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時空のエトランジェ 〜Les etrangers qui ont transcende le temps〜 < 4 >
 
「えっと、これで全部ですかー?」
 倉庫の天井近くまで積み上げた干草の上から顔を出し、ロランが眼下のセナムに向かって尋ねた。
「うむ。お仕舞いじゃ。ご苦労さん」
「よっ!」
 彼の答えに、ゆうに三階建て以上の高さはある干草の山からロランが飛び降りる。
「本当にお前さんが村に来てくれて助かるよ」
「いえ。お安い御用です」
「以前はこの仕事はひと月がかりでな。ところでロラン、お前さんは、ずっとこの村にいてくれるのだろう?」
「……」
 ロランは困ったように曖昧な微笑を浮かべた。
「わしだけでなく、村の皆も心配しとるんだよ」
「えっ」
「先生が有名になって、今に帝都からお呼びがかかるんじゃないか、とな」
「僕たちはこの村が好きです……どこにも行きたくはありません」
「それを聞いて安心したよ」
 自分の影が小さいのに気付き、ロランは天を仰いだ。太陽はちょうど真上にあった。
「あっ、お昼だ! サトリにお弁当届けなくちゃ! ――と、残りの片付けは後でしますから!」
「片付けぐらいはこの老いぼれでもできるわい。先生によろしくな」
「はーい」
「用が済んだら家に寄っておくれ!」
「わかりましたーっ」
「真っ直ぐでよい若者じゃ」
 走り去る若者に、彼は眩しげに目を細めた。

「そんなぁ。サトリ様の為に朝早くから作りましたのよ。一口でもお召し上がりになって下さいな」
「せっかくのお料理が無駄になってしまいますし」
「でもなー」
「ロラン様だって、まだいらっしゃっていないではありませんか」
「ええ。もし間に合わなければ、お食事しないまま午後の診療時間が始まってしまいます」
 二人の娘に両側から説得され、サトリは困り果てていた。
 確かにロランは遅い。何やってんだあいつは。
「サトリ〜! ごめーん!」
 ドアがバタンと大きな音をたて、ロランが飛び込んできた。
「遅いぞ!」
 あたふたとロランはカゴから弁当を取り出す。
「今出すからね。ああっ!」
 弁当を広げようとするロランの手が止まった。
 包みから弁当だったらしい物体が、原形を留めぬままデロリと横からはみ出している。
「走ったら崩れちゃった……」
 肩を落とすロランを横目に、サトリは物体の端っこをちぎると口の中に放り込んだ。
「あっ!」
 ロランと二人の娘が同時に声を上げる。
「う〜ん。味はいいが、食欲はそそらねえな。そこでだ……」
 汚れた指を拭いつつ、サトリは三人に向かって提案した。
「どうだろう。目の前にお嬢さん方が作ってくれた弁当がある。これをみんなで食べるってのは」
 彼らは、ぱっと顔を輝かせた。
「もちろん!」
「大賛成!」
「ですっ!」 


 昼食を終えたロランは約束通りセナムの家の戸を叩いた。
「こんにちは。僕です。ロランです」
「開いとるよ」
 ロランは家の中に入った。セナムは奥の部屋で縄を綯っていた。
「そこにある袋を持っておゆき。今日のお礼じゃ」
 土間には大きな麻袋が幾つも積んであり、中にはイモやタマネギといった根菜が、ぎっしりと詰め込まれて
いる。
「こんなにたくさん……」
「今年は豊作じゃよ。お前さんが春に開墾してくれたからのう」
「冬中食べ物に困らないで済みそうです。ありがとう、セナムさん」 
「いやいや、礼を言うのはこちらの方じゃよ……そういえばエリィが捜しておったぞ」
「僕を?」
「うむ。ジャムがどうとか言っておったが」
「そういえば、この間エリィ小母さんに貰ったジャムがあんまり美味しかったから、作り方を教えて欲しいっ
て言った覚えがあります。もしかしたら、これからジャム作りをするから見に来いってことかも」
「そうかもしれんな。エリィのジャムは絶品じゃからの。特にアプリコット……あれは美味い」
「僕、エリィ小母さんの所に行ってみます」
 ロランは袋を担ぎ上げた。

  
「最近すっかり日が短くなりましたね」
 ミランダがランプに灯りをともす。
「今日はお終いかしら。もう患者さんもいらっしゃらないようだし」
 セリーナが窓越しに通りを眺めた。
「そうだな。二人ともご苦労さん。俺が戸締りするから先に上がっていいよ。暗くならない内に帰っ」
「先生!」
 ミランダの声にサトリは振り向く。入口にがっしりとした背の高い男が立っていた。
「失礼する。診療所というのはここか?」
「そうですわ。どうぞ」
 セリーナが椅子を勧める。
「すまない。古傷でも治せるか?」
「病気の類でなければ」
 サトリは答えた。
 鍛え上げた筋肉の具合から、ただの農民ではないことは瞬時に分かった。剣を振るう仕事か――。
「天候が悪くなる度に背が痛んでかなわぬのだ」
「では背中をこちらに」
 頷いて後ろを向くと上着を脱ごうと男は裾に手をかけた。
「あ。そのままで結構です」
 何も触れた気配もないというのに、ほんのりと傷のあたりが温かくなるのを感じる。
「終わりました。どうですか」
「もう終わりか? 傷口も見せぬ内に?!」
「先生の腕をお疑いでしたら、御自分でお確かめ下さい」
 少しむっとしてミランダが合わせ鏡を男の背中に向けた。
 男が服を脱ぐ。鏡の中の自分の背中を見て、彼は目を見張った。
「何ということだ。傷が跡形もない!」
「もう痛みもなくなったでしょう」
 セリーナがにこりと微笑み、男に綺麗にたたんだ彼の服を手渡す。
「確かに……ほう……大したものだ」
 礼を言い机の上に金貨の入った袋を置くと、男は去っていった。

「最後の患者さん、少し変わった方でしたね」
「ああ……」
 セリーナを家に送り届ける道すがら、サトリは考え込んだ。
 さして緊急性もない治療を申し出たあの男。探るような視線。真意が他にある気がしてならない。ただの気
のせいであればいいのだが。
「サトリ様?」
「いや……何でもない。せっかく寄るなら君の父上に服のお礼を言いたいな。御在宅だろうか」
「はい。今日は会合の予定はなかったはずです。サトリ様がいらして下さったら父も喜びますわ」

 
( 続く )  2007/10/30
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