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生き抜いて
 
 ラーの鏡がその力を奏し、私の呪いは解けた。
 犬から人間の姿に戻った私を見て、王子たちは顔を真っ赤にしてあたふたしている。
「とっ、とっ、とりあえずこれ羽織ってッ!」
 サマルトリア王子は自分の目を手袋で覆いながら自分のマントを投げよこした。
「俺、何か着る物探してくる!」
 足早にローレシア王子が走っていく。

 二人ともどうしたの? そんなに慌てふためいて。
 私はスースーする感覚に、ふと下に視線を落とした。
 
 ん……? 
 
 スースー……?

 これはっ! ! ! ! !
 
 ハ ダ カ じ ゃ な い の 私 ―――― っ っ ! !

「ぎょえーっ!(父ゆずりの叫び声)」

 二人に見られたのね?!
 まだ発展途上で、もっと大きくなる(予定)の胸や、今の今までシッポがついていたお尻まで!

 涙目でがっくりと肩を落としてマントにくるまる私。
 サマルトリア王子は、背中を向けたまま「見てないから……」と消えそうな声で呟く。
 ありがとう、気休めだけど嬉しいわ……。

 暫く沈黙が続く。
 王子も気が重いのでしょう。
 サマルトリア王子って体が弱いって聞いた事があるわ。
 神経性胃炎にならなければいいけど。

「待たせたなっ。服を買いに行ったらサイズは? とか聞かれて分かんなかったからよ、面倒くせーから宿屋の
シーツひっぺがしてきたぜっ!」
 元気にローレシア王子が帰還してきた。
 シーツかぁ……男の子の買い物で、変な服着せられるよりかはマシなのかもね。
 後でちゃんとした服を買ってもらおう。

 シーツを手渡そうとしていた王子が、何かの気配に振り向いた。
 丘の向こうから、まるまるふっさりの仔犬たちが押し合いしながら走ってきたのだ。
 ぺたんと転ぶ子。隣の子の耳をかじる子。自分のしっぽを追いかけてクルクル回る子……。
 彼らはローレシア王子の持つシーツに興味を示し、寄ってきてじゃれついた。
「こら! お前ら、食いつくなったら!」
 仔犬と王子の綱引き……あーあ、ヨダレで汚れてる……アレを着るのね、私……。
 後からは大きな犬が。この子達のお母さんらしい。
 どこかで見覚えが――。
「あっ! あなたは、あの時の!」

 それは私が犬にされたばかりの頃。
 空腹で死にそうな私の前に、お腹の大きな犬が現れて、「こっちへおいで」という風に何度もクーンと鳴いた。
 彼女の後についてゆくと、街の犬好きのおばさんがエサを配っている所だった。
 街中の野良犬がエサを狙って集まっている。
「さあ、おあがり」
 おばさんが器から離れる。
 弱肉強食の世界。小さな犬の私が食べ物を得ることは不可能に近い。
「クーン」
 さっきの彼女が呼ぶ。
 誘導されるがまま座ると、彼女はエサを盛った皿を鼻先で押しやる。
 私に食べろ、とでも言うように。
 王女である私が這って食事をする。屈辱の涙で前が見えない。
 泣きながら食べ終わった私の口の周りを、彼女は愛情を込めて舐めてくれた――。

「あの時はありがとうね。そう……こんなに可愛い子たちが生まれたの……」
 人間の姿になっても、彼女は私があの時の小犬だと分かっているらしい。
 懐かしそうに彼女はあの時と同じように優しい声で「クーン」と鳴いた。
「知り合い……なのか?」
 ローレシア王子はようやくシーツを仔犬たちから引き離し、私に手渡した。
「ええ。彼女は私の命の恩人!」
「王女が世話になったのか。ありがとう」
「ありがとうね」
 二人の王子は、犬の親子に干し肉を差し出した。
 硬い干し肉に小さな歯を立てて悪戦苦闘する仔犬たちに、私達は笑った。
 彼女もそんな我が子達を愛おしげに見守っている。
 
 ぺろっ。
 彼女が私の口元を舐めた。
 涙が浮かんでくる。
 それは「生き抜いて良かったね」という彼女の想いが伝わったから。
 ぺろっ。
 抱き上げた仔犬も「遊ぼうよ!」と私の口元を舐めた。
( 完 )  2003/10/13
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SSさんの絵に文をつけさせて頂きました
仔犬ちゃんたちを、いかに絡ませるかに苦心した記憶がw