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 いつのまにか二人の間から言葉は消えていた。
 皆守と八千穂は互いに無言のまま、小さく燃えるライターの火を眺めている。そして時折互いを見ては、すぐに目を逸らす。
 傍から見れば、まるでお見合いでもしているかのような光景だった。
 二人は自分達のそんな様子に若干の違和感を覚えているものの、その違和感をハッキリとは気に留めていない。

「ふぅ……」

 八千穂は小さく息を吐き、襟元に指を入れてパタパタと征服の胸元を扇いだ。
 皆守は一瞬戸惑ったような表情を見せたが、すぐに理解する事が出来た。
 今まで気づかなかったが、八千穂だけでなく皆守も額に汗を滲ませている。
 現金なもので、一度暑さに気が付いてしまうと余計に暑く感じてしまうらしい。
 制服を脱ぐ事が出来ない八千穂には悪いが、皆守は制服の上着を脱ぐ事にした。

「……ぁ」

 上着を脱ぐ皆守に気付き、八千穂が小さく声を上げる。

「ん? ああ、暑かったから脱いだんだが……俺だけ悪いな」
「え? あ、ううん。気にしないで」

 やはり暑いのだろう。八千穂は赤い顔のまま苦笑し、再びライターの火に視線を戻した。
 ……が、やはり自分も薄着になりたいのか、チラチラと皆守に視線を向ける。

「八千穂……?」
「な、なんでもないってば」
「無理しなくてもいいんだぞ? 俺は後ろを向いて居てやるから……」

 そう言って、皆守はライターに背を向けて座りなおした。

「その……アリガト」

 恥じらいを含んだ八千穂の声と少し遅れて流れてきた衣擦れの音を背中越しに聞き、皆守は苦い表情を浮かべて頭を掻き毟る。
 上着を脱いだというのに、涼しくなるどころかむしろ暑さは増している。
 先程から様子のおかしい八千穂の件といい、たかが衣擦れの音程度でココまで動揺している自分といい、長い間暗闇に身を委ねていると精神に異常をきたすのかも知れない。
 今は一刻も早く地上に出て、新鮮な空気と合わせてアロマが吸いたい気分だ。

「……あ」

 少しでもリラックスしようとパイプを咥えた所で、皆守は肝心の火が自分の背後にある事に気が付いた。
 振り向く訳にもいかず。かといって八千穂にライターを取ってもらうのは、一瞬とは言え八千穂を暗闇に放り込む事になる。
 皆守は舌打ちしてパイプを懐に戻した。

「あの、皆守クン?」

 八千穂には珍しいおずおずとした声で呼ばれ、皆守は思わず振り返りそうになったのを堪える。

「その……話してくれないの?」
「何を?」
「だから、皆守クン好みの女性のタイプ」

 何だかんだで話さずに済んだ事を内心喜んでいたと言うのに……。

 皆守は向き合えない今の状況をダシにして有耶無耶にしようと考えた。

「お前な……こんな状態でか?」
「でも、さっきまで何かおしゃべりしようって言ってたじゃない」
「ソレはそうだが……今は状況が違う。話し難いし、聞きにくい。諦めるんだな」
「そっか……それじゃあ仕方ないよね」
「ああ、仕方ないな」

 よし、うまく逃れた。
 皆守が小さくガッツポーズをとっていると、八千穂は何かをぶつぶつと呟き始め、

「うん。少し恥ずかしいけど、皆守クン、こっちを向いてもいいよ?」

 そんな事を言ってのけた。

「な――お前、自分が何を言ってるのか分かってゲホッゲホ!!」
「だって、皆守クン向かい合わないと話してくれないんでしょ?
 だったら、向かい合って話してもらえばいいだけじゃない。簡単な事でしょ?」
「お、お前なぁ……」

 思わず「何を考えているんだ」とガラにも無く説教をしてしまいそうになる。
 普段の何とも無い時ならば冷静で居られるだろうが、今の状況では制服を脱いでいるであろう八千穂と向かい合い、
なおかつ冷静で居られる自身は無い。
 とはいっても今日の八千穂は妙に頑固であるし、既に決心しているらしく。
 無視すれば八千穂の方から皆守の正面に回り込んで来かねないのも事実だ。

