リン♪ | #1★2007.05/30(水)22:54 |
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24章〜危機〜 「一匹を倒したとしても、2匹で防御力が一匹分だったからね…つまり防御面は変わらないって事だよ。…逆に、僕が指示をするのが楽になっちゃったけれどね。」 ヤイバの『心の氷』が再び冷気を戻し、溶けた刃をゆっくり、ゆっくりと長く、元通りにしていく。 「いいや、この勝負は僕がもらう!絶対に負けたりなんかしない!」 ラズマはこう言ったが、心は不安で満ちていた。相手の体力を無くした所で一回、『不死の体』から動けなくするまでにもう一回…合計で二回も倒さなくてはならないのだ。 「ストライク、シザークロス。」 色々考えている時にヤイバが冷ややかに指示を出した。 「ティア、さっきと同じでサイコキネシス!」 ストライクの鎌が届きそうになる瞬間、その時にティアはサイコキネシスを出した。だが、ヤイバも指示を出した。 「…飛べ」 「っ!?」 初めて攻撃技以外の指示を出した瞬間だった。その指示に応じ、ストライクはダッと、星空を背景に天へと舞い上がった。そして、技を出した後の無防備なティアへと『シザークロス』を引き続き出してきた。 「ティア、避け…!?アル!!」 [ガチンッ!] 鈍い音と共に、アルの頭にストライクの鎌が当たった。…自分が身を乗り出し、体力がもう危ういティアをかばったのだ。 「(痛っ!)」 アルの体は、ラズマ達が幼少時代だった頃には村三番硬かった。その体で『突進』をすると、岩も砕けたほどだった。だが、その硬い体が叫んだ。 「(有り難う…。)」 ティアが力無い声で言った。ティアには体力はもう、無いに等しい。目は虚ろで、三分の一ほどまぶたが垂れ下がっていた。 「(いやいや…でも痛かったぁ。)」 アルがその声に反応した。アルなら『痛い』で済む問題だったが、ただでさえ体力が危ういティアなら致命傷を負っていたに違いない。アルの判断は正しかった。そして、そのアルへと、ラズマは話しかけた。 「(アル、君も、あまり無理しちゃ駄目だよ。でも、いざとなったら、頼んだよ。)」 「(ラズマ、矛盾してる〜!)」 アルの体力の事は、話をしている暇があると言うことが何よりの証拠で、まだまだ元気だった。 「ストライク…まずは一匹だけでも片付けろ。シザークロス!」 またストライクの鎌が襲ってきた。 「アル!対抗だ!鎌に向かって突進!!」 [ガチンッ!] 「ひるむなストライク。ひたすらシザークロスを続けろ!」 「アル、頑張れ!こっちは突進!!」 [ガチンッ!] [ガツンッ!] [カン!] … どれくらい長く続いたのだろうか。もう対抗をして3分以上になる。さすがに、アルの体力に限界が見えていた。 「(ラズマ…このストライク…しぶといよ…)」 さっきまでは戦闘以外の話が出来たアル。でも、今は違う。突進の反動と、相手の攻撃によって体力は減り、話すことも難しくなっている。 (一体どうすれば…あのストライクを…倒すには…) すると、ある1つの案が浮かんだ。 (そうだ、ティアと協力して攻撃すれば何とか倒せるかもしれない!…でも、アルが危ない) [カンッ!] そう考えている間にも、アルの体力はじわじわと削られていく。このままだと、アルが負けて倒れてしまう。 (…賭けてみよう。) 心の中でラズマは決めた。 「アル、一旦下がって!」 ラズマはアルに一旦下がるように指示をした。 「(ティア、もう大丈夫?)」 「(…何とか。大分休めたから大丈夫!)」 「(分かった。じゃあ、行くよ!)」 そして、ティアにも指示を出した。 「ティア、アルの周りにリフレクターを貼って!続けてその上に光の壁を貼るんだ!」 ティアは言われた通り、アルの周りにリフレクターと光の壁を続けて貼った。すると、アルは分厚い透明の、黄緑色をした壁に守られた。 「アル、その状態で突進!ティアは突進を開始したアルにサイコキネシスをして!」 「(えっ!?でも、それじゃあ、アルが倒れちゃう…)」 ティアの質問にラズマはすぐに答えた。 「(大丈夫。2人でタイミングを合わせれば絶対に大丈夫…。2人の息を合わせて…)」 ティアはうなずいてくれた。その後、アルと話を始めた。 「(5秒…5秒間のカウントダウン。そのカウントダウンが『1』になった時、アル、あなたは突進を始めて。私は『0』のタイミングであなたにサイコキネシスを出から。)」 「(OK…分かった。…ティアを信じてるよ。)」 「(有り難う。それじゃあ、カウントダウン…5・4…)」 「何を考えているかは知らないけれどね…ストライク!今だ、最後のシザークロス!」 ヤイバの指示が出された途端、ストライクは鎌を真っ直ぐに構えて動き出した。しかし、ティアはカウントダウンを続ける。途中からアルの声が入った。 「(3・2…1!)」 『1』になった時、アルは、向かってくるストライクに突進を始めた。黄緑色のアルを守っている壁はその突進を始めたアルについて行っている。と、同時に、ティアの周りに念の波長が出て、いつでもサイコキネシスを出せる状態になった。 「(0!!)」 ティアのサイコキネシスがアルの後を追いかけ、アルにぶつかった。 すると、アルを守っていた一番上の『光の壁』が割れ、一気にアルの突進スピードがグンと上がると同時に『リフレクター』が現れた。 「よし!そのスピードのまま行けっ!!」 ラズマの手は固く握りしめられ、手の中に汗をかいていた。 「カキイィィン…ガシャン!」 一瞬とても高い音が出た。すると、リフレクターは壊され、向かって来たストライクの鎌が刃こぼれし、跳ね飛ばさた。そして、そのまま地面に転がり、ドサッと倒れた。と、同時にアルも空中からドサッと倒れた。 「(うぅっ…ゴメン…ラズマ。)」 「(いいや、アルは立派だよ。よく頑張ってくれた…。ティアとの息も驚くほどだったよ。有り難う。…)」 そう言った後、倒れているアルを、ラズマは右手のモンスターボールの中へと戻した。 「…フフフ。良い『友情』って言うのを見せてもらったよ。でも…僕のストライクにはちょっとだけ甘かったんじゃないのかな?」 すると、ストライクは震えながらも立ち上がった。 「グルルル…シャァッ…」 震える声に混じった微かな叫び。それは元のストライクが出しているSOSにも聞こえる。 「嘘だ…ティ…!?ティア!」 全ての力を使い果たしていたティアは、その場に音もなく倒れていた。…ラズマは負けた。ヤイバとの勝負に負けた。 「さあ…君は負けたんだ。そこをどいてもらえないかな?」 「…嫌だ。」 バトルに負けたらこの場をどく…だが、この場をどいたら後のポケモン達が…ルールに反してでもその場をどきたくは無かった。 しばらく沈黙が続いた後、ヤイバが話しかけた。 「…約束破りって事か…ならば、ストライク!そいつを…お前の鎌で殺せ!!」 ストライクも懸命の力を出し、ラズマに凄い早さで鎌を立てながら近寄った。 「これで終わりだっ!!」 鎌がラズマに向かって振り下ろされ、ラズマは目をつむった。 「ウッ!…」 と、その瞬間 [カキイィィン…] さっきと同じ、高い音がした。何だろうと、それにつられるように、ゆっくりとラズマは目を開ける。 「っ!…これは…」 ラズマの周りに青く光る透明の盾が出ていた。…リフレクターだ。 「ゼィ…ゼィ…ゼィ…(ラ…ズ…マ…。)」 「ティア!」 声の方を見ると、そこには片方の膝をつきながらも、手をラズマの方に向け、リフレクターを出しているティアがいた。 「へぇ…まだ力があったか…なら、そっちを処分する方が先だ!ストライク!もう二度と戦えないようにしろ!」 ストライクはラズマへの攻撃を止め、リフレクターから鎌を外すと、方向転換し、ティアの方を向いた。ティアは力を使い果たしたのか、もう片方の膝も地面に付け、その場に俯せになって倒れた。 [ドサッ…] 「ゼイハァ…ゼイハァ…(ラ…ズマ…もう…動けない…)」 すると、ストライクがもの凄い勢いで動き出した。その衝撃で足下にある土や草が舞い立った。モンスターボールにティアを戻そうとするが、さっきまでは守っていたリフレクターが今度は敵になり、ラズマの行動を拒んだ。 「…とどめだ。」 ストライクの鎌がティアの顔まで近づいた時にラズマは叫んだ。 「ティアアァァッ!!」 24章 危機 終わり |
リン♪ | #2★2007.05/15(火)21:43 |
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25章〜英雄〜 [ザザッ…ヒュン!] ラズマが叫んだ後、ラズマの後ろから、何らかの影が飛び出した。 「…!?」 呆然とするラズマに目を向けもしないで、その影はストライクよりも早く、振り上げられた鎌へと向かい、鎌を右の拳で強く弾いた。 [カキンッ!] 「…何だ!」 ヤイバが驚いたように言った後、影の正体が分かった。そして、その影は『心』でこう言った。 「(フウ…危ない危ない…。)」 「(エ…エンさん!!)」 ストライクに向かって行った『影』の正体、それは、この民の長であるエンだった。エンは、ラズマの方に体を向けることなく話し始めた。 「ガルルルッ(お前があまりにも遅いから、見に来たらやっぱり苦戦してたんだな…だけれども、大丈夫だ。今から俺はお前の為に戦ってやるよ!)グルッ!」 「(あ…有り難うございます!!)」 とっさに現れたエン。そのエンは、今、ラズマ達の為に、この民の為に戦う『英雄』となった。すると、その『英雄』は、ラズマに話しかけた。 「(おっと…ちょっとコレを預かっててくれねぇか??)」 すると、ラズマの方を向き、返答も聞かずに左手に持っていた物を投げた。 「うわっ!…と…(…コレは??)」 ラズマへと投げて渡された物は、『アルデネ・レポート』と書かれていた分厚い本だった。 「(…見覚えがあるだろ??)」 確かに見覚えがあった。だが、はっきりとは思い出せない。なので、中を適当にめくってみた。すると… 「…水晶の条件…あっ!」 ラズマに渡された本、それは、ラズマ達がファイヤーの像の近くにいた時、エンが持っていた本だった。 「(分かったか??さてと…そろそろ戦わせてもらおうかな…)」 エンはストライクの方へと向き直すと、体を伸ばし、体中の関節をバキバキ鳴らせた。しばらくして伸び終わると、準備が出来た合図として、ストライクに近寄っていった。 「ガウウゥゥッ!(行くぞ!!)」 エンが雄叫びを上げたその後、エンの目つきは別人のように違っていた。 「ほう…飛び入り参加…か…ストライク!行けっ!!」 すると、ストライクは鎌をエンへと切り付けてきた。だが、エンはその鎌を避けること所か、全く動こうとしない。 「エン!」 もう駄目だと思った時、ようやくエンの右の拳が動いた。 [キン!] 力だけで切り付けようとするストライクの刃の真横をエンは右の拳で、ティアを助けた時のように弾いた。 「…『みきり』か。」 ヤイバはその技の正体を分析した。その技はヤイバの分析結果によると『みきり』らしい。 「ストライク、連続で攻撃しろ!!」 「グルッ!」 ストライクはもう一度エンを切り付けに行った。だが… [カンッ!] 同じ結果だった。エンが今度は左の拳でストライクの刃を弾いた。 「…くっ…運の良い奴め…ストライク、とにかく切り付けろ!!切り付けて切り付けて、とにかく切り付けるんだ!!」 ヤイバの言葉に応じるようにストライクの刃がエンを切り付けようと何度も何度も弧を描く。だが、その描かれた弧はエンに当たることはなく、拳によって弾かれるか、避けられて、何もない空を切るだけだった。 [カン!、カキン!、ブンッ、カン!…] 「…バカな…こんなに『みきり』は続かないはずでは…」 「グルッ、ガウ!(そんなメチャ振りしてても、当たらねぇよ!)」 そうエンはそう言った。そして、 [ブンッ] 「グルッ!(おらっ!)」 ストライクの空を切った鎌を素早く持って、見事と言うまでの『背負い投げ』を見せた。地面に勢いよく叩き付けられたストライクはしばらく立ち上がれなかった。 「…ノーダメージでカウンターだと!?」 「…カウンター…?」 ラズマからも思わず言葉が出た。ヤイバの分析の結果、今のは『カウンター』らしいが、カウンターなら、ダメージを受けた後に、そのダメージを二倍にして返すはずだ…しかし、エンはダメージ所か、かすり傷1つも付けられていない。 「…凄い…。」 「(…って…)」 「!?」 エンとは違う、とても細い心の声が聞こえた。それは、いつもラズマと一緒に旅をしていた、ついさっき、ストライクに殺されかけた『ティア』だった。 心の声の主は震えながらも足を地面に付け、立ち上がろうとしていた。 「(ティア!)」 「ラル…(私だって…)ラルウゥゥッ!!(私だって家族を取り戻したいんだからあぁぁっ!!)」 「…ティア。」 その姿にラズマは目頭が熱を持ったのを感じた。真横でエンとストライクが激戦を繰り広げる中に、2つの足で地面を踏みしめたティア。その時、ティアの体が強く光った。 [カッ!] 「っ!?」 その光った体は、ゆっくりと形を変えていった。 「…コレは…」 25章 英雄 終わり |
リン♪ | #3★2007.07/10(火)22:41 |
