はかかったが、やっとマサラタウンとトキワシティの中間あたりには来ているようだった。 クレナは体力的には自信があったため、道中はずっと、横を歩いているピカチュウの事を気にかけていた。よくもこうも小さな体でも、こんなに長い間歩き続けることができる事に、ポケモンの強さを知りながらもクレナは関心した。 かという自分も、自分自身の体に違和感を感じていた。 学校に通っていた時も、体育の成績は他の生徒に比べてずば抜けていた。別に普段から特別な運動をしてるわけでもなく、休み時間でも外で元気に遊ぶ、というよりは友達と雑談してるような、明るいが比較的おとなしい生徒だった。 「あの子には何か特別な血でも混じっているのかも」 他の生徒も教師も口を揃えて言う。おそらく彼らは冗談でこんなことを言っているのだろうが、実際このことは否定はできない。 クレナはオーキド博士の実の子でも、孫でもない。血のつながりなどまったくなかった。 クレナは小さいころからずっと父親も母親もいないことに、前々からは気づいていた。博士は無理にそのことを隠していたようだが。さすがに16にもなれば、自分はこの家の家系ではないのでは、と気づくのも無理はない。それにひそかに、クレナは自分は普通の人間じゃないだろう、ということを、ある理由をきっかけに感づいていた。 出発の2か月ほど前に、クレナは博士を問いただした。博士もいい加減隠し通すのは無理だろうと判断したのだろう。クレナはその時に、自分は養子であり、3歳の頃から博士の家で暮らしていた、ということを聞いた。前々からうすうすと感じてはいたが、それが現実であると教えられたショックは大きかったらしく、しばらくは博士とも口を聞かなかった。 それから1週間ほど経っただろうか、急にクレナの方から博士に願い出た。 「私、自分を探す旅に出たい」 はじめ聞いたときには博士も戸惑った。クレナが養子となる前にどんな事情があったのか、博士自身もまったく知らない。どうして彼女が博士の養子となったのか、なども、博士は「捨てられていたのを拾った」としか教えていないし、これ以上の説明のしようもなかった。彼女に関する秘密の手がかりはほぼゼロに等しかった。が、真実を彼女に打ち明けた以上、止めるわけにもいかない。年齢も年齢だし、世界や自分を見つめるには十分であろう。それに散々考えた上での彼女の結論だったのだろう。とりあえず学校が長期の休みに入るまでは旅立たない、という条件で、クレナを旅立たせることを認めた。 手がかりがゼロな以上、クレナに行く宛もない。とりあえず多くの人がいるような、マサラタウンの外の世界へと、彼女は行くことにした。 人口が多いとされるカントー地方の中心地へ行くためには、マサラタウンからはトキワ、ニビ、ハナダという3つの都市を経るような、カントー地方の南西から北にかけて大回りに進まないといけない。そのため、まずはトキワシティからニビシティへと行くために、北へ進む。 そのトキワシティへの道、1番道路。マサラタウンから旅立つポケモントレーナーが必ず一度は通る道。野生のポケモンもそこまで強いものはおらず、かけだしのトレーナーにはいろんな面で良い所―――のはずだった。 「…おかしいわね」 クレナの足が止まった。横を歩いているピカチュウもそれに気づき、クレナの方へと不思議そうに顔を上げた。 「こんなに歩いているのに野生ポケモンとまったく遭遇しないなんて」 いつも自転車で通っているときででも、急に前を野生のポケモンが通ったりして危ない思いをすることがしょっちゅうあったのが、今日はこんなに長く歩いているのにそれがまったくない。ポケモンの姿どころか、気配さえない。立ち止まると、静かにそよぐ風の音しかしない。他に人がいないことは、マサラタウンからトキワシティの間を行き来する人間がほとんどいないことからわかってはいたが、野生のポケモンがまったくいないのは不思議だった。 「…ピカ!?」 横にいたピカチュウが急に耳をピンと立てて鳴いた。まるで何かを察知したかのように。 「どうしたの、ピカチ―――」 「ピッカ!」 クレナが問いただす前に突然ピカチュウは前へと走り出した。道なりにピカチュウはそのまま真っ直ぐに、今まで歩いていたときの二足歩行ではなく、両手も使って全速力で走る。小柄なポケモンだけにその速さは尋常でない。 「ちょ、ちょっと!」 ピカチュウを引きとめようとクレナが手を伸ばしたがもう遅い。 「…んもう」 ため息を混ぜつつも、クレナはピカチュウの後を追うように走り出した。 ピカチュウは急にその足を止めた。 後を追ってきたクレナもやっとのことでピカチュウに追いつく。少々息を切らしながらピカチュウの方へと目を向けた。 「もう、何なのよいったい! 勝手に走り出したら困…」 「ピカ!」 クレナの言葉を遮るかの様に、ピカチュウは声を出し、手を前に突き出した。