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いつか陽光の下で
 
 地下都市ペルポイに、夕闇が迫っていた。
 否、正確に言うならば、たいまつの火を調節して人工的に夜を作り出しているのだ。
 魔物を操る邪教の大神官ハーゴンを恐れ、この地の人々が地下に潜伏するようになって久しい。
 そのハーゴンを倒すべく集結した私たち"ロトの末裔"は、つかの間の休息に浸っていた。

「今夜は、何処に行くつもり?」
 窓辺で、細々と燃えるたいまつの炎を眺めていた私――ムーンブルク王女マリアは、ちらりと――ローレシア
王子アレフの方を振り返った。
「うーん、そうだなぁ」
 その長身をもてあまし気味にソファーに寝転んで、天井を見つめているアレフの視界に、華奢な金髪の少
年が入り込む。
「アレフ、もう決まってるくせに」
 おかしそうに、その少年――サマルトリア王子カインは笑った。
「決まっているなら、教えなさいよ。今夜の夕食の場所は、あなたが決める番でしょ」
 私は椅子から立ち上がった。
「マリア、アレフはね、気になってる人がいるんだよ」
「ばっ、ばか! そんなんじゃねぇ!」
 凄い勢いでアレフが否定する。
「どういうことかしら。くわしく教えて」
「どうもこうもねぇよ。バカバカしい!」
「あら、そう。じゃあカインに聞こうかしら。ね、カイン、アレフは一体何をそんなにあせっているのかしらね?」
「マリアも聞いたでしょ、あの歌」
 私には心当たりがあった。宿に入る道すがら、街の中に流れていた、甘く切ない恋の歌を。
「ああ、あれね」
「アレフはあの歌を生で聞きたいんだよね」
「まぁ、意外にロマンチストなのね」
「うるへ!」
 あら、赤くなってる。可愛いところあるじゃない。

「それにしても、この街は密閉されているせいか、暑いね〜」
「空気孔位しかないから、熱がこもるんだろ」
「でしょう? そう思ってね。は〜い、二人ともこれを着てちょうだい!」
 私は先ほど店で購入しておいた、半そでの開襟シャツ状になった短い上下の服を渡した。
 いつもと同じ服じゃ、リゾート気分が味わえないものね。
「ありがと、マリア!」
「気がきくじゃん」
 さっそく二人は、私の買ってきた服に着替え始めた。
 私も別室でお召し替え。
 以前は、一人で着替えなんて想像もしなかったけど、今では全く当たり前の光景になってしまったわ。

 元の部屋に戻ると、彼らも着替え終わっていた。
 うんうん、二人とも私の見立て通り、とてもよくお似合いだこと。
 もともとラフなスタイルが好みであるアレフは、本人も満足げだ。
 問題は、この子よね……あ、やっぱり浮かない顔してる。
「何よ、気に入らないの?」
「マリア、聞くけどコレ女物じゃないの?」
「そんなことないわよ。ホラ、下もちゃあんと半ズボンでしょ?」
「そう? これってキュロットスカートっていうんじゃない?」
 ばれてる。
 そうだったわ。一人っ子のアレフはともかく、この子には妹がいたんだっけ。
 これ以上、ごまかすのは無理のようね。
「仕方なかったのよ。あなたのサイズでは、それしか置いてなかったんだもの。我慢してちょうだい」
「やっぱり〜。変だと思ったよ。じゃ、僕コレ着ないよ!」
「ワガママ言わないの! そんなワガママ言う子は、お仕置きですからね」
 ちょっとした悪戯心が起きた私は、カインをつかまえていじくり回した。
 当初は抵抗をしていた彼だが、私がひと睨みすると、すっかりあきらめ顔で、なされるがままになっていた。
 
「できたわ。見て見て〜アレフ!」
 私に呼ばれたアレフが、ひょいと鏡の中のカインをのぞく。
「う〜ん……」
 アレフは黙ってしまった。
「……マズくないか?」
「そうかしら? 可愛いと思うけど」
「いや、俺が言いたいのは、女と間違えられてカラまれないかっつー心配」
「……それはアリかもね」
 鏡の中のカインは、ふるふると震えている。
「マリア〜!!」
 ――さらさら金髪ストレートヘア。
 うっすらと、ピンクのルージュ――。
 どこからどう見ても、カインは可憐な美少女だ。
「さぁ、そんな所にしがみ付いていないで行きましょう」
「やだやだッ! こんなカッコで行く位なら、夕食抜きでいいよ!」
「俺もう腹へったよ、カイン。いいかげんあきらめろ!」
 無情にも、アレフがカインを柱からひきはがす。
「やだ――っ!」
 カインはアレフに、ずるずると引きずられていった。
 
