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時空のエトランジェ 〜Les etrangers qui ont transcende le temps〜 < 9 >
 
 数日間、でこぼこ道を走り続けた馬車は、ようやく美しく舗装された道に出た。
「……巨人が悲しみの余り石となった姿と言われておりまして。おっ、街道に出ましたな。ここまで来れば、
じきに帝都です」
 途中に見えた巨石の説明を長々としていたシラールの突然の弾んだ声に、うとうとしかけていたサトリは重い
瞼を開けた。
 ぼうっとした目を車窓にやると、なるほど街道沿いに並ぶ店々が都会らしい彩に溢れていたが、彼は何の感慨
も覚えなかった。

(皆、どうしているだろう)

 村中か心配しているのは分かっていたし、可愛い助手のお嬢さんたちが、休診を知らずにやって来た大勢の患
者に説明するのに四苦八苦する姿は、容易に察しがついた。
 ルーラを唱えれば今すぐにでも帰れるが、それでは村が咎めを受けることになる。
 村に迷惑をかけることは、何としても避けねばならない。
 それに――。

(たとえ世界の果てだろうと、あいつなら来る)


 サトリを乗せた馬車は、城壁に囲まれた町に入った。
「尖塔が見えて参りました。あの城で陛下が先生をお待ちです」
 荘厳な作りだ。ローレシアよりラダトームの城に雰囲気が似ているかな。
 どこか懐かしさを覚えるのは、バルコニーの形が故国サマルトリアの城と同じだからだろうか。
 見上げるサトリに、シラールが再び城の歴史について語りだす。
「どうです、立派な城でございましょう。これは、有名な建築家の――」
 
 また話が長くなりそうだ。 


 陽が沈んでから、とうに数刻経っていた。
 ロランはセリーナの地図を頼りに、帝都へと続く夜道を疾走していた。
 馬を最低限休ませる以外、ずっと走り通しだった彼は、さすがに手綱を握る手が痺れてきたこともあり、少し
睡眠をとることにした。
 柔らかな草の沢山生えている丘の上に馬を繋ぎ、自らも簡単な食事を摂ると、ロランは毛布を被り寝転がっ
た。
 大きく広がった枝葉が風でさやさやと揺れるたび、隙間から星の瞬きが差し込む。

 たった一人で野宿するのは、随分と久しぶりだ。
 自分の鼓動の音が大きく感じられるほどの、しんとした静けさの中で、何度もロランは寝返りを打った。
 旅をしていた頃、隣にはサトリがいて、ルーナがいた。
 どんなに強い敵でも、異形の魔物でも怖くはなかった。
 ただ、仲間を失うことだけが怖かった。
 仲間を失うくらいなら、自分が死ぬ道をロランは選んだ。
 だが、その度にサトリは暫く口をきかなかったし、ルーナは泣いた。
 或る日、蘇生した自分にルーナが嗚咽を漏らしながら言った。
「何もかも自分で背負おうとしないで。ロラン、私たちは三人で一人なのよ」
「君もサトリも蘇生呪文の使い手だ。それにひきかえ僕は……生き残っても君たちを生き返らせることができな
いんだ」
「世界樹の葉があるわ。無くなったら、また島まで行けばいいじゃない」
「そうはいかないよ。時間がかかるし、蘇生魔法の方が簡単に」
 言い終わる前にルーナが神妙な面持ちを向ける。
「ロラン、あなた何も分かっていないわ。蘇生魔法っていうのはね、危険なものなのよ」
「危険って?」
「死者の精神に入り込んで、さまよう魂を見つけ現世に連れ帰る、それが蘇生魔法よ。無事に魂の波長を捕らえ
られれば良し、もし失敗したら 二度と術者は生きては戻れないわ。ザオリクが高度な呪文と言われるのは、術者
の魔力と能力が最大限に問われるからなの」
「知らなかった……僕はサトリやルーナをいつも危険な目に遭わせていたのか。はは……君たちが怒るのは当た
り前だな」
「怒ってないわ。サトリも私も、悲しいだけよ。ロラン、ねえ、もう二度と命を捨てるような戦いをしないと約
束して……」
「うん。ルーナ、ごめん。泣かないで」
「約束、よ」
「ああ……」
「ロラン、サトリにも私と同じ約束をして。もうすぐ買い物から帰ってくるはずよ」
「うん」
「私は隣の部屋にいるわ。夕食までゆっくり休んでいて」
「そうする」
 ルーナがドアを閉める音がした。

 それから少し経った頃、ドアがカチャリと音を立てた。
 耳をすますロランに、音がしないように注意深く歩く靴音が近づいてくる。
「お帰り、サトリ」
 背を向けたままベッドの中でロランが言うと、靴音がぴたりとやんだ。
 サトリは無言のまま、買ってきた物の整理を始める。
 がさがさと紙袋から取り出し、彼も背を向けたまま静かに言った。
「目、覚めたのか」
 落ち着いた声。良かった――サトリは怒っていない。ロランが胸をなで下ろした矢先だった。
「いいか、ロラン。今後ああいう事態になったら」
 一呼吸置いてサトリは続ける。 
「メガンテを使う。文句は言わせねえ」
 振り下ろされる一撃を我が身で受け止め、引き裂かれつつ、呪文を唱えて――。
 サトリのそんな情景が脳裏に浮かび、ベッドに横たわっていたロランは目を見開いた。
「なっ……! ダメだ、そんなのっ!!」
 ロランは飛び起きて叫んだ。
「なぜだ。効率的じゃないか」
 サトリは顔色を変えずに佇んでいた。
「効率なんて関係ない。僕はイヤなんだ!」
 ロランは激しくかぶりを振った。
「以前、瀕死のルーナを助ける為に、やむなく君をおとりとして、一人戦場に置き去りにしてしまったことが
あっただろう」
「あれは――俺が考えた作戦だ。お前が気に病む必要はない」
「でも、君は捕らえられて拷問にかけられた挙句、あんな……」
 凄惨な記憶が蘇り、ロランは肩を抱いて震えた。
「安心しろ。二度とあン時みたいなドジは踏まねえよ」
 憮然としてサトリは眉根を寄せ、再び道具の仕分けにとりかかる。
「僕がもっと強ければ、君たちに苦労かけずに済むのに」
「いいから寝ろ、ロラン。まだ本調子じゃねえから、そんなウジウジ考えるんだ」
 悲しみに沈んでいるロランを見かねて、途端にサトリは年長らしくなだめにかかる。
「お前が死んだのは、俺の采配ミスだ。補助魔法が、もちっと効く予定だったんだけどな」
「!……んっ……」
 サトリがベッドに歩み寄り、ロランにゆっくりと唇を重ねる。
 放心状態のロランにサトリは微笑んだ。
 再び作業の続きに戻る彼の後姿を、ロランは上気した頬で見送る。

「百年に一度のサービスだと思えよ」 
 照れくさそうに、サトリは背を向けたまま肩を揺すった。

 
( 続く )  2008/6/30
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6/30はロサマ記念日らしいです。お祝い代わりにサトリからちゅーさせてみました。