ホーム   小説一覧   戻る   次へ
時空のエトランジェ 〜Les etrangers qui ont transcende le temps〜 < 5 >
 
 ロランは食卓を前に頬杖をついていた。
(忙しいから遅くなるとは言ってたけど……まだかなぁ)
 彼は空腹を抱えてサトリの帰りを待っていた。
 外は既に真っ暗だった。秋の夜長を楽しむ虫の声が静かな田園に響いていた。
 静かだ。本当に静かだ……心地よい風が吹いて……――。


「ロラン……風邪ひくぞ。おい」
 揺り動かす手にロランは目を覚ました。
「あれ……サトリ……おかえり」
 腕枕から顔を上げ、ロランはごしごし目元をこすった。
「食べないで待ってたのか」
 二人分の食器がテーブルの上に並んでいる。
「うん。サトリも遅くまで大変だね。よし、食べよう」
 ロランは保温用に鍋に巻きつけた布を取った。蓋を開けると、ほっくりとしたシチューの香りを帯びた湯気
が昇る。
「あっごめん。俺さ、村長とこでご馳走になったんだ」
「村長さんの家へ行ったの?」
「服の礼だけ言って帰ろうとしたら引きとめられてさ……これ、お前にだって」
 村長である気っ風のいいセリーナの父は、愛娘の連れてきた客に相好を崩して家に上がるように言い、逃が
すまいとばかりに腕を組んだセリーナに背を押される形で、彼は村長邸の歓待を受けることになったのだった。
 ロランは渡された大きな土産の包みを開いた。中には上等な肉料理が数種類盛り付けられていた。
「食えよ。美味いぜ、それ」
「サトリ……本当なのか?」
「なにが」
 祭事服を脱ぎながらサトリは返事をした。
「サトリはセリーナとミランダ、どっちかと結婚するって」
「はあ?」
「聞かれたんだ、僕……色んな人から。『先生はどっちが好きなのか』って」
「ふーん。で、お前はどう答えたんだ」
「『わからない』って答えた」
「どうして『わからない』なんだよ!」
「だって……サトリはかっこいいし、話も上手いし、魔法使って治癒もできるし、女の子にモテるだろう」
「だから?」
「僕なんかより……そもそも僕、男だし……サトリが、幸せになるんなら僕は……」
 サトリの瞳が冷ややかに光る。
「お前は人の噂に左右されるのかよ」
「怒ってるの? サトリ」
「あったり前だろう! お前は俺を何だと思ってるんだ。俺が結婚するだなんて……ちょっと考えりゃ不可能
だってわかるだろ」
「不可能って?」
 やれやれとサトリはハンガーを壁に掛け、横目でロランを一瞥した。
「ロラン、お前は幾つになった?」
「えっと……二十ニ」
「だろう。実際は他人に幾つに見られる?」
「十六、七かな」
「俺たち勇者の誓いを立てた者は、"加護"により死んでも復活し――時間の流れも違う。どの位違うのかは分
からないが、異世界でも"加護"が効いてるのは間違いねえ。つまり、俺とお前は普通の人間と時を同じくする
ことは出来ないってこった」
「サトリは一生結婚しないっていうのか」
「そんなに俺に結婚して欲しいのかよっ。お前が俺と暮らすのが嫌っつーならしょうがねえ。出てく!」
 扉に手をかけようとするサトリの体を、ロランは力強く抱き寄せた。
「待ってよ! サトリが好きなんだ。君とずっと一緒にいる夢がやっと叶ったんだから!」
「俺を疑ったの謝るか」
「うん」
「侘びとして、今夜は何でも言うこときくか」
「うん」
「そんなら命令だ。早く食え。腹減ってんだろ?」


「うまいか」
「んっ」
 美味しそうに土産の料理を平らげるロランを眺めながら、サトリは熱いティーカップを口元に運んだ。
 確かに村の噂は本当だった。彼に話すつもりは毛頭ないが、実は村長の宴でこんなことがあったのだ。

『先生、最近ますます忙しいそうですな』
 村長がサトリに料理を勧める。
『村長まで"先生"はやめてください』
『はは、ではサトリ君。先生ではなく村長と呼ばれるのはどうですかな』
『……は?』
『娘を貰ってやってくれないでしょうか。親の私が言うのもおこがましいですが、働き者で素直な娘に育てた
つもりです。娘もどうやら君に惚れているらしい。私は将来、村長の地位を譲るのは君しかいないと思ってお
るのですよ』
 絶句するサトリに酒で赤らんだ顔の村長は頭をかいた。 
『突然こんな話を出されて驚かれたでしょう。今すぐに返事をなさらずとも結構ですから。ただ、こんな話が
あったと記憶にとどめて欲しいのです』
『でも俺は……そもそもヨソ者ですし』
『何をおっしゃいますか。今や村人の信頼が厚い先生が村長になることに、異論を唱える者など誰一人とてお
りますまいて』


 そろそろ、ここも潮時か……。
 カップを手にサトリがぼんやりしていると、ロランが席を立った。
「御馳走さま、っと。そうだサトリ、お風呂入ったら?」
「ああ、そうする」
「すぐ用意するからね」
 バスタブにロランが次々と熱湯を注ぎ、頃合を見て水で水温を調節する。
 ちょうどいい湯加減になると彼はサトリを手招きした。

 
( 続く )  2007/11/5
  ホーム   小説一覧   戻る   次へ

ウチのロランは末っ子気質の甘えん坊。回を追うごとにロリ化が進んでおります……。
サトリは何だかんだ文句言いつつも、年下の面倒見がいいような気がする。