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26章〜進化と最終奥義〜 それは、ラズマも体験したこと…まだ鮮明に覚えていた…『お母さんに会いたい』と、強く願った時に起きたことである。 「進化だ…」 形を変え終わったと見られた時、光が段々と弱まっていき、その光の中から姿を変えたティアがいた。 頭に桃色で半円の物が2つ並び、ただの半球型だった緑色の髪の毛は肩に付きそうなぐらい伸びている。そして首から腰の辺りまでが白い衣で覆われたようになり、最後の方はほんの少しだけ撥ねていて…そこからスラッとした足が出ていた。 「…キルリアへと進化したか…だが…ダメージは変わらない!!ストライク、標的を変更して、あのキルリアへ攻撃しろっ!!」 エンに苦戦していたストライクはとっさに体制を変え、ティアへと向かっていった。 「ティア!危ない!」 進化したとしても、さっきまで倒れていた体の力は限界に近かった。だが、ティアはそんなことを表に見せることなく、ラズマに答えた。 「(…大丈夫。)」 すると、向かって来たストライクに、両手を出した。そして、それは一瞬のうちに起きた。 「キルッ!」 あっという間にキルリアの周りに半透明の、青い盾が出現した。…それはラズマを助けた技、『リフレクター』だった。だが、進化前に比べて強度、形、出現させる早さ…全てが段違いに強くなっていた。 [ガチン] 今までリフレクターを攻撃していた鎌は、今出された、より一層強くなったリフレクターによってもう一度刃こぼれした。 「くそっ…今攻撃しても無駄って言うことか…ならば…ストライク!今のお前なら『あの技』を出せるはずだ!」 「…あの技?」 ラズマも不思議に思った。最後の1つの技だろうか、とも思ったが、ヤイバの口から出た言葉は違っていた。 「ファイナルエンド!」 「っ!?…ファイナル…エンド…?」 ヤイバがその技を鋭く口にした途端、ストライクの体と言う体から黒いオーラがにじみ出た。 (…夜なのに…黒さが分かる…。) 辺りは夜。明かりと言えば散りばめられた星達の光、雲にかくれている月から出てくるにじんだ光…それだけだ。しかし、そんな暗い夜の中でもストライクの体からの黒いオーラが出ているのが見える。 そして、オーラを完全にまとったストライクにヤイバが静かに言った。 「…行け。」 [フッ…] 突然ストライクが残像だけを残して消えた。 「!?…何処だ!?」[ガチイィィンッ!] ラズマが言ったすぐ後、ストライクはエンに向かって攻撃を仕掛けていた。 「(エンさん!)」 エンはストライクの技を先ほどと同じように拳ではじき返していた。だが、先ほどとは違う所が1つだけあった。 [カン カチン カンッ カキン カン ―] 「(…ちくしょう…こいつ…早い…。)」 音と音の間がほとんど無い…つまり早さが桁違いに早くなっていた。そのスピードに、さっきは余裕だったエンがかなり苦戦している。 「…驚いたかい?」 エンが苦戦している所でヤイバが話しかけてきた。 「『LI−0』の本当の威力、『ファイナルエンド』。スピードと攻撃面、持っている限りを出し切り、相手にぶつける…。良い技だろ?」 「!?…全てを…持っている限り…?」 「そうだ。…例えどんな身になっていても。」 その一言にラズマは有る事に気付き、ヤイバに投げかけた。 「そんな事したらストライクが…」 「構わない!」 ラズマの一言はヤイバによってあっけなく消されてしまった。 [カチン カン カコン キンッ ガシャンッ ―] 目に有るはずの光を失われ、ただ一心に刃こぼれした鎌を振るストライク、そのストライクの攻撃をギリギリで守り、苦戦しているエン… 何故このようになってでも戦う必要があるのか?主人の言葉はどんな事でも絶対なのか?…他の場所でも『黒龍』はこのような事をしているのか? ラズマの頭に次々と疑問がよぎる。 「長い…ストライク!標的を変えろ!」 ヤイバの言葉にラズマの疑問は一瞬にして散り、目の前の光景に戻された。と、同時に恐れを抱いた。 (標的を変える…っ!!) 「ティア!危ない!」 標的を変える…それは無防備なティアへと攻撃の矛先を変えるという事だった。 [フッ…] 「(えっ?)」 またもや残像を残し、ストライクは移動した。そして、風のごとくティアの前に現れると、ティアがリフレクターを出す前に、鎌を下から上へと、顔をめがけて振り上げた。 「キルッ!?(リフレクターが出ない!?)」 短時間の間に何度も出されたリフレクターは発動されなかった。ティアは絶望を覚えた。と、その時 [ザザッ…] 「(…っ!?エンさんっ!!)」 鎌が振り上げられている途中でエンがティアの前に立った。…自分がティアの盾になろうとしていた。 そして、鎌は容赦無く振り上げられては速度を増し、本来であればティアの顔面である位置、エンのみぞおちへと進んでいた。 [ヒュンッ…] 「(エンさん!)」 エンのみぞおちへとストライクの刃が入り込んで行き、エンを真上に、大きく飛ばした。 「…グウゥッ!」 真上に飛ばされたエンは空中で一回転をした。飛ばされたエンの口元に赤く光る物が散っていた。血だろうか…だが、よく見るとそれは血ではなく、火の粉だった。 ―「どうだい?俺の炎は!」― ふと頭によぎった言葉。その言葉にラズマは気付くと、ティアに指示をした。 「っ!…ティア!『光の壁』!」 目の前でエンが飛ばされた光景を見て、頭が真っ白になっていたティアは、その声によって我に返り、答えた。 「ルッ?キ〜キ〜…?(…えっ?でも相手のストライクは物理攻撃だから意味がないんじゃ…)」 「(良いから早く!とにかく厚くして!)」 ラズマは焦っていた。エンの口元を見てみると、赤い火の粉がどんどん集まっていた。 そして、すぐにティアの周りに黄色い半透明の壁が何重にも現れた。 と、その時エンが大きく深呼吸をし、息と共に大きな炎を吐いた。 [グオオォォッ!] 勢いよく出された炎は柱のように太く、真っ直ぐストライクに当たっていた。 その炎のせいで暗かった辺りは一変し、赤い光を皆の目に映し出させた。 ラズマはこの事を予測し、エンの真下にいたティアに分厚い『光の壁』を作らせていた。 「グゥゥゥッ…フシャアァァッ!」 激しく燃える炎を真に受けて、ストライクは苦しくもがいた。 [ドスッ!][ドスッ!] エンが地面に付く…口から出た炎が止められる…ストライクが地面に倒れる…全ては同時に起こった。 「…こいつが倒されてしまったのでは仕方ない…」 地面に落とされた、ピクリとも動かないストライクをヤイバはモンスターボールへと戻した。 「ヤイバ…何でそこまでしてポケモンをこんな目に遭わせる!」 するとその言葉を聞いていないかのように、ラズマは気が付かなかった、首からぶら下げていた鉄製の小さな笛を取り出し、吹いた。 [ピー―ッ…] 高い音が暗い夜に響き渡った後、ようやくラズマへと言った。 「私は…『あの』方を信じて動いているだけだ…。」 それは今までに聞いた事のない、悲しみに満ちた声だった。 言い終わると、ヤイバはラズマから目をそらした。同時にヤイバの特徴である白銀の髪が月光に照らされ、淡く輝いた。 と、さっき吹いた笛の音のような音が返ってきたと思うと、月明かりに照らされ、一匹のポケモンがこちらに飛んできた。…ムクホークだった。 ムクホークはスピードを緩めず、こちらに飛んで、ヤイバは慣れた手つきでムクホークの足に捕まった。 「っ!?」 ヤイバとムクホークはラズマの元へ向かった…と思うと、手に持った有る物を盗り、飛び立った。 「…これは活用させてもらう。」 『アルデネ・レポート』…それをヤイバは片手に、飛び去っていった。 26章 進化と最終奥義 終わり |
リン♪ | #4★2007.06/03(日)00:12 |
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27章 ネックレス (…ヤイバ…何を求めているんだ…。) 月星の明かりに照らされたヤイバとムクホークの影が見えなくなってもラズマはまだその彼方を見ていた。 ―「私は…『あの』方を信じて動いているだけだ…。」― その言葉が頭に残る。そして共に、ヤイバの悲しげな声も。 (ヤイバはああ言った後、『アルデネ・レポート』を盗っていった。 エンさんから預かった『アルデネ・レポート』を …?エンさん…?…ハッ!!) みぞおちに鎌を埋め込まれたエンの事をすっかりと忘れていた。ラズマはエンの方へ体を向けた。 「エンさん!」 「グゥ?(ん?何だ?)」 「…ぇ?」 顔と顔がぶつかりそうなぐらい近い距離でエンはきょとんとしたラズマをまじまじと見ていた。…と言うのも、きょとんとしていられないはずがない。 確かに鎌はエンのみぞおちに入り込んでいた。それもストライクの限界の攻撃、エン自身が真上に飛ばされるほどの勢いだった。 だが、エンはピンピンしていて、いつの間にかラズマの真後ろにいた。 「…何でそんなに元気なんですか?」 「グルッ…ルッ(あぁ…コレがな…)」 そう言うと、エンの首から胸元まで、ラズマには気が付かなかったある物が掛かっていた。 「…ネックレス?」 形は十字架…銀色をしている。 「コレがな、あいつの鎌を止めてくれて助かったんだ。」 みぞおちに入った鎌はエンの胸元にあったネックレスに当たり、それが力を分散せ、彼の命を救ったのだ。 「へぇ…。」 [ピッピ…ピッピ…] そうラズマが言った時、地図が鳴った。ラズマは地図を取り出し、開いた。すると、画面が宙に打ち出された。 「[シュンッ…]こんな遅い時間に済まない。」 「ウェイさん!…どうしたんでしょうか?」 ラズマを呼び出したのは風の民にいるウェイだった。 「実は、そちらに『黒龍』が向かっていたとの報告があったので、連絡したのだが…大丈夫そうだな。」 黒龍が向かっていたので心配して連絡してくれたらしい。だが、黒龍はもう来ていた…今はいないが。 「いえ、先ほどこの民に黒龍が来て、危ない所をこのエンさんに…あれ?エンさん?」 エンがいない…と思ったら、ゆっくりゆっくりと逃げていた。エンはラズマに呼ばれ、少々驚いた様子だ。 「おっ、エン、久しぶりだな。…ずいぶんと上達したな…逃げる事も。」 逃げていたエンの背中を画面越しに見ながら、ウェイが皮肉に言った。次に、その会話に疑問を持ったラズマが話した。 「…あれ?…お二人とも知り合いですか?」 「あぁ。…私は元々火の民の村長だったのだがね…風の民の元村長が亡くなってから私が風の民に移動、副村長であった彼が、今の火の民の村長になったというわけだ。」 「へぇ…」 過去にはそのような事があったのだ。 「で、エンの首に『大事な物』をぶら下げて火の民を去ったのだが…君はそれをもらったのかな?」 「いえ、まだ…。」 「…そうか。エン!今お前が首に掛けている物をその子に渡してくれないか?…彼こそ、今回のアルデネを救う『神』だ。」 『神』とまで呼ばれると、少々照れる。 「…ハイハイ。…結構気に入っていたんだけれどな。」 エンはしぶしぶとネックレスを首から外し、手に持った。それをラズマに差し出した。 「…今日からお前の物になる。きっと旅先で助けてくれるさ。…受け取れ。」 そうエンが言い、ネックレスを差し出した。そして、ラズマが「はい」と言い、受け取ろうと手でネックレスに触れた。すると… [カッ!] ネックレスは強く白い光を放った。そして真ん中に透明の宝石のような物が出てきて、それが青、赤、青、赤…と、順番に色を変えながら光った。 しばらくすると、ネックレスを包んでいた白い光は消えたものの、宝石の中に入っている青と赤の光は延々と光っていた。 「それは君の得た水晶を力とし、一度だけ、全ての民にある七つの水晶の力がそろった時に、掟を破るような力を君に貸してくれるのだよ。」 「…掟を破る力…?」 「あぁ。今まで君が得た水晶よりも遙かに大きい力だ。」 この小さなネックレスには、世界を左右する力が秘められているらしい。 「ほら、早く首に掛けてみろよ…。」 ふとエンに急かされ、ラズマはネックレスを首に掛けた。…背丈が高く、首の太いエンでちょうど良い長さの物だ。擬人化したラズマでさえ、やや長めの物だった。 「これで、お前の旅は、楽になるだろう。…それは神だけが付けられる物…故にそれを見せれば君が神だという事がすぐに分かるからな。」 (…これが…神の印…) それは、ほんの少し心もとなく、同時に大きな可能性も秘めている物だった。 27章 ネックレス 終わり |
リン♪ | #5☆2007.06/05(火)22:38 |
