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果てしなき凍土
 
「ね、アレン……少し休まない?」
 ぐったりした様子で、ムーンブルク王女プリンが提案した。
「なに言ってるんだよ、もうすぐ出口が近いってのに。それに、こんな所に休める所なんてあるもんか!」
 確かにここは、ロンダルキアに続く洞窟。恐ろしく強い魔物がうようよする、魔の巣窟だ。
「じゃあ、戻りましょう。これ以上は無理よ」
「せっかくここまで来たんだぜ。あと戻りなんて、できるか!」
 そう言うと、ローレシア王子アレンは二人の仲間を置いて、さっさと先に行ってしまった。
 それまで黙って二人の会話を聞いていたサマルトリア王子クッキーは、アレンを追いかけ、こう言った。
「僕もプリンの意見に賛成だ。僕たち魔法を使う者にとって、MPが枯渇した時は死と同じ意味を持つんだ
よ 」
「俺はどうせ魔法を使えないからな。そんな難しいこと、わからねえよ!」
「僕は皮肉を言ってるわけじゃない、今なら引き返せると言っているんだ。勇気と無謀は違う。次にもし戦いが
あったら、リレミトできる保証は無いよ」
「クッキー……いいわ。リーダーはアレンなんだもの。わたし、わがまま言ってごめんなさい」
「でも、プリン……」
「いいの。ありがとう、クッキー」
 にっこりとプリンは笑った。

「おい、回復頼む」
「……」
「……」
「なんだよ、MP切れたのかよ……じゃあ、薬草」
「さっき使ったので最後よ」
「アイテムも無しかぁ。仕方ない、クッキー、リレミトだ。脱出しよう」
「……すみません」
「なんだよ! リレミトも出来ないのかよ! 役立たずだなっ!」
「アレン! クッキーになんてこと言うのっ!」
「役立たずだから、役立たずだって言ったんだっ! 文句あるかっ!」
 二人がもみあっている内に、足元が崩れ落ちた。落とし穴だ!
「わあっ!!」
「きゃあ――っ!!」
 黒い闇が、ぱっくりと口を開ける。
 逃げ遅れたクッキーとプリンが、闇の中に消えてゆく。
「クッキー!! プリーン!!」
 アレンは穴に向かって叫んだ。

 クッキーは咄嗟にプリンを引き寄せ、頭を抱えるように彼女を抱きしめた。
 ドサリと鈍い音がして、硬い地面に二人は投げ出された。
「う、ううん……」
 痛い。ここの穴は特別深かったみたい。
 プリンは、ゆっくりと半身を起こした。
「クッ…キー…?」
 ゴツゴツとした硬い岩の上に、クッキーが倒れている。
 おびただしい血が彼の体から流れ出していた。
「クッキーッ!!」
 這うようにプリンはクッキーの元に近づく。
「あああ、なんてこと……クッキー、目をあけてっ! しっかりっ!」
「プ……リン……?」
 泣きながら、プリンは自分のスカート部分の布を持っていたナイフで切り裂いた。止血しようというのだ。
 クッキーの傷に押し当て、なんとか止血しようとする。しかし傷は深く、広範囲すぎた。
「プリン……無事で……よかった…」
「しゃべっちゃだめよ! あ……」
 プリンの耳に、ヒタヒタと近づく魔物たちの足音が聞こえてきた。
「……逃げて……僕はもう……」
 クッキーが、かすれた声で言う。
「わたしがクッキーを置いていけるわけないでしょう!!」
「大丈夫……ルビス様がついてる……アレンも……もうすぐ来るよ」
「わかった。アレンを呼びにいくわ! でも、階段がわからないの!」
「僕の袋に…マッピングがある。見せて……」
 プリンはクッキーの袋を外し、地図らしきものを取り出して、彼に見せた。
「このフロアなら…ここから九時の方向…に階段があるよ……」
 
 だが、遅すぎた。魔物たちは血のにおいを嗅ぎ付け、すぐそこまで押し寄せてきていたのだ。
「ダメ……敵が多すぎるわ!」
 クッキー庇うプリンの前には、魔物の群れが取り囲んでいた。
「……プリン……僕に考えがある……言う通りにして。いいね!」
 クッキーの、いつにない強い語気に呑まれ、思わずプリンは頷いた。
「……走って……プリン……できるだけ遠くに!」
 クッキーの口からは、プリンが聞いた事のない、不思議なフレーズの呪文が詠唱された。

「  メ  ガ  ン  テ  ッ  !! 」

 カッ! とまばゆい閃光が走り、爆風にプリンは足元をすくわれた。
 倒れこむ彼女の上を、熱砂が吹き抜ける。


「……リン……プリン……大丈夫かッ!」
 アレンの声に、プリンは顔を上げた。
「アレン! アレン! 早くっ……クッキーを!」
「プリン……」
「……クッキーを……!」
「……」
 アレンの顔はひどく蒼かった。
「なぜ答えてくれないの、アレン!!」
「……」
「まさか……」
 制止しようとするアレンの腕を振り切って、プリンはクッキーの倒れていた場所に向かって走った。
 