 店は、夕食時とあって、客でごった返していた。
「この街の店は、どうして雨が降らないのに屋根があるのかしら」
「全部オープンカフェみたいでもいいのにね」
「大雨が降ると、地下水がしみ出してくるんですよ。ご存知ないということは、お客様方は、ヨソからいらしたん
ですかね? いや、このご時世に珍しい。何年振りでしょうか」
 私たちの注文を取った初老のウエイターが、しきりに感心しながら歩いていった。
「おい、聞いたか、ヨソ者だとよ!」
 隣に座っていた、ガラの悪そうな男たちの中から声が上がる。
 だいぶ酔っ払っているらしく、ろれつが回らなくなっている。
 彼らはどれどれとばかりに、死んだ魚のような目で私たちを舐めるように観察した。
「ヘエ……両手に花とは羨ましいぜ、ニイちゃん!」
「べっぴんさんを独り占めたぁ、いただけないね」
 私たちのテーブルを取り囲み、男たちはカラみ始めた。
「……るせーな」
 舌打ちして、アレフが席を立った。お姫様を守るのは、騎士のつとめ。こうでなくてはね!
 しかし、何と再び彼は椅子に腰掛ける――って、何それ?
「……腹へってだるい――マリア、カイン、適当に遊んでやれよ」
「あ〜もう〜っ。わかったわよ」
 私とカインは席を立つ。
 やっぱりこの服がいけないんだ、とカインがぶつぶつ言っていたけれど、私は聞こえないふりをした。
「ここじゃ迷惑だから外に出よう、マリア」
「そうね――いらして、おじさま方。お相手して差し上げてよ」
「ほお〜、話がわかるお嬢さん方だぜ」
 ぞろぞろと私たちの後についてくる、あらくれの酔客たち。
 多分傍から見ると、異様な風景だわ。
 店の客はみな息を潜め、ヒソヒソと囁きあうが、誰も助けを名乗り上げようとはしない。
 ――助けは不要だけれど。

 店の外に出た私たちは、人のいない場所で歩みを止めた。
「へっへっへっ、どちらのお嬢さんからいただこうか」
「グラマーな美女と、スレンダーな美少女か…どっちもそそるぜ」
「両方いただくってのは、どうだ?」
「そいつぁいいね」
「期待を裏切るようで悪いけど、僕は男なんですが」
 うんざりした顔で、カインは眼をギラギラさせていやらしい笑いを浮かべている男たちに向かって、小石を蹴っ
た。
「おっと、その手には乗らないぜ、嬢ちゃん」
 私たちナンパは馴れっこだけれど、せめてもう少し上品にできないのかしら。
 お酒臭い息をプンプンさせた男たちは、私とカインに向かって、掴みかからんばかりに迫ってくる。

「カイン、この方々に何を言っても無駄よ」
「そうみたいだね」
「やるべきことは、おわかり?」
「うん」
 背中合わせのまま、心の中で互いに数え、私とカインは同時に叫んだ。
「バギ!」 「ギラ!」


 私たちが召喚した風と炎の精霊が融合し、紅蓮の炎風となり、うねりながら男たちを飲み込んだ。
「うぎゃあああああぁぁぁ!」 
「あぢぢぢぢィ――ッ!」
 火だるまとなった男たちが、必死で服に引火した火を消そうと、地面を転げまわる。
「ひいぃぃぃぃ!」
「たっ、助けてくれぇ〜!」
 ほうほうの体で、男たちは逃げだした。
「ごきげんよう、皆様」
「次に会った時は、イオナズンとベギラマだからね〜!」
 