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28章〜神の力〜 何はともあれ、このネックレスはとても貴重な物なのでラズマは2人にお礼を言った。 「有り難うございます!」 ペコッと一つお辞儀をすると、エンが唐突に話しかけた。 「所で、お前のお供、大丈夫か?…今回の戦いで大分疲れたんじゃねぇのか?」 「あっ…」 ラズマは擬人化ボタンを急いで押して、ポケモンの姿に戻った。と、同時にティア、アル、ガルの3匹は機会の中から出され、地面でスヤスヤと寝息を立てていた。 「…もう、寝ちゃっているみたいですね。」 「さっきの戦いで、殆どの体力を使っちまったんだからな…そっとしておこう。」 「はい。」 そうラズマは答えた。だがその後、ピンと立っていた耳はシュンと垂れた。 「エンさん…」 元気のない声がエンの耳に入ってきた。 「ん?どうした??」 「あの…黒龍に、『アルデネ・レポート』を渡してしまい…本当に申し訳ありません…。」 ラズマは悔いていた。自分の不注意で本を敵に渡してしまた事を。 そして、その本を活用させてしまったら今後の黒龍の活動は一層増すだろう…とも思っていた。 痛い言葉が返ってくるのを覚悟してラズマはエンに言った。だが、返ってきた言葉は予想とは違っていた。 「なぁに、大丈夫だ。あの本はこの国、『アルデネ』について記されている本だ。つまり同じ本はこの国に幾つもあるんだぞ?」 その言葉を聞いて、ラズマはほんの少し元気が出た。 「それにラズマ、その本の内容はもう既に『ソコ』に有るんだぞ??」 ウェイが入り込み、視線を画面越しにエンの方に向けた。するとエンはカチッと固まった。 「私が火の民を去る時にネックレスと同時に渡した言葉を覚えているよな…エン?」 固まり続け、冷や汗まで出てきたエンに視線を鋭く向けたままウェイは淡々と喋り続ける。 「『本の内容を良く覚えておくように』…と。」 固まったエンはやっとウェイの方を向くと、動揺しつつ、口をへの字に曲げ、首を横に何度も振った。 その姿にウェイがため息を一つ付くと 「…覚悟はしていた物のの…まぁ仕方がない。今から風の民の『アルデネ・レポート』を2冊渡す。」 エンの口から不安をなで下ろすかのようなため息が一つ付いた。 「一冊はエンに。そしてもう一冊はラズマに…旅の先で役に立つ事を願う。分かったならエン、早く行動をしろ!」 「な…何で俺が…」 「つべこべ言わずに早く!」 ウェイが言い訳を断ち切ると、エンは舌打ちをし、地図の右側にある3つのボタンのうち、一番上のボタンに手をかけた。 「…?」 火の民に付いた時にウェイから地図の説明を受け、ボタンの真ん中は『検索』、一番下は『通信』と言う事を教えてもらったが、一番上のボタンは教えてもらっていない。 ラズマはそのボタンが押される所をワクワク、同時に少し警戒をして見ていた。そしてエンが一番上のボタンを押した時、ウェイも同じボタンを押したらしい。 [[カチッ]] ボタンを押すと同時に画面が澄み、映像とは思えないほどの透明感が出た。そしてウェイは口に『アルデネ・レポート』を2冊くわえ、画面に向かって投げた。するとどうだろうか。画面を通して本が2冊、綺麗な放物線を描きながらドサッとこちらの地面に付いた。 「えっ?えっ?えぇっ!?」 ラズマは戸惑った…いや、戸惑わずにはいられない。画面を超して物体が移動したのだから。 その様子を見てウェイは説明をした。 「今のはあの地図の最大能力で、『空間接合』だ。今のボタンを同時に押すと、押した所同士の空間が結べ、物質の移動が出来るようになる。…分かったか?」 つまり、ウェイは先ほど、文字通り画面の向こう側にいたと言う事だ。 「だけど、空間を無理矢理繋げるから、そう長くは使えねぇんだよ。」 エンがフォローするかのように言った。ウェイをもう一度見ると、確かに画面の透明感は消え、ただの映像になっていた。恐らく空間の接合が解除されてしまったからだろう。 「ほれ。」 ラズマが考えていると地面に落ちた本をエンが拾い上げ、ラズマに差し出した。 「あ、有り難うございます。」 ウェイから差し出された物をラズマが受け取ると、パッと中を見てみた。先ほどヤイバに盗られた物と同じ内容があり、同じ事が書かれていた。 「…お前も疲れただろ?明日の為にも、もう寝たらどうだ?」 ウェイが話しかけた。今は深夜の12時なのか1時なのか…ただ、周りはとても暗く、その分星が瞬くのがくっきりと綺麗に分かった。 「…そうします。今日は有り難うございました。」 「私も君と話が出来て良かった。…では。」 [シュンッ…] 挨拶を交わすと地図をしまった。と、同時に本も機械の中にしまった。 「それじゃあ、俺はこいつらを寝室に運ぶからな。ついてこいよ。」 エンがそう言い、ラズマはその後ろについて行った。 しばらくすると一番始めに入った工場に着き、その二階に上がり、寝室に付いた。 「それじゃあ…また明日。」 エンが皆をそれぞれベッドにおろし、階段を下っていくと、ラズマはすぐにベッドに入り、寝込んだ。 [スーッ…スーッ…。] ―――――――風の民――――――― 「私も君と話が出来て良かった。…では。」 [シュンッ…] 地図の電源を切り、ウェイは急成長をしているラズマの姿を頭に浮かべて、穏やかな笑みを作っていた。と、その時、 「ウェイ…」 ウェイは声のする方にさっと顔を向けた。 「はい、村長。どうなされましたか?」 声をかけたのは村長の『ヤドキング』だった。 「客が来ている…迎えてくれないか?」 「はい、承知しました。」 村長の言葉にためらうこと無く答え、門の前に移動しようとした。だが、そこを村長に止められた。 「ウェイ、『コレ』を…。」 そう言うと村長は、ラズマがつい先ほどもらったネックレスと同じ物をウェイに渡した。 「…?」 一瞬ためらったが、村長からネックレスを受け取り、村長の笑顔を見ると、ウェイは門の前へと駆けた。すると、門の前にはもう既に、客がいた。 「ガウゥッ…(ようこそ。)」 「…ご丁寧に。有り難うございます。」 その客は高い身長の先にある頭を下げ、すぐに話に取りかかった。 「…水晶の事は私も理解しています。どうかその力をいただけないでしょうか?」 「…グルルッ!(…何故だ!どのような悪事に使う!!)」 戦闘態勢むき出しのウェイに、客は一瞬息詰まったが、ウェイが持っているネックレスを見つけると、 「…失礼。」 と言って、肌色をした五本の指がある手で触れた。すると、ネックレスは突然輝き、真ん中に宝石のような物を出した。 「(ハッ…!!)」 「…ご理解有り難うございます。」 客がそう言うとウェイからネックレスをもらい、水晶の場所へと移動した。客の後をウェイはついて行った。 客が水晶に手をかざすと、水晶は答えるかのように輝き、青色の光をネックレスに入れさせた。 「…急いでいるので…これで失礼。」 客がそう言うと、モンスターボールから、『カイリュー』を出し、それに乗り、遠くへ飛び去った。 「…今回は2人、選ばれたか。」 ウェイは静かにそう言うと、戻っていった。 28章 神の力 終わり |
リン♪ | #6☆2007.06/14(木)22:17 |
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29章〜水晶〜 >夢の中の世界は、シャウルとゆっくりと対面出来る唯一の場所だ。しかし、今、ラズマは話す気力がなく耳をだらんと垂らし、考え事をしていた。 >「…ラズマ…」 >シャウルが心配し、一歩踏み出して話しかけて来てくれた。 >「…怖かったんだな。」 >当たりか外れかは言うまでもなかった。 >例えシャウルが『神』ではなくても、例えラズマの心の中に入っていなかったとしても、その事は分かるだろう。 >「…僕は…」 >ラズマがようやく口を開いた。しかし、その口から発せられた言葉は弱々しく、いつも話している声とは別人のようだった。 >「僕は…仲間を殺させかけてしまった…。」 >先ほどのヤイバとの戦いが目の裏に甦ってくる。…倒れたティアに鎌を振りかざさせてしまった。エンのみぞおちに鎌を埋め込ませてしまった。 >…いずれにせよ、助かった事だが、一つでも間違えていれば誰かの灯火が消えてしまったのかもしれない。 >「誰かが消えてしまうのが…怖いんだ…。どうすれば誰も傷つかないで終わらせられるんだ…どうすれば」 >「強くなればいい。それだけの事だ。」 >「…えっ…」 >迷いをシャウルが断ち切った。 >「もしも誰も傷つかせたくないと思ったならば、ラズマ、お前が誰よりも強くなり、このアルデネ国を救えばいい。ただそれだけの事だ。」 >あまりにも単刀直入の答えだった。だがその分疑問も浮かんでくる。 >「…強くなるって…」 >「お前の力、その一つが僕でもある、だが、僕の力は…この世界に点々と存在する物だ。」 >「…!!…水晶?」 >「…あぁ。」 >シャウルの話によれば、水晶とは『神』の力を上げるだけではなく、『神』が住んでいる生物その物とのシンクロ率も上げるとの事だ。 >「つまりシンクロ率を上げればシャウルの力を僕が引き出しやすくなって、浄化もしやすくなる…って言う事?」 >「そうだ。」 >となれば一刻も早く各場所に散らばった『水晶』の力を集める必要がある。だが、そうするとなると引っかかる物がある。 >「…でも、やっぱりこのペースだと『黒龍』に先を越されちゃうよ…。」 >「…確かにそうかもしれない…だが、民にいる時間を短くすれば、上手くすれば1日に3つの民を動けるかもしれない。」 >民にいる時間を削る…ラズマの思いもしなかった答えが出てきた。そのシャウルの言葉に >「…分かった。」 >とラズマは言った。 >「…明日から行動に移ってみるよ。…シャウル、色々と有り難う。」 >「…僕はただ君の笑顔が戻ればそれだけで十分だ。」 >「えっ…」 >シャウルはラズマの元気を戻す為に話をしてくれたらしい。 >(…わざわざそこまで…。) >しばらくその有り難さに浸っているとシャウルが話してきた。 >「…所で、風の民の水晶の力だが…有効に使わないと『水晶』としての役割を最大に活用出来ない。君によって得た力は君によって動き、君の考えに左右される。…水晶を生かすも殺すも君次第だ。」 >つまりシャウルは『最大限の活用をしろ』と言いたいのだ。 >風の民の水晶の力はラズマが想像して作った『瞬時回復能力』。だが、一度しかその力を使っていないので心配していたらしい。 >「…了解。」 >うっすらと笑みを浮かべ、ラズマは返事をした。 >「そしてもう一つ。」 >お礼の意味も含めてラズマは耳をシャウルに傾けた。 >「…その水晶の力の『名前』だが…偶然か?」 >「…!?」 >風の民の水晶の力、その名前と言えば、ラズマが考案した…『シャウナ』だ。 >予想もしなかった質問にラズマは一瞬戸惑った。そして >「えっ…?あっ…うん。」 >とだけ返事をした。 >「…そうか。…『出来れば』だが、その名前を変えてもらいたいのだが…」 >シャウルから発せられた言葉は、少々な恥ずかしさを伴っていた。 >「…似ているから?」 >ラズマがそう質問したら、シャウルは黙り込んでしまった。…当たりらしい。 >「…『できれば』で良い。」 >「それじゃあ…『ライナ』で。」 >シャウルの気持ちが何となく分からない訳でもなかった。さすがに自分と似ている名前を散々言われては面倒だから。 >「…礼を言う。」 >まだ恥ずかしさを後味として持ったままシャウルは言った。 >ラズマは一つニコッと笑うと、そろそろ時間だから戻る、とシャウルに告げ、夢から覚めようとした。 >「それじゃあ…今日も仲間と一緒に成長してくるね。」 …[スウッ…] (…何だかシャウルが積極的になっているような気がする―) 夢の中での話を思い出しつつ、ラズマは思った。 そして突然の変化の為に起きた面白さかから、自分を信頼してくれている気持ちが伝わって来た嬉しさか、本人でも分からない笑顔がラズマの顔には映っていた。 29章 水晶 終わり |
リン♪ | #7★2007.06/28(木)23:59 |
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30章〜火の民出発〜 太陽はまだ起きたばかりなのに皆を光ではげましていた。その光が窓からガラス越しに入り、ベッドから起きたばかりのラズマの顔に影を付けた。 その顔からは、先ほどまであった笑顔は消え、厳かな表情を浮かべていた。 (…今日から水晶の力を意図して集める。そして…絶対に黒龍を滅ばせる。) 目標の高さは、誰よりもラズマ自身が実感している事だ。だが、彼の眼差しには、信念を絶対に貫き通すと言う堅い心が映っていた。 [スゥーッ…ハーッ] 一つ大きく深呼吸をした。すると不思議な事に、勇気がわいてくる。 (そう言えば…これもお母さんから教えてもらったんだっけ…。) もし決意をした時には必ず深呼吸をしなさい。今までの迷いを捨て、新たな目標を見えやすくする為に。…と、ラズマは母から教えられた。 「…よしっ!」 外に出ようと思い、ベットから勢いよく飛び降りると、階段を降りていく。と、その途中、光を通している窓から外の様子を見た。 『工芸の街』とも呼ばれる『火の民』に所々飾られている小さな像、一つ一つが光を浴びて輝き、像に灯る魂を一層大きくしていた。遠くの像から近くの像へと目を移していくうちに、ラズマは有る事に気が付いた。 (あれっ…ティア、起きていたんだ。) ラズマが気付かないうちにティアは外に出ていた。昨晩進化したてのティアの体は、時には美しくしなり、時には弾むようにして、時にはもの凄い速さで、ラズマ達のいる家の周りを廻っていた。 そんなティアに誘われるようにラズマは階段を早足で降り、外に出た。部屋にいた時と比べて日光の量が格段に違ったため、思わず目を手で擦った。 手が目から離れた時には、ティアがラズマの前にいた。そしてラズマがようやくティアの姿に気付くと 「おはよう。」 と顔をやや右に傾けながら笑顔で言った。傾けた時に新芽のような黄緑色の髪がフサッと揺れた。 「うん。おはよう。」 ラズマは挨拶と笑顔をティアに返した。そして質問もした。 「何で家の周りを廻っていたの?」 