* リアル獣姦展開含 *
変化たちの森 7
ぼんやりと開けた目の前は、真っ暗だった。物の形も分からず、どこかにあった腕を持ち上げて自分の顔に触れて、そうしてその腕をかすめたあたたかな掌に気づくと、ヤンは思わず、「ラップ・・・?」
掌だけではなく、自分の上に乗る重みに向かって、そう呼び掛けていた。
重み──一際濃い人影は、ヤンの声には答えずにそのまま腹の上を這い上がって来て、声を出す代わりにヤンの唇へ触れて来る。
鼻先がかすかにこすれ、そして自分の頬へ落ち掛かって来る髪のふわりとした感触に、ヤンは辺りの闇と同じ色の目を大きく見開いた。
──ジェシカ。
驚きに声を奪われ、やっと見え始めた白い顔のにじんだ輪郭と、そうする間にも自分の躯にもっと近く触れて来る、想像した通りのジェシカの指の細い華奢な掌に、ヤンが喉から発した音はすべて舌の奥に張り付いて、からからに乾上がったそこからどこにも行かないまま消えてしまう。
どうして、と訊こうとして、ヤンの喉は伸びて声が割れる。ラップの触れ方とは少し違う、もっと恐る恐るの、柔らかな動き。
何か言おうとするたびに、ジェシカの唇にそれを奪われて、ヤンはじきに言葉を発する気を失ってしまった。
そう必死に努力するよりも、ジェシカの掌のぬくもりに溺れてしまう方がずっと楽だった。流されて、溺れて、ラップよりもずっと薄い肩や首筋の線に、きっとラップもそこに触れたのだと思いながら自分も手を伸ばして、今は、想像するラップの掌に自分の現実の掌を重ねて、ヤンはジェシカに触れていた。
ジェシカの指がヤンの髪にもぐり込んで来て、きれいな髪ねと、とてもきれいな声で言う。きれいなのはそっちの方だと、ヤンはぼんやり考えた。
どうして、とまた思う。どうしてこんなことをするんだろう。ジェシカがこんなことをするのは、ラップとであって、自分とではないはずなのに。
ジェシカは、同じ声で、ラップの髪に触れて、あの猫の毛並みのような柔らかさに微笑みを浮かべるのだろうか。ヤンがラップにそうするように。
ジェシカはシャツを素肌に着たきり、その下には何も着けていず、ヤンの震える手を取って、自分の肩は首筋に触れさせる。ラップにそうした時を思い出しながら、ヤンはジェシカのシャツの裾へ、背中へ向かって手を滑り込ませた。
冷たい肌。腰の辺りの丸みに驚きながら、背中の薄さにも驚いて、ラップとは全然違うと、ヤンの手指は時折戸惑いに動きを止める。
いつの間にかヤンのシャツをまくり上げて、ジェシカはヤンのみぞおちや肩に両手で触れて、ジェシカが体を倒すと、胸のふくらみが触れて来て、その冷たさにヤンはひやりと背筋を震わせる。平たく重なるには少し厚みが邪魔で、どこまでも指先の沈み込むジェシカの二の腕の柔らかさは、逆にヤンを怯えさせた。
触れたこともない女の子の円やかさは、未知と言う意味でヤンには恐怖しか感じさせず、このまま自分のすべてがジェシカの中に取り込まれて、そのまま融けて自分はいなくなってしまうのだと、ヤンは考えた。
何が違うのか、それともヤンのせいなのか、ジェシカの躯は冷たいまま、それでもかすかに汗で湿って来るのが不思議で、そう思うヤンの躯も、ジェシカが触れれば熱くはなるけれど、みぞおちの辺りは冷えたきりだった。
ジェシカの手指に、反応はする。けれどそれはラップの時とは違って、何がどう違うとヤンは頭の中で説明もできず、ジェシカに抱きしめられながら、ヤンが考えるのは、ラップが抱くジェシカ、ジェシカが抱くラップ、自分が触れるラップ、自分に触れるラップ、ここにいるのはジェシカと自分だけなのに、ラップから一瞬も頭が離れない。
ジェシカはヤンの上で体を起こし、シャツを頭から抜き取った。ジェシカの裸の体がヤンの目を突き刺し、ヤンは慌てて目を閉じて、直視を避けようとした。
なだめるように、改めてジェシカの指がヤンに触れて来る。そうして、導かれながら、ヤンはジェシカと繋がった。
何が起こっているのか、よく分からなかった。全身の皮膚がすべて、ジェシカの動きに集中し、そうするらしいと知識だけはあっても、現実に起これば事態を把握すらできずに、何も知らずに何もできないヤンをあやしながら、ジェシカ自身も慣れていると言う風ではなく、それでもジェシカは、顔を覆っているヤンの手を取り、自分の腰へ添えさせると、ヤンの掌のぬくもりがそこへ馴染んだ頃に、それなら次はと段階を踏んで、ヤンの掌をもっと上へ移動させる。
