* リアル獣姦展開含 *
変化たちの森 1
父親が突然亡くなった時、ヤン・ウェンリーは15歳と5ヶ月を少し過ぎたところだった。仕事の最中の、生身対走行中の車の事故、運転手の過失に間違いはなく、加害者側がそれを素直に認めたために、事件としての事は簡単に済んだ。
学校から帰ったばかりのところに突然入った電話、何が起こったのかは理解しても、その時点で受け入れていたとは言い難く、一応はきれいにされた父親の死体と対面しても、ヤンはまだほんとうのところを把握してはいなかった。
美術品の売買を生業にしていた父親は、商才豊かとはお世辞にも言えない、けれど人の良い、商売人には不似合いな誠実さを仕事仲間たちには愛されて、急な葬式に人たちは複雑な表情を並べ、知己であるヤンの父親の不幸な急死を、息子であるヤンが驚くほど真摯に悼んでくれた。
5歳の時に母親は病死し、元々親しく付き合っていた風でもなかった母親側の身内とはそれで縁が切れてしまい、父方の家族も、商売下手で借金の心配の多かったヤンたちにあまり近づこうとはせず、父親の死に、見せずに動揺していた少年は警察で他の家族に連絡をと言われても、自分以外の誰も思いつけない始末だった。
そんなヤンのために、葬式や埋葬の手続きに手を貸してくれたのは、学校の校長であるシドニー・シトレ、そして後輩のダスティ・アッテンボローとその家族、それから、父親の仕事の上で付き合いのあった、弁護士のアレックス・キャゼルヌだった。
アッテンボローの家族は、これからひとりになるヤンに対して、何なら住んでいる家を引き払って自分たちのところにおいでと申し出てくれたけれど、好きなことに熱中すると他のことはすべて忘れてしまう父親に、適当に放置されて育ったヤンは、アッテンボローの他に娘の3人いる家族の中に入り込んでゆく気持ちはなれず、心底残念がるアッテンボローの家族たちへ、丁寧に辞退の返事をした。
シトレ校長は、学校をさぼらずにきちんと卒業さえすればいいと、ヤンのまだ小さな肩を叩き、幼い娘がふたりいるキャゼルヌは、ヤンの父親の早過ぎる死を他人事ではないと思ったのか、
「まあ、おまえさんの好きにするさ。親父さんに頼まれてた通り、金の心配はないようにしてやるよ。」
規定の弁護士費用を随分割り引いた請求書に、自宅の電話番号を書いて寄越して来た。
妻の病死で考えたのかどうか、ヤンの父親は、商売下手に似合わない──それとも、それゆえか──気の回し方で、息子にはまったく知らせずに、自身にたっぷりと保険を掛けていた。
その処置はキャゼルヌに一任されており、商売に関する借金の返済、ヤンがそれを継がずに廃業すると言うならそのための費用、そして自身への死亡保険、父子の家庭がいつまでも物的な貧しさの縁を恐る恐る歩くような暮らしをする羽目になっていたのは、父親の商才のなさだけではなく、身の丈に合わないこの保険の支払いのためでもあったのだと、その時初めてヤンは説明されて、けれどヤンは彼を恨むよりもただやれやれとため息をこぼし、父親そっくりの黒い髪をくしゃくしゃかき回した。その仕草も、死んだ父親そっくりだった。
すべてが終わってみると、ヤンがひとりで生きて行くなら、まあ死にはすまいと言う程度の金が残ることになり、住んでいる家はすでに父親のものだったから、雨風をしのぐ場所の心配はなく、とりあえず高校を卒業して、その先はそれから考えようとヤン少年は決めた。
14歳以下なら法的に定められた保護者と同居、それが無理なら施設へと言うことになるところだったけれど、身の振り方の決定権は15歳のヤン自身にあり、父親と住んでいた家にこれからもひとりで住み続けると言う決心を、必死に翻しに掛かる身内も親しい人たちも、ヤンには残されていなかった。
ヤンの家は、街から車で20分ほどの、山と言うのか丘と言うのか、長い坂を上がった辺りへあり、アッテンボロー宅はもっとずっと街へ近い辺り、そしてヤンの一番近い隣人は少なくとも300m先に、ヤン同様ぽつんと住んでいて、ヤンの毎日を特に間近に見ている誰もいない。
ヤンにすれば、生前も父親は別にずっと家にいたわけではなく、いたところで息子のヤンをそれほど気に掛けていたわけでもなく──金の心配のないようにと、真剣に考えてはいたのだと今は分かるけれど──、ひとりの暮らしに特に変化はないのだった。
シトレ校長は、ヤンが毎日学校に来ていることを必ず確認し、福祉の何とか委員と言う誰かがひと月に一度、ヤンがきちんと暮らしていることを確かめにやって来る。それを少しばかり鬱陶しいとは思っても、それが彼らの親切心から出ていることと知っているヤンは、それが癖の、あちこち跳ねる黒髪をくしゃくしゃ指先でかき混ぜながら、どうもと気の入らない相槌を打つだけだった。
自分ひとりきりの生活は、特に不便でもなかったけれど、特に快適と言うわけでもなく、父親と一緒にいた頃と結局大きな違いはなかった。
街に出る時は、アッテンボローの家族が車で一緒に連れて行ってくれたし、時々の週末や特別の祝日の夕食には、常に家族の一員として招かれもした。その誘いを、受けたり受けなかったり、ヤンは適当な気まぐれを発揮して、そして不思議と、その気まぐれで人を不愉快にはさせない、それは父親譲りの温厚さかどうか、ヤンはそんな少年だった。
東洋系のほとんどいない街で、ヤンの明らかに東洋人の容貌は、目立つより先に背景に紛れ込み、名字を先に記す名前も、ヤンをファーストネームと思われてそちらで呼ばれても、ヤンはそれを正すこともしない。代わりに、周囲の人たちの、ファーストネームが先に来る表記を自分のそれとごっちゃにした振りで、彼らを名字でばかり呼ぶのも、小さな反骨心かあるいは単なる天邪鬼か、指摘されてもヤンが頭をかいてごまかせば、誰もそれ以上何か言うのをやめてしまう。
両親を失くして天涯孤独になったヤンに集まった同情はやがて静まり、ヤンの暮らしは、傍目には何の変化もないように見えた。
慌ただしく半年が過ぎ、16歳になった瞬間、ヤンは車の免許を取ることをアッテンボローの両親に相談し、商売の仕方を父親の背中で学んだのかどうか、ヤンよりもさらに山の頂上に近い辺りへ住む老女が、街に住む娘夫婦のところへ引っ越すと言うので売りに出していた古い、けれど丁寧に手入れされていた車をほとんどただ同然で手に入れ、実技に少々不安はあったものの、見事に免許を手に入れて、15になったばかりのアッテンボローをひどくうらやましがらせた。
初めてひとりでその車を運転し、家の周囲をぐるりとひと回りして、亡くなった時にもう処分してしまった、父親の仕事用の大きなバンが停まっていた場所へ自分の車を慎重に駐車させると、ヤンは自分の運転ぶりに一応満足して、車のキーを取った。
振動が止まり、静かになった車の中で、ヤンはポケットの中で車のキーを握りしめたまま、フロントガラスから眺める自分の家が、1年足らず前に父親が見ていた同じ風景なのだろうと不意に思いついて、ひとりで泣いた。
葬式の時にも流れなかった涙を、自分のものになった車の中で流して、父親がいた時もひとりだったように感じていた自分は、今はもう間違いなくひとりぼっちなのだと、確認するように空の助手席へ掌を置いて、ヤンはひとり泣き続けた。