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30日間好きCPチャレンジより

01 - Holding hands / 手をつなぐ

 坐れない程度に混むことはあっても、身動きできないほどになることはないはずの電車が、今日はひどく混んでいる。ふたつ前の駅から突然乗り込んで来た中学生の集団で、車両の中の空気はむっと淀んで、ドアの傍へ追いやられた承太郎と花京院は、互いに向き合って肩を縮めていた。
 お揃いの、種類の違うユニフォームに身を包み、彼ら──男の子たちばかりだ──は何かの大会へ参加した幾つかの違うチームのようで、顔とユニフォームの汚れ具合と表情の明るさから、決勝辺りへは進めた強豪チームだろうと推察できた。
 花京院の肩へは届きそうな、それでもまだ伸びしろのある少年たちは、ふたりのたった数年前の姿だけれど、もうほぼ青年の彼らには、その少年たちはひどく幼く映っていた。
 「何だか懐かしいな承太郎。」
 ちょっと喉を伸ばして、承太郎の耳元近くへ、花京院が小さくささやいた。
 「あんまりやかましくねえのが救いだな。」
 花京院の声の低さに合わせて、それでもよく通る声で承太郎が応える。
 「多分中学生の時の君よりずっと行儀がいいと思うぞ。」
 その頃の承太郎を知らない花京院が茶化すように言うと、承太郎はちょっとむっとして、花京院はそれを見ておかしそうに唇の端を軽く上げた。
 体育の授業や部活動から縁遠くなって久しい。こんな風に、ユニフォームや体操服を着て、泥と汗にまみれた互いの姿を、ふたりはちょっと遠い目で思い出している。もっとも花京院は、腹に負った傷のせいで、体育のほとんどは見学だった。それでも、それ以前には自由に校庭を走り回れた自分の姿を、今目の前にいる少年たちの埃まみれの横顔に重ねて、花京院は思わず遠ざかった笑みの上に、複雑な表情を重ねた。
 花京院の心中を、今では花京院自身よりも素早く読み取れる承太郎は、その横顔に浮かんだ色の意味を正確に理解して、花京院の代わりに目を細めながら唇の端を下げる。
 うまく慰めたり気をそらしたりするのは苦手だ。だから承太郎は、自分の背後にスター・プラチナを静かに呼び出して、気配だけを強めて、花京院のハイエロファント・グリーンを引き出そうとする。承太郎の思惑通り、スター・プラチナに引きずられるように、ハイエロファントがおずおずと花京院の肩辺りから顔を覗かせて、時折本体に気づかせずに姿を現す自分のスタンドに、花京院はちょっと目を剥いた。
 主に逆らうと言うほどのことではないけれど、それでも、他のスタンド──スター・プラチナだけだ──にこんな風に反応するハイエロファントを、ちょっとたしなめるように横顔に眉をひそめて、花京院はハイエロファントを自分の中へ引き戻そうとした。
 するりと、それを止めると言う風でもなく、スター・プラチナがハイエロファントへ腕を伸ばし、素早く掌同士を重ねに来る。花京院が自分の腕──ハイエロファントの腕──を引こうとするよりも早く、ハイエロファントはごく自然にスター・プラチナのぶ厚い掌へ長い指を滑らせて、スタンドたちはそのまま手を繋いで、近々と顔を寄せ合った。
 おい、とハイエロファントを通して承太郎へ──スター・プラチナへ花京院が声を掛けても、スター・プラチナも承太郎も知らん振りで、むしろ花京院を煽るように、スター・プラチナがぎゅっとハイエロファントの手を握って来る。ハイエロファントも、花京院の意思になどお構いなく、素直にその手を握り返した。
 誰にも見えねえ、心配するな。
 承太郎が──スター・プラチナが言う。
 花京院の掌に、しっかりと承太郎の掌の感触があり、花京院はもう諦めて手を離そうとすることもやめ、ちょっと赤く染まった頬をうつむけて、そこから上目遣いに承太郎をじっと見る。
 まだ出会ってはいなかった中学生の頃の互いを想像しながら、今ではすっかり大人の男の掌がふたつ、誰にも見えないやり方で繋がれている。
 次の駅で、中学生たちがどやどやと降りてしまっても、ふたりはドア付近へ奇妙な近しさで立ったまま、そこだけ空気の色がひと色周囲よりも濃いように見えるのは決して錯覚ではなかった。
 主たちよりももっと真っ直ぐに見つめ合うスタンドたちは、繋いだ手の指先を互いの指の間に滑り込ませて、電車を降りて正確に1歩分離れて歩く主たちの後ろを、ぴったりと寄り添うように歩き続けている。
 主たちの頬だけが、そこだけ幼い子どもにかえったように、ひそかに薄赤い。

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