何かを指しているようだった。ふとクレナはその方向へと目をやった。 向こうの方で明らかにポケモンと思しき密集ができている。どうやら野生のポケモンのようだ。だが、明らかにそこにいたのは、ここ周辺では見ない種類のポケモンだった。 「…オニスズメ?」 ピカチュウと大体同じくらいの大きさで、茶色の鳥ポケモンだが、気性が激しいために、よくかけだしのトレーナーが生半可な気持ちで挑んで返り討ちにあう話は有名である。単独で行動するよりかは群れで行動することが多い。どうやらあそこにいるのも群れのようだった。 オニスズメなんて普段こんなところにいるはずはない、生息地が違うはず―――。 ―――いや、よく見るとオニスズメだけではない。 オニスズメたちの群れの中に一つ、明らかに茶色に混じって緑色のポケモンがいる。 「あれは…」 明るい緑色の体に、真っ先に目に入る両手にある銀色に輝く鎌。あまり長距離を飛ぶのには適さないような虫の羽。 「…ストライク」 クレナはそのポケモンを見てそう漏らした。 ストライクは本来カントー地方では南東部にしか生息せず、さらにその生息域でもめったにお目にかかれないようなポケモンだ。 ストライクも本来は群れで行動するようなポケモンだが、あそこにいるのはどう見ても一匹だ。しかも、遠くからでも分かるくらい、体にはあざが多数あるのが確認できるし、深そうな傷からは、程度は浅いが出血も見て取れる。だが自分の体を気遣う素振りも見せずに、ストライクは周りにいるオニスズメ達のことを睨み付けている。 どうみてもシチュエーション的におかしい。まるで、オニスズメ達がストライクを襲っているかのよう…。 「グエエェェ!」 けたたましい鳴き声と共に、オニスズメ達が一斉にストライクに飛び掛る。襲っているかのようではない、現にストライクに襲い掛かっている! 一瞬で起こった出来事を前に、クレナはとっさにストライクを助けなくては、と察知した。今はストライクを助けなければならないと、誰かが教えてくれたわけでもなく、そんな風に感じた。何故だかは、分からないが。 「助けるよ、ピカチュウ!」 「ピッカ!」 視線は共にポケモンの群れにあり、お互いあわせなくとも、ピカチュウはクレナの呼びかけに答え、クレナとピカチュウは前に走り出す。 「ピカチュウ、《でんきショ…」 クレナがそう、ピカチュウに指示を与えようとした、ちょうどその時だった。 「―――魔神剣!」 低い、しかしはっきりした声でそう聞こえた。 クレナ達の視線の先に急に衝撃波が走るのが見え、襲い掛からんとするオニスズメ達を巻き込み、衝撃波が地面をえぐる! 衝撃波によって生み出された風は、まだオニスズメ達から離れた位置にいたクレナ達の所まで押し寄せる。その風の勢いに、クレナもピカチュウも両腕で前を押さえ、飛ばされんとする体を支える。 風が止み、クレナはおおっていた両腕を下ろし、目を開く。目の前には今の衝撃波をまともに食らって意識を失ったであろうオニスズメ達が倒れている。 その先には息を切らしながら立つ、右の鎌を横になぎ払ったと思われるストライクの姿。その目の前には、地面が深くえぐられた跡がはっきりと残っている。 「―――まさか今のって…」 クレナが先にいるストライクを見つめて口を開く。 「あのストライクがやったっていうの…?」 「お前達、ここは危険だ! 今すぐに逃げろ!」 驚きを隠せない、といった様子のクレナに追い討ちをかける。 ―――ストライクが、…喋った!? 明らかにストライクは口を動かして喋っていた。 「グエッ! グエエェェェ!」 仲間が一瞬で倒されて、残りのオニスズメ達は興奮を抑えきれない。 「聞こえないのか!? おい!」 ―――やはりストライクはどうみても喋っている…いや、今は叫んでいるようだが。 「グエッ!」 ストライクの叫んでいる対象を認知したのか、群れの中の一匹のオニスズメが、クレナ達に気づき、鋭く鳴いた。それを聞き、周りのオニスズメ達も一斉にクレナ達を睨み付ける。どうやらクレナ達まで敵だと認識されてしまったらしい。その時初めてオニスズメ達の目が、血走るような真っ赤であることを遠くからであるが気づいた。 「グエエェェッ!」 突然一匹が咆哮した。それを合図に、立て続けに2匹のオニスズメがクレナ達へと襲い掛かってくる! 反射的に目をつぶり、両腕を前にして防御体勢をとるクレナ。 「―――あぶないピカ!」 さっきのストライクと思しき声とはうって変わって、高い声がそう叫んだ。 次の瞬間、ドスッ、と鈍い音をたて、「グェッ」という小さい鳴き声が聞こえたかと思うと、何かが地面に落ちることがした。 恐る恐るクレナが目を開けると、―――ピカチュウが小さい体を空中で回し、飛び掛るオニスズメに小さな足で蹴りを一発入れていた。 先ほどと同じ、グエッ、という鳴き声を発し、オニスズメは前へと吹き飛ばされた。