 ――それは凄惨な光景だった。
 黒焦げの魔物の死体が、まるでオブジェのようにひとつに固まっている。
 その中心部だけ、やけに白く円形に焼け残っていた。
「クッキ――ッ!」
 プリンの絶叫が洞窟内にこだました。

 プリンのすみれ色の瞳から、とめどなく溢れる涙が、クッキーの頬に降り注ぐ。
 事切れて、冷たくなったクッキーの体を、彼女はしっかりと抱きしめた。
「プリンには、黙っていてくれって言われてたんだ……」
 いつの間にか隣で膝を抱えて座っているアレンが、うつむいたまま呟く。
「――クッキーが、メガンテを使えるってこと」
「メガンテって、自分の命と引き換えに敵を討つ、自己犠牲呪文の?」
「男と男の約束だったから――くうううっ! クッキー!!」
 プリンはアレンが泣くのを初めて見た。
 彼女は、号泣するアレンの肩に、そっと手を置いた。
「帰りましょう、アレン。クッキ―を早く生き返らせてあげたいの……」

 二人はクッキーの遺したマッピングを頼りに、入口までたどり着いた。
 アレンは、クッキーをそっと抱きかかえ直すと、キメラの翼を天に向かって投げた。


「申し訳ありませんが、わたしの手には負えません」
 ベラヌールの教会に駆け込んだ二人に向かい、神父はすまなさそうに言葉を濁した。
「生き返らないって……どうして!」
「ご遺体の状態がひどすぎるのです。骨はほぼ全体が骨折していますし、内臓も……」
「そんな……クッキーは意識もあったし、魔法まで使ったのよ!」
「それは奇跡です。よほど強い意志をお持ちの方だったのですね……常人なら痛みで気を失っているところ
ですよ」
「プリンが心配でたまらなかったんだろう。あいつは、いつも自分より仲間を優先する奴だったから……」
「せめて、ご遺体を綺麗に清めて差し上げましょう」
 神父は人を呼び、クッキーの眠る棺桶を教会の奥に運ばせた。

「クッキーが死んだなんて、サマルトリア王や妹さんに言えないわ……」
「クッキー、俺のこと、恨んでいないかな……」
「アレン、クッキーがそんな人間じゃないってこと、あなたが一番よく知ってるでしょう?!」
「ああ! でも、恨んでくれた方が気が休まるんだよ!」
 アレンは顔を覆った。

「お二方っ! 少しお聞きしたいことがあるのです!」
 息を切らして神父が走ってきた。
「あのご遺体の方は、もしや勇者ロトの縁者ではございませんか?!」
「隠してもしょうがないか。いかにも、あいつはロトの子孫、サマルトリアの王子だよ」
「それでは大丈夫ですッ! あの方は、蘇生できるでしょう!」
「ホントかっ!!」
「神父様、お願いします!!」
 アレンとプリンは、手と手をとって喜びの声をあげた。

「ご遺体の方の服の紋章を見て、気が付いたのです。先程は血で汚れていて、わかりませんでした」
「紋章がどうかしたのか」
「こちらをご覧下さい」
 神父は天井を指差した。
 天井には、ルビス神と、不死鳥ラーミアが描かれている。
「古い言い伝えによりますと、この地を大賢者様が訪れ、この教会を建て、こう言い残して去ったそうです」

 ――世界が再び闇と破壊に包まれんとする時、ラーミアを胸に抱く勇者現れ、禍根を絶つであろう――

「そして、その時はどんな不可能をも可能にする、聖なる力で勇者は復活を遂げると!」

 すっかり清められたクッキーを前に、神父が蘇生の儀式を始めた。
 棺桶に香入りの聖水がまかれ、聖書の朗読が始まった。
 「――彷徨える、勇者ロトの末裔にしてサマルトリアの王子クッキーの魂を、この肉体に戻し給え!!」

 ルビス様っ! お願いです! クッキーを生き返らせてください!
 あいつはまだ死ぬのには早すぎる! ルビス様! クッキーを俺たちに返してくれ!
 プリンとアレンは一心に祈りを捧げた。

「……う……うぅん……」
 クッキーの瞼がゆっくりと開き、彼は棺桶からむっくりと起き上がった。
「やったあああぁっ!!」
「よかった! クッキーッ!!」
 不思議そうに辺りを見回すクッキーに、二人は抱きついた。
 二人の涙が、クッキーの服を濡らす。
 だが、今度の涙は嬉し涙だった。
  
 それから暫らくして、三人は再びロンダルキアに向けて出発した。
「さぁ、行こう!」
「うんっ!」
「ええ!」
「今度は同じ轍を踏まないからな!」
 真顔で、アレンは後ろにいるクッキーに言う。
「気にしてないよ、アレン」
「クッキー、いいのよ。アレンは少しぐらい慎重な方がいいわ」
「ちぇ。クッキーは優しいのになぁ」


 ロトの血筋で結ばれた彼ら三人の前には、これからも幾多の困難が待ち構えているに違いない。
 しかし、彼らには仲間がいる。かけがえのない仲間たちが。
 例え、強大な敵が行く手に立ちはだかったとしても、彼らは撃破してそれを証明する事だろう。
 不可能な事は何一つ無いのだと――。
( 完 )  2002/05/18
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DQ最高難易度と謳われるFC版を基にしたつもりですが……実はFCプレイしてな(ry