ヤンの掌の中にきれいに収まる、ジェシカの丸い乳房。下から包み込むようにと、ジェシカの手に教えられて、ヤンは怖くてただ触れる以上のことはできない。柔らかさも冷たさも、ヤンにとってはすべてが謎でしかないそれ──それら──を、自分の乱暴さで壊してしまわないようにと、考えるのはそればかりだ。
互いの皮膚は冷たくても、繋がった内側はあたたかかった。気持ちがいいと、思うそれはぬるま湯のようで、ラップの膚とは違うとまた思って、ヤンはふと、目の前のジェシカの白い肌の上に、重なるラップの掌を思い浮かべた。
自分のよりも骨の太い、掌の厚い、ラップの手。ジェシカの肌の上に走る、ラップの手指。ジェシカが、こうするのだと教えてくれた同じように、ラップもきっとジェシカに触れたのだろう。そっとか、あるいはもう少し強くか。
突然、ジェシカの上に無数のラップの手型が浮かび上がり、それを追うように、ヤンは掌をあちこちに滑らせ始めた。
ラップの皮膚の上よりもなめらかに、ヤンの手指がそこを走る。ヤンの指先は柔らかさに驚き続けながら、自分の上で動くジェシカの全身に、休みなく触れ続けた。
終わらないまま、ジェシカが、そっとヤンから躯を外した。ほどけたヤンの躯は勃起を保つことができずに、いつの間にそうなったのか、コンドームの膜に包まれた自分のそれを、他人の体のようにヤンは下目に眺めて、無感覚に無感動に、うまくできなかった自分を恥じる気持ちすら、中身のよく分からない自己嫌悪のような急降下の気分に引きずられて、闇のどこかに霧散してゆく。
ヤンが黙っているのをどう取ったのか、ジェシカがヤンを引き起こし、両腕の中に抱きしめに来た。
ジェシカのせいではない。そう言おうとしてうまく舌が動かず、結局ヤンはジェシカの細い肩に額を乗せたまま、身じろぎもしなかった。
「ジャン・ロベールのことが、好きなんでしょう。」
いたわるような、それは確かにすでに大人の女性の声で、私もよと続けたジェシカは、
「私もジャン・ロベールも、あなたのことが好きよ、ヤン。」
そう言われて、ヤンは混乱した。
ヤンの後始末をして、ジェシカは再びシャツを身に着けると、呆然としているヤンの手を引きソファから立ち上がらせる。
行きましょうと言われて、一体どこへなのか、ヤンはもうジェシカへ掛ける言葉のひとつも思いつけず、今日起こったことのすべてにはどんな意味があるのかと、見つかるはずもない答えをうろうろとひとり探し続けている。
道に迷った子どものように、ただジェシカに手を引かれて、ヤンは階段を上がり、ジェシカとラップのいた部屋へ連れて行かれ、ドアを開ける前に、ジェシカはヤンに、触れるだけのキスをした。それから、ヤンの髪を撫でてから指先で混ぜ、
「あなたの髪、好きよ。」
それが何よりも重要なことだとでも言うように、ジェシカはヤンの耳元へひそやかな息と声を注ぎ込んで来る。
ヤンは自分の頬が赤いことには気づかず、足を踏み入れた部屋の中には明かりがなく、かすかに見えるのはベッドに白く盛り上がったラップの剥き出しの肩だけで、血の上がった熱い頬をジェシカに見られないように撫でながら、ヤンは相変わらずジェシカに手を引かれたまま、ジェシカに続いてラップのいるベッドへ上がった。
「ジャン・ロベール。」
ジェシカが、ラップの肩を軽く揺すって声を掛ける。近々と顔を寄せる仕草は、明らかに恋人同士のそれで、ヤンはその眺めに心臓の跳ねるのを感じながら、ラップの素肌に何の躊躇もなく触れるジェシカに、今ではどちらに嫉妬すればいいのか分からずに、そう言えばついさっき階下で起きたことを、ラップは知っているのだろうかと、ヤンは突然不安に襲われる。
「ジャン、ヤンも来たの。」
ジェシカに揺り起こされ、ラップが寝ぼけた声でジェシカを呼んで、顔を振り向けながらこちらへ寝返りを打って来る。ラップはいかにも慣れた風にジェシカの腰に腕を回し、その下の素肌を探る手付きにもまったくためらいがない。
毛布を中へジェシカを招くのに、ヤンがいるせいで端が持ち上がらずに、ラップはそれをいかにも可笑しそうに声を立てて笑う。その笑顔は、確かにヤンの知っているラップだった。
「お前も来いよ、ヤン。」
一度ベッドを降りたヤンを、毛布の端をめくって、ラップが手招きする。
ヤンのベッドよりも広いけれど、3人には明らかに狭いそこへ、ジェシカはラップの隣りへもう体を横たえ、その背へ向かって、ラップがヤンを招んだ。
ヤンがためらった十数秒の間に、ジェシカはまたシャツを脱ぎ、ジェシカの裸の背中越しに見えたラップも何も着けてはいず、
「全部脱いで・・・早く来いよ。」
ラップの声の底に、ヤンは確かに必死の響きを聞き取った。
ジェシカが顔だけヤンに振り向き、手を振る。