体にわずかに電撃を走らせ、オニスズメはそのまま地面へと落ち、地面を滑るようにして吹き飛んだ。明らかにピカチュウの体格からは考えられないほどの威力。 よく見ると自分の目の前にもオニスズメが一匹倒れていた。まだ体に電気がわずかにほと走っているのが見える。 「クレナちゃんは、早く逃げてピカ!」 そう声がしたほうをクレナは見た。そこには先ほどオニスズメに強烈な蹴りを決め、そしておそらく目の前に倒れているオニスズメも倒したであろう、さっきまで連れていたピカチュウがいる。 ―――ピカチュウまでも、喋っている!? 考える余裕もなく、ピカチュウは前に走り出した。残りのオニスズメ達も、ストライクとピカチュウにほぼ二分となって襲い掛かる。 クレナはその様子を呆然として見つめていた。というよりは、呆然と考えながら見つめていた。 明らかに普通のポケモンを逸脱した力はもちろんだが、何よりポケモンが喋っていることについては、まったく理解のしようがない。 「―――後ろ!」 自分に襲い掛かるオニスズメ達をなぎ倒していたストライクが急にクレナに向かって叫ぶ。 反射的にクレナは後ろを振り返った。一匹のオニスズメがクレナめがけて襲い掛かってきている! そのことに前にいるピカチュウもとっさに気がついたが、…間に合わない! 「―――っ…!」 クレナが声にならない声で叫ぶ。―――使うしか、ない。 とっさに両手を胸の前に出し、手のひらを向かい合わせる。クレナの周りに、急にゆるやか風が起こる。そして、右腕を上に高く突き出す。 「―――ファイアボール!」 突き上げた右の手のひらから、大きめの火の玉が数発、真上にあがったかと思うと、次の瞬間、自分に襲い掛からんとするオニスズメに向かって襲い掛かり、オニスズメの体にぶつかり、オニスズメを焼き尽くす! 「グエエエェェェェェェッ!」 けたたましい叫びが響き渡ったかと思うと、まともに火の玉を食らったオニスズメはその場で地面に落ち、意識を失った。体には軽い火傷が見て取れる。 「な、なんだ…今のは…!?」 「クレナ…ちゃん…!?」 ストライクもピカチュウも、クレナの行動に驚きを隠せない。 「グ…グェッ、グエェェェッ!」 急に残ったオニスズメのうちの一匹が叫び、急にその場から飛び去る。 それに呼応するかのように、残ったオニスズメ達も、鳴き声をあげて次々と飛び去っていく。さすがに勝てないと判断したのだろう、オニスズメの群れのうち無事だった者達は急いで逃げていく。 全てのオニスズメ達が飛び去り、後にはストライク、ピカチュウ、そしてクレナだけが残った。 「…クレナちゃん?」 ピカチュウがゆっくりとクレナの方へ近づく。 「…逃げられるわけ、ないじゃない」 息を切らしながらクレナは言った。 「目の前で傷ついてでも戦ってるのを見て見ぬふりして、なんて」 ピカチュウ、そしてストライクの方へと振り返り、クレナはそっけない笑顔を見せた。 「…とりあえず」 クレナは大きく息をついて、また口を開いた。 「あなた達のこと、どうやら知らないといけないみたいね」 「…お前もだろ」 傷ついた体を道路わきの木にもたらせて、ストライクは言った。 「…とりあえず話は後にしよう、まずは休まないと」 「…俺もか?」 「…当然でしょ。そんな体でまたあんなオニスズメの大群なんかに襲われたら―――」 クレナはストライクを見つめた。 「…あなた下手すると命落とすかもしれない」 「…もっともだな」 ふっ、とストライクは軽く笑みを浮かべた。 「とりあえずトキワシティまであと少しだし、そこにポケモンセンターもあるから、そこで休もう。…ピカチュウもそれでいい?」 クレナの問いに、ピカチュウはゆっくりと深くうなずいた。 |
ミャル | #4★2005.07/28(木)01:59 |
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次々ry回予定地 …はじめてみた人には「なにこれ」とか思うかもしれないけど、 ここには前に書いた分があったんですよ さっさか新しく書き換えたのに修正するんで許してくださいt_t |
ミャル | #5★2005.07/28(木)02:00 |
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元4話跡地。 ポッポとピカチュウのお話だったところですね |
ミャル | #6★2005.07/28(木)02:01 |
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元第5話跡地。 4話の続き的なストーリーでした。 覚えている人はいるのかしら… |
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