朝早くから、しかも様々な形で家の周りを廻っていたのには何か訳があるはずだ。その質問にティアは優しい声色で話した。 「この体に早く慣れようとして廻っていたの。…ほら、前の私って今の私と形が全然違うでしょ?この体の形になって、前よりもかなり早く動けるようになったけれど…その分バランスが取りにくくなってて…。」 進化をして突然変化した体にティアはまだ慣れていないらしい…とは言っても、それはそうだ。今まで鉛筆を使っていた人に向かって筆を渡したような物だ。だからいち早く慣れる為に、ウオーミングアップのつもりで家の周りを廻っていたのだった。 「でも大丈夫!かなり歩いたら大分慣れたの。ほら!」 そう言うとティアはラズマの右側から左側へと走って見せ、後を舞った草が追いかけた。…だがその走りは『慣れた』と言うよりは『完璧』と言って良いほど違和感のない物だった。 そう言えば、昔からティアは物覚えが早かった。運動面は今の成果を見れば分かる通り、学習面の方も誰よりも早くコツを掴み、問題をすらすらと解いていたのだ。 走り終えたティアはラズマの元へ歩いていき、どうだった?と一言を掛けた。ラズマは 「ほ…本当に凄いよ!前よりもかなり早くなってる!」 と、思った事をそのまま言葉にした。ティアからの返答は、『笑顔』だった。 だが、その笑顔はすぐに絶え、悲しげな視線を地面に落とした。 「ねぇ…ラズマ…」 その視線を地面に向けたままティアがぼそっと言った。 「ん?」 「水晶の力なんだけれども…」 水晶の力の事は寝ている時に、ちょうどシャウルと話したのではっきりと覚えていた。どんな質問でも答えようとラズマは心構えをしていた。 「その…次の水晶の力を私にくれない?」 「えっ?」 「だ…駄目なら良いんだけれど。」 構えていたはずの心はいつの間にか無防備な状態になっていた。予想もしていなかった事が来た。 「ん〜…シャウルからは何も聞いていないから分からないけれども…出来る限りでは頑張ってみるよ!」 自分の持っている最大の答えをラズマは出した。だが、ティアには別の事がよぎっていたようだ。 「…しゃうる?」 (…あっ…そうか。まだ3人にはシャウルの事は話していないんだっけ…。) 「う〜ん…説明はかなり難しいし、重大な話だから…みんながそろっている時に話すよ。」 ティアは素直にうなずいてくれた。 しばらくの沈黙の中、誰かがやってくる足音が聞こえた。 「おっ、よく眠れたか?…って後2人は何処だ?」 やって来たのはエンだった。 「2人は家の中でまだ寝ています。」 ティアがラズマよりも早く答えた。 「そうか。じゃあ、起こしてくる。こっちの方は、お前達を出発させる準備が出来たからな。」 エンはさっさと家の中に入り、2人を起こしに行った。 (…こっちの方は…ってどういう意味だ?) 言葉を聞いて一つ間が空いた後にぽんと頭の中から出てきた。 「お待たせ。起こしてきたぜ。…って言っても2人共もう起きていたから誘導してきただけなんだけれどな。」 早っ、と一つ思い、ラズマはエンに『準備』の事を聞こうとした。だが、その前にやはりエンが言葉を発した。 「…みんな揃ったな…じゃ、出発だ。」 エンは少々急いでいるようでもあった。歩調が妙に早い。その後をラズマ達は早足…と言うよりは走って追いかけ、昨晩ヤイバと戦った場所に着いた。そこには、火の民の住人何人かが集まっていた。 雰囲気は昨晩の事もあったせいで、少々怖かったが、住民達の温かい心で怖さは段々と消えて行った。 エンは、ちょっとココで待ってろ、と皆の囲むど真ん中で言うと、住民の一匹であるリザードンに話しかけた。何を言っているかは遠くて分からなかった。 リザードンを見たら、その一番初めの形態であるヒトカゲと共に『シン』の姿が何故か浮かび上がった。 (シン、今頃どうしているかな…また会えると良いけれど。) 故郷を初めて離れ、人間と初めて戦い、人間と初めて話した。そして人間の『善』や『優しさ』、『思いやり』を初めて見せてくれた…それが『シン』だった。黒龍を恨んでいるからきっともう黒龍の人を何人も倒したのだろうとラズマは思った。 懐かしさに浸っていると 「それじゃ、行くぞ。フレイル、後は頼んだ。」 「あぁ。」 『フレイル』と呼ばれる者は、先ほどエンと話していたリザードンだった。彼の声は低く、心臓まで音の振動が伝わりそうだった。 「陸を使うより空を使った方が障害物が少なくて良いだろ?それにな、フレイルと空で競走したら勝てるヤツなんていないんだぜ?」 「?…って言う事はフレイルさんが僕達を乗せて移動してくれるんですか?」 実はエンは前日、その事をフレイルに話していたのだ。そしてフレイルは快く引き受けてくれた。 「…よろしく頼む。」 フレイルの言葉は最小限だった。つまり彼は無口でクールなナイスガイ…だろう。 「ラズマ…最後にこれを渡しておく。」 エンがそう言いながら渡した…いや、見せたのはエンの後ろにある、山ほどに積まれた木の実だった。 「こ…こんなに!」 「ここ『火の民』は他の民に比べて南に位置するから植物の成長が早いんだぜ!…っ…一緒に食事するなんて言ってたのに…悪かったな。」 最後の方の言葉はかなり小さな声で、聞き取りづらかったが、心にはしっかりと染み渡った。 ラズマはお礼の言葉を言い、山ほどの木の実を、腰に付けている機械の『道具預け』に保存した。と、山ほど有った木の実はパッと消え、変わりに文字で機械の中に表された。 「…ラズマ…と言う者、一つ頼みがある。」 画面で木の実の名前の数々を見ていると、フレイルが話しかけてきた。 「はい?」 「…擬人化してくれ。私は電気が苦手だ。それに擬人化すれば私に乗り易くなるだろう。」 ラズマは言葉より先に行動で了解の意図を示し、擬人化ボタンを押し、擬人化した。 「どうも。」 そうフレイルが言うと、地面に体を四つんばいにさせ、首と翼を極限まで下げた。…『乗れ』と言う意味だ。 ラズマは首の付け根と翼の間にまたがった。ちょうど良い具合のスペースでピッタリと合っていた。 「それじゃ、出発か…。フレイル、『水の民』まで頼む!…気を付けて…行け!!」 四つんばいになったからだがゆっくりと起きあがり、翼で空気を地面に一回叩き付けた。 [バサッ…] 草や砂が舞い上がった。 「エンさん!色々と有り難うございました!!」 羽ばたきに負けない声でラズマは言った。フレイルがもう一回翼を羽ばたかせると、体がふわりと軽く浮き上がった。と、思ったら更に強い羽ばたきを起こし、もの凄い早さで空へと飛び立っていた。だが、ラズマの目線はエンにあった。 エンはラズマを見ながら親指を真っ直ぐ空へ立てていた。それは太陽へ向かっていったラズマの影が見えなくなってもしていた。 影が見えなくなってどれくらいしたのだろう。エンはようやく手を元の位置に戻した。 「『月に消える闇の影、太陽に消える光の輝き』…か。」 ラズマの姿が昨晩のヤイバの姿と重なった。 「エン村長…」 そう話しかけてきたのは空炎塔でヤイバの侵入を報告したあのブースターだ。 「もう少し、この民の守りを固めませんか?我が民は工芸品を売って収益を得ているのです。…今度人間に襲撃されたらひとたまりも…」 「いいや、そのままで良い。」 「…何故です?」 キッパリと断ったエンにブースターは一瞬戸惑った。 「今度奴らが来る前に、あいつが世界を戻してくれている!…俺はあいつを信じる。」 エンが腕組みをする中、ブースターは溜め息をついた後、こう言った。 「…分かりました。」 30章 火の民出発 終わり |
リン♪ | #8☆2007.07/10(火)01:47 |
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31章〜水の民〜 [バサバサッ…トン…] フレイルの翼は段々と、ゆっくりな羽ばたきへと変わっていき、最後は花びらが地面に付くように、ふわりと着地した。 「…着いたぞ、ラズマ。」 確かにフレイルの飛行は速かった。地上を歩くよりもずっと速く移動出来た。太陽の位置さえ変わっていない。 …だが、その分塊のようになった空気が顔に直接当たり、目を開けていられないほどの風圧と爆音を生み出した。 「あっ…有り難う。」 フレイルから降り、地上へ足を着かせると、空の旅のお陰で一瞬フラッとした。が、すぐに体制を立て直し、辺りを見回す。 「…これが…『水の民』…。」 そこは緑豊かな草木が生い茂っていて、所々に水が引かれている神秘的な民…。 民の中心と思われる場所には2つの印象に残る物がある。 一つは大きな生命力を感じさせる大木。 見上げても、てっぺんが分からないほどの大きな木が、他の樹木を見守るように直立していた。 もう一つは水が絶える事のない泉。 泉から出た水は濁りが無く透き通っていて、その水が民のあちこちを張り巡らすように流れていた。 …この2つの物は『水の民』の全てを作り出した『エネルギー源』と言っても良いだろう。 「(すごい…)」 ガルの思わず出てしまったような、心の声が聞こえた。…機械の中からでも風景は見えるらしい。 「ラズマ、気付いていると思うが…」 水の民の美しさに感心しているとフレイルが話しかけてきた。 「『水晶』の場所は…その民の特徴を示す物の場所にある。」 …知らなかった。 思い返してみればそうだ。風の民の時は『大きな風車』、火の民の時は『空炎塔』、そして今、水の民は… 「あの大木に『水晶』がある…?」 ふとラズマの口から言葉が出た。するとフレイルは一つうなずき 「…行ってこい。俺はココで待ってる。」 と、ラズマの背中を押すように言った。その言葉に対し、ラズマがうなずき返す。そして一行は大木へと向かって歩き出した。 (…何だろう…何かが変だ…。) 大木に近づくにつれ、違和感が出てくる。何が原因かは分からない。だが、妙な感覚が後を付けてくる。心無しか…? 何なのかが分からないまま大木のふもとに付くと…あった。地面からむき出しになっている根と根の間にある僅かな隙間の中にそれはあった。 「…セレビィの像…そして…『水晶』。」 水晶は薄い黄緑色で、透き通っていた。…その事からもう水晶に必要な『条件』は既に揃っている事が分かる。きっと像の下にも通っている泉の水が条件なのだろう。 と、ラズマは右手からモンスターボールを出し、ティアを出した。 「(ティア、約束。)」 今朝交わした約束、それをラズマは忘れなかった。 「(…有り難う。)」 ティアは心でそう言った後 「(ラズマの為になる物なら、何でもいいよ。)」 と、一言だけ付け足した。 「…っ!!」[カッ!!] ラズマが水晶に手をかざすと、水晶が輝き、光が空中に打ち出された。と、光はティアの真上まで移動した。そして、彼女の右目へと、吸い込まれるように、スゥッと入っていった。 ティアは光の眩しさや不安な気持ちが入り交じり、目をつむっていた。が、落ち着くと、両目をゆっくりと開いた。 するとどうだろうか、左目が燃えさかる炎を映したような朱色をしているなら、右目は深い海を映したような蒼色をしていた。 「(…どう?…その効果は『不正な力を遠くから見つける』。…つまり『LI−0』を使用していればそのポケモン、あるいはそれを持ったトレーナーを見つける事が出来るんだ。)」 「(…赤い点で?)」 「(っ!?…ティア…まさか…)」 ティアは小さく頷いた。額にはうっすらと汗が滲んでいた 「(今、それは何処に!?)」 「(方角からして…フレイルさんの所に…)」 「(…分かった。有り難う。)」 そう言うとラズマはティアを急いでボールの中へと戻し、フレイルの元へと走っていった。 「フレイルさん!!」 フレイルの姿と同時に他のポケモンの影が約10体以上見えた。…『LI−0』を使われたポケモンが10体以上…。 フレイルは空へと飛び立とうとしていたが、その後を追うポケモンが何体かいた。 (そうか…今まであった違和感は…静けさ。住民が誰1人といなかったからあんなに静かだったんだ…。) 全力で走ってもまだ追いつかない。しかもあの全てを浄化するなんて… 絶望を思った。と、その時、空から何かのポケモンが電光石火の如く、フレイルの真上に移動し、そのポケモンから何かが落とされた。 ラズマは落とされた物が何だか、すぐに分かった。 「(…人間…?)」 31章 水の民 終わり |
リン♪ | #9★2007.07/30(月)23:48 |
