そして続く道 - 膝裏
シャッコの掌が、キリコの膝裏へあてがわれた。促されるまま素直に脚を開いて、キリコは体を寄せて来るシャッコへ向かって、知らず胸を反らすようにしている。重なる胸の間で汗が流れて滑り、ごつごつと喉同士が触れ合って、押し込まれる時には必ず感じる痛みの、けれど決して痛みだけではない感覚に、キリコは声を噛み殺した。
シャッコの体を脚の間に挟み込んで、爪先をさまよわせると、シャッコの腿の裏側へ当たる。終わった後で洗い流す湯の染みて初めて気づく小さな引っ掻き傷を残しながら、キリコは揺すぶられる躯を、できるだけ近くシャッコへ添わせた。
開かれる躯の奥で感じるシャッコの形は、少し前に口の中で、舌と歯列と頬の裏側が輪郭を余さず読み取っている。張りつめた皮膚の敏感さはキリコも我が身で知っている。だから、唾液で濡らしながら、いつもできるだけ丁寧に触れる。触れて、舌の先で描くようになぞる輪郭の、波線や直線や流線の激しさも穏やかさも、躯の奥で感じるまま、キリコにははっきりと脳裏に思い描くことができた。
躯をこんな風に繋げて、それは相手の求めたことだと、ずるい言い訳が互いの頭の中にある。求めるように仕向けた気がする。欲しがっていたのは自分の方かもしれないと、素直に認める声がないでもない。それでも、相手のせいにしていた方が気楽だ。求められて、だから素肌を晒して、躯を開いて、傷つけやすさを相手に明け渡して、こんな、欲しがる自分の姿を見せることに一抹の不安と羞恥を抱えながら、それでも、今さら弱味を利用される心配は必要なかった。
信頼とは、こんな形でも表わされるものなのだと、シャッコの肩へしがみつきながら、キリコは思う。
欲しいと言えばいい。シャッコが自分を欲しがっているのを、恐れずに受け入れればいい。肌のぬくもりが欲しいと、思うことが何かに反することなら、人と人が関わりあわなければならないこの世の成り立ちの方がおかしいのだ。
孤独を、キリコは決して嫌っているわけではなかった。それでも、誰とも触れ合わず、名前さえ名乗らず、言葉を発するやり方さえ忘れるような、そんな風にひとり歩き続けることにはもう疲れ切っている。自分が選んだ孤独なら耐えられる。けれど、あらゆることから切り離され、壁の中にひとり閉じ込められたような生き方を、もう受け入れ続けることはできなかった。
知ってしまった人の肌のぬくもりを、キリコはもう拒むつもりはなく、躯を繋げるこんなやり方でそれを味わえるなら、そうするだけのことだと、どこか投げやりにも思える風に、キリコは考え続けている。
ずっとおまえを待っていたと、シャッコが言った。切なげでも、淋しげでもない、平たい声で、ベルゼルガのターンピックの話をするのと同じ調子で、シャッコが言った。
キリコと一緒にATの整備をする同じ手つきで、シャッコがキリコに触れる。そしてキリコも、同じ手つきでシャッコに触れる。こうして抱き合うことと、ATを肩を並べて駆ることと、ふたりにとっては大した違いはない。同じことを一緒にする、それだけのことだ。
それでも、これが決して他の誰とも交わさない、交わしたいとは思わない類いの、恐ろしいほど親密な触れ合い方なのだとふたりは知っていて、なぜ互いなのか、互いでなくてはならなかったのか、そう問い続けていることはおくびにも出さず、黙って触れる掌をゆっくりと互いの膚の上に滑らせる。
シャッコの手がまたキリコの膝裏へ掛かり、そのまま上へ持ち上げた。キリコの下肢が少し持ち上がって、シャッコへ違う角度を伝える。ふたり同時に、変化した感覚へ一瞬息を飲み、その感覚を伝え合って、キリコもシャッコもそこで熱を増した。
シャッコの躯が、さらに近く寄る。押し込むのではなく、ただ躯の重なりを深くして、そうしながらほとんど自分の肩に乗せるようにキリコの脚を胸に向かって折り畳ませ、目の前へ来たキリコの足へ、シャッコは思わず唇を当てる。
脚ごと抱いたキリコの、汗に濡れた額へ自分の額をこつんと当てて、シャッコは不意に唇の端を上げた。それは、笑みと読み取れないほどかすかな笑みだったけれど、同じようにキリコも唇の線をゆるめ、ふたりは鼻先の触れ合う近さでそうして微笑み合い、間遠な瞬きの間に、互いの瞳に映る自分の小さな姿を確かに見ていた。
汗に濡れた、色の違う髪が絡む。額の穏やかな線がこすれ合って、皮膚が立てる音が骨に直に響き、それは確かに繋がったふたりの躯へも震えて伝わった。
平たく躯を開いて、無防備な自分を晒して、キリコはそれでも静かな心持ちで、シャッコの体を抱きしめた。
色の深いシャッコの瞳の中に、溺れるように浮かんでいる自分が見える。
今だけはそこで溺れてもいいのだと思いながら、キリコは膝裏へ触れたままのシャッコの手へ、自分の掌を重ねて行った。