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優しさに包まれて
 
 晴れの日は 嫌い
 朽ちた王都が望めるから

 雨の日は 大嫌い
 ぬかるみを逃げた「あの日」を思い出すから



 ムーンブルク対岸の町の宿屋の食堂。
 夜遅くに辿りついた私たちは、その宿で夕食をとっていた。
 宿の主人と女将さんの話す声が聞こえてくる。

「ああ〜まったくイヤな臭いだこと! 暑いのに、窓もまともに開けられやしない」
「ムーンブルクからだろう。仕方ないじゃないか、おまえ」
「そりゃ死んだ人には気の毒だけど、商売あがったりじゃないの」

 ガタッ!
 ローレシア王子が椅子から立ち上がろうとするのを、サマルトリア王子が手首を掴んで止めた。
 サマルトリア王子は無言で首を振る。
 ローレシア王子は忌々しげに声のした方向を睨み、再び食事に戻った。
 また声がする。

「いっそ燃え尽きてしまえば、こんなに臭わなかったんじゃないかねえ」
 私は耳を塞いだ。
 
 ガタッ!
 今度は、サマルトリア王子が席を立つ。
「あの、こちらのパンにカビが。取り替えて頂けますか?」
「おやおや、これは失礼致しました。なにぶんこんな御時世なもんで」
「いえ、取り替えて頂ければいいんです」
 主人がすっ飛んで来て頭を下げ、すぐに女将さんが新しいパンと、お詫びにとデザートの水菓子を盛った皿
をテーブルに置いた。

「あの人達、悪気があったわけじゃないんだ。許してあげてね」
 彼らが奥に引っ込んだ後、サマルトリア王子が小声で囁く。
「わかってる。気にしてないわ」
「お前のパン、本当にカビ生えてたのか?」
 ニヤニヤしながらローレシア王子が大きな口をあけ、パンを放り込んだ。

 翌朝食事の後、私は体がだるくなった。
 私は犬から人間に戻ってすぐに旅立ったせいか、体力が彼らに追いつかなかったのかもしれない。
「少し熱っぽいね。きっと今までの疲れが出たんだよ」
 サマルトリア王子が額から手を離し「しばらくこの町にとどまろう」と提案した。
「その方が無難だな。俺達は町の近くで魔物退治するから、宿でゆっくり休めよ」
「ありがとう。そうするわ」
「念のため、戸締りだけは忘れないでね」
「行ってらっしゃい。気をつけて」
 にこっと笑ってサマルトリア王子が手を振り、ローレシア王子が「じゃあ!」と大きな剣を担ぎ、二人は出かけ
ていった。

 残された私はベッドの上に腰掛け、ポシェットから手鏡を取り出した。
 鏡の中には憂色に包まれ、疲労に押し潰されそうな少女の姿が映っている。
(ひどい顔……)
 自嘲的に呟くと鏡を仕舞い、私は枕を抱いて寝そべった。
 破壊神を祀る大神官ハーゴンに急襲され、私の故郷ムーンブルクは焦土と化し、陥ちた城は毒と瘴気の
中に沈んだ。
 目の前で愛する父が殺められても、なす術もなく……。
 王子達に救われた後は旅の途中次々と現れる魔物と戦うのに必死で、ここの町に来た途端ほっとして気が
抜けたんだわ。
 歩き続けて足が痛くなって立ち止まったら、サマルトリア王子がホイミしてくれたっけ。

 ひとり。
 ずっと我慢していたの。
 今なら、泣いてもいいかしら。
 亡くなった私の愛した人達の為に。
「お父様! ……ばあやっ!」
 私は声をあげて泣いた。
 幼子のように――――。


「ただいま」
「王女?」
 陽の傾いた部屋に荷物を下ろす王子達。 
「眠っているんだ」
「うん。そっとしといてあげよう」
 静かに彼らは部屋を出ていった。
 階段を下り、待合室のソファーでローレシア王子が大きく伸びをする。
「あいつ、泣いてなかったか」
「それは言わない」
「そか……ごめん」
「僕らより、ずっと彼女の背負う物は大きい。僕らは彼女を守ってあげなければ」
「お前に言われなくたって!」
「僕は、いざとなったら命をかけて彼女を守ることを誓う」
「騎士の国サマルトリアらしいな。でも、俺の相棒はお前以外にないんだから、そう易々と死んでもらっちゃ困
る」
「君の剣の腕を信じているから、大袈裟な誓いを立てられるんだよ」
「俺はお前みたいに魔法使えないから、せめて片っ端から切り倒していくことにする」
「さすが王子、勇ましいね」


「帰ったのなら、起こしてくれればよかったのに」
「いいんだよ」
「どうせ腹が減れば起きる仕組みだろ」
「失礼ね」
「そうだ、姫君に失礼だぞ」
「おお姫、どうかお許しを!」
 大真面目で似合わない儀礼式挨拶をするローレシア王子の姿に、私達は笑った。

 笑ったら元気が出て……その……。
「そろそろお食事にしない?」
「なんだ、やっぱり腹減ってんじゃねえか」
「王子! 僕がいま王女に頼んだんだ」
「へ? ……ああ、わかったよ。そういう事にしといてやらあ!」
「本当だって!」
「うふふ……いいの。お腹が空いたのは私。明日から私も戦うわ!」



 晴れの日は 好き
 木漏れ陽が優しいから

 雨の日は 大好き
 あなたと 雨宿りできるから
( 完 )  2003/08/30
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