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32章〜許せぬ者〜 走りながらも、その姿ははっきりと映った。 ポケモンから降りてきた人は着地をするとすぐさま立ち上がった。その格好を見る限り、ヤイバではない。 ヤイバの特徴といえば、擬人化したラズマと同じぐらいの背丈、『黒龍』の制服、そして白銀の髪…だが、何一つとして当てはまらなかった。 ヤイバよりも高い背丈、肩からかかとまでを深い緑色のローブが羽織り、腰まで伸びた黒髪がたなびいている姿が、ラズマの目には映っていた。 ふと、その人は右手を前に出し、何かを握るような動作をした。すると、その手にはT字の物が握られていた。…剣の柄だ。だが、肝心の『刃』が見当たらない。 その場を見た時、全力で走っていた甲斐があり、ラズマはその人へと声がようやく届きそうな距離にまで近づいていた。 「危ない、から、逃げ、てっ!!」 頭に浮かんだ言葉が、途切れ途切れの息の中から出された。 言葉は相手に伝わったらしい。こちらの方に目を向けてくれた。 (そう!早く逃げて!!) だが、その思いが伝わることなく、何事もなかったかのように目線を元に戻した。…ラズマの忠告を聞かなかった。 何で!?お願いだからここから逃げて!!…心の声は肉声になることなく消えてしまった。 そして、その人は右手で持っている柄に左手を加え、両手でしっかりと握った。 と、その時、その人の体が青く光った。同時にさっきまで柄だけだった剣に光の粒が集まり…光りを帯びた刃が埋め込まれた。 (えっ!?…僕の『光の矢』と…同じ光…!?) ラズマはその刃から発せられる光に見覚えがあった。…自分自身も持っている、『光りの矢』と同じ光を放っていた。 [ピッピ…ピッピ…ピッピ…] 突如、地図が鳴りだした。…ウェイからだ。 駆け足を止め、荒い呼吸のまま地図を取り出すと、宙に画面が映し出され、そこにウェイがいた。 「(ラズマ、いきなりで悪い。お前に本を渡した後、とある人間が水晶を求めてやって来た。)」 間をそんなに入れずにウェイは話している。…よっぽど緊急の事なのだろう。 「(その者は昨夜に『風の民』の水晶の力を手に入れ、今朝には、お前が出た後、『火の民』の水晶の力を手に入れた。…おまけに、お前に渡したネックレスと同じ物を使いこなした。)」 「えっ?…それって…」 風が吹き抜けるように嫌な予感が襲ってきた。 「(…そうだ。お前以外にも『神』がいる。)」 嫌な予感は当たった。 「(その者の特徴だが…)」 ウェイが説明する前に、ラズマは画面を、今フレイルの周りにいるポケモンに向かって、剣を振りかざしている人物に向けた。 空を斬る音を立てて剣を振りかざされたポケモンは、すぐに避けた。が、さっきまでとは囲んでいたポケモン達の数が違う…減っている。 「(…あぁ。間違いない。)」 一瞬目を丸くした後、ウェイは言った。 「(そいつの使っている『光の剣』、それはお前が使う『光の矢』と同じ効果があるのだろう…。)」 目を向けると、10体以上いたポケモンも、今は残りが4匹にまでなっていた。と、また一体が光の剣に斬られ、浄化された。残りの合計、3匹。 「(…私が言いたい事は以上だ。後はラズマ、お前に任せる。…では。)」 そう言うとウェイは一方的に地図の電源をプツンと切った。 もう一度あの人…もう1人の神へと目線をゆっくりと移す。と、視野に入ったのはその人ではなかった。目の前にいたのは目の輝きを無くしたエアームドが一匹、攻撃態勢に入っていた姿だった。しかもそのエアームドとの距離は目と鼻の先だった。 [ドクンッ!] 心臓が大きく拍った。だが、2度目の鼓動が聞こえる前にエアームドの悲鳴が聞こえた。 「ギュウゥッ!」 エアームドは目を強くつむった。そして、ゆっくり開けた時にはその目に本人の命と連動する輝きが戻っていた。 エアームドが飛び立つと、眼前に映っていた世界が広がった。と、その一番手前にもう1人の神がいた。残心を表している為なのか、剣を真横に振り終えた状態のままで止まっていた。 「…危なかった。」 その声と、間近に見えた顔立ちから、中年辺りの男の人である事が分かった。言葉を言い終わった時、剣の刃がフッと消えた。 その時、初めて辺りが静かだった事を知った。…命を救ってもらったのだから、お礼を言っておかないと。 「あの、有り難うございました。…本当に危ない所でした。」 「いいや、いいさ。ただ目的を果たしただけだから。」 彼は体制を整え、持っていた剣の柄を一つ光らせると跡形無く消した。…ウェイは言わなかったが、その柄はラズマで言う『弓』に当たるのだろう。 「名前は?」 「えっ?」 唐突に聞かれた。彼は体をくるっとラズマの方に向けると、その拍子で胸元にある、『神の証』としてのネックレスが軽く揺れた。 「ラズマ。…『ラズマ』って言います。」 「へぇ…君がこの世界に存在する『神』の1人なんだね。」 目の前にいる人はラズマの胸元にある、彼自身も付けているネックレスをチラッと見て言った。 貴方の名前は?と聞く前に彼は名乗った。 「私の名前は…バラン。」 バラン。 何処かで聞いた事がある。…と、答えが分かったと同時に後頭部を鈍器で強く叩かれるような衝撃に襲われた。 あの日、シンから聞いた話の中で出てきた名前。しかも最悪な人物として出てきた名前…。 ―黒龍のボス、バラン。― 許せぬ者、倒すべき者…最後に出会うと思った者、バランは今、目の前にいた。 32章 許せぬ者 終わり |
リン♪ | #10★2007.12/18(火)00:00 |
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33章〜過去〜 「…ハハハ…やっぱり驚くよね…。」 固まっているラズマにバランは苦笑いをしつつ言った。だが、ラズマにはその笑いがどんな形で聞こえたか…。 「…どうやって『神の力』を得た…?」 先ほどまで使っていた言葉とはまるで違い、怒りが込み上げて来るのに任せて言葉を発している。それが自分でも分かるのに止められない。…いや、止めようとしなかった。 「お前のせいで!」 >「(ラズマ!)」 シャウルの怒鳴った声が頭の中をよぎり、ラズマの言葉を止めさせた。…シャウルまでバランの味方を…? >「(ラズマ、落ち着け…今の言葉の後に何と言おうとした?)」 それは『お前のせいで僕達がどんなに苦しんだ事か』って言おうとして… >「(っ!)」 >「(…気付いたか。危ない所だったぞ。)」 『お前のせいで僕達がどんなに苦しんだ事か』…『LI−0』を使われたのはポケモンだけだ。そこで『僕達』と使ってしまったら…その言葉の裏には『自分はポケモンだ』と言う事が隠されていた。 いくら擬人化しているからと言えど、元はポケモン。ポケモンの姿に戻ったと同時に人間には刃向かえなくなる。 シャウルの警告により我に返った自分が、何だかシュンと小さくなるように感じた。と、冷え切った頭にバランの声が入ってくる。 「…今からちょうど25年程前の事だったか。」 その声に反応し、ラズマは知らず知らずのうちに地面へと落としていた目線を、バランに向けた。 話を持ち出した張本人は、すぐそこにあった大きな石に腰を掛けていた。同時に、紅を空一面に染めた沈みかけの太陽を見ている。が、実際は何処か遠い所を見ているような目を…ほんの少し悲しそうな目をしていた。 「私達は、この『アルデネ国』について研究をし始め、同時に『神』の事についても研究をし始めていた…この国を救った『神』を、敬う思いも込めて…。」 そう言い終わり、一呼吸すると、穏やかだった彼の顔は歪み、歯を食いしばった表情へと変わった。…何かをこらえるように、何かを悔いているように…。 「だが、研究を続けていくうちに、私たちは『掟』を破り始めた。」 「『掟』?」 バランがラズマの方を向き、一瞬うつむくと、ヒュウッと風が2人の間を通った。同時にバランの長く伸びた黒髪が風に流され、さらさらと静かに揺れた。…男の人にしては珍しい、黒く、綺麗な髪。 「あぁ…アルデネに昔から伝わる…『掟』。」 うつむいた顔をまた太陽に向け、話し始めた。 「『1、神になった者は役割を果たせ』」 バランはラズマに手の甲を見せるようにし、左手の人差し指だけを立てた。 「恐らくこれは神に対して『世界を救え』…と言う意味だろう。」 バランの示している左手の指に中指が加わった。 「『2、神になれなかった者も行動を起こせ』…これは神だけではなく、この世に生きている者、全てが関わっている事を教えたいのだろう。…そして…」 最後に、左手の指に薬指が追加された。 「『3、神を人工的に作るべからず。』…これがアルデネ国に伝わる『掟』…。」 そこまで言って、彼は一瞬詰まった。夕日に映っている顔が妙に暗く、影って見えた。が、彼は重くなった口を開き、話を続けた 「それを…『掟』の3つ目『神を人工的に作るべからず。』を…私達は破った。」 と、彼はラズマに示していた3本の指をたたみ、その手をゆっくりと降ろし、左手を静かに石の上に乗せるような仕草へと変えた。 「いつ破ったのかは分からない。あやふやな所をかろうじてて浮いていたのだろうが…一気に沈んでしまった。…それに気付いた時には…私達は…誰でも『神』になれるような薬を作っていた。」 (『薬』…) その薬が何だか、考えるのに時間はかからなかった。 「『LI−01』…」 ラズマの口から言葉が思わず漏れた後も、両者の間にしばらく静寂が続いた。 「…あぁ。」 返答した後悔を思い始めた時、バランは結んでいた口をほどき、再び話し始めた。 「その薬は…成功していれば全ての生き物が世界を救える力を持てるはずだった…。成功していれば…。掟さえ守っていれば…。」 彼は目を半分閉ざし、もう一度、歯を食いしばった。加えて、今度は手に力が入り、石の上で拳を作っていた。 その容姿は彼自身の心だけではなく、いつの間にかラズマの心にも傷を与えていた。 「初めて作った薬は…濁りが一つもない、美しく透き通った物だった。だが…私はその少量を自らに投与した途端…色は無色透明の状態から徐々に黒ずんでいき、最終的には墨汁の…いや、それよりも更に黒く、闇に落ちたような色をしていた。」 そして工場にあった『LI−01』は全てがそのようになり、美しい原型は姿を変え、醜い色へと変化させた。とも、バランは言った。 「…神の掟を破った罰が下ったのだろう…な。」 そう言い終わると、表情と手の力を解き、少々困ったような笑顔をラズマに向けた。少しでもラズマの心を和らげたかったから…。 だが、その表情はラズマの心を和らげるどころか、傷を尚更深くさせた。 どうして笑っていられるの? そんなラズマの心が分からないのか、気にしないのか、なるべく気にしたくないのか…バランはまだ話を続けた。 「薬を自ら投与した私は…『怒り』や『憎しみ』しか持たなくなっていた。…自分の本当の心はあったのだが、薬によって何処か深く、暗い場所に投げ込まれて…自分の思うままに行動していた。」 自分の心を薬に奪われたまま生きていたのかな…。そう思うと急に苦しくなってくる。 「そして私は周りのポケモン全てへと『LI−01』を投与し、『偽神(ぎしん)』の軍団…『黒龍』を作った…。」 『偽神』…恐らく『LI−01』を投与された者を示すのだろう。…偽の神、偽神。 「研究から8年目、掟を破り、薬を作った…。『黒龍』。元々は研究の組織名。薬を開発した年から世界を見下すような存在へ変化していった組織。『黒龍』。」 ラズマの頬には暖かい物がツゥッと伝わり、草で生い茂った地へと吸い込まれていった。…ラズマは知らない間に『涙』を流していた。 だが、心の傷は涙と一緒に流れる事はなかった。 33章 過去 終わり |
リン♪ | #11☆2007.08/21(火)22:35 |
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34章〜理由〜 「だが、そこまで勢力を拡大させた『黒龍』を滅ぼしたのは…1人の少女だった。」 (…15年前に黒龍を滅ぼした少女…) ただ1人、自身と自分のポケモンを信じて『黒龍』へと立ち向かっていった勇敢な心の持ち主。 …最期は『黒龍』と共に消えていった者…。 「その少女は天空に、太陽のように輝く一匹の『龍』を打ち出した後、それを私達のアジトへと突進させた。」 以前シンから聞いた話と同じだが、今聞いている話の方が何倍も痛々しくて辛い…当の本人が話していた為だろう。言葉の一つ一つが心に突き刺さり、涙に変化しては頬を伝った。 「神その物のような存在をまともに受けた私達…その時『偽神』のポケモンには目の輝きが戻り、私の感情は溢れ、第一に『後悔』という感情を浮かばせた。」 バラン自身に投与されていた『LI−01』も、その時に浄化されたんだ…だからこそ感情が戻った。それまで『LI−01』にずっと閉じこめられていた感情が…。 「私はその後、放り込まれるように牢獄へと入れられた。…今まで閉じこめられていた私自身の感情がどんな風に思っていたか、よく分かったよ…。」 薄暗く気味が悪い石畳の部屋、外を眺めようとしても石で作られた壁の窓は狭く、そこから出される月光が自分の哀れめいた心を舐めるように見る…多少の違いはあるかもしれないが、ラズマはそんな部屋に1人いる自分を想像した。 [グサッ…] …また心に突き刺さった。 「同時に…どうしてこんな事を罪もない者達へ振る舞ったのかとも思った…。」 初めてバランは声を震わせた。ラズマはうつむいているおまけに涙を流しているせいで分からなかったが、また歯を食いしばって、拳を強く握りしめているのだと思った…どちらも一番強い力で。いや、それ以上に。 「…初めて戻ってきた『後悔』は私の側を一度も離れなかった。…何かを知らせたいのではないかと思えるほど…。」 バランの声は小さくなっていた。ラズマの耳にやっと届くぐらいで、辛うじて保たれている。 バランはゆっくりと、深く空気を肺に送り込んだ。溜め息をつくのかと思ったが、違った。 「だが」 彼は肺にあった空気と共に声を外へと一気に押し出した。彼の声には張りが戻った。 その声に反応してラズマは手の甲で涙をぬぐい、顔を上げる。 「牢獄に入って15年が経った。『嬉しさ』『喜び』『愛情』…他の感情が流れても、決して消えなかった『後悔』と共に、いつ開くか分からない檻をうっすらと眺めていると、突然『後悔』は私を変えようとする感情に変化した。」 