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 ソコは出口の無い部屋であった。
 侵入者を閉じ込め、餓死させる為の罠なのだろう。
 もしかしたら、餓死の前に酸欠で死ぬのかもしれない。
 とは言え不幸中の幸いな事に部屋はかなり広い。一晩程度ではその様な心配は無いと思われた。
 その部屋の中心で、皆守と八千穂は唯一の明かりであるジッポライターを挟んで向かい合うようして腰を下ろしていた。

「九龍クン、心配しているかな?」

 八千穂は膝を抱えたまま、自分達が落ちて来たと思われる天井を見上げて呟いた。
 自分の注意力が足りなかったばかりに遺跡の罠にかかり、この部屋に落とされてしまった訳だが、
その際に、精一杯手を伸ばして自分を助けようとしてくれていた葉佩の表情と叫び声が思い起こされる。
 落下する最中は自分の死を覚悟していただけに、何も思い浮かばなかったが、
今にして思えば自分もそんな葉佩の名を叫んで手を伸ばしていたから、割と恥ずかしいかもしれない。
 そんな事を思い出しての、不安半分、照れ隠し半分の呟きであった。

「……どうだかな」

 皆守は気の無い様子でそう答え、座っている事すら面倒になったのか、そのまま後ろに倒れこむように横になった。
 葉佩の背後に位置していた皆守は罠にかかる事は無かったのだが、葉佩同様に八千穂を助けようと動いてしまった挙句
自分も罠にかかり、八千穂と同じ部屋に落ちてしまったのだ。

「お人好し過ぎるアイツの事だ、少なくとも放置して進むって事は無いだろう」
「それはそうだろうけど……」

 それでもどこか不安げな様子を隠せない八千穂とは裏腹に、皆守は開き直って大きな欠伸をしている。

「まぁ、そういう訳だ。悪いが俺はアイツが助けに来るまで眠らせてもらう」

 そう言って皆守は目を閉じた。

「え? ちょ、ちょっと、皆守クン!?」

 そのままイビキでもかき始めてしまいそうな皆守に、八千穂は慌てて声をかける。
 ただでも不安があるこの暗い部屋で、一人押し黙って葉佩を待つのは寂しく、苦痛だった。


「……なんだ?」

 睡眠を邪魔されて不機嫌そうな皆守に、八千穂は必死に言葉を捜す。

「えっと、その、そうだ!! この際だから、おしゃべりしようよ」
「ハァ?」

 ポンと手を打ち、名案だとばかりに微笑む八千穂に、皆守はげんなりとした顔を見せた。

「なんでそんな事しないといけないんだ?」
「だって私達友達なのに、御互いの事あんまり知らないでしょ?」

 ソレは事実だ。
 八千穂は葉佩と、皆守も葉佩とそれなりの付き合いがあり、その結果3人組になる事は多いが、
八千穂と皆守が二人きりで居る事は今まで一度も無かった。

「そもそも、俺はお前の友達になった覚えは無いんだがな」

 皆守は八千穂に背を向ける形に改めて寝転び、話す気は無いと無言で主張する。
 しかし、八千穂は八千穂でそんな事に構う様子はない。

「前にも言ったでしょ。友達の友達は、友達だって。九龍クンと友達の皆守クンは、九龍クンと友達の私の友達でもある訳」
「…………」
「だから、ココで私達がおしゃべりしても何らおかしい事は無いでしょ?」
「……やれやれ」

 放っておいても八千穂は延々と話しかけ続けてくると悟り、根負けした皆守は体を起こし、八千穂に向かって座りなおした。
 その流れでアロマパイプを咥えライターを手にとった皆守は、アロマに火を付けて再びライターを床に置き、大きく深呼吸してから、「で?」と尋ねる。

「俺とお前が友達だと言うのを百歩譲って認めるとして、それで何を話すって言うんだ?」
「色々あるでしょ。例えば、最近ハマっている好きな食べ物……とか……」

 言いながら、八千穂は「例えを間違えた」という表情を浮かべる。
 一方、皆守は呆れた様な表情を浮かべており、一言だけ「カレー」と解りきった答えを返す。

「……うん、それは、知ってる、ね」

 と言うか、彼を知るものならば大半は知っている情報ではないだろうか?
 苦笑しがら八千穂は必死に話題をさがし、

「あ、それじゃあ、好きな異性のタイプとかどうかな?」

 コレだ!!とばかりに八千穂は目を輝かせた。
 普段から無気力で、ただでも人付き合いを煩わしく思っているクラスメイトの好みの女性のタイプだ。八千穂自身、少なからず興味がある。

 しかし皆守は先ほどと同じような表情で、やれやれと首を振っている。

「お前な。互いに知らない事を出し合うのが目的じゃないのか?」
「え? そうだけど……どうして?」
「どうしてって……。お前さっきから互いに知らない話題を出してないじゃないか」

 だから、互いによく知らない話題を挙げた筈だ。
 そう考える八千穂に、皆守は溜息混じりに「だから……」と続ける。

「お前は葉佩みたいなヤツがタイプなんだろう?」

 その言葉に、八千穂は一気に顔を赤くした。
 首を激しく横に振って、皆守の言葉を否定する。

「ちょ、ちょっとまってよ皆守クン!! な、何で、私が、九龍クンを、その、えええぇぇぇ!?」
「ん? 違ったのか? あいつの転校以来、事ある毎につるんでいたからそうなんだろうと思っていたんだが……」
「ち、ち、違う!! そんなことは無いよ!!」

 両腕を使ってまでの大げさな抗議に、「わかったから、少し落ち着け」と言葉をかけ、皆守は少しばかり意外そうな表情を見せる。
 八千穂は手を胸に当て、軽き息を乱しながら、それでも首を横に振り続けている。

「確かに九龍クンは優しいし、結構カッコいいし、いい人だけど、そこまで……好きだとか嫌いだとかまで意識した事は無いよ」
「へぇ。それじゃあどんなヤツがタイプなんだよ?」
「それは、そのう……」

 皆守の問いに、八千穂は言葉に詰まった。
 皆守に問われた事で改めて自分を見つめなおしているのか、そのまま少しだけ押し黙る。

「……ぁ」

 そして、何かを思い当たったのか、小さく声を漏らした。
 赤くなった顔を伏せ、八千穂は困ったように上目遣いで皆守を見た。
 その視線に、若干の困惑と羞恥の色が見える。
 その普段の溌剌としている様子とは違い、普段以上に女の子らしい八千穂の様子に、皆守は少なからず戸惑いを受けた。

「皆守クンが……先」

 ポツリと、皆守の目を見ながら八千穂はそう呟いた。

「……何?」
「だ、だから、皆守クンが先!! 大体、この質問を先にしたのは私なんだから、皆守クンが先に答えるのが筋でしょ?」

 今までのおとなしさとはうって変わり、大声でまくし立てる八千穂。
 先ほどからの様子の変わりように調子を乱されっぱなしの皆守は咳払いをひとつして、頭を掻く。

(八千穂を助けようと動いたり、そのせいで罠にかかったり……。本当に、今日はらしくない)

 そんな事を考えながら皆守はアロマを吸い込んだ。