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お題拝借 / お題bot*@0daib0t

そして続く道 - 内側

 下に敷き込んでいたキリコの、背中へ腕を差し入れて、そうしてシャッコは力任せにキリコを抱き寄せた。
 胸をほとんど合わせるようにして、キリコも決して小柄ではないけれど、クエント人のシャッコと体を近寄せればまだ成長し切らない少年のように見えて、軽々と膝の上に抱えられる形に、繋がったままの躯が内側で少し角度を変える。呻く声を喉の奥で殺して、キリコは思わずシャッコの首にしがみついた。
 両脚の絡み合うように、近々と寄った躯をいっそう添わせながら、重なる胸と腹の間で汗が滑る。
 シャッコの大きな掌がキリコの背中を支え、軽くまた揺すり始める躯の、送る律動が今はいつもと少し違った。キリコの内側はそれに素早く反応して、皮膚の下を波打たせ、体の末端へそれが伝わり、まるで逃げるように体を反らすのに、シャッコは腰へ巻いた腕へいっそう力を込める。
 キリコの体はねじれ、シャッコに触れながら離れて、両膝はシャッコにすがりつくように幅を狭めて腰を挟みつけ、内側へ丸まった爪先の、少しだけ伸び掛けた爪が、シャッコの膚をひっかいた。
 意外な鋭さの痛みが、けれど背骨の奥へ伝わる頃には奇妙な熱に変わり、シャッコは勝手に先走りしそうになるのを必死で押しとどめながら、焦点の合わないキリコの、熱っぽく潤んだ瞳を覗き込んで、だらしなく開きかけた唇へ自分の唇を押し当てようとしてから、代わりにそこへ親指を差し込む。
 舌の上にあふれた唾液が、ぬるりと絡んで来る。同じような熱さが、別のところにもあって、そのまま指先を全部キリコの口の中へ差し入れてしまいたい気持ちがふと湧いたけれど、長い指が喉の奥へたどり着けば、吐き気を誘われるだろうキリコの苦痛の表情が想像だけで胸のどこかを刺し、そのくせその表情がもう少し先で見せるはずの快の表情とさして変わりのないことに思い至ると、舌の上に置いた親指をもっと奥へ進めてみたい気になって、そうしない代わりに、シャッコはキリコの舌の少し奥の、体温の上がる辺りを強く押した。
 キリコはそうされて舌を伸ばし、まるで何かねだるようにシャッコの指を舐め、熱に浮かされた瞳が、ぼんやりと視界を狭めてシャッコを見つめて来る。
 膚を重ねて、自分たちを囲む空間を狭く切り取り、ふたりは体温でぬくめられた空気の、どこか淀んだように溜まるそこへ汗と呼吸の湿りを足して、手足を互いの躯に絡め合って、嵩張るはずの躯を小さく小さくする。
 腕と手指を伸ばして触れたいのは互いだけだ。互いの呼吸の触れる近さで鼻先をこすりつけ合って、重なる下腹がキリコのそれをこすり上げ、躯と皮膚の上のあちこちで生まれる熱は、ただ膨れ上がる一方だった。
 また、キリコの爪先が、シャッコの背中のどこかをひっかいてゆく。後で湯を浴びれば、赤く浮き上がるかもしれないその線を、自分で確かめることはできず、代わりに、キリコの首筋や腕の内側に残した自分の唇の跡を、シャッコは今下目に眺めた。
 額を合わせ、鼻先をすり合わせ、その合間に唇を触れ合わせながら、躯の繋がりを視線で表わすように、ふたりは互いに目を凝らして、躯を離せば後は乾いた汗の跡しか残らず、だから噛んだ跡でも押し付けた指の跡でも、何か確かに抱き合ったのだと分かるしるしが見えるように、血の色の上がった膚を、さらに強くこすり合わせる。
 キリコの熱に溶かされて、シャッコはいつも、自分たちがひとつの何かになってしまったように感じる。汗に滑る皮膚の、そこから融けてしまうと思うのはもちろん錯覚だ。色の違う皮膚に隔てられて、ふたりはいつまでも別々のふたりのままだ。それでも、熱と粘膜を触れ合わせて、確かに何かが融け交じっていると、錯覚ではなく信じられた。
 ふたりの皮膚が同時に波打ち、そしてキリコがシャッコの首に両腕を巻いて、髪の中へ指を差し入れて来る。シャッコの銀色の髪を掴み、絡めて引き、強張った膝頭が、シャッコの腰を強く蹴った。そうして、喉の奥から漏れる声が、湿った呼吸と一緒にシャッコの肩口へ掛かる。息の生温かさは、直後に食い込む歯列の痛みで、あふれ出る熱に変わった。
 キリコの内側にはシャッコの熱が弾け、キリコの熱はふたりの下腹の間へ弾け、ぬるりと、汗とは違う熱さが皮膚と粘膜を伝い、窒息の瞬間を思わせる筋肉の収縮の後を、脱力が追って来る。
 キリコの青い瞳から、あの浮かされたような熱が次第に引き始め、シャッコはそれを惜しんで、またキリコの唇へ自分の親指を押し当てた。
 まだ繋がったままの躯に倣うように、キリコは素直にその指をまた舐め、舐めながら、瞳の端へまた熱を呼び戻し、シャッコはそこに映る小さな自分の姿を、溺死する人のようだと思った。
 砂漠だらけのクエントで、シャッコが溺れたのは水ではなく、逃れることなど考えもせず、あれきり溺れたままだ。
 キリコが、シャッコの肺を満たしてゆく。肺だけではなく、全身を満たして、あふれさせて、それは底もなくどこまで深く、引きずり込まれたその底なしの底で、呼吸すら忘れた自分を、シャッコは幸せだと思った。
 キリコもそうだろうかと思いながら、繋げたままの躯が、再び兆して来るのに、キリコの青い瞳の中に溺れるために、そこへ飛び込んでゆく。抱いたまま倒したキリコの躯に埋もれ切るように、シャッコはキリコに覆いかぶさり、そのシャッコの肩の、キリコはまた同じところへ歯を立て、ぎりぎりと噛んだ。
 シャッコの背中を、キリコの足が滑ってゆく。重ねた足首に引き寄せられて、シャッコは黙ったまま、ふたりのいる底に躯を横たえた。ふたりを閉じ込めたその小さな空間で、空気がぬるく揺れて、また始まるかすかな波の間に、ふたりの立てる騒々しい音をすべて吸い取ってしまった。

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