「…『考え』から『実行』に…移すように…?」 今の自分はそう質問するだけでも精一杯だった事は、まだ安定してない自らの声が教えてくれた。 「そうだ…。強く私は願った。…『私は変わりたい。』と。『消せぬ罪でも償いは出来る』と。…『未だ救われていない者を救いたい』…と…。」 そうバランの言葉を聞いたとき、なぜかラズマの顔からは涙が引いていった。心を突き刺していた言葉も消えていた。 「強く願い終わった時、私の体が一瞬だけ青く光ったのが分かった。見間違いかと思う程の一瞬の光だったが、私は他にも『変わった』と言える確かな理由を見つけた。」 バランは自分が座っている石に乗せられた左手をゆっくりと顔の前に持っていき、2,3秒ほど眺めた。そして、その手を握りしめ、自分の胸元へと移動させた。同時に目もつむった。 左手に作られた拳は、今まで作っていた拳とは違い、怒りや憎しみを握り潰すのではなく、優しさをそっと包み込むような拳だった。 「…『ヒョウガ』と出会った…。」 『ヒョウガ』…初めて聞く名前だ。だが、何者かと言う予想は出来た。ラズマ自身、強い心の変動によって出会った者がいたから…。 「『神族』。」 ラズマがふと口から出すと、バランは目をゆっくりと開け、その焦点をラズマに合わせると黙って頷いた。 「ヒョウガは私に出会うと同時に幾つか質問をした。…『今での自分を悔いているか?』『変わりたいと願うか?』『世界をその手で救いたいか?』…全ての質問に私は頷いた。」 (僕がシャウルと出会ったときは…道で倒れた後だった。唐突だった…でも、ただ気付いていなかっただけなのかもしれない。) 途中ラズマはそんな事を思った。 「質問が一通り終わったと思うと、ヒョウガは『叶えよう』と言うと、私を牢獄の外へと出した。そして…」 既にヒョウガと会って3日の月日が流れた。と、最後に付け足すと。話の終わりの合図なのか、今まで乗っていた石から降り、ラズマに向き合った。 日は大分沈み、太陽は地平線へ隠れる寸前にまでなっていた。空を眺めると、僅かしかいない星達が懸命に瞬いている。 「…世界を救うには相当な時間がかかる。」 いつの間にかバランも夜空と夕闇の境に浮かぶ星を見ていた。 「だが、私たちが協力をすれば世界をより早く戻せる。」 次に言うであろう言葉をラズマは予想し、バランの方を向いた。と、バランも同じく、ラズマの方を向いた。 「…共に旅をしないか?」 予想通りの言葉だった。だが、その選択にラズマは困り、思わず地面を見つめる。 「(…ティア、どう?)」 とっさにティアに聞いてみた。今は神だとしても、過去は『黒龍』を率いる者であった為、『偽神』を持っているのではないのかという多少の疑いはある。 「(…見る限り大丈夫。正当なポケモンしか持っていないみたい。)」 この民で手に入れたティアの新しい力によれば、彼は本当に心を清め、償いたいらしい。 次に、シャウルに同行していいかと聞いてみた。彼と行動して、何も支障は無いのかとも聞いた。 >「(構わない。それで世界が早く救えるのであれば問題ない。)」 思いは一つに固まった。 「よろしくお願いします!」 ラズマの声は先ほどまでの物とは全く違った物になっていた。明るくて、輝いていて…太陽の様な声だった。 「…有り難う。」 バランはラズマに右手を差し出した。ラズマはその手を見ると自分の手を加え、一つにした。 … しばらくすると2人とも手を解いた。すると 「…さっきは疑ったりして…すいませんでした。」 と、ラズマは謝った。だが、バランは 「いいや、逆に私を疑わない方が…不自然じゃないのかい?」 と、言った後、過去の経験を話していた時に、ラズマを安心させようとして出した表情と同じ表情で、微笑んだ。 だが、今の微笑みは、ラズマの心を本当に安心させてくれた。むしろ守ってくれているような暖かさがあった。 「…さて…」 バランは表情を元に戻した。 「そうと決まれば次の民に行こう。…カイリュー!」 (カイリュー?) ラズマがほんの少し疑問に思っていると、バランの肩越しに見える一面大木の風景から、一つの影が動いた。 と、思ったら、そのポケモン、『カイリュー』はもうバランの隣にいた。 カイリューが飛んで来たと思われる跡には、水しぶきが飛んでいて、まだ空中に水滴があった。 水滴の一つ一つに線を引いて行くとしたら大木の間からこの位置までの道筋が一直線に繋げるだろう。 その一瞬の光景を見たすぐ後、突風が起きた。…カイリューがやって来た事によって起きた風が遅れて来た。 「ほら。」 突風にあ然とするラズマにバランは何かを手渡した。台形に近い、半透明でオレンジ色のプラスチックが対照的に2つ付いていて、それにゴムひもが通っていて… (…ゴーグル?) 答えが分かると、バランはもう背中をこっちに向けていて、カイリューへと向かう寸前だった。 「ゴーグル、持ってないだろう?空飛ぶのに不便じゃないのか?」 そう言うとバランはカイリューに向かって歩き出した。 「えっ!?でも、バランさんは…」 「私には」 慌てて話しているラズマの言葉の間にバランは一言を入れ、立ち止まると、右手を見せた。 「コレがあるから。」 何もないじゃないか―と思ったら光の粒が段々と右手に集まり、ゴーグルの形を作り出したと思ったら光が消えて行き、本物のゴーグルが右手に掲げられていた。 「私の『水晶の力』の一つは」 たった今作ったゴーグルを早速着け、カイリューに飛び乗ると 「『物質製造』。…ダメ?」 と言い、作り笑いをした。…バランのカイリューとバラン自信に合計二回もあ然とさせられた。…ってあ然としていないで早くフレイルを呼ぼう。 「フレイル!」 遠くの方で翼を羽ばたかせる音があったと思うと、彼はすぐにやってきてくれた。…さすがにカイリューほどではないが。 ゴーグルをあまり慣れない手つきで着け、急いでフレイルに乗った。 「では…『念の民』へ!」 バランが一声かけると、カイリューとフレイルは夜空へと、閃光の如く飛んでいった。 34章 理由 終わり |
リン♪ | #12☆2007.10/03(水)00:37 |
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35章〜念の民〜 「(…って言う事は、その『シャウル』って言うのがラズマを神族にしたの?)」 遙か天空を駆けるフレイルの上でティアが心で言った。 『火の民』で話すと約束した事を今、移動時間の間を利用して、ラズマは自分に宿る『神』…『シャウル』の事についてを大まかに話した。 「(ラズマに直接力が与えられたと思ったんだけれども…ラズマの中にいる『シャウル』から間接的に力を与えられていたなんて初めて知ったよ。)」 アルは驚いたように言った。…と言っても、友人に他の魂が宿っていると聞いたら、誰でも驚くだろう。まして、それが『神』だとしたら尚更の事だ。 「(…でも、大丈夫だよね?その、『シャウル』が出るとラズマ、かなりのダメージを受けるんでしょ?)」 「(うん…。でも、お互いが同意した上、思う心と信じる心と…っ復讐心が最大にならないと出ない…って言うから大丈夫だよ。それに、水晶の力を得るたびにダメージは軽減されるらしいし…。)」 (…何でだろう…。『復讐心』って言う時に妙に詰まる…。) でも、普段からあまり使わないからな。と思い、心の隅にしまった。 「(一応『規制』みたいな物はあるんだね。…ちょっと安心したよ。)」 言葉を聞く限りでは、ガルは理解してくれたらしい。ラズマは友人達が理解してくれた事に対しての安心感を持った。 と、目を守っているゴーグルを指の先で触ってみた。バランのくれたゴーグルのお陰で目が爆風から守られ、辺りがよく見渡せた。 その景色を見ると、今、自分たちはかなり高い所を飛んでいるらしい。体のすぐ側を雲の元である水蒸気が駆け抜けていく。 地上を見渡せば小さくなった木々がゆっくりと視界を流れていく。後ろを見ると、フレイルの尻尾の炎が風を受け、火の粉をまき散らし、夜空には眩し過ぎる程の光を放っていた。 ラズマはこの光が流れ星のように、夜空を滑るように進んでいく姿を想像した。 炎を超して遙か先を見ると、さっき出て行った『水の民』の『大木』、その左側に同じくらい離れた距離で『火の民』の『空炎塔』、さらに左を見ると、これも同じくらい離れた所に『風の民』の『風車』…それぞれが空に向かって伸びていた。 『風車』を見た時のラズマの顔の向きは、真正面よりもほんの少し右を向いていたと言っても良かった。 そして…真正面を向いた位置から少し左と、左後ろに、まだ見た事の無い塔がそれぞれ2つ、そびえ立っていた。 …つまり、塔が正五角形を造るように建てられていて、今、その丁度ど真ん中にラズマはいた。 そう分かったと同時に、フレイルの飛行スピードが急に落ちた。そして、空中で停止した。 「(フレイルさん、どうしたんですか?)」 ラズマが心配して聞いた。『水の民』で偽神化したポケモンに傷つけられたのかもしれない。という予想も立った。 だが、フレイルは一度だけラズマの方に目をやると、その目を前に向けた。つられてラズマも目を向けると、その目線はバランのカイリューへと渡った。 すると、ラズマの目には、バランのカイリューが何度も同じ所をゆっくりと旋回している姿が映った。バランはと言うと、カイリューにしっかりと手をかけ、身を乗り出し、その真下を真剣な目で凝視していた。 と、バランはカイリューにまたがり直すと、カイリューを急降下させた。 「(何かが分かったらしい。…しっかりと捕まってくれ。)」 フレイルが言い終わると同時に、ガクッと視界が地面の方に移った。そして…一気に地面に向かって落ちていった。 「ちょっ…うああぁぁ―――っ!!」 地面がどんどん広がっていき、視界から月が消えた。あっという間に空も消えた。地面だけが広がり、周りの物を飲み込んでいく。 このまま地面に叩き付けられるのではないかと思ったら、フレイルの翼が急に大きく広がった。そして、翼を思いっきり打ち付けると、地面の砂が舞うと同時に止まった。首が外れそうな勢いだった。 「あぅっ…」 頭がある事を確認しつつ、ラズマはフレイルから降りた。そして、フラフラとした足取りで、先に到着していたバランの元へ向かった。 「…」 バランはラズマの方を見る事もなく、ただ目の前にある土の平面を見つめているだけだった。 平らな地面とバランを2度見た後、ラズマは訊いた。 「…何かあるんですか?」 バランは口だけを動かして言った。 「ここが…『念の民』だ。」 …何もない。ただの地面。雑草どころか、石一つ落ちていない。 ラズマが何があるのか質問しようとした所で、バランが歩き出した。 ラズマが何歩分か後ろに付き、バランの後を…バランの…バランが…消えた。 「えっ!?バランさん?何処に…」 「後3歩前進。オーケー?」 姿が見えないのに声だけが聞こえている。ますます頭がこんがらがってきた。とりあえず3歩前進してみる。1、2、3…。 その時からラズマは立ち尽くすしかなかった。いつからこんな物が目の前にあっただろう?バランがいるのは当たり前の事だとしても、こんな物は…こんな… 一面に広がる黒い建物の数々は。 中心にある四角錐の形をした塔は首が痛くなるほど上を見てようやく見える。月明かりを浴びて鈍く光るそれは今まで見てきたどの建物よりも高かった。 目を戻すと、何匹かのポケモン達に囲まれていた。民の警備専門だと思われるそのポケモン達は見るからに警戒態勢だった。 と、バランが胸元から十字のネックレスを出し、見せると、ポケモン達の警戒態勢は解け、心で話してきた。 「(…失礼しました。こちらへどうぞ。)」 そう言うと、先頭に『チャーレム』が出て、案内を始めた。向かう先はもう分かっている。あの塔以外無い。 「…私達はついさっきまでこの民の門前にいた。」 バランが歩きながらラズマにしか聞こえないような声で話した。 「この民の門は『結界』。幻覚を作り出す結界だ。私達が見た場所を思い浮かべてもらいたい。」 雑草どころか、石一つ落ちていない地面。…そう言えば不自然だ。地面である限り、その上に何もないのはおかしい。 「その結界はこの民の姿を消す為にある。しかし、同時に地面の上にある物全てを消してしまう。それを私は探していた。」 「…あの高さからですか。」 「勿論。」 感心を通り越した感情が心を吹き抜けていった。 時折住民に不思議そうな目を向けられつつ、しばらく歩き、四角錐の塔に付いた。 「(こちらの最上階に長が待っています。)」 「…上るのでしょうか」 ラズマは高さを思い出しつつ訊いた。 「(いいえ、移動するのです。『テレポート』を使って。)」 そう言うと、チャーレムは固まっているポケモン達の中から『ネイティオ』を呼び出した。 「(では、彼に近づいて下さい。)」 ラズマとバランがネイティオに近づくと同時に、そのほかのポケモン達が囲むような形にしてどいた。そして、チャーレムが頷くと、ネイティオが頷き返し、羽を開いた。 「(『テレポート!』)」 ネイティオと一緒に、ラズマとバランはその場から一瞬にして消えた。 35章 念の民 終わり |
リン♪ | #13☆2007.11/18(日)19:12 |