 私たちがテーブルに戻ると、アレフは料理を平らげていた。
「アレフ、ずうっとここで食べてたの?」
「何で助けに来てくれなかったのよ」
「俺が出て行くまでもないだろ、あんな雑魚。それに俺は剣技専門だから、どう手加減しても奴等全員瀕死
だぜ?」
「確かに一理あるけど……」
「それでも、許せなーい!」
「あの、お取り込み中、失礼致します」
 その時、遠慮がちに目の前に現れた少女を見て、私たちは驚いた。
 白いドレスに、栗色の長い髪と瞳。その髪には服とお揃いの、レースのカチューシャが、よく似合っている。
「私はこの店で歌手をしている、アンナといいます。先程の男たちがこの店で暴れて、困っておりました。追い
払って頂き、ありがとうございました」
「どういたしまして。私はマリア。こちらは弟のアレフとカイン。この街には昨日着いたばかりよ」
「皆さんは外からいらしたんですか。私は、地下の生活しか知らないんです」
「それって、太陽を一度も見たことがないってこと?」
「ええ、生まれてから一度も。ですから、日焼けというのは、私たちペルポイの女の子にとっては憧れなんで
す」
「陽がささないと、困る事が多いんじゃないですか」
「そうなんです。日照不足で作物は育ちませんし、食料は、特に選ばれた屈強の商人たちが仕入れに行く
んです。だから物価が高いんですよ」
「ふーん、いろいろと大変なんだな」
「…あ、ごめんなさい。私ったら、お客様に向かって長々と」
「いいの、気にしないでちょうだい。私たちはもう友達よ!」
「友達――私、外の世界の友達は、初めて……嬉しいです! お友達になった記念に、私の歌を聴いて
くれますか?」
「ええ、喜んで!」
「やったー! よかったね、アレフ」
「お、俺は別に……」
 嬉しいくせに、素直じゃないんだから。私はくすっと笑ってしまった。
 
 アンナはステージに上がった。
「アンナー!」
「アンナちゃーん!」
 華やぎを身にまとい、にっこりと微笑む彼女は、まさにペルポイの歌姫。
 彼女のすらりとした全身にスポットライトがあたり、前奏が始まった。

   LoveSong 探して
      うろついてる 君が 今……

 天使のような歌声に聴きほれる私たち。
 そういえば、歌なんてゆっくり聴いたことが無かったわ。

   ……I need your love
            true love……

 あの、ムーンブルクが堕ちてからというもの――。


 歌を歌い終わったアンナと私たちは、様々なことを語り合った。
 アンナが私と同じ歳だということ。
 そして、彼女の両親は魔物に襲われて亡くなり、この店を営むおじ夫婦に育てられたこと――。
「おじ夫婦は、とても私を可愛がってくれるんです。でも、私一人っ子だから、弟さんたちのいるマリアさんが
羨ましいわ」
「そうかしら? 特に手のかかる弟がいるのも、なかなか骨の折れることなのよ」
「俺のことかよ」
「ほら、姉弟でなければ、そういう風にケンカしたりできないでしょう?」
「そうね……」

 そう、私たちは国も両親も違うけど、同じロトの血を引く――姉弟。
 友となったアンナにも、私は素性を隠し続けなければならない。
 目を伏せた私に、アレフがそっぽを向きながら飲み物を目の前に突き出し、カインはそっと寄り添ってくれた。

 楽しかった日々は、あっという間に過ぎ去り、私たちに別れの朝がやって来た。
 旅立つ私たちを、アンナは見送りに来てくれた。
「マリア、アレフさん、カインくん、どうかお元気でね」
「アンナもね」
「歌、よかったぜ!」
「さようなら」
「次にお逢いする時は――太陽の光の降り注ぐペルポイで、歌をお聴かせしたいわ」
「きっと夢は叶うわ……きっと!」
 硬い握手と抱擁を交わし、私とアンナは互いに手を振って別れる。
 アンナの瞳には、涙が光っていた。

「もう少し居ても、良かったんだぜ」
「マリア……」
「いいの。余計な心配は無用よ! いつかは旅立たなければならないのだもの」
「――彼女の夢が叶う時は、俺たちの夢が叶う時だな」
「僕たちに、みんなの夢がかかっているんだね」
「ええ」

 ――またひとつ、戦いに目的ができた。
 私の国、ムーンブルクの民のため。そして親友――アンナのため。
 私は横にいる、愛しき弟たちを眺めた。
 強く頼もしいアレフと、優しく頭脳明晰なカイン。
 この二人が私と共にいてくれる限り、この戦いに負けるはずはない。

 私たちは階段をのぼる。
 魔物たちのうごめく、地上へ続く階段を。
 遥か眼下には、手を振り続ける親友アンナの姿があった。

 アレフが重い金色の扉を開ける。
 眩しい光が私の目を射る。
 青空が広がる光射す世界は、私たちの戦場。
 風になびく髪を、私は後ろへと振り払った。

「さあ、行きましょう!」

 力強くうなずく弟たちと共に、私の旅はまた始まるのだった――。
( 完 )  2002/05/25
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準決勝の支援物資。
初めて全年齢向に登場した「夢のつづき」シリーズ。
ヂャスラ〜ック絡みで、歌詞部分をどうしようと思いつつそのまま。