「寒いの。だから──」
毛布を持ち上げたまま、早くしろと急かされて、ヤンは結局戸惑いながら服を脱ぎ、下着も取って、ベッドの端へ足を差し入れ、知らない獣の巣にでも入り込むように、そっとジェシカの背に近づいた。
毛布の中で素早くラップの腕が伸びて来て、ジェシカを越えてヤンをもっと近く引き寄せると、3人の体はひとつになったように重なって、どこへ置けばいいかと迷ったヤンの腕は、ジェシカが引き寄せて、自分とラップの間に差し入れさせる。
少し動いただけで、足や背中がベッドの縁からはみ出しそうで、この中では明らかに邪魔者に近いヤンはできるだけふたりへベッドを譲り、薄い体をいっそう引き伸ばして、毛布の中で自分の心臓の音だけを聞いている。
ラップの手はジェシカの腰へ落ち着いた後で、あくまでさり気ない風に、そこから指先を伸ばしてヤンに触れて来る。腿に押し付けられたラップの掌に、止めようもなく勃起が始まり、ヤンはできるだけそっとジェシカから躯を引いて、それを悟られまいとした。
ヤンの赤い頬が、ラップから見えているのかどうか、腿に置かれた手は次にはヤンの脇腹を撫で上げて、みぞおちへ落ちようとしたのを、やめろよとヤンが肩を小さく振って止めると、ラップとジェシカは同時に笑い声を立てて、ジェシカの背中は一瞬ヤンから遠ざかり、細い腕がラップの首に絡みついてゆく。
「──ヤン、一緒に、同じ大学に行こう。」
唐突に、ラップが、まるでこの冗談の一部のように言う。
「ジェシカが行く大学に、オレと一緒に行こう。」
ラップの手が、ヤンの肩を掴む。
「そんなの・・・」
無理だと、残りの言葉が喉に詰まった。
一度離れたジェシカの背中へまた引き寄せられて、その狭い間で、ジェシカがくるりとヤンの方へ体の向きを変えて来る。突然、鼻先の触れる近さでジェシカと見つめ合って、ヤンは視線を外して遠ざかるタイミングを見つけ損ねた。
「私は先に行くけど、また、3人で、一緒に──。」
なぜふたりが、ヤンをそこに含もうとするのか、ヤンには分からなかった。
自分の首へ両腕を伸ばして来て、唇を寄せて来るジェシカをこの距離では拒めず──拒む気があったのかどうか怪しかったけれど──に、ヤンはジェシカの柔らかい舌先に唇を割られながら、思わず寄せた眉間から、ジェシカ越しに向こうのラップを見やる。
ジェシカのうなじへ唇を当てて、そうしながら、ラップもヤンを見ていた。
ヤンの拒否の言葉はジェシカが吸い取って、今この場でだけは、ラップとヤンは一緒にジェシカを追って同じ大学に行くのだと、密約のできたような形になり、疑問と困惑と混乱は消えないまま、けれど心の底で、ヤンは、ふたりが自分を数えて3人と言うその言い方に、脳の中心が溶けるような心地好さを感じていた。
酒を飲んだことはないけれど、酔っ払うとこんな風に気持がいいのかもしれないと、今はジェシカを正面から抱いて、伸ばした腕の先にはラップがいて、この形が、自分が求めるものなのかもしれないと思い始めている。
案外、ジェシカとラップのふたりでは、ジェシカの両親がいい顔をしない、それならもうひとりいればいいと、そんな風に考えついただけのことかもしれなかった。便利に使われているだけだと、端からはそう見えるのかもしれない。けれど、それだけではない繋がりがラップとヤンの間にあり、今ではジェシカとヤンが繋がって、3人はもう、誰が欠けるわけにも行かない、そんな形になってしまっているのかもしれない。
秋から必死に成績を上げれば、何とかなるかもしれない。もしだめなら、もう1年頑張ればいい。それなら多分大丈夫だ。これから出る成績表の中身を想像しながら、ヤンは、この思いもしなかったふたりからの申し出を、もう受ける気になっている。
そうか、父さんの家を出るのか。
ゆるい山道の途中にある、父親とふたりきりで暮らした家。父親はもういない。ヤンに行くなと言う誰もいない。ヤンが決めたことに、誰も口出しはしない。大学の学費の話をきちんとしなきゃなと、父親が死んだ時に世話になった、弁護士のキャゼルヌのことを思い出し、そうか、ともう一度思って、ふたりの間でやっとぬくもり始めたジェシカの体を、ヤンはそっと自分の方へ引き寄せるようにしながら、ちらりと上目にその後ろのラップを見て、今夜初めて、心からの笑みを浮かべた。
6月の末、ジェシカの卒業式の後のプロムの夜、ドレスに身を包んだジェシカとタキシード姿のラップの婚約が、親しい友人知人の間に伝えられ、ヤンがそれを知らされたのは、その夜ふたりが事故で死んだと言う連絡と同時にだった。