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36章〜司令塔〜 [シュン] さっきまで見ていた風景がだんだんと歪んでいき、やがて今まであった色彩を中途半端な混ぜ方をしているような世界になった。 その歪みや色彩が今度は違う位置に向かっていき…ラズマが気付いた頃には、既に新しい風景が完成していた。 少し前には四角錐の黒い大きな建物の目の前にいた。だが今はその建物の中にいる…それは周りを囲む4枚の黒い壁の色から推測できた。 壁の一面一面にはラズマの身長と同じくらいの大きさをした長方形の窓が2つずつ付いている。『開かないガラスのドア』と言ってもおかしくない。 部屋にはそれ以外、特に目を引く物はなく、ほんの少しだけ、寂しさが尾を見せていた。そして、一番奥の窓から零れる月光を浴びながら、一匹のポケモンが外の風景を眺めていた。 「…では、私はこれで失礼します…。」…[シュン] ラズマが村長を見つけるのを待っていたかのようにネイティオは言い、2、3歩離れ羽を広げると、ラズマの見ているところで姿を消した。 ネイティオがいなくなってしまったからなのか、この部屋から来る物なのか分からないが、寂しさがまた一段増したように思え、ただそこでポツンと佇むしかなかった。 ふと隣にいるバランへと目を向けると、バランは既にこっちを見ていた。だが、バランの目には『寂しい』と言う感情は無く、温かい目がラズマを映してくれていた。それがラズマを安心させてくれる唯一の暖かさだった。 そう感じたすぐ後にバランは目線を動かさずに、小さく頷いた。ラズマにはそれが『行こう』というサインに見えた。ラズマはほんの少し戸惑ったが、 (そうか…何かしないと始まらないんだよね。) と、自分に言い聞かせた。自分の心を支えてくれているバランの為にも、ラズマは動くしかなかった。 もう一度奥の窓にいるポケモンを見て、ラズマはゆっくりと歩き始めた。その後ろをバランが歩いて来るのが、静かな部屋の中で生まれる2つの足音から分かった。 「(…水の民での出来事はとても辛い物であった。)」 ラズマとバランが歩いている途中、突然そのポケモンが外を見ながら心で言ってきた。…その声はかなりしゃがれていて、 本当に唐突だったのでラズマは一瞬ビクッとして立ち止まってしまった。が、バランにはその距離で十分のようで、ラズマにこれ以上進むようには言わなかった。 「(あれほどの住民が黒龍に取られるとは…私も思ってはいなかった…。)」 (…!?住民が…黒龍に…?) 水の民の映像が頭の中を駆けめぐった。…大きな大木と流れる泉水、セレビィの像、ティアの青い右目…そして10体以上の偽神のポケモンに襲われたフレイル。 あのフレイルを襲っていたポケモンは…全て水の民の住人の一部?…と言うことは黒龍は水の民を襲って、住民全てを奪った…? 「この『司令塔』と呼ばれる所がそんな事態に何もしなかった…とは思わないが?」 と、窓を向いていたポケモンはラズマ達の方に体を向け、顔を合わせた。窓から入る月光が映したその姿は『フーディン』だった。…怒らせてしまったのだろうか? 「ちょっと…バランさん…」 だが、バランは謝る気配など無く、何故か口元が上がっている。そしてフーディンも怒りの一つも見せずにバランの真似をするかのように薄く笑っていた。…なんだこれは? 「(…さすが…元々大きな組織の帝王となっていただけ鋭いね。…バラン。)」 ん?と頭の中で一つの疑問が浮上する。ラズマは頭の中で今までの記憶を一気に巡らせた。このフーディンとは他の場所では会ってはいない。初めて会う人だ。そして、バランは未だ自己紹介をしていない。 …何で名前を知っているんだろう? 心のもやが広がっていると、バランが口を開いた。 「もうその過去は捨てた。今は未来を見る為にここにいるんだよ。」 ラズマが聞くからに投げやりな感じにしか聞こえなかった。ますますこんがらがってくる。だが、 「それともまた戦うかい?」 その言葉でもやは一気に消えた。…『また』戦うかい?…ラズマは頭の中から出てきた言葉をそのまま2人へ投げた。 「…2人とも、以前から顔見知りなんですか?」 そう言うと、初めてラズマに2人の視線が飛ばされた。 「(…その子は?)」 始めに口を開いたのはフーディンだった。バランはラズマの方からフーディンの方へと視線を変え、 「もう1人の神ですよ。…ってお気づきでしょ?」 と、言った。そう言われたフーディンはやや動揺しているようだった。 「(…お前が神だという事は情報収集の結果から判明したが…まさかもう1人の方は子供だったとはな…)」 「人は見た目で決めるんじゃない。心で決めるんだ。」 そうバランが言うと、会話が一時的に途切れた。そして、フーディンがラズマの方へと寄ってきた。 「(私の名前は『ロー』。初めまして。)」 「あっ…はい。初めまして。」 そう言うとローはバランの方に目を戻した。 「(…彼と初めて知り合ったのはかれこれ15年と少し前の話で、『黒龍』など重視するべきではなかった時代だった。)」 そしてローは静かに話し始めた。 36章 司令塔 終わり |
リン♪ | #14☆2007.12/18(火)00:01 |
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37章〜バラン〜 ―――――――17年前(黒龍結成から8年後・『LI-01』開発年)――――――― 青いシルクを一面に掛けた様な空は、むらの無い透き通った色をしている。雲ひとつ掛かっていない。 どこまでも続く、地を踏みしめる木々の緑がはっきりと見える程、空気は澄んでいた。 …アルデネ国は、その自然に守られるようにして存在していた。 そして、国の中心にある『念の民』には特にその天候に恵まれていた。 その『念の民』の『司令塔』はアルデネ国を監視するのが役割だった。 今日もローは司令塔の中で、大きな窓から入ってくる汚れの無い太陽の光を部屋に招きながら、国に点在する七つの民のうち、六つを巨大なモニターで監視していた。 『風の民』の風車は時折風に煽られては回転し、『火の民』の空炎塔は太陽の輝きに応じるように光を反射させ、『水の民』の大木は日光を受けてはゆっくりと命を広げていき、『雷の民』の避雷針は役目がこないことに対してほんの少し退屈そうに佇み、『虹の民』の滝は絶え間なく水を打ちつけては飛沫を上げさせていた。 …つまり、いつもと変わらない風景が今日も描かれていた。 最後の操作として自分自身も住む民である『念の民』をモニターで見ようと画面を切り替えた。 (…?) そこにだけいつもと見慣れない光景があった。…結界が張られているはずなのに、門の前に人が一人いた。 すると、ローは全神経を心へと集中させて、一気に民へと放った。 「(住民へ告ぐ。門前に人間を発見。警戒態勢へ。警備担当のものは速やかに駆けつけること。)」 彼にとってこれは何度目かは分からなかった。稀にこの場に迷い込んだ人間がうろうろとしているのを今までに何度か目にしてきた。 だが、住民はローの指示を忠実に守り、警備担当のポケモンたちもすぐに集まってくれた。…ここまではいつもと変わらない事だった。 と、その時、モニターに映っていた人は物凄い速さで結界の中へと走っていった。 … …それからしばらくの時間が経過したが、人は出てくることはなかった。 (…警備の者は手こずっているのだろうか) モニターの映像は固定されたまま、ずっと門を映していた。それ以外は何も映らない。 「(住民へ告ぐ。警備に当たっている者以外は司令塔の地下へと非難せよ。)」 そんな言葉をローは初めて発した。…今までにはない不安が彼に圧し掛かっていた。 そして、ローは急いで司令塔から外へと出た。一階には何人もの住民がテレポートをして地下へと非難していた。と、前方には見慣れないものが現れた。 (…『ミュウツー』?) ミュウツーはローの方を睨むような目を作りながら進んでいた。もちろんこの民の住民ではない事は知っている。 それがふと止まると、右手を静かに上げ、枯れ木のような手を思いっ切り開いた。と、同時にミュウツーの体の周りを大きな派調が取り囲んだ。 (!?…この派調は…) そう分かるとローはすぐに後ろを振り向いた。そこには先ほどまで自分がいた『司令塔』があり、その一階ではまだ非難を済ませていない住民が数多くいる。 ローはすぐにミュウツーへと向き直り『光の壁』を自分の目の前が全て隠れるほど大きく張った。…それも、一枚ではない。時間が許す限り張っていた。 本来はガラスの様に澄んで見える光の壁も、重ねるごとに透明度を失っていく。 辛うじて相手の様子が確認できるほどにも重ねた時、ミュウツーの開いていた右手が、何かを握り潰すように思いっ切り閉ざされた。と、その時、爆風と共にミュウツーの周りにある民家が、爆風に引き千切られるように散っていった。 [ピシッピシシッ…バシッ!] 当然の事ながらローの造った『光の壁』も被害を受け、爆風の音と同時に悲鳴が聞こえてくる。 (うっ!) 耐えてくれ!…そのローの思いが上回ったのか、最後の手前の一枚に一本の亀裂が入った所で『サイコキネシス』は止んだ。当然それに守られた『司令塔』も被害を受けずに済んだ。 『サイコキネシス』が止んだ後でもローはその光景に不安以外、何も心に宿せなかった。自分が『光の壁』をした以降の場だけが、影でも出来たかのように何も被害を受けていない唯一の場所だった。 その他の場所はミュウツーを中心に、円形の崖が出来ている。…まるで巨大な隕石が落下したかのように。 と、ローの背後に殺気が刺した。すぐに振り向いたが、もう遅かった。 (!!) そこには黒いローブを羽織り、それよりもまた一段と黒い長髪とを持つ男が右手を拳にしてローの頭部を殴ろうとしていた。近距離で、時間もない。ローは守る事も、逃げる事も出来ず、まともに攻撃を食らった。 (ぐぅっ!) 拳が振られ切ったと同時に景色がどんどん傾いていく。それは自分自身が地面へと倒れていったからだろう。 景色の傾きが止まると、そこには司令塔が見えた。もう住民は自分以外、全員地下へと非難し終えたらしく、影も無かった。 そして、黒髪の者は司令塔の中へと入っていった。 (…や…めろ…) 意識が朦朧としているが、進入させたくは無かった。…一階には『水晶』が有るからだった。…だが体が動いてくれない。 どうする事も出来ずにローは、黒龍のボス、『バラン』の行動を見ているしかなかった。 水晶の置かれている位置まで行くと、バランは右手を水晶にかざした。…が、何も起きなかった。偽神になっても、本物の神の使う道具は扱えなかった。 それをローは見届けると、自分の置かれている状況を理解していても、安堵できた。 そしてローは静かに目を閉ざし、暗い夢の中へ引きずり込まれた。 「(…目が覚めると同時に私は『黒龍』の存在をアルデネ国の民へと知らせた。そして、戦争は始まった…)」 ラズマは聞き終わると同時にバランの方を向いてしまった。いけないと分かっていつつも。 そのバランは苦笑いを浮かべながら自分の前髪の辺りを手で掴む様な動作をしていた。 「…ったく…どこまで記憶力が良いのか…。その部分には感心するね。」 「(それほどの事をしたのは誰だったっけな?)」 ローの言葉にバランは苦笑いをしたまま手を元の位置に戻した。 「…はいはい。」 そこでバランの苦笑いはふと消え、真剣な顔になった。 「だけどな、今度ここに来た理由は全く違う。逆だ。自分の汚してしまった世界を戻すために来た。…ラズマには本当に迷惑をかけていると思う。…だから」 「(当然だ。)」 バランの言っている途中でローが遮った。少し笑っているように見える。 「(過去は破壊者だとしても現在は救済者。どんな過去があろうと、私達は全力で救済者である『神』を助ける。…約束しよう。)」 その後、ローはラズマとバランを司令塔内にある休養室のような場所に連れて行くと言っては、その場所まで皆と移動した。…勿論『テレポート』で。 休養室に着くと、そこはさっきローといた場所よりも広い面積の中に、いくつものベッドがずらりと並んでいた。 「(…まずは休んだほうが良いだろう。いくら力があったとしても、休養が無くてはそれを完全には使いこなせない。)」 それに、この部屋はほかの部屋に比べてもだいぶ手が凝っていて、外と比べると時間の流れが格段に違い、一日休んでいるようでも実際にはほんの数分しか時が経過しない特別な部屋だから、好きなだけ休め。ともローは言った。 「(へぇ…便利だね…)」 機械の中に入っていたガルも、思わずその言葉が出てしまったらしい。 「じゃぁ、遠慮なく。」 バランはそう言うと、一番近くにあるベッドに飛び込んだ。柔らかそうなベッドだという事は、ベッドに弾み返されたバランを見ればなんとなく思ってしまう。…もう寝ている。よっぽど疲れていたのだろう。 「それじゃあ…僕も。」 ラズマは静かにベッドに入っていった。予想通り柔らかく、肌触りもよかった。 「(では、起きたら私に声をかけてくれれば。)」 「はい。」 まぶたを閉じれば色々な出来事が甦って来る。そしてその境目も分からずにラズマは夢の中へと入っていった。 37章 バラン 終わり |
リン♪ | #15★2007.12/22(土)17:35 |