「ったく……」

 皆守は本日何度目かの覚悟を決めて、ゆっくりと振り返った。
 八千穂を見ないように視線を床に向けながらライターを取り、懐から出したアロマにすばやく火をつける。
 目を閉じて深呼吸し、ラベンダーの香りを胸いっぱいに吸い込み、吐き出す。
 1,2,3、とゆっくり10まで数え、自分に鉄の仮面を被せる気概で目を開けた。
 皆守の眼前に、下着姿の八千穂が迫っていた。

「ぅおわぁ!?」
「きゃあ!?」

 互いに裏返った悲鳴を上げ、飛び退る。
 八千穂は慌てて制服で胸元を隠し、真っ赤な顔をしながら皆守を睨んだ。

「急に目を開けて叫ばないでよ!!」
「無茶言うな!! 目を開けたら目前にお前が迫っているなんて思わないだろ!!」
「だって、皆守クンったら目を閉じてじっとしているんだもん。そのまま寝ちゃったのかもって思うじゃない」
「寝るか!!」

 不機嫌そうに鼻を鳴らし、皆守はゆっくりと改めて八千穂を見る。
 次の瞬間。コンセントレーションで作り上げた、常に冷静で居る為の鉄の仮面は何の効果も見せず、
皆守は口を半開きにして下着姿の八千穂に見惚れていた。
 この部屋に閉じ込められて以来八千穂の言動の一つ一つが新鮮で愛しく見えてしまう事があったが、今回はそれらの比ではない。
 今日は部活が無いと言っていたが、ソレも関係あるのだろう。
 八千穂はいわゆるスポーツブラをしておらず、普通のシンプルなデザインのブラをしていた。

(いや、それ以前に。そもそも俺は八千穂がどんな下着を着けているのかなんて知らないじゃないか。
 ……何を、普段はスポーツブラをしているような考え方をしているんだか)

 ふとそんな事実を思い出し、訂正をしておく。どこぞのエロ爺でもあるまいし……。
 ともかくそのおかげで、綺麗で柔らかそうな谷間が皆守の目に映っていた。

 それにしても妙な気分だ。
 生徒会絡みの件を除いて、他人にココまで興味を引かれたのは珍しい。
 少なくとも高校に入ってからは皆無だし、ましてや女の子に見惚れる事など今までの人生で一度在るか無いかだ。
 だと言うのに先ほどからの自分の視線は、ライターの明かりにゆらゆらと照らされている八千穂の瞳や、
意外と豊かな胸、無防備な足元から除くショーツ等、その様な箇所を行ったり来たりしている。

「皆守クン?」

 惚けている皆守に、八千穂が首をかしげて声をかけてきた。
 皆守の視線に気付いているのか気恥ずかしそうに身を小さくしていのが皆守の劣情を誘う。

「ん、あ?」
「……話してくれないの?」

 やはり、そして何故か若干の上目遣いの八千穂。
 それなのに、皆守は自分が大きく胸打たれているのを感じていた。

「あぁ、その、なんだったかな?」
「だから、皆守クン好みの女性のタイプ」
「それは……だな……」

 頭は煮えたぎるように熱く、真っ白で、何も考えられない状態だというのに、皆守は半ば無意識に言葉を漏らす。

「明るくて――」

 視線が八千穂の瞳から、頬、首筋、胸元へと流れてゆく。
 眩暈する、体が熱い、喉が激しく渇いている。
 それでも視線は流れ続け、へそ、太腿、そしてストライプのショーツへと移って行く……。

「健康的な――」

 視線はループし、八千穂瞳へと移る。そこで八千穂と目が合った。
 皆守は言葉を失った。
 コレではまるで、目の前に居る少女の事を指しているみたいではないか。
 八千穂は一瞬だけキョトンとした様子で首をかしげ、

「それじゃあ……」

 膝を組んで座るのを止めたかと思うと、手を床に付いて身を乗り出すように皆守に体を寄せた。
 大きな胸が揺れ、ブラから零れ落ちそうになる。
 四這いの八千穂の姿に、皆守は頭を殴られるような衝撃と興奮を覚えた。
 目の横の血管がズクズクと波うっているのが分かるほど、激しく血が滾り、全身から汗が噴出してくる。
 既に下半身はズボンをはちきらんばかりに膨張して軋みをあげていた。
 そんな皆守に気付く様子も無く、八千穂は上手くバランスをとりながら片手を頭へと伸ばし、お団子にした髪を下ろした。

「髪は……もっと長いほうが皆守クンの好み? それとも、短いほうがいいかな?」