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38章〜信頼〜 >現実世界で擬人化していたとしても、夢の中では元の姿になるらしい。現にラズマは今、一匹の『ピカチュウ』として、ダイヤの形を依然として変えないシャウルと向き合っていた。 >「…ねぇ、シャウル…」 >いつもはキラキラと輝く目を見せているが、今のラズマの瞳は曇っていた。 >「…何だ?」 >シャウルにもその目の色は伝わっているらしい。…シャウルは僕の中にいるからみんな分かるのかな…そんな事を思いつつ、ラズマは話し始めた。 >「昔は敵同士だったのに、今は何もなかったように話せるって、どうして?」 >「バランとローのことか?」 >間を空けずに返ってきた問いに対して、ラズマは力なく頷いた。それを見ると、シャウルは一言 >「信頼だ。」 >とだけ言った。が、ラズマには少々説明不足だったらしく、指を顎に置いて考え始めた。そして >「…互いの信頼しあう心?」 >曖昧だったからほんの少し、自信のなさそうな声で言った。でも、正解だったらしい。シャウルはその後には何も付け足さなかった。…しかし、 >「僕にはあまり分からない…。」 >細く、か弱い声を喉から発すると同時にラズマは長い耳をだらんと垂らした。…というのも、黒龍に民を壊され、自身の命まで奪われかけたローの気持ちを、母親を強奪されたラズマには痛いほど分かる。誰よりも分かるかもしれない。 >…が、その痛みを負わせた者を簡単に許すことだけは理解できなかった。 >と、シャウルがここで口を開いた。 >「…だが、いつまでも恨み合っていては転機は来ない。…二人はその『恨み』という壁を越えた事によって信頼を得た。」 >「えっ…」 >一瞬驚いたせいなのか。耳をピクンと上げ、目を開いた。その焦点はシャウルにしっかりと結ばれている。 >「…考えを…変えたの?」 >心の曇りが晴れていくのが分かる。その証拠に心と並行して、ラズマの目に映っていた曇りも消えていっている。 >「そうだ。」 >「でも、どうやって?」 >「…『恨み』を越える程の『信じる心』を二人が持った。」 >それでラズマの心の曇りは完全に消えた。 >「凄い…」 >ラズマの心は夕焼け空に輝く星のように、うっすらと煌き始めた。 >「誰かへと何かを思う気持ちは一つだけではない。優しさや怒り、喜びや憎しみ…その秤の傾きが変化したとき、考えは変わる。」 >「バランはローに対して『救う』という気持ちを、ローはバランに対して『サポート』という思いを持った…」 >ラズマは自覚も無く、自然と口を動かしていた。シャウルは、顔も無いダイヤ型だから本当かどうかは分からないが、ほんの少し笑ったように思えた。 >「…それが二人を変えた大きな物だ。」 >その時にラズマの心を遮る物は一切なくなり、澄み渡った心が輝いていた。 >「シャウル…ありがとう。」 >シャウルは何も言わなかった。しかし、それはラズマが十分理解したのだと、確信した証拠でもあった。 >と、その沈黙が続く中、二人以外の声が轟いた。 >「ラズマ!」 >その声は遥か上から聞こえている。 >「…えっ?」 >その方向を向いた途端、シャウルとの距離が一気に離れていき、その姿が見えなくなったと同時に周りが明るくなった。 そして、ラズマは目を覚ました。夢の前に見た記憶と同じ景色に加わって、ある者の顔が間近にあった。 「…バランさん?」 夢の最後に聞いた声の主をラズマは覚えていた。…バランだ。 そのバランは珍しく、焦った様子でラズマを起こしていた。 「ラズマ…起きたか。早く外へ。」 「えっ…でも、ローさんを呼んだほうが」 「早く!」 そのバランの一声でラズマは今、何がどうなっているのかは分からないが、どのような状況なのかを理解した。 …良くないことが起きている。 バランはすぐに一方の壁の近くまで走っていき、ラズマはベッドから降りては、シーツも直さずにバランの元へと向かった。その足元をよく見ると、来たときには気づかなかった模様が描かれていた。正三角形と逆正三角形をちょうど中点で合わせると出来る形だ。 と、バランはモンスターボールを取り出した。 「頼んだ!」 そう言って出したのは『エーフィ』だった。 「一階の前までテレポート!」 「フィッ!」 エーフィが鳴くと同時に景色が歪んでいく。…だが、心なしか、今までの中で一番遅く感じる。…それは自分が焦っているせいなのか?…そう思うのはバランも同じらしい。上下の歯が割れそうな力で食い縛っている。 景色の変化がようやく終わり、一階に到着した事を告げた。バランはすぐに駆け出すと同時に、エーフィをボールの中へ戻した。その後を一歩遅れてラズマが追う。 「俺も起きた時にローを呼んだ。」 やや砕けた口調で、走りながらバランが話し始めた。 「だが、ローは来なかった。…忠実なあいつが…。」 緊張と走っているせいで息がしづらい。心臓もせかしている様に小刻みに鳴る。 「そうとなると、一つの考えしか思い浮かばない!」 ようやく『司令塔』の外へと出た。ローの言っていた通り、部屋の時間には差があって、こっちはまだ月が出ている夜だった。 その月明かりが照らすのは… 「っ!!」 『偽神』を使っている『黒龍』がいた。…しかも、その量が半端ない。どこを見ても隊員が目に映る。所々で住民が戦っているが、時間の問題としか言いようが無い。 「あいつか、民自体に危険が迫っているという事だ!」 そしてバランは地面を最大の力で蹴って走り出した。…その手には『光の剣』が持たれている。 そして、ラズマは今までとは全く違うバランの目の色を決して忘れることは無かった。 …それは冷静さを失い、何かを必死に求める目だった。 …同時に、命を懸けてでも、必死で何かを守り通そうとする決意を宿した目だった。 知らずのうちに、ラズマも走り出していた。 その手に『弓』を持って… その目に決意を宿して… 38章 信頼 終わり |
リン♪ | #16★2008.02/24(日)12:50 |
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39章〜罠〜 >「(ラズマ、何処へ!?)」 シャウルが話しかけても、走りながらでも、ラズマは光の矢を出す事を止めようとはしなかった。…いや、止めることなど出来なかった。 >「(バランさんと目的は同じだよ!)」 [バシュッ!] 光の矢が『偽神』のポケモンにまた当たった。 「ギュゥゥッ!」 そのポケモンは悲鳴を上げた後、目の輝きを取り戻した。…その光景を今日で何度見たかなど、ラズマは覚えていなかった。覚えている暇など、何処にも無かった。 この民の住民は今もどこかで必死に抵抗をしている。あちこちで重なる音がラズマに助けを求めているようにも思えた。 大きな爆発音、金属が強く叩かれるような音、ガラスが大きく割れる音…その全てが、ラズマには悲鳴に聞こえた。 …だが、そんな中でも決して希望を捨てない住民達が必ず居る。…そうでなければ、戦いの音など聞こえないはずだから。 必死に戦っている住民は、たとえ相手が心を全て力に変えられた『偽神』であっても、民を守る為に戦っているのだ。 そのおかげで、光の矢を受けた『偽神』のポケモンは体力を減らされていて、大半は一発で浄化できた。 >「(バランさんだって、この民を守りたいと思っていた…)」 『司令塔』を出るときに見たバランの目の奥には、確かにその意志があった。当然『ロー』を助けたいという気持ちも、その中にあった。 >「(僕だって…この民を守りたい。)」 住民達だって、頑張っているんだ…勝てないと思っても、力が違いすぎると分かっていても、誰かが助けに来てくれると信じて… と、その時、シャウルが張った声で言った。 >「(ラズマ、司令塔の最上階へ!)」 >「(…最上階?どうして?)」 なぜ戦争の起きている地上よりも司令塔の最上階を優先させなくてはならないのか…ラズマにはよく分からなかった。 >「(まず第一に相手は何を求めて民を襲っているのか…分かるか?)」 >「(…ポケモンが多いから?)」 >「(それも一つだが…)」 そしてシャウルは答えを言った。 >「(水晶だ。)」 水晶…それは唯一神だけが操ることの出来る物、神の力となる物… >「(そういえば…)」 ローが話していた中で、『バランは水晶に手をかざした』と言っていた。…もし、目的がずっと変わらないとすれば…相手は『水晶の力』を得ようとしている。 だが、そう説明するには、一つだけ引っかかる物があった。 >「(でも、バランさんが手をかざした時は、何もならなかったって…)」 17年前、バランは自らを偽神化し、水晶の力を操ろうとした。が、力を得ることすら出来なかった。 だが、シャウルは何一つ変わらない口調で言った。 >「(そのときは…だ。)」 と、ラズマの頭の中で一つの答えが出された。 >「(…薬が進化している…?)」 シャウルは何も言わなかった。…それが彼の『正解』という意味であることを、ラズマは分かっていた。 >「(その頃の技術では駄目だったとしても、今の技術なら…17年もあれば、十分考えられる。)」 一息の間を開けてシャウルは続けて言った。 >「(彼らの本当の目的は『水晶』だ。…だが、それを確実に手に入れるには、道を開く必要がある。)」 >「(…地上にいる人たちは時間稼ぎの為に…?)」 >「(そうだ。)」 と、ラズマは矢を構えるのを止め、全力で民の外へと向かって走り出した。こめかみに、ぬるい汗が一つ伝った。…これは罠だった。時間を稼ぐための… …本当の目的を持った人物は司令塔にいる… 時々後ろに振り返りながら走り、4回目ぐらいに後ろを見た時には、全てが平地になっていた。…それは、ラズマが結界の外に出た事を示していた。 それを確認すると、ラズマは叫んだ。 「フレイルさん!!」 走ってきたせいで息が整っていない。叫んだ後には、すぐに息が上がってしまった。 と、上空で尻尾の炎を炎々と燃やして、こっちに向かって飛んでくるリザードンの姿が目に入った。…フレイルだ。 幸運なことにもフレイルは『偽神』のポケモン達には目を付けられていなかったらしい。後ろから付いてくるポケモンは一匹もいなかった。 猛スピードで滑空してきたフレイルはラズマの頭上で、翼を地面に叩き付けるように羽ばたかせては、スピードを殺した。抑えられた空気が突風となり、ラズマの全身にぶつかってきた。 ラズマのすぐ隣にフレイルが降りると、フレイルは首を伸ばしたたまま、頭を低くさせた。 ラズマは急いでフレイルの背中に乗った。同時に、ゴーグルを取り出して、しっかりと付けた。 「『司令塔』の最上階へ!」 思わず肉声になっても、気にしてなどいられなかった。 ラズマがそう言った後、フレイルは再び翼を思いっきり羽ばたかせ、体を浮かせていった。ラズマ達が高くなるにつれ、だんだんと景色も凝縮されていった。 と、フレイルは翼を叩き付ける方向を変え、結界に向かって飛び始めた。一瞬にして景色が変化し、月光を浴びて鈍く光る司令塔が目に映った。…この高さであっても、司令塔の最上階までには低かった。 フレイルは高度を上げながら『司令塔』へと飛び始めた。その時に聞こえる風を切る音さえも、幾つもの悲鳴が重なっているように聞こえた。 ふと地上を見ると、光の線が休むことなく描かれていた。時々形を変えながら描くそれは…バランだった。 『光の剣』によって出された光が動き、その後を尾が引いていく事によって、線に見えていたのだ。 (…バランさんだって頑張ってるんだ。) ラズマにはそう思う時間しか与えられなかった。眺める間もなくその景色も流れていき、とうとう『司令塔』の最上階がくっきりと見えるほどに近づいた。 と、最上階の側面付近に大きな穴が開いている。…紛れもなく誰かが中に入っている。 「(フレイルさん、あの側面から入れますか!?)」 フレイルは焦点を穴へと合わせた後、ラズマに目を配った。 「(勿論。…行くぞ!)」 そう言うと、フレイルは再び目線を戻し、四角錐の司令塔を取り巻くように飛びながら近づいていった。1回転、2回転… [ヒュォッ…] そして、フレイルは司令塔へと入った。その瞬間、耳元で鳴っていた風の音がハサミで切ったようにピタリと止んだ。 四角錐の上部でも、フレイルが飛び回れるぐらいの広さはあった。フレイルは体を起こすようにして着地した。 フレイルが止まると同時に、ラズマはゴーグルを取り、階段を探すと…あった。上へと続く道が。 ラズマは階段を駆け上がった。早く、とにかく早く… やっと視界が開いた。と、同時にラズマの目にはローの横の姿が飛び込んできた。…が、体のあちこちが傷付いていた。 と、その時、ローに向かって赤い体のポケモンが突進してきた。 (!!) ラズマは考えるよりも早く、弓を出して矢を射た。 「グルゥッ!」 ローに攻撃が当たる寸前、矢がそのポケモンを貫いた。 呻き声を上げた後、そのポケモンは目に光を戻した。…よく見るとそのポケモンは『ハッサム』だった。 「(…ラズマ…)」 朦朧としている目を、ローはラズマに向けた。 「…ローさん…」 と、別の声が耳に入ってきた。 「へぇ…ヒーロー登場…か。」 …その声を聞くことは覚悟していた。 階段の壁の死角になって見えなかったがもう誰だか分かっている。…それはラズマが今まで見てきた中で最も冷酷な人物、許せない人物… そしてラズマは一歩前に出て、声の主へと戦意の目を向けた。…予想通り、白銀の髪を持つ彼はそこにいた。 「…ヤイバ。」 39章 罠 終わり |
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